歩いて帰ろう
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「…聞いた?」
恐る恐る発したあたしの問いに彰クンは「何を?」と首を傾けた。
そうか、やっぱり聞いてないのかと少し残念で、だけど少し安堵する。
色々考えてしまう前に言ったもん勝ちだと口を開いた。
今のあたしの敵は他の誰でもなく自分自身なのだ。
「いや…あのね」
聞いてないのなら、彼女があたしに声をかけてきた事は言わずにおこう。
「あたし…やっぱり彰クンの気持ちには応えられない」
言った。
言ってしまった。
ドクドクと全身が脈打つように感じた。
まさかこのあたしが、あの彰クンに、こんな台詞を吐く事になるなんて神様は残酷だ。
フラれるよりフる方がよっぽど辛い。
流れる沈黙の間、あたしは次の言葉を発することも彰クンの顔を見る事も出来ずにただ俯いた。
深い溜め息をついた彰クンが小さく「結構ショック」と呟いたのが何故かあたしもショックで。
とても大切にしたい人だったから。
「…彰クンには他にもいい人がいるよ」とやっと返したあたしの言葉に「その台詞って傷口に塩を塗りたくってるよな」と彼は言う。
…だよね
だけどあたしには気の利いた言葉なんてひとつも思い浮かばなくて、それでもあたしの事なんかで彰クンに落ち込んで欲しくないと心から思った。
「でも、本当にそう思う。だって別れたって彼女だって…」
まだ彰クンの事凄く好きなんだよ
全部元鞘に戻れたらあたしは随分楽になれる。
「…アイツに会ったの?」
思わず肩が震えて彰クンを見上げた。
「まぁ…会ったっていうか…」
あたしの決断が彼女に左右されたなんて思われてはいけないと思った。
「なんかオカシイと思ったんだ」
最近のアイツ、と言った彰クンの顔からは柔らかな表情が消えていたからあたしは慌てて彼女を擁護する。
「いや、こないだ試合会場に来てたみたいで、ノブがカワイイって騒いでるから見に行ったの。勿体ないよ、あんな綺麗な人と別れちゃうなんてさ」
「アイツに何か言われた?」
あたしはブンブンと首を振った。
「そんなんじゃないけど、あんな所まで来てるなんて、彼女はまだ彰クンの事好きなんじゃないの?」
「カンケーねーじゃんそれ。終わった事なんだしさ」
凄く好きな人にそんな言われ方したら、あたしならショックで3日は学校を休む。
この様子だと一方的な別れだった事は想像に易く尚更あたしの心を痛めた。
「それを理由にするってなら諦められねぇ」
もう笑ってない彰クンの顔を見るのが怖くてあたしは視線を反らせた。
「外見のいい子なんて探せばいくらでもいるけど、フィーリングの合う子なんてそうそう居るもんじゃねーだろ?」
「だからお前がいーんだ」と言われたら、あたしは苦しくて苦しくて涙が抑えられなくて…。
彰クンがあたしの何を見ていたのかを知ったら、あたしもきっと同じ事を彰クンに感じていたのだと思ったら、揺らぎそうになる決心。
でもここで負けたらまた同じ事の繰り返し。
あたしに神くんを裏切れるわけがないのだから。
「…あたしが好きなのは神くんだから…彰クンじゃないから…」
震える声でそう告げた。
「じゃあどうして泣くんだよ、同情してるってならそれ自体が反則なんだよ。諦められなくなるだろ」
そう言って肩に伸ばされた手を振り払う。
これ以上いろんな人を傷つけるわけにはいかないと再度自らに強く言い聞かせ顔をあげた。
「嫌いよ彰クン。彼女がいるのに簡単に心変わりする男なんて嫌い。」
あたしは彰クンの目を真っすぐに見据える。
「あたし、そんないい加減な人は好きになれない。これ以上は迷惑なの」
血を吐くような思いで、あの日彰クンに言われた通り彰クンの顔を見て嫌いだと、迷惑だと言った。
あたしを見つめ返す彰クンの顔にあたしの胸は張り裂けそうだったけれど、あたしは目を反らさなかった。
「あぁそうか…」
彼は独り言のような声で呟く。
「いくら面倒になったからって、やっぱり引っ掛かった魚は返すべきだったんだな」
そうしていたら、
違う答えが聞けた…?
自嘲する瞳に、あの夏の日の彰クンを思い出した。
彼だって辛かったんだ。
いい加減な気持ちがあったなんて、本当は思ってやしない。
「…ごめん…ね、ごめんね」
瞳を覆っていた涙が再び関を切ったように零れ落ちる。
「謝るなよ。惨めじゃん俺」
そして静かに聞こえる彰クンの最後の言葉。
「約束だから、もうお前には近づかない。
お前がどんなに泣いてたって、俺はもう慰めてやれないから」
自ら突き付けたはずの別れを相手に突き付けられたかのように苦しくて悲しくて、鳴咽を漏らすあたしにいつもなら当たり前のように与えられた彰クンの優しい言葉も温かい腕ももうそこにはなくて。
ただ広い彼の背中がいつもより小さく見えた。
ただ、それだけ…
こうしてあたしの長かった初恋は終わりを告げた。
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