歩いて帰ろう
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インターハイ予選も近いんだ。休みの日だって当たり前のように練習はある。
辞める辞めると言いながらも引っ越しより部活を優先させるあたしは、神くんが言うようにバレーが「好き」なんだろうか
歩いて帰ろう
「急いで!」
少し早めに終わった午前の練習。
あたしの腕を強引に引っ張ってサチコが体育館のフロアから走り出た。
「ちょ…っ、顔くらい洗わせてよ」
あたしの申し出を無視してグングン廊下を走る。
彼女が足を止めたフロアの入り口からは熱い歓声が聞こえた。
「ラッキ、まだやってる」
そう言って中を覗き込むサチコに倣ってあたしも中を覗く。
「バスケ…」
違うユニフォームが見える。
今日はバスケ部が練習試合をしているのか…。
グルッと二階を見回すと練習試合なのになかなかのギャラリーで、海南バスケ部の人気の高さを感じた。
「神くん出てる!」
喜々としたサチコの声で再びフロアに視線を戻すと彼の姿はすぐに見つかった。
「レギュラーなんだ…」
独り言のような呟きが零れる。
強豪と言われるバスケ部のレギュラーを手に入れて、こうして試合に出れる人とあたしとでは置かれている立場が全然違うわけで、バレー部を辞めたいだなんて彼に相談したのは間違いだったと今になって気付いた。
そりゃわからないハズだわ。
「ね、あの色の黒い人、サーファーっぽくてよくない?」
言われてそちらを見ると色黒のナイスガイ…少し老け気味…がいる。この人はしばしば館内を沸かせるプレーをしていた。
そうゆう趣味だったのかサチコ…。
その時、神くんにパスが行って一瞬動きを止めた彼の、そんなところから?という距離から放ったシュートが綺麗に決まった。
「すげっ」
ワッと館内が沸き、サチコが感嘆の声を漏らす。
やっぱり神くんにあたしの気持ちはわからない、とあたしはそれを見て改めて思った。
神くんはずるい。
才能のある人はずるい。
海南のレギュラーで、あんなに遠くからのシュートを簡単に決めることが出来て、会場を沸かせるようなプレーが出来る人はあたしのような気持ちなんて一生味わうことはないのだろう。
そんな気持ちとは裏腹に、プレーをする神くんはいつもにも増してカッコよく見えて、いつの間にかあたしの目は彼の姿を必死になって追いかけていた。
不意に笛が鳴って選手の交代が告げられるとあたしはようやく我に返り、そして神くんに夢中になっていた自分が無性に許せない気分になった。
「ゲッ、キヨタ」
交代の選手を見たあたしとサチコはほぼ同時に声を上げる。
練習試合とは言え、入って一ヶ月そこそこの一年坊主が試合にでれるってことはヤツもかなり上手いとってことだ。
キヨタの姿が、あたしを追い詰める後輩の姿に重なる。
「キヨタが出るならあたし顔洗ってこよ。どうせ勝ちそうだし。」
そう言ってあたしはその場を去った。
もうこの試合を見ていたくなかった。
顔を洗って体育館の階段に腰掛けていたら、ぞろぞろとギャラリーらしき人達が出てきたので試合が終わったのだと思った。
さて、サチコを迎えに行くか、と立ち上がる。
「牧さん、お疲れ様です。よかったら使ってください。」
おぉあれはサチコ好みのサーファーもどき。
青春してるなぁ。
「ゲっ、チクリ魔!」
その声にムッと振り返ると、そこには大袈裟に驚いたフリをしているキヨタが居た。
あたしと視線が合うった奴はすぐに得意げな顔をしてみせる。
「俺のスーパープレイどうよ?」
「見てない」
「嘘ッ」
大きな口を開けて落胆の表情を作るキヨタはかなり鼻につく男だけど、なんて表情が豊かなんだろうと思う。
そして少しからかいたくなった。
「スーパープレーヤーなのに差し入れをくれる女の子はいないんだ?」
思ったとおりキヨタはカチンときたようだ。
あたしは自分の首に巻いていた汗でヨレヨレのタオルを握り締めて声のトーンをあげる。
「キヨタくん、お疲れ様でした。よかったらこのタオル使ってクダサイ……ぎゃ~!有り得な~い!超ウケる~!」
足をジタバタさせて爆笑するあたしに、キヨタの体がプルプルと震えている。
「信長!」
「あ、神さん」
その時突然聞こえたその声にあたしの心臓が跳びはねた。
「あ、…」
あたしに気付いた神くんが少し考えるように視線を泳がせる。
「…ごめん、もう一回名前聞いていいかな?」
神くんが申し訳なさそうにそう言うと、隣のキヨタがわざとらしく音を立てて吹き出した。
「…な、名前も覚えられてない…っ」
クソッと横目で睨んでみても非常に楽しそうな奴は「かーっかっかっ」と腹を抱えて笑うばかり。
「…みょう寺デス。」
「あぁそうみょう寺さん!」
神くんは思い出したように手を打ってから、なおも笑い続けているキヨタの頭を小突いた。
そうだよね、神くんにとってあたしはその他の大勢の女の子の一人…たまたま最近偶然が重なってちょっと喋る機会があっただけ。
名前なんて忘れられていても仕方がない。
「何だかんだ言って続けてるんだ、バレー」
それに答える代わりに出た言葉は、ちょっと厭味かなとも思ったけど別に構やしない。
「試合見たよ、ちょっとだけ。
上手くていいね、神くんは」
彼は驚いたように大きな目をゆっくり瞬きさせた。
「サチコ知らない?」
「……向こうに居たよ」
「ありがと」
あたしは神くんのそばを擦り抜けてサチコのいる方へと向かった。