歩いて帰ろう
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また友達に戻るなんて事は出来ないけど、頑張ってる君が好きな気持ちは変わらないから
その言葉のとおり、あたし達は瞬く間に遠く離れてしまった。
歩いて帰ろう
年が明けてから本格的に練習に復帰したあたしは、遅れを取り戻そうと毎日それはそれは精力的に部活に参加した。
母親がいなくなって再び一人暮らしに戻ったので、今までのダラけた生活を引き締め直して家の事もしなくてはならないし部活でクタクタだしで、神くんとの思い出の残る部屋に一人で居ても辛いと感じる時間はなかった。
まぁ母さんが居る時に盛大に部屋の模様替えをするといった最低限の努力はしたが、どちらかと言えば必然的に顔を合わせる機会が増える学校の方が色々考えてしまう。
神くんと別れてあっという間に一ヶ月が過ぎたけれど、お互い会話もしたことがないような顔をして、まるで2年生になったばかりの頃に戻ったみたい。
それでいいのかも。
あたしはまた神くんの一ファンに戻るの。
けれどもし神くんに彼女が出来たらやっぱりショックだろうな。
別れても好きでいてほしいとどこかで願っているあたしは自分でも呆れるくらい欲張りなんだ。
離れてみて少し冷静になれたあたしは、あの時どうすればよかったのだろうと考える事もあるけど未だに答えは出せずにいる。
もう少し大人になれればよかったのにと頭の中では考えてみても、あたしの心の中には今でも歳相応のあたししか存在していないのだ。
「よ」
最近昼休みによくキヨタに会う。
弁当を作るのが面倒なあたしは専ら学食と購買のお世話になる日々に戻っていて毎昼学食に顔を出すのだけれど、すると必ずと言っていいほどキヨタに声をかけられた。
奴は持参弁当を昼前に平らげてしまうらしく、最近は授業中に食べるという神業が出来るようになったのだと自慢していた。
早弁するのは柔道部の専売特許だと思っていたが、バスケ部にもいたんだ。
その日はパン売場に並ぶあたしに倣ってキヨタもパンを購入した。
その日に限らずあたしが学食の券を買ってたりテーブルに座って昼食を食べていたりすると、キヨタはあたしが友達連れであろうがあるまいが目敏く見つけて声をかけてくる。
お蔭さまでいつの間にかあたしの友人とも仲良くなっている始末。
あたしが一人の時はキヨタと昼食を取る事もあるわけで…。
どうして彼がこんなふうになったのかサッパリ解らない。
虎視眈々と狙っているんだろうか。
神情報を。
だけどあたしよりもキヨタ本人の方が神くんに関しては詳しいと思うんだけど。
「なんだよ」
いつの間にかキヨタの顔を見詰めていたあたしに気付いて、キヨタが口を尖らせた。
「いやいや別に」
あたしが顔を逸らして「今日はパンだから教室に帰るわ」とキヨタと別れようとしたらヤツはあたしを引き止めた。
「今日は天気がいいから外で食わねぇ?」
「えー?天気よくても風が吹いたら寒いじゃん」と渋るあたしの腕を引っ張っるヤツに引きずられ半ば諦めてその後ろをついて歩いていると渡り廊下で久しぶりにあの子と会った。
神くんと別れたあたしですけど何故か未だにあなたの顔を見るとイラつきますよマネ子さん。
「よっ」と声をかけたキヨタとあたしとを交互に見てから彼女はニッコリ笑った。
「相変わらず仲いいんだ。もう神さんに怒られる事もないもんね」
おぉムカつく。
あたしは「んなんじゃ…」と言いかけたキヨタの腕を取った。
「行こノブ」
あぁそうですよ
あたしがどんな男の子と一緒に居たって、もう神くんがヤキモチをやいてくれることはないんだ。
んなこた解ってるけれど、あの子に言われると異常に腹が立つ。
第二体育館の裏はキヨタが言うようにとても日当たりがよく、だけどあたしは人気のないそこに連れて来られた事も隣のキヨタがチラチラとあたしを見ている事も全く気づかずに正面を見据えてちぎったパンを黙々と口にほうり込んでいた。
あの女、また神くんに「ノブと元カノさんが仲良く歩いてるの見ましたよ~あの二人デキてるんですかね~」とか余計な事を言うんだろうか。
いやあの性格だ間違いない。
別にいーけどさ、
いやいや全然よくない。
神くんとあたしはもうなんでもないけど、そーゆー話題は耳に入れてほしくないってこれは自意識過剰なのかな。
元カノの誼みなのか求めてもいないのに神くん情報がよく手に入るのはあたしにとっては迷惑だもの。
神くんが誰に呼び出されようがコクられようが関係ないからほっといて欲しい。
つーか、今あたしの心に後悔という波風をたてるな。
だけど、もし神くんがマネ子と付き合いだしたりしたら…
「おい」
