Chocolate Lily
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月日の流れるのは早いもので、この春大学を卒業したナビス子は、かねてからの予定通り東京の企業へ就職することになった。
はじめはガランとしていた部屋は、引っ越しを手伝うため一緒に上京した両親と共に買い揃えた家電製品や生活雑貨のお陰で、それなりに体裁を整えることができていた。
実家から持ってきた段ボール箱から、直ぐに使えそうな衣類を箪笥に移し替えながら、ナビス子は今生の別れであるかのように目を潤ませていた母親の顔を思い出す。
『またお父さんと一緒に来るからね。困った事があったら五条さんに言いなさいね』
仲良く並んで歩く両親の姿は見慣れていたけれど、駅の改札口の向こう側に消えてゆくのを見送った時には少しの不安と寂しさを感じてしまったのは確かだ。
「わりと過保護なんだよなぁ」
その時、不意に呼び鈴が鳴って思わず肩が揺れた。
何かの勧誘だったら面倒なので、物音を立てないように注意しながら玄関に向かい、恐る恐るドアスコープを覗く。
「………」
勧誘員ではなさそうだったが、居留守が使える相手でもなさそうだったので、ナビス子は少し躊躇ってからドアを開けた。そこには物が見えるのか疑わしいほど黒いサングラスをかけた長身の男が立っている。
「久しぶり」
久しぶりもなにも、ナビス子は五条が突然山﨑家を訪れたあの日以来彼と会っていない。
彼がかなり印象に残る優れた容姿でなければ、どちら様?と聞きかえしていただろう。
「あれ?ご両親もう帰っちゃった?挨拶できなかったねー」
ただでさえ不本意な婚約なのに、婚約者としての誠意が微塵も感じられないのだから、ナビス子の嫌気は増すばかりだった。
見た目の良さを差し引いてもマイナスだ、と思う。
「とりあえず連絡先交換しとこうか。呼ばれたからってすぐ行けるわけじゃないから、出来るだけ自分で何とかしてね」
うーん、嫌いだ、とナビス子は心の中で毒づきながら、スマホの端末を突き合わせる。
母親は五条を頼るように言ったけれど、頼ってやるものかと思う。
スマホをポケットに仕舞い込んだ五条は玄関から中を覗いて「いい部屋だね」と言った。
「今度泊まりにこよーっと」
「えっ!?」
目を剥いたナビス子を気にする素振りも見せず、五条は「じゃね」と片手をあげて踵を返した。
玄関ドアからその後ろ姿を見送ってしまうと、ナビス子は力なく扉を閉めて、それに背を預けた。
結婚の約束はしたものの、その時期が決まっているわけではなく、最低でも大学を卒業後数年は社会を経験してからという話しだったはずだ。
あの日、あっさりと祖母の話を受け入れた五条に「あなたはそれでいいんですか!?」と詰め寄ると、彼は何が問題なのか分からないと言って肩を竦めてみせた。
「スカウトに来たつもりが逆スカウトされちゃったねー」
あっけらかんとした様子のそれを見て、彼と自分の結婚に対する価値観の乖離を知った。彼は自分の伴侶選びでさえ駆け引きの道具と割り切っているのだろうが、ナビス子は自分の両親のように純粋な恋愛を経ていつまでも仲の良い夫婦に憧れていた。
五条のように容姿にも恵まれた人を前にして贅沢だと言われるかもしれないが、恋愛と結婚は違うと聞く。少なくともナビス子にとって、彼は結婚したい人ではなかった。
「そろそろホームシックになってる頃かと思って」
そう言って再び五条がナビス子の部屋を訪れたのは、それから一カ月ほど経ったゴールデンウィークの初日だった。
「上がっていい?」
素直に招き入れてしまったのは、新しい生活が一段落して、ふと一人暮らしが寂しくて仕方ない日が増えたからだ。
なるほどこれがホームシックか、と五条の言葉を聞いてナビス子は思った。
五条はぐるりと部屋を見回してから、ベットに目をとめた。
「これ、小さいね。僕が寝れないじゃん」
「えっ?その必要なくないですか?」
「ここ、ちょうど交通の便がいいから、仮眠取るのに使わせてよ」
え、ヤダ、と内心思ったもののそれを素直に口にするのは憚られて、断り文句を探して黙り込んだナビス子のそれを了承と受け取ったのか、五条は「今度ベット買ってこよう」と言いながらテーブルの前に腰を下ろした。
