Chocolate Lily
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「やっぱりやめよう」
廃墟ホテルの前で足を止め、荒れ果てた建物を見上げたナビス子はそう言った。
「ナビス子はビビりだなぁ」
合コンがきっかけで遊ぶようになった彼らが、今日の締めにと選んだのは肝試しだった。
「大丈夫、皆んなで行くんだし」
「ここ、よくないのが居るから」
「なに?もしかして霊感ある系?」
「マジで?見えるの?」
絶対に良くないのが居るのに、それを何と説明したらよいのか分からず逡巡していると、友人の1人に手を引かれた。
「怖いなら俺の後ろから来ればいいじゃん」
既にエントランスに足を踏み入れた数人が「早く」と手招きしている。ここで彼らを捨てて帰るのは夢見が悪すぎるから、ナビス子はそれに続くしかなかった。
「だから出るって言ったじゃん!」
光の届かない薄暗い廃墟の中なのに、天井に浮かび上がる夥しい数の人面を模った呪霊は誰の目にもはっきりと見えて、ナビス子の背後で友人たちが完全にパニック状態に陥っていた。
「動かないで!私から離れないで!」
友人の中には腰を抜かしている者、泣き出す者、既に呪いにあてられて気絶している者もいる。
天井からジリジリと競落ちてくる無数の人面型の呪霊を押し返すように、ナビス子がそれに向かって片手を突き出した。その動きが何かに阻まれたようにピタリと止まる。
続けてゆっくり手のひらを握ってゆくと、それに合わせて呪霊が雑巾のように捻れながらナビス子の手に吸い込まれて、グッと握り込むのと同時に手中に消える。
次に手首を捻って手のひらをひらくと、そこには寄木箱のような小箱が乗っていた。
「…た、助かった…」
「…今出てきたの、何?」
誰かの呟きを聞き流して、ナビス子が木箱をポケットに仕舞い込もうとした刹那、甲高い悲鳴が上がる。
背後の壁から再び無数の顔が迫り出していた。
咄嗟に両手を突き出し相手の動きを止めながら、ナビス子はこれの本体が別にいると気づいた。
祓っても祓ってもキリがない状況に、ナビス子の顔に疲労の色が滲む。呪力だって無限にあるわけではないから、尽きてしまったら終わりだ。
多勢に無勢でジリジリと周囲を囲まれてしまった。まさしく八方塞がりの中、友人たちに危害が及ばないようにと咄嗟に簡易結界を張ったが、この状況下に彼らを置いて呪霊の本体を探しに行くわけにはいかない。
下手に動き回られるくらいなら気絶してくれていたほうがいいとも思ったが、動けない者がいるせいで、簡易結界を弾いて周囲の呪霊を一旦退けた隙に走って逃げるという選択肢がなくなってしまっていることに気づいた。援軍を望めないのなら詰みだ。
"できるだけ自分で何とかしてね"
ナビス子は途中何度も浮かんだその男の顔を、また振り払わなければならなかった。
───ギチギチギチ
呪霊の発する音がやけに大きく聞こえる。恐怖心が呪霊を活発化させている。友人たちの心身に呪いの影響が出始めるのは、そう遅くはないだろう。
自分一人であれば、こうはならなかっただろうとナビス子は思った。そうでなくてもナビス子には、死ねば自分も勾玉の呪いから逃れられるという気持ちがどこか頭の片隅にあった。
けれど今、自分の命は自分だけのものではない。自分が死ねば、彼らも確実に道連れだ。自分には責任がある。
ナビス子はポケットからスマホを取り出した。
指先が震えているのは疲労のせいだろうか。
画面に"五条悟"の文字が浮かんで、数回コールした後に『もしもーし』と聞き覚えのある声が聞こえた。思わず唾を飲み込んだその時。
『途中で断りなく電話に出るな』
電話口から若い女性の声がして咄嗟に電話を切る。呪霊に襲われた時よりも心臓の鼓動が激しくなっているかもしれない。
───女といるんじゃん
何かあったらかってすぐに行けるわけじゃないから、と言った五条の言葉を思い出す。
スマホのディスプレイに再び五条悟の文字が浮かぶのが見えたが、取る気にはなれなかった。
ドドンっと音を立てて建物が揺れる。
呪霊が結界を押し潰そうと威嚇している。
ナビス子は結界を維持させるために印を組んで目を閉じた。
落ち着けと自分に言い聞かせる。この状況を打破する方法を考えなければならないのに、頭が全く回らない。
印を結ぶ指が震える。息が詰まりそうだ。
呪力が練れなくなるってどんな感じなんだろうと、うまく回らない頭で…否、うまく回らないからこそ、ナビス子はそんな事を思った。
それが長い時間だったのかそうでなかったのかは分からない。衝撃音の後に、押されていた結界がフッと軽くなった気がした。
「………」
ゆっくり目を開けると、そこには黒い服に身を纏った長身の男。今まで周囲を取り囲んでいた呪霊は跡形もなく消えていた。
