Chocolate Lily
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「あー、彼氏欲し」
最早それがお互いの合言葉になっている友人がいた。週末、仕事帰りの居酒屋で、ナビス子がそう言えば、彼女も同じ台詞を返してくれるはずだった。
「実はちょっと今いい感じなんだよねー。こないだ話した人と」
「マジで?」
「マジマジ。明日も遊びに行く事になったの」
片手に持った焼き鳥の串を軽く振り回しながら彼女は上機嫌だ。
「そんなに進展してたとは…いつの間に」
「いいなー」と言いながらナビス子は酎ハイを喉に流し込む。
「上手くいったら、彼の友達紹介してあげるから楽しみにしてて!」
「期待しないで待ってるよー」
「アンタさ、ちょっと選り好みしすぎなんじゃない?」
「そんな事ないよ」
そんな遣り取りをしていると、テーブルの上に置いていたナビス子のスマホが震えて、メッセージの着信を知らせた。ナビス子はスマホ画面を確認して「マジか」と呟く。
「どうしたの?」
ナビス子はスマホをテーブルに伏せて置くと「何でもない」と言って、再び水滴だらけになったグラスに手をかけた。
五条の存在は誰にも話していないし、話すつもりもない。
そこに恋愛感情があったなら、少し違ったのかもしれないとは思う。
酔いも手伝って何となくいい気分で帰ってきたナビス子が、慣れた手つきでマンションのドアを開けると、いつもなら暗いはずの部屋に明かりがついていた。そこで漸く先刻のメッセージを思い出して小さくため息をつく。
「おかえりー」
部屋ではテーブルに両肘をついてテレビを見ながら寛ぐ五条の姿があった。
「だ、か、ら、急に来られても…あぁっ!それは昨日実家から届いたきんぴら!」
テーブルの上の見覚えのあるタッパーを見てナビス子は目を剥いた。
「やっぱ料理上手いよね、ナビス子ママ」
鞄を放り出して駆け寄ったナビス子が、「勝手に冷蔵庫開けないで」と言ってタッパーを自分に引き寄せると「ケチ」と五条が口を尖らせた。
「今日は何の用ですか」
「ナビス子に会いに」
「……」
「なんで黙っちゃうの。そこは喜ぶところでしょ」
「急遽明日の予定がなくなったから、ゆっくりできると思ったのにさー」と五条は長い腕を組んで頭の後ろに回した。
「まさか泊まっていくつもりじゃ…」
「モチロン。うれし恥ずかし朝帰りしちゃお。ナビス子のことだから、どうせ明日も暇でしょ」
「………」
口を開きかけてやめる。
ムカつくけどそれは事実だった。
タッパーの蓋を隙間がないようにキッチリ閉めながら、ふと先程まで一緒にいた友人のウキウキした顔を思い出した。
お互いの好意を探り合いながら距離を詰めていくドキドキ感を楽しんでいる友人を羨ましいと思う。
そんな前段階は既にすっ飛ばしてしまっていたし、それを求めるのは無理だと分かっているつもりだ。
ナビス子はチラリと五条の様子を窺い見てから、どうせ軽くあしらわれるだろうと思って徐に口を開いた。
「五条さん、明日デートしません?」
「いいよ」
やや間をおいて、ナビス子が「え?」と聞き返した。
「なんで驚くの?」と五条がナビス子に顔を向ける。
「デートでしょ?いいよ。どこに行きたい?」
まさか二つ返事で了承されるとは思っていなかったので戸惑ってしまう。
「いや、えっと…」
狼狽えるナビス子を興味深そうに眺めてから、五条は「もしかして言ってみただけ、とか?」と尋ねた。
図星だったが、それはそれでかなり失礼だと思って躊躇すると、返事を待っているのか五条がテーブルに肘をついてじっとしている。濃い色のサングラスに隠れてはいるが、その視線がナビス子を捉えているのは明白だった。
「いや、ほら、五条さん、忙しいから。多分ムリだろうなーと思って…だから特に何かあるわけじゃ…」
次第に小さくなった声が、最後はゴニョゴニョと尻すぼみになって消える。
「ま、そういう事にしとこうか」と五条は唇の端を吊り上げた。
「忙しい僕が時間を空けて来たんだから、付き合ってよ」
倦怠感に微睡みながら、ナビス子は隣で横になっている男をぼんやりと眺めた。
細身に見えて鍛えられた筋肉が、整った骨格を美しく引き立てている。
一度そういう関係になってしまえば、あとはズルズルとそれに引き摺られてしまうだけで、身体をこじ開けられる度に、心までこじ開けられてしまうのではないかと恐れていることを、この男は知らないのだろうとナビス子は思う。
「何考えてるの」
いつの間にか五条の顔が此方に向けられていて、ナビス子はその視線から逃れるために寝返りを打って背を向けた。
ほろ酔い気分で眠りにつくはずだったのに、予期せぬ来訪者が、お構いなしに身体を揺すったせいでアルコールがすっかり頭に回ってしまったようだ。いつもなら飲み込むはずの言葉が、ぼんやりとした頭をすり抜けて口を突いて出た。
「…五条さんはもしも…誰かと恋に落ちてしまったら…例えば私の知らない誰かを好きになってしまったとしたら」
酔いに任せなければ聞くことができなかったのであれば、それはずっと心のどこかで燻っていたはずなのだ。
「いや、別に私の知ってる人でもいいんですけど。とにかく本当に好きな人ができたら、そうしたら五条さんはどうするんですか?」
背後から聞こえた短く笑う声は、くだらない質問だと、暗にそう言っているようだ。
「だって可能性はゼロじゃない」
「起こってもいない事を言われても、ねぇ」
その言葉にどこか安堵して、ナビス子は両脇をすり抜けてきた五条の手が、胸の膨らみに触れるのを許した。
それでもそれは、今起こっていないだけで今後も起こり得ないわけではない。
「いざとなれば外に囲えますもんね」
旧家の中には時代錯誤な封建的価値観の家もあると聞く。
お飾りの妻にはなりたくないけれど、そうなる覚悟も必要だと自分に言い聞かせるのは少し辛い。
「僕をどんな人間だと思ってるわけ?」
「あ…っ」
咎めるように胸の尖をつねられて、身体がビクリと跳ねた。
その手を払おうとしたが叶わず、尖を弄ぶように指先で捏ねながら、ナビス子の肩に唇を落とした五条の白い髪が頬をくすぐる。
「ダメ」と抗議すると、素直に離れた片方の手がナビス子の頬にあてがわれて強制的に顔の向きを変えられると、すかさず無防備な口を塞がれた。
「んんっ」
ねっとりと絡まるそれが、悪戯をやめない指先が、先の行為を示唆している。
先程したばかりだというのに身体に火が灯るのはあっという間だ。
唇を離した五条が肩を掴んでナビス子の身体を仰向けにすると、上に覆い被さるように両脇に手をついて彼女を見下ろした。