Chocolate Lily
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その年のクリスマスイブからクリスマスへと日付が切り替わる頃になって、例の如く突然その男はやってきた。
「今から寝ようと思ってたのに」
そう小言を言うと「でも起きてんじゃん」と相変わらずの返事が返ってきたが、何かがいつもと違う気がした。
「何か、ありました?」
「何かって?」
「…いや、」
ナビス子はこの話題は掘り下げるべきではないと察した。
夕刻、珍しく祖母から「そちらは随分と騒がしいようだが大丈夫か」と連絡が入った事と関係しているのかもしれない。
実際のところナビス子の周囲で呪霊関係の騒ぎはなかったので、彼ら呪術高専の術師たちが早々に対処したのだろう。
「なんかお疲れのようだったから。シャワー使う?」
「そうしよっかな」
そう言ってリビングを通り抜けようとした五条が、テーブルの上に積み上げられた数本のDVDに目を留めた。
「なにこれ」
「レンタルしてきたんです。この週末はどこに行っても人が多そうだったから部屋で過ごそうと思って」
「まさか1人で見てたの?」
「遅いんだから早くシャワー浴びたほうがいいですよ」
五条の口から余計な言葉が飛び出す前にとシャワーに促す。
週明けの明日…もう今日なのだが…からは仕事なので、五条を放置して先に寝ても良かったが、あれこれ悩んで準備したプレゼントの存在がそれを押し留めた。
バスルームからドライヤーの音がし始めたのを確認してコーヒーの準備を始めると、ドリップが終わった頃に五条が出て来た。
コーヒーの入ったカップとシュガーポットをテーブルに置きながら「ケーキあるけど食べる?」と尋ねると「やめとく」と返事が返ってきた。
甘いものが好物で、いつもなら時間を気にせずハイカロリーなものを摂取する彼にしては珍しいと思う。
「ふうん」
それには触れずナビス子は、五条がシャワーを浴びている間にテーブルの下に忍ばせておいた紙袋を取り出した。
「はい。クリスマスプレゼント」
リサーチの結果、五条のお気に入りらしいブランドの服を選んだ。自分は一生着ることがないであろう値段の服だ。
五条は思いの外薄い反応で、受け取った紙袋から取り出した服を広げながら「… ナビス子の安月給で随分張り込んだね」と感慨深げに言った。
「なんていうか…初任給で買ったプレゼントを貰った親の気分?」
「なんで私の給料知ってるんですか。そして私が五条さんの子どもなら何もあげません」
プレゼントを渡すこと自体が初めてなのだから、もう少し驚いてくれてもいいのにという気持ちもあって、不服そうに唇を尖らせる。
「じゃ、私は仕事なので寝ます」
それには答えず五条がテーブルのDVDに手を伸ばした。
「これ、」
ナビス子が寝室に向かおうとした動きを止めて彼が手にしたDVDに目をやると、それは10年以上前の作品だが今でもクリスマスの定番として知られる映画だった。
「観たことあるんですか?」
「昔ね。陳腐なラブストーリーだったよな」
「何も考えなければ幸せな映画ですよ」
「何も考えなければね」
ふと五条の横顔に視線をやると、サングラスの隙間から見えた長いまつ毛が震えたような気がした。
「今見たら違う感想かもしれないですよ」
「じゃあ一緒に見ようよ」
「だから仕事なんだって」
そう言いながらも、先程から時折、ほんの一瞬垣間見せる五条の表情の、その理由が気になって、五条がケースを開けて中から取り出したDVDを受け取ってしまった。それをデッキにセットし終えると、ソファに座って手招きする五条の隣に素直に腰を下ろす。
「昔、誰と見たんですか」
「高専の同級とだよ、あ、まつ毛にゴミがついてる」
「え」と取り払おうとした手を五条が遮った。
「目瞑って。取ってあげる」
