歩いて帰ろう
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インターハイ予選。
それは運動部にとってはお祭りみたいなものである。
県内では五本の指に入るウチのチームは一応シード校なのでまだ試合はない。
しかしその日は試合見学と会場の下見を兼ねて一部の運動部員が3~4限目の外出を許可されていた。
バレーの試合会場を後にしてバスに飛び乗り、向かうはバスケの試合会場。
学校へは昼休みが終わるまでに帰ればいいじゃん。
平日のこの時間にウロウロなんて滅多に出来ない。
「時間が余ったらバスケの会場を見てみない?」とサチコを誘ったところすぐにOKが出た。
どうやらバスケ部に興味があるらしい彼女は、いつの間にかあの黒い人の名前を調べていたから笑った。
息を切らせながら会場に入るとバレーの会場とはまた違った雰囲気。
「牧さんに会わないかな~」とキョロキョロするサチコに「そこかよ」とツッコミながら実は神くん居ないかな~と思っているあたしは所詮彼女と同レベルだ。
試合も終盤のコートを見るとバスケの選手ってなんだか怖いと思った。
ベンチに居っている赤い頭の人はどう見てもヤンキーだし、イカツイんだもの。
「赤の11番、ロックオン」
隣のサチコが呟く。
ミーハーめ。
歩いて帰ろう
「なんでアンタがいんだ?」
試合後の廊下をウロウロしていたあたし達に声をかけてきたのはキヨタだった。
「バレー部だろ?あっ!まさかもう負けたとか!?ダーっ!海南の恥め!」
うるせぇ男だな、まだ試合してねぇよと言う言葉はそっくりそのままサチコが代弁してくれた。
しかしすぐに彼女は目標物を見つけたようで「ちょっと行ってくる」と言い残して走っていってしまった。
驚いた様子のキヨタは「何?」とその後ろ姿を目で追う。
「ほんの5分前までは牧さんのファンだったんだけど、今は湘北の11番を見に行ったんだと思う」
「ケッ、ミーハーめ」とキヨタが悪態をついたが生憎それは否定できない。
「…神くんは来てる?」
あたしの問いに「あ?」と振り返えったキヨタは、顎に手をやってあたしの顔を眺めた。
「な…なによ」
「アンタ、まさか神さん狙い?」
クププと変な笑いを零す。
「ダメダメ、名前も覚えられてないのに相手にされるわけねぇだろ」
そして自分の後ろの廊下を指差した。
「神さんならカワイイ女の子に握手ねだられてたぜ。あの人結構モテるからな。」
――ズキンと胸の奥が鳴った。
神くんがモテるなんて事よく知っていたし、神くん目当てで来る人がいたって不思議じゃないのに、まるで裏切られたかのように胸が軋んだ。
そうだ、別にバスケをする神くんを知っているのはあたしだけじゃない。
あたしは特別なわけじゃない。
「なぁーんでアタシが神くんを狙わなきゃなんないのよ!」
噛み付くように言い返したが、キヨタはニヤニヤとあたしを眺める。
すんげぇムカつく。
「フン、どーせアンタには握手求める人なんていないんでしょ?」
形勢逆転ムっとするキヨタ。
「アタシが握手してあげようか?」
意地悪くそう言って手を伸ばすとヤツはバチンとあたしの手をはたいた。
「るせー!俺はNo.1ルーキーだからこれからなんだよ!」
「No.1なの?」
あぁ、ジャンプ力は確かにあったかも。
バスケの技術的な事は分からないけど。
「ほ~ぉ、じゃあNo.ルーキー」
あたしは無理矢理キヨタの手を握った。
「予選なんて楽勝だねルーキー。なんつったって海南バスケ部にはNo.1ルーキーがいるんだから、ね?ルーキー」
憤慨するキヨタに背を向けて、神くんが来る前に会場の外に出た。
来なきゃよかった…
気持ちのモヤモヤを吹き飛ばそうと外の空気を大きく吸って…吐いたその時だった。
「なま恵…?」
その声にドキっとした。
なんでかなぁ。
なんでここに居るのかなぁって仕方ないコイツはバスケットマン。
「逃げるなよ」
あたしの心を察したかのようなその言葉に足を止めて振り返る。
あたしの目に映るのは初恋のその人、仙道彰。
「別に逃げてないし」
「じゃ、テレてんの?」
そう言って少し首を傾け微笑む。
その仕種に性懲りもなくざわつく心が悔しい。
「なんでテレなきゃなんないのよっ」
「じゃあ何だよ こないだの態度」
む…と一瞬言葉に詰まった。
「あたしだって色々忙しいの!彰クンにいちいち付き合ってる暇ないんだから!」
あたしの反論に「へー、随分忙いんだな。中2の終わりくらいからだったっけ。」と返された。
それくらいからだったかな、あたしが彰クンを避けるようになったのは。
「何?彼氏のオーエン?」
おぉ海南…と彰クンの目があたしのジャージのプリントを捉えた。
言ってやりたい。
彼氏の応援だって見栄を張ってやりたい。
「でもまだ海南は試合ないよね?
あ、さてはミーハー?」
ムカつく。
「彰くんこそ、ミーハーな女の子達に追い掛けられて困ってんじゃないの?」と言ったら苦笑いされた。
うわぁ…超ムカつく。
「タスケテ」
「は?」
「助けると思って彼女のフリしてよ」
「ぬぁんでだよっ」
彰クンがケタケタと笑い出すからまたからかわれているんだと思った。
「そーゆー冗談止めてくれる?メーワクだから」
「傷つくから」とは言えないあたし。
「ホンモノに頼めばいいじゃん」
「だって来てねーもん」
さりげない探りに対する彰クンの反応にチクリと痛む胸。
やっぱり居るんだ彼女。
「仙道!」
向こうで彰クンと同じジャージを着た人がこちらに向かって大きく手を振っている。
「おぉヤバイ…」
そちらに向かう彰クンがチラリとあたしを振り返って笑った。
「またな、ご近所サン」
その大きな背中を見送るあたしは何故か泣きたい気分になったけれど、サチコの声がそれを押し止めた。
「アンタ何処に行ったのかと思った~!もー探したんだから!」
「…サチコ」
「ん?」
「あたし、彼氏が欲しい…」
あたしの口から突然出た言葉にサチコは驚いていたが、その時あたしは切実にそう思った。