歩いて帰ろう
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ドキドキだとか疑問だとか切なさだとかは後から追いかけてきて、そして5時間目が始まる頃にはあたしに追いついていた。
睡魔と闘うはずの午後からの授業もいつになく目が冴えていて、だけど授業内容はまったく頭に入ってこない。
頬杖をついた掌に触れる頬が熱いのは何故だろう。
あの人はまだ、あたしをこんなにドキドキさせる。
近づいたら触れてしまいたいと思うなんて我が儘、離れたのはあたしなのだから叶うはずがない。
割り込むように重なるキヨタの顔にまた少しのドキドキとモヤモヤがあたしを襲った。
頭の中がゴチャゴチャで爆発しそうだと、抱えた両手でギュウと髪の毛を引っ張りそれを痛みにすり替える事で切り替えようとするのだけれど。
考えないようにしていてもキヨタが何をい言いたかったのかが気になって、するとどうしてもあり得ない方向に向かっていく。
そして決まってあたしを傷つける言葉で思考回路が停止してしまうのだ。
”頑張れって言ってくれたぜ、神さんは”
その言葉を思い出しては胸を痛めるあたしはマゾかもしれない。
例えば最悪のシナリオを考えたとして、例えばそれがバスケじゃなかったとして、例えばそれがあたしに関係していたとして
例えば、100万分の1の可能性だけど、キヨタがあたしを好きだったとして
それってキヨタが神くんを好きって可能性よりも一般的に考えたらアリのような気がして、そしたら今までのアイツの言動が納得できちゃう気がするのは自惚れなのかな。
いや自惚れであって欲しい。
誰かが言ってた。
女の子は思うより思われたほうがいいんだって。
そのときはピンとこなかったけれど、今ならよく分かる。
どうしてその言葉を今、しかもキヨタの顔というオマケつきで思い出してしまうのか。
いや、それは有り得ない。
だってアイツはあの人の後輩だもの。
歩いて帰ろう
週末の試合に向けての最終調整に入っていたあたし達は、攻撃のバリエーションやコンビネーションの確認といった練習に重点を置くようになっていた。
練習後の自主練にサチコを誘うようになったのはあの昼休みの事があってから。
そんな事を知るはずもないサチコは、県予選前のレギュラーとしての責任感もあって快くそれに応じてくれた。
別にキヨタの言動に変な事を期待するつもりはないけれど、なんとなくキヨタの居そうな場所を避けたり一人にならないように気をつけている自分がいるのは確かで。
けれどキヨタも敢えてあたしに近づいてこようとはせず、だからあれはやっぱりあたしの勘違いなんだろうと思うようになった。
「ヤバ…もうこんな時間」
あたしは時計を見上げて声をあげた。
「そろそろ片付けよっか」
「だね」
これ以上遅くなると神くんが帰る時間帯と重なっちゃうんだよね、と内心そんな事を考えているあたしってどうなんだろう。
だけど所詮あたしだって普通の女子高生で、だったら日常に恋愛絡みの雑念が付き纏うのは仕方がないじゃない。
帰り際体育館を出たところで「あ」と何かに気付いたサチコがチラリとあたしを伺うような視線を寄越した。
それに気付いてサチコの視線の先を辿れば思わず身体が強張る。
「神くんも今帰り?」
「うん、そっちはこんな時間まで珍しいね。試合前だから?」
「そうそう、3年がいなくなった途端に緒戦敗退なんて笑えないじゃん?」
和やかに交わされる二人の会話に入る勇気など到底持ち合わせないあたしは、内心のドキドキと居心地の悪さを払拭するに努める他ない。
極力何も考えないようにと念仏を唱える心持ちで顔に平静を貼付けてその場に立つ。
遅かったか~なんて後悔は先に立たず。早く終われというあたしの気持ちに気付いたのだろうか、チラリと神くんがあたしを見たような気がした。
彼は少し笑って…苦笑したようにも見えたが…「あぁ、足止めさせちゃってごめん」と話を切り上る。
じゃあね、と挙げられた手はあたしにも向けられていたのだろうか。
けれどそれに応える勇気はなかった。
「あんたさぁ」と神くんを見送ったサチコがあたしに向き直った。
「何でそんな態度なの?」
思いがけない言葉にあたしは「え?」とサチコを見る。
「別れた男と和気あいあい仲良くしろとは言わないけど、もう少しなんとかなんないの?それとも別れてからまたなんかあったとか?」
言われてあたしは空いた方の手で頬を押さえた。
「あたし、そんな顔してた?」
「してたしてた」
サチコの言葉はあたしをめいっぱい戸惑わせた。
会話すらしてないのにナンモあるわけがない。
強いて言うならあの昼休み、ちょっと傷ついただけ。
しかもあたしが勝手に一方的に。
「そんなつもりじゃなくて、ただどうしたらいいのかわからないだけで…」
「だったら何も考えずに笑っとけばいーじゃない。多分向こうはアンタが気にするほどアンタを気にしてないと思うよ」
…かなり傷ついた。
当たってるだけに。
第三者からもそう見えるんだ、とあたしの僅かな期待みたいなものが消えてなくなった。
もっともそんなものは先日のキヨタが粉々に打ち砕いてくれていたのだが、サチコはその残骸を綺麗に掃除してくれたようだ。
「そ、そんなもんかな」と笑うのも精一杯で。
「そうだよ、自意識過剰。神くんは愛想よくしてるのにカワイソ」
「……」
あの日、あたしは神くんと別れた事を後悔している自分が居ることに気付かざるを得なかった。
神くんを見るとそれを思い出すから、だから笑えないんだって本当は知っている。
そしてそれは神くんのせいではないことも。
どちからといえばあたしに振り回された彼は被害者だ。
「ちょっと反省する」
今更後悔したって、後悔していることに気づいたって、それがなんになるというのだろう。
神くんはもうあたしを見てはいないという現実に直面して傷つくだけなのに。
「ついでにちょっと後悔もしとこうかな」と冗談っぽく言って笑ったあたしの言葉をサチコは真剣に拾ってくれた。
「後悔なく終わる恋愛なんてないと思うよ。問題はその後なんじゃない?」
その後って今じゃん。
「だからね、元カレと気まずいまま卒業したら一生後悔すると思うよ?嫌いで別れたんじゃないんだったら尚更」
あたしは妙に納得した。
これ以上の後悔は重ねたくないもの。
「あ、無理矢理話し掛けろとかじゃなくて」と付け加えるサチコの話を聞きながら、今度こんな事があったらちょっとくらいの笑顔は貼付けられるように頑張ってみようと思った。
.