「や、勝手に決められても困…」
「一人暮らしは慣れた?」
「………」
この人は人の話を聞かないタイプかとナビス子眉を顰めながら、彼女自身は話の腰を折られても聞かれた事には律儀に答えてしまうタイプだった。
「まぁ、ボチボチですね。あの、ベッドは…」
「仕事は?」
「ボチボチなんですけど!」
キレ気味に返事をすると「何怒ってるの?」と五条が首を傾けたのでナビス子は思わず混乱してしまう。
「…え?私ベッドの話を…してたと…」
「一緒に見に行きたい?」
「いえ、全然」
「じゃあいいじゃん」
今度はナビス子が首を傾げる番だった。
これはだいぶヤバい人かもしれない。
「…お茶、入れて来ます」
「おかまいなくー」という五条の声を背中に受けながら、ナビス子は一旦その場を離れて冷静になろうとした。それを知ってか知らずか、五条がキッチンのナビス子に向かって声をかける。
「ウチで働けば良かったのに」
「ばぁちゃんが嫌がるんで」
そうでなくても貴方と同じ職場は嫌です、と言う言葉は飲み込んでおく。
「職場の人と飲みに行ったりしないの?」
五条にお茶を出しながら、その言葉で何かを思い出したナビス子が口を開いた。
「婚約者がいるって事は私、遊んじゃいけないんでしょうか」
「は?」
五条がポカンと口を開ける。
「例えば合コンに行ったり、男性も混えたグループで遊びに行ったりとか」
「あぁなるほど」と彼は手を打った。
「別に構わないよ。お互い結婚するまではフリーってことで行こう。ってか、何かと縛られるの面倒だから、そのつもりだったんだけど」
絵に描いたような軽薄。
とてもじゃないが、目の前にいるこの男とは恋愛できそうにない、とナビス子は唇を引き結んだ。
「昔から恋愛と結婚は別物って言いますもんね」
少しずつ距離を詰めていければという淡い期待は早々に崩れ去りそうな予感がした。
そんな事があってからナビス子は友人に誘われれば積極的に合コンに参加するようになった。婚約者の許しを得ているのだから遠慮する必要はない。ともすると、考えれば考えるほど腹立たしく泣きたくなるような五条への失望感を誤魔化すためだったのかもしれない。
はじめはガランとしていた部屋は、引っ越しを手伝うため一緒に上京した両親と共に買い揃えた家電製品や生活雑貨のお陰で、それなりに体裁を整えることができていた。
実家から持ってきた段ボール箱から、直ぐに使えそうな衣類を箪笥に移し替えながら、ナビス子は今生の別れであるかのように目を潤ませていた母親の顔を思い出す。
『またお父さんと一緒に来るからね。困った事があったら五条さんに言いなさいね』
仲良く並んで歩く両親の姿は見慣れていたけれど、駅の改札口の向こう側に消えてゆくのを見送った時には少しの不安と寂しさを感じてしまったのは確かだ。
「わりと過保護なんだよなぁ」
その時、不意に呼び鈴が鳴って思わず肩が揺れた。
何かの勧誘だったら面倒なので、物音を立てないように注意しながら玄関に向かい、恐る恐るドアスコープを覗く。
「………」
勧誘員ではなさそうだったが、居留守が使える相手でもなさそうだったので、ナビス子は少し躊躇ってからドアを開けた。そこには物が見えるのか疑わしいほど黒いサングラスをかけた長身の男が立っている。
「久しぶり」
久しぶりもなにも、ナビス子は五条が突然山﨑家を訪れたあの日以来彼と会っていない。
彼がかなり印象に残る優れた容姿でなければ、どちら様?と聞きかえしていただろう。
「あれ?ご両親もう帰っちゃった?挨拶できなかったねー」
ただでさえ不本意な婚約なのに、婚約者としての誠意が微塵も感じられないのだから、ナビス子の嫌気は増すばかりだった。
見た目の良さを差し引いてもマイナスだ、と思う。
「とりあえず連絡先交換しとこうか。呼ばれたからってすぐ行けるわけじゃないから、出来るだけ自分で何とかしてね」
うーん、嫌いだ、とナビス子は心の中で毒づきながら、スマホの端末を突き合わせる。
母親は五条を頼るように言ったけれど、頼ってやるものかと思う。
スマホをポケットに仕舞い込んだ五条は玄関から中を覗いて「いい部屋だね」と言った。