「こんなとこで何やってんの?」
「なんで…」
「GPSアプリ入れてるの、気づかなかった?」
状況を把握した途端に身体中の力が抜けた。
崩れ落ちるようにその場に座り込んだナビス子を尻目に、五条は腰を折って足元に転がる小箱を拾い上げると、黒い目隠しで覆った自らの目前に翳した。
───呪霊玉のようなものか
呪霊玉。それは五条の、今は袂を分かった親友が術式を使う際に使用していたものだ。
周囲には、同じ箱が多量に散らばっている。
「随分頑張ったね」
そう言って五条が腕を払った。呪霊を閉じ込めたそれらが祓われて消える。
圧倒的な力量の差を目の当たりにした。
ナビス子は鼻の奥が痛くなるのを感じて天井を仰ぐと唇を噛んだ。彼の前で泣きたくない。
けれど指先の震えが腕にまで侵食してきて止めることができない。
すると五条がナビス子の前に膝をついて、彼女の頭を自分の胸に引き寄せた。
突然の事に頭が真っ白になって、次にポロポロと涙が溢れだした。一度零れてしまえば、後から後から追いかけるように溢れてくる感情を止める事ができなくなってしまう。
「……っ」
なりふり構わぬ様子でナビス子が五条にしがみついた。彼はそれに応えるように長い腕で彼女の身体を抱きしめる。
しっかりと抱き留められると生きている心地が戻ってくる。安堵する。
「ゔゔっ…」
噛み殺し損ねた声が喉から漏れた。
我慢しようとすればするほど肩が震える。
「なんでもっと早く呼ばないの」
どの口が…と思うと、何か違う涙が出てくる気がして五条の服を殊更強く握り直した。
「五条さんが…」
言葉に詰まると五条の手のひらがナビス子の頬に触れて、上を向くように促される。
逆らわずに顔を上げると五条が笑った。
「何その顔」
化粧が落ちて凄い顔になっているのかもしれないが、今のナビス子とってそんな事はどうでもよかった。
「…何かあっても自分でなんとかしろって…」
「僕、そんな事言った?」
「……言った」
「で、それを守ったわけだ。マジメだね」
「……」
不服そうに口を結んだ次の瞬間、ナビス子の視界が遮られ唇に柔らかい何かが触れる。
濡れた顔で目の前の五条をポカンと見つめると、彼は何事もなかったように立ち上がった。
「ナビス子のお友達?ナビス子は連れて帰るから。男もいるみたいだし、後は大丈夫だよね」
そして何も言えずにいる彼らを尻目にナビス子に視線を戻す。
「いつまでも座ってないで、行くよ」
廃墟ホテルの前で足を止め、荒れ果てた建物を見上げたナビス子はそう言った。
「ナビス子はビビりだなぁ」
合コンがきっかけで遊ぶようになった彼らが、今日の締めにと選んだのは肝試しだった。
「大丈夫、皆んなで行くんだし」
「ここ、よくないのが居るから」
「なに?もしかして霊感ある系?」
「マジで?見えるの?」
絶対に良くないのが居るのに、それを何と説明したらよいのか分からず逡巡していると、友人の1人に手を引かれた。
「怖いなら俺の後ろから来ればいいじゃん」
既にエントランスに足を踏み入れた数人が「早く」と手招きしている。ここで彼らを捨てて帰るのは夢見が悪すぎるから、ナビス子はそれに続くしかなかった。
「だから出るって言ったじゃん!」
光の届かない薄暗い廃墟の中なのに、天井に浮かび上がる夥しい数の人面を模った呪霊は誰の目にもはっきりと見えて、ナビス子の背後で友人たちが完全にパニック状態に陥っていた。
「動かないで!私から離れないで!」
友人の中には腰を抜かしている者、泣き出す者、既に呪いにあてられて気絶している者もいる。
天井からジリジリと競落ちてくる無数の人面型の呪霊を押し返すように、ナビス子がそれに向かって片手を突き出した。その動きが何かに阻まれたようにピタリと止まる。
続けてゆっくり手のひらを握ってゆくと、それに合わせて呪霊が雑巾のように捻れながらナビス子の手に吸い込まれて、グッと握り込むのと同時に手中に消える。
次に手首を捻って手のひらをひらくと、そこには寄木箱のような小箱が乗っていた。
「…た、助かった…」
「…今出てきたの、何?」
誰かの呟きを聞き流して、ナビス子が木箱をポケットに仕舞い込もうとした刹那、甲高い悲鳴が上がる。
背後の壁から再び無数の顔が迫り出していた。
咄嗟に両手を突き出し相手の動きを止めながら、ナビス子はこれの本体が別にいると気づいた。
祓っても祓ってもキリがない状況に、ナビス子の顔に疲労の色が滲む。呪力だって無限にあるわけではないから、尽きてしまったら終わりだ。
多勢に無勢でジリジリと周囲を囲まれてしまった。まさしく八方塞がりの中、友人たちに危害が及ばないようにと咄嗟に簡易結界を張ったが、この状況下に彼らを置いて呪霊の本体を探しに行くわけにはいかない。
