歩いて帰ろう
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「ファンの子がなかなか話しかけられずにいるから、アタシが先に声かけて神くんを連れ出してやったの。その時のあの子達の顔見てたら何だかユーエツ感感じちゃった。」
サチコは楽しそうに話していたけれど、優越感の向こうに待っている嫉妬だとか失望だとかの味をあたしは知っている。
“あの人が彼女なの?
たいしたことないじゃん”
“ただの幼なじみだって、…くんは言ってたよ”
特別だと思っていたのはあたしだけだったんだ。
歩いて帰ろう
マンションが近くなるとあたしはセンサーを張り巡らせる。
アイツも部活をやっているのだろうから帰りは遅いだろうし、その分鉢合わせる可能性も高くなる。
いないな、アイツはいないよな?
しかしそんな気合いとは裏腹に、引っ越して来てからアイツの姿を見ることはなかった。
意外と生活のパターンが違うようだ。
あたしが郵便受けを覗いて部屋へ向かおうとした時だった。
「よう」
反射的に振り返った。
「同じマンションでも、意外と会わないもんだな」
アイツが居た。
あたしは日曜日の練習試合に途中出場したが、結果チームは競り負けた。
久しぶりに出してもらえた試合だったので悔しかった。
そしてあたしはレギュラーを外された。
試合に出るチャンスなんてほとんどなかったけど、やっと掴んだレギュラーの座にあたしはしがみついていたかったのに。
それを言われた日、あたしは体育館のトイレに長いこと篭って一人で泣いた。
今からじゃ予選には間に合わない。
ううん、もうそこに戻れないような気さえした。
気がつくと外はすっかり暗くなっていて、さすがにもう帰らなくてはいけないと思った。
体中からヤル気が抜けたあたしは、今度こそ本当に辞め時だと思った。
あたしはチームに必要ない。
そしたら無性にアイツに会いたくなった。
あの日、あたしは逃げるようにその場を去って、そして心にの奥には鉛のように重たい何かが残った。
会いたくなかったのに、それなのに今更思い出すのはアイツの顔。
駄目だ、かなり弱ってるあたし。
アイツに慰めて欲しいなんて。
いや、たぶん誰でもいいんだ。
アイツだけが特別なわけじゃない。
.体育館を出ようとした時、バスケ部が使っているフロアからボールの音がするのに気付いて足を止めた。
こんな時間に、まだ練習してる人がいるの?
あたしは恐る恐る中を覗いてハッと息を呑んだ。
そこで一人、黙々とシュート練習をしていたのがあの神くんだったから。
先日見た神くんのプレーがフラッシュバックする。
身体が震えた。
練習が厳しいことで有名な海南のバスケ部。
それを終えた後で、皆が帰ってしまった後でまだ、こんなに努力している人がいたんだ…。
胸が締め付けられて、思わず涙が零れた。
あたしはなんて根性なしなんだろう。
努力していると思っていたのは自分だけで、うちの部にだって知らないところであたし以上に努力をしている人がいたのかもしれない。
レギュラーを取っているのにそれに慢心することなく、こんな時間まで練習する神くんを見てあたしは自分の甘さを知った。
そして神くんに酷いことを言った事にも気付いた。
彼には何もわからないと思っていたけれど、何も分かっていなかったのはあたしの方だったんだ。
思わずその場にしゃがんで膝を抱え、漏れてきた嗚咽を殺そうとした。
キュっ…
バッシュの音で顔を上げると同時にあたしの頭にタオルが落ちてきた。
「また泣いてんの?」
タオルを剥ぎ取ると呆れたような神くんの顔が見えた。
大きな目であたしの顔を見た神くんはプッと噴出す。
「ぶっさいく」
「む」
感動も忘れてあたしが口を尖らすと彼は背中を向けながら小さく片手を上げた。
「ちょっとまってて。もうすぐ終わるから。」
別に待っておかなくてもよかったんだけど、結局あたしは神くんのシュート練習が終わるまでそこで待っていた。
何故待っていたのかと問われれば、多分あたしは神くんって人をもっと知って、彼にもっと近づきたいと思ってしまったのだろう。
「お待たせ」
神くんがボールを片付けている間も、あたしはメソメソ泣いていた。
自分の不甲斐なさもレギュラーを外された事も、今は泣く事でしか発散出来なかった。
「俺の汗臭いタオルで涙拭いてたの?」
「…だって貸してくれたから…」
神くんは笑いながらあたしの頭を軽く叩いた。
大きな手にドキリとした。
「話、聞こうか?」
そう優しい声で言われたら、甘えるなって方がムリ。
「男なら、泣いてる女の子放っておけないでしょ?」
あたしは思わず笑ってしまった。
「優しいんだ」
彼は眉尻を少し下げた。
「自分が泣かせたんじゃなければね」
コイツ…
だけど今日は聞かなかった事にしよう。
あたしより20センチは背が高いと思われる神くんと並んで歩くと、あたしの胸の奥が何故か無償にムズムズした。