歩いて帰ろう
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「覇気のない顔してどうしたの?」
部室の外で待っていたあたしに帰り支度を済ませた神くんが言った。
「う…ん」
本当なら今日の試合カッコよかったよと笑えたらよかったのだけれど、そんな気にはなれなくてあたしは曖昧な返事を返す。
「今日バレー部も試合あったんだよね」
少し考えてそう言った神くんは、あたしの事をよく分かってくれていると思う。
けれどそれが全てじゃない。
「いいなぁと思って。神くんも、皆も」
思わず零れた本音。
「ボールを追い掛けられて、試合に出られてさ」
神くんは一瞬大きな目を見開いてから、やがて困ったような哀れむような色をその瞳に浮かべた。
「もう少しの我慢だから」
そんな言葉もあたしを苦くさせる。
苦しくてたまらない。
「バレーの選抜までまだ時間はあるんだからそんな焦らなくても大丈夫だよ」
言葉で言うほど現実は簡単じゃないって、強豪校でプレーしている人に解らないわけがない。
「時間なんてもういくらもないじゃん。神くんまで皆が言うような気休め言わないでよ。」
高校生の間にできる事なんてたかが知れてる。
与えられるチャンスの数だって限られている。
「気持ちはわかるけどさ…まだインターハイだってあるんだし…」
諭すように言われたその言葉にカッと頭に血が上って、腫れ物にでも触るかのようにあたしの両肩に添えられた神くんの両手を乱暴に払いのけた。
「わかる?分かるわけないじゃない!神くんになんてあたしの気持ちが分かる訳無いじゃない!」
「…なま恵」
驚いたようにあたしを見る神くんの顔にハッとして体が震えた。
「ごめ…っあたし…」
飛び出してしまった言葉を取り消すことなど出来るはずがなくて、神くんの優しさを否定するような事を言ってしまった事をどれだけ後悔してもしつくせない。
いつからかあたしが自分の首を絞めている事に気付いたらあたしは苦しくなるばかりで、ついに両手で顔を覆って泣き出してしまった。
しかも号泣。
「大丈夫だよ…」
そう言って抱きしめてくれる神くんはどこまでも優しい人で、あたしがどんなに酷いことを言っても変わらないそれが辛くて。
優しい神くんは、あたしに同情してくれているんじゃないの?
それは好きとは違うんじゃないの?
だけどそれは言い訳で、あたしは神くんに嫌われてしまうのが怖かったのだ。
怪我をしてからのあたしはいつだって与えてもらうばかりで、神くんに何かを与える事が出来た?
あたしは両腕で神くんの体を押し退けた。
「…別れよ…」
それが衝動的に出たにせよそうでなかったにせよ、いつからかこの言葉があたしの頭にチラつくようになっていたのは確かだ。
好きな気持ちは変わらないのに、だからこそあたしは神くんの彼女でいることが辛い。
「…え…?」
神くんの声には明らかな戸惑いが含まれていて「なに言ってるの?」と聞き返した声がいつもよりも刺々しく感じた
あたしはひとつ大きなしゃくりをあげて涙を掌で拭う。
「ごめん神くん…もうダメなの」
こんなあたしに神くんが愛想を尽かしてしまう前に、もう終わりにしたい。
あたしはまた逃げ出すの。
少しも成長できないまま
神くんはあたしの手をとって「少し落ち着いて話しをしよう」と言った。
「何が悪かったのか知りたい」
あたし達は体育館の二階へ続く階段に座って少し話しをした。
「一人になりたい」と言うあたしは、距離を置くだなんて中途半端な選択肢は持ち合わせていなくて、だけどそれは神くんも同じだった。
「俺達、変なところで似てるよね」と笑ってくれた神くんを見て、あたしも泣きながら笑った。
やっぱり神くんは最後まで優しかった。
歩いて帰ろう
その日の昼休み。
「みょう寺さん、呼んでるよ」と指差された教室の入口にはモッサモサのワイルドヘアーが見えた。
「あれ一年なんじゃない?」
「え~?なにちょっとぉ~」
「そんなんじゃないっ」
妙に嬉しそうに茶化そうとするクラスメイトにビシッと否定の言葉を残してあたしはドアへ向かった。
「ちょっといいか?」
「え…ちょちょちょ…」
神妙な顔をしたキヨタがあたしを手招きして歩き出すから仕方なくそれに続く。
わざわざ2年の教室にまで来るなんてキヨタにとっては何か重要な話があるんだろう…ってか、十中八九アレだ。間違いない。
屋上へ続く階段の途中の踊場で足を止めたキヨタがクルリとあたしを振り返った。
「…ホントなのか?別れたって」
ホラきた。
「なに、神くんに聞いた?」
神さんはそんなこと言わねぇけど…とキヨタは言うから、どこからか出た噂がもうかなり浸透しているんだと知った。
まぁ最近あれだけ神くんにベッタリだったあたしの姿が急になくなったら勘繰る人はいるだろう。
まだ10日位しか経ってないのに人の口に戸は立てられないってホントなんだ。
「ホントにいいのかよアンタはそれで…」
コイツの無遠慮なお節介は後悔がないわけではないあたしの心にタップリの山葵を塗り込む。
「げ、原因は仙道か?やっぱり」
「おバカッ!」
そして救いようのない馬鹿だから尚悪い。
「どーしてそうなるのよ!馬鹿でしょアンタ」
古傷にまで触れるんだからどうしてくれよう。
実際あれから彰クンと偶然一回会ったけれど「よう」の挨拶で終わっているのに。
「今度その名前出したらただじゃおかないからね!」
「だって他にねーじゃんか!じゃあ何だって言うんだよ!神さんに聞いたらフラれたっつってたぞ!」
「そんな事聞くな馬鹿ッ!」
「バカバカってな、気になるんだから仕方ねーだろーが!」
どんだけ野次馬なのよ!とは思ってみたものの実際キヨタにはお世話になったからなぁと少し謙虚な気持ちも生まれたわけで。
「あぁ、まぁ、その節は色々お世話になりました」と少し神妙な顔を作るとキヨタはフイと目を逸らせた。
「…じゃなくて、」
あたしは困ってしまう。
「えーこういう結果になったのはあたしのわがままで…色んな事がありすぎてキャパをオーバーしてしまったと言うか…」
「何だよそれ、根性無しの馬鹿だろアンタ」
カチン
「ちょ…っ!」
しかし数々の迷惑をかけた事実があたしの口にロックをかけ、不服そうに口を尖らせるに留まるあたしをキヨタの意思の強そうな目が捉えた。
「馬鹿だし迷惑だ!アンタがそんなんだと俺が本気になっちまうだろ!」
言うが早いか物凄い勢いで階段を駆け降りて行くキヨタとその場に取り残されるあたし。
何今の?
どーゆーこと?
「…え、エー!?」
頭に電流が流れた。
嘘…。
アイツやたら「神さん神さん」って言ってると思ったら、そーゆーことだったのか。
ホントにいるんだ、そういう人。
人の色恋沙汰に口だしするつもりはないけど、神くんはノーマルだと思うよ…。
その日からあたしはキヨタを特異な目で見るというよりは、彼をやたら健気で可哀相だと同情さえ覚えるようになったのだ。