「今度泊まりにこよーっと」
「えっ!?」
目を剥いたナビス子を気にする素振りも見せず、五条は「じゃね」と片手をあげて踵を返した。
玄関ドアからその後ろ姿を見送ってしまうと、ナビス子は力なく扉を閉めて、それに背を預けた。
結婚の約束はしたものの、その時期が決まっているわけではなく、最低でも大学を卒業後数年は社会を経験してからという話しだったはずだ。
あの日、あっさりと祖母の話を受け入れた五条に「あなたはそれでいいんですか!?」と詰め寄ると、彼は何が問題なのか分からないと言って肩を竦めてみせた。
「スカウトに来たつもりが逆スカウトされちゃったねー」
あっけらかんとした様子のそれを見て、彼と自分の結婚に対する価値観の乖離を知った。彼は自分の伴侶選びでさえ駆け引きの道具と割り切っているのだろうが、ナビス子は自分の両親のように純粋な恋愛を経ていつまでも仲の良い夫婦に憧れていた。
五条のように容姿にも恵まれた人を前にして贅沢だと言われるかもしれないが、恋愛と結婚は違うと聞く。少なくともナビス子にとって、彼は結婚したい人ではなかった。
「そろそろホームシックになってる頃かと思って」
そう言って再び五条がナビス子の部屋を訪れたのは、それから一カ月ほど経ったゴールデンウィークの初日だった。
「上がっていい?」
素直に招き入れてしまったのは、新しい生活が一段落して、ふと一人暮らしが寂しくて仕方ない日が増えたからだ。
なるほどこれがホームシックか、と五条の言葉を聞いてナビス子は思った。
五条はぐるりと部屋を見回してから、ベットに目をとめた。
「これ、小さいね。僕が寝れないじゃん」
「えっ?その必要なくないですか?」
「ここ、ちょうど交通の便がいいから、仮眠取るのに使わせてよ」
え、ヤダ、と内心思ったもののそれを素直に口にするのは憚られて、断り文句を探して黙り込んだナビス子のそれを了承と受け取ったのか、五条は「今度ベット買ってこよう」と言いながらテーブルの前に腰を下ろした。
「や、勝手に決められても困…」
「一人暮らしは慣れた?」
「………」
この人は人の話を聞かないタイプかとナビス子眉を顰めながら、彼女自身は話の腰を折られても聞かれた事には律儀に答えてしまうタイプだった。
「まぁ、ボチボチですね。あの、ベッドは…」
「仕事は?」
「ボチボチなんですけど!」
キレ気味に返事をすると「何怒ってるの?」と五条が首を傾けたのでナビス子は思わず混乱してしまう。
「…え?私ベッドの話を…してたと…」
「一緒に見に行きたい?」
「いえ、全然」
「じゃあいいじゃん」
今度はナビス子が首を傾げる番だった。
これはだいぶヤバい人かもしれない。
「…お茶、入れて来ます」
「おかまいなくー」という五条の声を背中に受けながら、ナビス子は一旦その場を離れて冷静になろうとした。それを知ってか知らずか、五条がキッチンのナビス子に向かって声をかける。
「ウチで働けば良かったのに」
「ばぁちゃんが嫌がるんで」
そうでなくても貴方と同じ職場は嫌です、と言う言葉は飲み込んでおく。
「職場の人と飲みに行ったりしないの?」
五条にお茶を出しながら、その言葉で何かを思い出したナビス子が口を開いた。
「婚約者がいるって事は私、遊んじゃいけないんでしょうか」
「は?」
五条がポカンと口を開ける。
「例えば合コンに行ったり、男性も混えたグループで遊びに行ったりとか」
「あぁなるほど」と彼は手を打った。
「別に構わないよ。お互い結婚するまではフリーってことで行こう。ってか、何かと縛られるの面倒だから、そのつもりだったんだけど」
絵に描いたような軽薄。
とてもじゃないが、目の前にいるこの男とは恋愛できそうにない、とナビス子は唇を引き結んだ。
「昔から恋愛と結婚は別物って言いますもんね」
少しずつ距離を詰めていければという淡い期待は早々に崩れ去りそうな予感がした。
そんな事があってからナビス子は友人に誘われれば積極的に合コンに参加するようになった。婚約者の許しを得ているのだから遠慮する必要はない。ともすると、考えれば考えるほど腹立たしく泣きたくなるような五条への失望感を誤魔化すためだったのかもしれない。