下手に動き回られるくらいなら気絶してくれていたほうがいいとも思ったが、動けない者がいるせいで、簡易結界を弾いて周囲の呪霊を一旦退けた隙に走って逃げるという選択肢がなくなってしまっていることに気づいた。援軍を望めないのなら詰みだ。
"できるだけ自分で何とかしてね"
ナビス子は途中何度も浮かんだその男の顔を、また振り払わなければならなかった。
───ギチギチギチ
呪霊の発する音がやけに大きく聞こえる。恐怖心が呪霊を活発化させている。友人たちの心身に呪いの影響が出始めるのは、そう遅くはないだろう。
自分一人であれば、こうはならなかっただろうとナビス子は思った。そうでなくてもナビス子には、死ねば自分も勾玉の呪いから逃れられるという気持ちがどこか頭の片隅にあった。
けれど今、自分の命は自分だけのものではない。自分が死ねば、彼らも確実に道連れだ。自分には責任がある。
ナビス子はポケットからスマホを取り出した。
指先が震えているのは疲労のせいだろうか。
画面に"五条悟"の文字が浮かんで、数回コールした後に『もしもーし』と聞き覚えのある声が聞こえた。思わず唾を飲み込んだその時。
『途中で断りなく電話に出るな』
電話口から若い女性の声がして咄嗟に電話を切る。呪霊に襲われた時よりも心臓の鼓動が激しくなっているかもしれない。
───女といるんじゃん
何かあったらかってすぐに行けるわけじゃないから、と言った五条の言葉を思い出す。
スマホのディスプレイに再び五条悟の文字が浮かぶのが見えたが、取る気にはなれなかった。
ドドンっと音を立てて建物が揺れる。
呪霊が結界を押し潰そうと威嚇している。
ナビス子は結界を維持させるために印を組んで目を閉じた。
落ち着けと自分に言い聞かせる。この状況を打破する方法を考えなければならないのに、頭が全く回らない。
印を結ぶ指が震える。息が詰まりそうだ。
呪力が練れなくなるってどんな感じなんだろうと、うまく回らない頭で…否、うまく回らないからこそ、ナビス子はそんな事を思った。
それが長い時間だったのかそうでなかったのかは分からない。衝撃音の後に、押されていた結界がフッと軽くなった気がした。
「………」
ゆっくり目を開けると、そこには黒い服に身を纏った長身の男。今まで周囲を取り囲んでいた呪霊は跡形もなく消えていた。
「こんなとこで何やってんの?」
「なんで…」
「GPSアプリ入れてるの、気づかなかった?」
状況を把握した途端に身体中の力が抜けた。
崩れ落ちるようにその場に座り込んだナビス子を尻目に、五条は腰を折って足元に転がる小箱を拾い上げると、黒い目隠しで覆った自らの目前に翳した。
───呪霊玉のようなものか
呪霊玉。それは五条の、今は袂を分かった親友が術式を使う際に使用していたものだ。
周囲には、同じ箱が多量に散らばっている。
「随分頑張ったね」
そう言って五条が腕を払った。呪霊を閉じ込めたそれらが祓われて消える。
圧倒的な力量の差を目の当たりにした。
ナビス子は鼻の奥が痛くなるのを感じて天井を仰ぐと唇を噛んだ。彼の前で泣きたくない。
けれど指先の震えが腕にまで侵食してきて止めることができない。
すると五条がナビス子の前に膝をついて、彼女の頭を自分の胸に引き寄せた。
突然の事に頭が真っ白になって、次にポロポロと涙が溢れだした。一度零れてしまえば、後から後から追いかけるように溢れてくる感情を止める事ができなくなってしまう。
「……っ」
なりふり構わぬ様子でナビス子が五条にしがみついた。彼はそれに応えるように長い腕で彼女の身体を抱きしめる。
しっかりと抱き留められると生きている心地が戻ってくる。安堵する。
「ゔゔっ…」
噛み殺し損ねた声が喉から漏れた。
我慢しようとすればするほど肩が震える。
「なんでもっと早く呼ばないの」
どの口が…と思うと、何か違う涙が出てくる気がして五条の服を殊更強く握り直した。
「五条さんが…」
言葉に詰まると五条の手のひらがナビス子の頬に触れて、上を向くように促される。
逆らわずに顔を上げると五条が笑った。
「何その顔」
化粧が落ちて凄い顔になっているのかもしれないが、今のナビス子とってそんな事はどうでもよかった。
「…何かあっても自分でなんとかしろって…」
「僕、そんな事言った?」
「……言った」
「で、それを守ったわけだ。マジメだね」
「……」
不服そうに口を結んだ次の瞬間、ナビス子の視界が遮られ唇に柔らかい何かが触れる。
濡れた顔で目の前の五条をポカンと見つめると、彼は何事もなかったように立ち上がった。
「ナビス子のお友達?ナビス子は連れて帰るから。男もいるみたいだし、後は大丈夫だよね」
そして何も言えずにいる彼らを尻目にナビス子に視線を戻す。
「いつまでも座ってないで、行くよ」