歩いて帰ろう
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泣きすぎた頭の中はボゥっとしていて、どうやってここまで帰って来たのかもよく覚えていない。
気付けば隣にはキヨタがいて、駅前の自販機で冷たいドリンクを買ってくれた。
それを顔にあてるととても気持ち良くて、少し意識がはっきりしたような気がした。
帰りの電車内では好奇の目で見られたんだろうなぁと思うとそんな女を連れていたキヨタにとても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめんねこんな所まで…もう大丈夫だから」
けれどキヨタは「ここまで来たら一緒だろ」とマンションまでついてきてくれた。
彼があたしに親切なのは、あたしが神くんの彼女だからだと思う。
急にあたしに敬語を使いだしたのも、あたしではなく神くんに対しての敬意なんだ。
もしあたし達がこのまま別れでもしたら、キヨタの態度は180度変わるのかな、今度はどんなあだ名で呼ばれるのかな、なんて事を他人事みたいにぼんやり考えた。
それくらい今のあたしは弱気なのです。
マンションの前でタオルで押さえた鼻をグシグシ言わせながらキヨタにお礼を言おうとすると、彼はあたしの向こうに何かを見つけて足を止めた。
「そのコを俺に譲ってくれないかな、ノブナガ君?」
驚いて声のほうを見ると「…だっけ?」と少し首を傾げた彰クンがニッコリと笑顔を見せた。
あたしの事を気にして、帰りを待っていてくれたのだろうか。
今日の事を思い出したあたしの頬に思わず涙が零れる。
「え…?」
キヨタはあたしと彰クンの顔を何度か交互に見た後、あたしを背中に庇うように立った。
「この人は神さんの彼女なんで」
「だけど泣かせたのも神なんだろ?」
ムッと口を尖らせて何か言おうとしたキヨタの腕を掴むと彼は驚いてあたしを見た。
「ノブ、今日は本当にありがと。明日お昼奢るね」
「ちょっ…あんた」
彰クンの顔を見てまたポロポロ零れだす涙をタオルに染み込ませながらあたしは言った。
「仙道くんはあんな言い方したけどあたし達はただの友達ってだけだから」
キヨタが疑わしげに彰クンを見ると彰クンは苦笑いした。
「だそーだ、番犬君」
キヨタがフンと鼻を鳴らす。
「だけどあんまり泣かすようだったら本気で盗っちまうぜ」
途端にキヨタの眉間には深い皺が刻まれ彼は乱暴にあたしの手を取って大股で歩き出した。
そしてあたしを引きずるようにしながら「部屋どこだっけ」とあたしの部屋の前までキッチリ送り届けるこの律義さ。
忠犬ノブ公。
「神さん以外の男なんてぜってー許さねぇからな」
んな事言われてもさぁ、と困惑するあたしを扉の向こうに押し込みながら「仙道が来てもドア開けるなよってかアイツと喋るな」と言うから勢いに圧されてコクコクと頷く。
それを見てキヨタはひとつ溜息をついた。
歩いて帰ろう
キヨタが帰ってしばらくするとドアをノックする音が聞こえた。
あたしが玄関にチェーンをかけてほんの少しだけ扉を開けると思った通りのデカイ男が立っている。
「泣いて帰ってきたなま恵ちゃんを慰めてやろーと思って」
「ノブに仙道は駄目だと言われました」
お?と彰クンが目を見開いた。
「なんで?」
「あんな事言うからに決まってんでしょ」
「冗談の通じないヤツだなぁ」と彰クンは笑うけれど、それが本気なのか冗談なのかなんてあたしにだって分からない。
「だから」と扉を閉めようとすると彰クンが「入れてくれるまで帰らない」なんて子供みたいな事を言うから困ってしまった。
「風邪ひくよ、エースさん」
「じゃあ入れて」
彰クンを中に入れる事に躊躇したのは少なくともお互いの間にあるものが純粋な友情ではなくなってしまった事に気付いていたからで、じゃあ神くんとマネ子の間にだってきっと似たようなものが横たわっているはずなんだ。
だけどどこかで神くんがこの部屋まで追い掛けて来てくれるんじゃないかって期待しているあたしに彰クンを入れる勇気はなくて。
あたしがチェーンを外して外へ出ると彰クンはあたしを見下ろして「酷い顔だな」と笑った。
「少し歩こうか、気分転換になるぜ」と促されて近くの公園へ向かう。
「神は何だって?」
あたしに温かい缶コーヒーを投げて寄越しながら彰クンはベンチに座っているあたしの隣に腰を下ろした。
何も答えられないあたしの肩を彰クンの長い腕が抱き寄せた。
染み込む優しい温もりに甘えてしまったとしても誰があたしを責められるだろう?
