歩いて帰ろう
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「まだ来月の事なんだけどさ」
お昼休みにお弁当を広げながら神くんが言った。
「直前に言ってガッカリさせても悪いから先に言っとくんだけど…」
うわ、なんか嫌な予感。
「クリスマスは会えないから。ゴメンね」
あたしの頭ん中にグワンと銅鑼の音が響いた。
そんなサラリと、え?
「そんな顔しないでよ。選抜が始まってるから無理なんだ」
再び銅鑼の音。
「うそ…」
「こんな嘘ついたって面白くないだろ」
そりゃそうだけどさ。
「10分でもいいから会いたいと思ってたんだけど…」
「無理っぽいよね」
そんな簡単に言われたら沸々と胸の奥から湧き出る不満。
「だってだって付き合いだして初めてのクリスマスなんだよ?」
「うん、そうだね。きちんと埋め合わせを考えとくから」
悪びれる様子もない神くんに…実際神くんは何も悪くないんだけどあたしは腹がたって言っても無駄な事だと知りつつそれを止められなくて。
「クリスマスはクリスマスにしなきゃクリスマスじゃないじゃん!埋め合わせなんか出来るハズないじゃん!」
「そんな事言われたってさ…」
神くんが眉尻をさげた。
「も、最悪。バスケ部最悪。何よそれ…こんな事なら県予選で敗退しときゃよかったのに…」
「どうなのそれ」
だってホントにそう思うんだもの。
「応援してくれないの?」
あたしはムっと口を尖らせた。
「知らない。どーせ応援には行けないんだし、その様子だと冬休みのほとんどが選抜で潰れちゃうんでしょ?応援したくなくなるよ」
神くんの顔色を窺う気持ちは忘れていないけれど、一度飛び出した不満は尽きる事なくどんどん零れだす。
「いい顔はされないだろうなって思ってたけど結構キツめにあたるね」
「だって神くんはさ、バスケに夢中だから気にならないんだろうけどさ…」
あたしはやりたいことのひとつも出来なくてストレスは溜まる一方なのに。
最近は走り込みなんかには参加できるようになったけれど、あたしは長距離選手になりたいわけじゃない。
「そーゆーわけじゃないけど…どうしたの?今まではそんな事言わなかったのに」
「言いたい事は言えって言ったのは神くんじゃん」
違うの。
あたしが間違っているの。
神くんがあの言葉をそんなつもりで言ったわけじゃない事は解っているのに、どうしてこんな事を言ってしまうんだろう。
「そうだけど…」
困った顔をした神くんがフイと遠くに目をやるのを見たら胸の奥が重くなった。
あたしはいつからこんな女の子になってしまったんだろう。
少し前なら残念に思いながらでも心から応援出来たはずなのに。
あたしは神くんに申し訳なくて泣きたい気持ちになった。
「はい」
何事もなかったように自分のお弁当から卵焼きを神くんのそれに移す。
「うちの母さんのタマゴヤキ美味しいんだよ」
ゴメンネの気持ちをショボイ卵焼きに込めて、けれど拭いきれないモヤモヤが心から離れない。
「なま恵もさ、もう少しだから」
ホントだ美味しい、と言いながらこんな時でも神くんは優しい。
「バレーが出来なくて、ちょっと苛々してるだけなんだよね」
こんなあたしを正当化してくれる神くんの優しさが、いつからか苦しいと思うようになった。
神くんに嫌われたら、あたしはきっと生きていけない。
それなのにこれ以上彼の近くにいたら彼に嫌われてしまいそうで怖い。
どうしたらいいのか分からないあたしに、神くんはいつまで笑顔でいてくれるのだろう。
冬休みを前にして12月に入る頃には週末に何かと練習試合が入るようになった。
二ヶ月後には春高の予選が始まるから当然皆は気合いが入っているわけで、あたしも口では応援しながら胸中は穏やかでない。
選抜に向けて最後の調整に入るバスケ部もますます練習に熱が入っている様子で、あたし一人が取り残されているように感じた。
「ほほぅ神くん絶好調!」
隣のサチコが上機嫌で手を叩いていた。
たかが練習試合に沢山のギャラリーが集まるバスケ部。
ひときは輝く海南のキーマン。
あたしが憧れながら決して手に出来なかったポジションをキープし続ける神くんにあたしは確かに嫉妬していた。
「もっと応援しなさいよ」
サチコはそう言うけれど、あたしはこれ以上ないくらいに追い詰められていた。
「いいの、午後からはウチの練習試合だから体力を温存しておくの」
バレーがしたい。
あたしも試合に出たい。
気持ちばかりが逸って、追いつけない自分の身体に対する苛々はマックスに達していた。
「よし、いい試合だった」
試合後のミーティングでの監督がいつになくご機嫌だったのは、あたしの代わりにいつからかそのポジションに収まった一年生とのコンビネーションがバッチリだった事がその大きな要因だった。
あたしだってあれくらい…と思うのは気持ちだけで、頭の中では追いつけないという気持ちが広がる。
「今日のような試合ができるならこのメンバーで悪くないな」とコーチに話す監督の言葉があたしの耳を掠めた。
ウチの部は上手いコが揃っているけれど天才だとか呼ばれる人材には恵まれていなくて、だからレギュラーになるには努力と運が大きな鍵を握っているんだ。
練習しただけチャンスが生まれる。
皆があたしを追い抜いていく。
あたしは苦しくて辛くて、どうしたらこの気持ちから逃れられるのかそればかり考えていた。
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