「ん」、とその言葉に従って目を閉じると、五条の手が動く気配がした。そして首元にヒヤリとしたものが触れる。
「え、なに?」
思わず目を開くと「はい、じっとしてて」と身体を捩った五条が首の後ろの髪の毛を避けながら留め具を繋いだ。
視線を落として自分の首に飾られたネックレスに触れる。トップについているのはシンプルな小ぶりの一粒ダイヤだったが酷くキラキラして見えた。残念ながらそれが高い透明度と緻密なカットから生み出されるものである事をナビス子は知らなかったのだが、それでもかなり高価なものであろう事は想像できた。
「どうして?」
今までイベントを一緒に過ごした事はなかったし、何かを買って欲しいと強請ったり、もちろん何かを贈られた事もない。
恐る恐る五条を振り返ると「クリスマスプレゼント」と彼は唇の端を吊り上げた。
「ナビス子、めちゃめちゃ僕の持ち物リサーチしてたでしょ。バレバレだから。重ね付けしたら、そのダサい首飾りもちょっとはマシに見えるんじゃない?」
抗議するような視線を送ると、五条は身を乗り出してリモコンを手に取り操作を始めた。
彼があまり素直じゃない性格なのは何となく気づいていたので、リモコン操作を終えて再び背もたれに寄りかかった五条に倣って自分もソファに背を預け「ありがとうございます」と呟く。
「大切にします」
「僕も、この服は記念に飾っとくよ」
「それは着てくださいよ」
そしてナビス子は、ふふ…と笑いながらソファの上で自分の両足を抱え込んだ。
「五条さんにも、一緒に映画を見る同級生が居たんですね」
「ひとりでDVD見てたヤツに言われたくないよ」
「その人も呪術師?」
「親友だよ」
五条の口からそんな言葉が出てきた事に驚いたナビス子が隣を見上げると、彼はその視線から逃れるように彼女の肩に腕を回し「ねぇ」と自分に引き寄せた。弾みで両膝を抱えていた腕が解ける。
「
「また何を言…」
「見えるところに置いておきたい」
今更と軽くあしらおうとしたナビス子の声を遮った五条のそれは、いつもの彼だったら到底口にしないであろう言葉だった。
「…どうしたんですか、気持ち悪い」
「んー、クリスマスだからかな?」
正直乗り気は、しない。
呪術界にどっぷり浸かる気はないし、祖母の懸念をさて置いても五条みたいなタイプの人が沢山いる職場ならやっていけそうな気がしない。それでも。
何度か五条の様子を確認しながら逡巡した末に諦めて溜め息を吐く。
「ブラックでない部署なら、検討します」
五条がゆっくりとナビス子に視線を落とす。
「…今日は、どうしたの?」
「さぁ、クリスマスだからじゃないですかね」
すると彼は喉を鳴らして「そっか」と呟いた。
「今度から頼み事はクリスマスにしよう」
「無茶なお願いされても断る準備はできてますよ」
「来年のプレゼントに指輪を用意しても?」
目を瞠ってすぐそばにある五条の顔を凝視するナビス子に彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「僕も来年で29になるし。その心算でいてよ」
あ、こんな感じで来るんだ、とナビス子は不思議な気がした。いずれはと分かっていた事だけれど、それを除けば普通の恋人同士が交わす結婚の約束だ。
____やっぱり今日の彼はおかしい
そう感じながらも、自分の肩を抱く五条の温もりにいつにない安堵感を覚え次第に睡魔に襲われる。
「やばー…途中で寝ちゃうかも…」
「いいよ。ベッドに運んどく。明日早いんでしょ」
心地良い意識の中で、そう言う五条の声を聞いた。
翌朝、喧しいアラーム音で目覚めるといつものベッドの上だった。
既に五条の姿はなくて、睡眠が足りていないと感じながらベッドから起きだしノロノロと朝の準備にかかる。
昨日のあれは、何処までが現実で、何処からが夢だったのだろうか。