「…彰クン…」
彰クンの肩に頭を預けると、また泣きそうになったから目を閉じた。
彰クンのジャージの裾をを握り締めたあたしの体を両腕で抱きしめて彰クンが耳元で囁く。
「俺、今狡い事考えてる」
「そーゆーのは口に出さないもんなんじゃない?」
「あ、そーか」
あたしは笑ったけど、恋愛相談していた相手といつの間にかくっついちゃったなんてよく聞く話。
「帰ろーぜ、冷えてきたし」
彰クンとの時間はあたしに少しの落ち着きを取り戻させてくれて、頭の中は既に明日の事を考え始めていた。
だけどそれは、このまま終わっちゃうのかなとかネガティブな事ばかりで。
いつの間にか俯いていたあたしの腕を不意に彰クンが掴んだ。
「このまま拉致ろーかな」
「え?」
気付けばもうマンションの前。
「何言ってんの?」
「だって今ならお前を落とせそーな気がする」
ドキッとする。
本気なのかなぁ。
この人は本気で言ってるのかなと考えてしまうと思わず顔が熱くなるのがわかった。
「そのチャンスは随分前に終わりました」
チャンスがあったことを漂わせたのはあたしの狡さ。
彰クンに流されてはいけない、だけど彰クンになら拉致られてもいいと思うあたしがどこかにいたのだ。
「お、」
彰クンはニコリと笑ってあたしの腕を掴む手に力を入れた。
「じゃ、やっぱり拉致ろう」
「なんでそうなるの?」
「そうなるだろ」
彰クンはあたしの事ならなんでもお見通しって顔をして、あたしの心の隙にスルッと入り込んで来るんだ。
狡い。
だけどそうなることをどこかで認識しながら隙を見せたあたしはもっと狡い。
神くんへのあてつけだというなら尚更最低な女だ。
けれど…
あたしはバッと彰クンの腕を解いて笑顔を作った。
「ありがと彰クン。ノブといい彰クンといい、あたしは友達に恵まれてる」
相手が彰クンならあてつけにもならなくなりそうだから怖い。
ヤバイ、これ以上は危険。
弱いあたしが彰クンに丸め込まれる前に逃げ出さなくては。
彰クンは無言でしばらくあたしを見詰めていたがやがてため息をついた。
「お前はさ、いつになったら真っ正面から俺に向き合ってくれるの?」
体の真ん中に何かが走った。
「俺に気を持たせるような事をして、だけど神と付き合ってるからそれには応えられない。俺の気持ちが迷惑ならはっきりそう言えよ。そうしたらもう近づかない」
彰クンはあたしの事ならなんでも分かってるって顔をして…
だからあたしが彰クンにそんな事を言えないのも分かっているんだ。
狡いあたしの現実が今ここにある。
彰クンが突き付けている。
「…今、そんな事、言わないでよ」
違う。
今だから言うんだ。
だってたったそれだけの言葉で、あたしの心はグラグラなんだもの。
「俺、狡い事考えてるって、言ったぜ?」
彰クンは小さな声であたしの名前を呼びながらあたしの頬を両手で包み込むようにして顔を上げさせた。
「俺の目を見て、俺を嫌いだって言って。それが出来ねーなら俺の部屋に来いよ」
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