歩いて帰ろう
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
2月に入るとよく耳にする先生の「ここはテストに出るぞ」宣言なんかよりも週末に行われる県予選の方がよほど重要なあたし。
それはいつもの憎たらしいキヨタに戻ったキヨタと「バレー部が全国へ行けるか否か」を学食一週間分で賭ける事になってしまったから…と言うわけでは決してない。
それにしても学食を一回奢るくらいの賭けでよかったんじゃないだろうか、一週間も奢らされ続けるのはかなりイタイ、と後悔する。
しかし底力を見せたあたし達は決勝へと勝ち進み、その時点でキヨタとの賭けはあたしに軍配があがった。
どうしても頂点に上り詰めることが出来ない我がチームだったが、2位ということでギリギリの予選通過となる。
「俺は優勝したらってつもりだったんだ!」
「んな事聞いてないよ~」
喚くキヨタを前に、どうだと言わんばかりに余裕の笑みを見せてやった。
「俺だってニ校も選抜に行けるなんて聞いてなかったぞ!バスケは一校なのに!」
「言い訳は見苦しいな、キヨタくん」
「ムッ…」
だけど流石に気の毒なので学食3日で手を打つことにした。
予選も終わり賭にも勝ったが、一ヶ月後には次の試合があるわけで、やっぱり勉強より部活が重要なあたしが「いいのよ勉強なんてソコソコで…」なんて自分に言い訳しているうちにテスト前期間に突入してしまった。
その日の放課後、あたしはいよいよヤバいと感じた数学をクラスメイトに教えてもらっていた。
しかし6時になる前にあたしの集中力は限界に達し、友人も塾があるからとそれを切り上げる。
少し本気で勉強しただけで数学が解った気になっているあたしは自分でもオメデタイ人間だと思う。
荷物をまとめて薄暗くなった校舎を後にすると、いつもよりずっと静かな体育館から微かなボールの音が聞こえた。
ウチの学校には部活馬鹿なんていくらでもいるな、なんて思いながら通りすぎようとした体育館の植え込みにボールらしきものが隠れているのを見つけた。
それはまるであたしに拾われるのを待っていたかのようなバスケットボール。
こんなところにボール転がしたまんまなんて。
しかもバスケットボール。
大丈夫かバスケ部…。
さてどうしたものかとしばらくそれを眺めていたら、吹き抜ける冷たい風に体が震えた。
ボールを片付けるのは面倒だけど、見なかった振りをするのは簡単だけど、だけどバスケットボールだもんなぁと、あたしはボールを拾いあげてしまった。
それは多分ボールを見た瞬間に神くんを思い出したからで、更にボールを手にしてしまったら今更戻すことも出来ず、あたしは「仕方ない」と自分に言い訳してバスケ部のフロアに向かった。
けれど本当はどこかで、神くんが今日も自主練をしていると期待していて、そして神くんと話すきっかけが出来たと満更でもない自分がいたのだ。
足を踏み入れるとバスケ部のフロアからは音が聞こえていないようで、嫌な予感を感じながら中を覗けば既に人気はない。
あたしは期待が外れた事にガッカリしただけでなく手のボールを持て余す結果になる。
善意だけでなく下心があるとろくな事がない。
さてどうしたものかと途方に暮れるあたしの耳に僅かな物音が聞こえた。
キョロキョロと周囲を見回せば姿を現したのはスポーツバックを肩にかけた神くん。
よかった、まだ帰ってなかったんだ
しかし期待していたはずなのに実際にその姿を見たとなると急激に心拍数があがってしまう。
胸のドキドキに戸惑い立ち尽くすあたしに気付いた神くんが、あたしの手にしたボールに視線を移すより早くそれを突き出した。
「ボール、外に落ちてたよ」
「えっ、ホントに?」
眉をひそめた神くんにボールを手渡すとそれを見た神くんの表情が解けた。
「これウチのじゃないよ」
「えっ?」
思わず赤面する。
「体育の教材みたいだね」
「わ、ごめんあたしてっきり…」
バスケットボールと言えばバスケ部、つまり神くんにすぐ結び付けてしまった短絡的な自分が無性に恥ずかしくなった。
「いいよ、俺が片付けとくから」
「いや、それは悪いし…」とボールに手を伸ばそうとしたら、神くんがヒョイとそれを自分の頭上高く持ち上げた。
その高さは流石のあたしも届かない。
いやここで力いっぱい飛び上がれば話は別だが。
「キチンと片付けとくから安心してよ」
「でも…」
ニッコリ微笑まれても間違えて拾ってきたのはあたしだから後ろめたくて仕方がない。
納得しかねているあたしを見て神くんが眉尻を下げた。
「じゃ、一緒に行こうか」
「えっ?」
反射的に聞き返したあたしの事など気にも留めぬ様子で神くんが歩き出すから、あたしも慌ててその後を追った。
二人でひとつのボールを片付けに行くなんて、なんとも非効率的で意味のない事のように思えるけれど、あたしが素直にそれに従うのはキッカケが欲しいからなんだと思う。
一歩踏み出すキッカケ。
そしたら神くんはどんな反応を見せるのだろうか。
今更…と呆れる?
軽蔑する?
もしかしてもう他に気になる人がいる?
触れてみたなら華奢な見た目よりも随分広いと知っている背中を追いながら、フラれるなら盛大にフラれるのがいいと思う。
そんな勇気があたしにあるのなら、キヨタみたいに笑ってそれを受け入れられるオトコマエな女になりたい。
あたし達はロクに会話もせずに職員室と体育館を黙々と往復した。
それでも二人で歩いている空間があるだけで、今のあたしには十分なのだ。
いつか、もう少し近づけたら、あたしはもう一度神くんに自分の気持ちを伝えてみたいと思った。
.