歩いて帰ろう
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恋ってのは落ちるって言うくらいだから落とし穴にハマるようなもんで、ずっと気をつけていてもある日、ほんの一瞬油断した隙にズボッと落ちてしまうものなのだ。
落とし穴が浅ければ楽しい余興。
だけど深ければ怪我をする。
痛いほど分かっていたハズなのに……一人練習する彼の姿を見てしまったのがあたしの運の尽き。
思い返せばあれが「落ちた」瞬間だったのかもしれない。
歩いて帰ろう
その日神くんは、あたしを駅まで送ってくれる間、自転車を押しながら話を聞いてくれた。
部活を辞めたいとまで打ち明けた神くんには、なんだか今更隠すこともないような気がして、あたしはレギュラーを外された事だけに留まらず、その他の不安や悩みまで喋った。
そして最後に付け加えた。
「だけど今日自主練する神くんを見て、あたしももう少し頑張ってみようって思った。」
神くんは少し照れ臭そうに笑って「そっか」と呟いた。
不覚にもキュウッとなった胸がトキメキを覚える前に深呼吸をしてごまかした。
イカン、黄信号。
「腰はさ、疲労やストレスとかもあるかも知れないけど、とりあえず病院に行って異常がなければ筋トレを一からやり直そうか。腹筋と背筋のバランスが悪いと腰痛になりやすいんだよ。あとストレッチはとにかく時間をかけてやること。」
そして「よかったら俺も付き合うから」と付け加えたから、あたしは目を丸くしてしまった。
思いもかけない言葉の向こうに描かれる思いもかけないシュチュエーションにドギマギするあたしの表情が複雑な顔をしているように見えたのだろう。
「それとも一人でやったほうが集中できるかな?」
そう聞いてきた神くんにあたしは激しく首を振った。
「いや、そりゃあ指導者がいてくれたほうが…」
あたしは嬉しいんだけど神くんにはかなりの負担になるんじゃないのかな。
「だけど神くん、帰るのがまだ遅くなっちゃうよ?神くんだって自分の練習や勉強もあるし…何てったって今週末からインターハイ予選が始まるのに…」
すると神くんは「うーん」と少し遠くを見てからあたしに視線を戻した。
「筋トレは少しだけだからそんな時間かからないだろうし、ストレッチだって家に帰ってから一通りやってるのをここで一緒にやって帰るって考えたらさ。それにウチは予選で躓くようなチームじゃないから。」
へぇ凄い自信ですこと。
「大切な試合のある週はムリかもしれないけど、一応みょう寺さんがレギュラーに復帰できるまでは付き合うよ」
「付き合う」ってツキアウって…わかってるけど、筋トレに付き合ってくれるってだけなんだけど、なんだか嬉しくて照れ臭くて、あたしは思わずニンマリ笑ってしまった。
そんなあたしの顔を見詰めて神くんが一言。
「そのブチバレた顔、マジでヤバイ」
慌てて顔を片手で隠す。
「明日も腫れるんじゃない?」
「やっぱり…?」
「うん」
「あぁあ~!」
どうしようって真剣に悩むあたしに「学校サボんなよ」とか軽口を叩く神くんとのやり取りがとても楽しかった。
こんな風に男子と一緒に帰ったり冗談を言い合ったり…そして自分のダメなところをさらけ出したり出来たのはアイツ以来。
ただ相手が気心の知れた幼なじみじゃなくって、ほんの数週間前までは話した事もなかった人なんだから、これって凄い事だと思う。
駅まで送ってくれた神くんのチャリが消えるのを、あたしはいつまでも見送った。
結局医者には問題ないと言われて、あたしは部活が終わってからの自主トレを開始した。
神くんがシュート練習している間、あたしは一人で練習をした。
トスを上げてくれる人がいるわけでもレシーブの為のボールを投げてくれる人もいるわけじゃないから、ひたすら初心者みたいな地道な練習。
もともとセンターだったっていう神くんの話を聞いていたら、レフトっていう今のポジションにこだわらなくてもいいかなって考えれるようになって少し気持ちが楽になった。
身長やジャンプが伸びないならリベロを狙ったっていいじゃない。
「…はい、終了」
「ぅう~…」
突っ伏したあたしに手を延ばしてくれる神くんについ甘えてしまう。
これは女の子の特権。
握った手の大きさ、神くんの体温…一体何人の女の子がこれを知っているんだろう。
ヤバイ…
こんな事考えるなんて、あたしかなりヤバイかも。
そろそろストップ、赤信号。
邪念を振り払うように頭の中身を部活の事に切り替える。
「インターハイに間に合うかなぁ」と言ってみたら「そんなに甘いのバレー部は」だって、チクリとくるんだこの人の一言。
さらに「その前にバレー部がインターハイに行けるかどうかの方が問題だね」とまで言われた。
去年、ウチの部は3年振りにインターハイ出場を逃したのだ。
「流石の余裕ですね常連サンは」
「そうでもないよ」
あたしの嫌味が届いているのかも怪しいほど涼しい笑顔。
「んー、そう言われると負けたくないな、バスケ部にも神くんにも!」
今度は声を出して笑われた。
馬鹿にしてる。
だけどあたしは、神くんと二人きりのこの時間に特別な何かを感じてしまっていて、出来ればいつまでも続いて欲しいとさえ思い始めていた。
遠回りになるのにあたしを駅まで送ってくれる神くんの気遣いが嬉しくて堪らない。
なんだか青春。
これを神くんのファンに見られたら大変な事になるだろうな。
完全にあたしは悪者だ。
そう思いながらももっと近づきたいと欲張るあたしがいる。
「バスケ部の試合見に行きたいなぁ、見に行っていい?」
「別に俺に断る必要ないんじゃない?」
そりゃそうだ。
だけどその時、神くんのそっけない言葉にちょっと傷ついている自分に気付いた。
きっとあたしは「是非見に来てよ」とか、「見に来てくれるならいつもより頑張るよ」とか、無意識にそういう言葉を期待していたんだ。
「そうだよね」
あたしはがっかりしている自分に気付かれないように無理に明るい声を出した。
「それにうちはシードだからまだ試合は先だよ」
「あ、そっか、そうだよね」
去年もIHに行ったバスケ部は当たり前のようにシードだろう。
「でも明日は試合を見に行く事になってるんだけどね。一応下見。」
「お、いいなぁ、それレギュラーの特権だよ!授業サボれる!」
神くんは笑った。
「みょう寺さんはバレーの試合見に行けないの?」
「それがねー、レギュラーじゃないのに外出届けの名簿に名前入れてもらえたの。ラッキー」
喜ぶあたしに神くんは言った。
「以外と期待されてるんじゃない?」
びっくりして神くんの顔をマジマジと見てしまった。
先生がやたらあたしを目の仇にするなと思った事はあるけどそんな風に考えたことなかったから。
「…えへ」
自惚れそうな自分にちょっとテレて口許を緩ませると、「単純」とからかうように言った神くんが柔らかい笑顔を見せた。