キヨタに眉間を指でつつかれてあたしは我に返った。
「すげぇシワできてんぞ」
慌ててその辺りを手で摩る。
「なんで不機嫌なんだよ」
「だってさ…」
あたしは口を尖らせた。
「あの、さっきのマネージャーさ、もしかしたら神くんの事が好きなんじゃない?」
「お前よく知ってんな」とキヨタは目を丸くした。
そーゆーお前もよく知ってんじゃん。
さすが神くんの事になるとチェックが厳しいな。
キヨタもあたしみたいに、あの子に敵対心を燃やしたりするんだろうか、一応。
「それが?」
「いや…付き合ったりするのかな…とかね…」
あたしは言いにくくて、だけど知りたくてモゴモゴと歯切れの悪い口調で言った。
「気になんのか?」
「そりゃあ…」
「アンタにはもうカンケーねぇじゃん」
…辛辣
「そーだけどさぁ。気になるもんは仕方ないじゃん」
自分は気にならないのかなとその顔を覗き見ると、彼は少し不機嫌そうな顔をして前を向いた。
「別れたんだったらさ、早く切り替えた方がいいんじゃねぇの」
「む」
そんな事、あたしだって頭の中ではとっくに理解していてる。
「アンタに言われなくても解ってるわよ」
だけど人に言われると腹が立つのはそれが正論だから。
「頑張れって言ってくれたぜ、神さんは」
急に声のトーンを落としたキヨタの言葉が理解できなかったあたしが「は?」と言って彼を見ると、ヤツはボリボリと頭をかいた。
「俺、コソコソするの嫌だったからさ。先に断っておこうと思って昨日言ったんだ、神さんに」
どうして急に話が飛躍するんだコイツは。
「何の話よそれ。今のと関係あんの?」
するとヤツはびっくりするくらい真面目な顔であたしを見た。
「お前の頭の回転が鈍いのは知ってるから今更ツッコまねーけどよ」
ムッカー
「アンタあたしに喧嘩売ってんのっ!?」と怒鳴りだしたあたしに応戦する様子もなくツーンとした表情のキヨタが気持ち悪くて、あたしは振り上げた手をゆっくり下ろす。
するとキヨタは吸い込まれそうなほど真っすぐな目であたしを見た。
「すぐに切り替えられないならそれでもいい。今週末からバレーの予選が始まるの知ってるし、今はそれどころじゃねぇかもしれねぇけど、けど俺せっかちだから…」
そう言った後に慌てて両手を振りながら「いやそれはケースバイケースで待てる事もある」と弁明を始めるから彼が何をしたいのかサッパリ解らない。
こんなあたしはやっぱり頭の回転が鈍いんでしょうか。
「時間がかかっても忘れさせる自信はあるから」
そう言われてドキリとした。
ピンっと頭の回路が繋がった気がしたのはきっと思い過ごし。
「だから、さ」
「う、ん…?」
「あ、ホントに居た」
キヨタの雰囲気にのまれてよく解んないドキドキに包まれそうになったあたしの心臓が飛び出さんばかりに跳ね上がったのは、予期せぬ第三者の出現に驚いたからってそれだけじゃない。
瞬時にその声の持ち主が誰であるかを理解したからだ。
「じーんさぁんっ!!」
ムキーっとキヨタが足をバタつかせた。
「今っ!なんで邪魔するんすか!今っ!」
「あ、イイトコだったんだ。ごめんね」
変わらない穏やかな声を両耳で受けながらあたしはその方向に視線を移せずにいた。
ジワリと体が熱を帯びて、先ほどよりも明らかに速度を増す心臓が憎たらしい。
あー失敗。よりによってこんな所にキヨタと二人で居るのを見られるなんて。
だけど別にイイトコなんかじゃないし、そんな風に思ったり平然とそんな事言ったりしないで欲しい。
「絶対ワザとっしょ!?」と喚くキヨタに「人聞きが悪いなぁ。そんなんじゃないよ」と笑う神くんの声が聞こえた。
それが辛いあたしは自分が未練タラタラな事に今更気付かざるを得ない。
「今日の部活の事で一年に伝令を頼みたくてさ。こっちの方に行く信長を見たってミキちゃんが言うから」
あたしの頭の中で何かが弾けた。
そんな資格が自分にないのは解ってる、けれどやっぱり無理なの。
「あ」と声をあげてあたしは立ち上がった。
性懲りもなく神くんを意識してしまう自分が嫌で、それとは裏腹な神くんを見るのが辛くて、これ以上この場に身を置きたくはなかった。
「忘れてた。あたしも頼まれ事があったんだ」
有りもしない用事を作って、そして少しの勇気を出す。
キヨタに視線をやり、そしてそれを神くんに移して「じゃね、お先に」
けれど視線をやったのは形だけで、神くんがどんな表情をしているかなんて見る事が出来ないあたしは、そんなさりげない素振りをするのが精一杯で。
「おいっ」と腰を浮かせたキヨタに気付かない振りをして踵を返した。
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