歩いて帰ろう
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一番見られたくない奴に見られた。
彼女はおどおどしながら「忘れ物を取りに来た」と言った。
そして「スイマセン」と逃げるようにその場を去ろうとしたマネ子を神くんが呼び止める。
「部室に行くの?だったら俺も付き合うよ」
そう言って彼はあたしを振り返りもせずにマネ子の後を追った。
歩いて帰ろう
あんまりじゃないか。
あたしが泣きじゃくりながら体育館を走り出た所でなぜかキヨタに声をかけられた。
彼はグチャグチャになったあたしの顔の不細工具合に驚いたようで二の句が継げない様子。
こんなみっともないところをよりによってコイツに見られるなんて。
「何?」
グイと涙を拭ってキヨタを睨むと彼は気まずそうに頭をかく。
「いや…気になって…」
「は?」と刺のある返事に彼はブス暮れた様に口を尖らせた。
「だからっ、なんか神さんと喧嘩してたみたいだから気になったんだよ!」
余計なお世話だよと逃げ出そうとしたあたしの手をキヨタが掴んだ。
「何よ?」
「その様子だと、仲直りどころかまた喧嘩したんじゃないんすか?」
「アンタに関係ないでしょ」と強引に手を振りほどくと「関係なくねぇ」と返ってくる。
「何が原因か知らないけど早く仲直りしてくださいよ。俺に出来る事ならなんでもするから」
コイツにこんな事を言われるなんて、むず痒いなんてもんじゃない。
けれどその真剣な表情に、飛び出すはずだった罵声はひっこんでしまった。
「…何よ、それ。アンタ大丈夫?」
キヨタはボリボリと頭をかいて「だから」と少し苛々した様子を見せる。
「神さんと別れたりされたら困るんだよ」
意味分からない。
「どーせアンタ、また癇癪かなんか起こして神さんを怒らせたんだろ?」
「大きなお世話よ馬鹿!アンタにそこまで言われる筋合いないもん!」
そんなに簡単な喧嘩ならとっくに片付いてるっつーの。
「あぁどーせ馬鹿だよ!あんたと神さんに上手くいって欲しいって思ってる俺は!」
ポカンと口を開ければキヨタはオタオタと慌て出した。
「いや…アンタはどーでもいいんだけど、神さんが…、神さんはアンタの事本気みたいだから…」
ドキッとした。
「ノブ……」
「だから!アンタも変な事で神さんを困らせるなよ!アンタだって好きなんだろ?それは嘘じゃないんだろ?」
渇いた涙がまたジワリと出てきた。
そうだよね、真剣でなければ、あんなに怒ったりしない。
「なっなんで…っ俺!?」
キヨタが慌てる様子が可笑しくて思わず吹き出す。
「アンタ意外といーやつ」
「…お、おう」
テレたように顔を背けるキヨタの仕種をカワイイなんて初めて思った。
「もう一回話してくる」
コクリと頷くキヨタに手を振ってあたしは再び体育館へ入った。
あたしは靴下のまま冷たい廊下を走った。
バスケ部の部室のドアは開いており電気がついていたので、まだここにいるのだと走るスピードを緩める。
靴下が滑ってツーと数十センチ進んで止まり、バランスを取るために両腕を広げ中を覗き込んだその一瞬。
部室のロッカーに背中を預けるようにして座っていた神くんの唇に体を屈めたマネ子のそれが近づく光景が目に飛び込んできた。
神くんの腕が一瞬動こうとしてそれを止めたように見えたがそれはほんの一瞬の出来事で、ゆっくり離れたマネ子の顔を驚いたような大きな目で見つめ返した神くんを前に彼女の口が二、三言動く。
そして彼女は深々と一礼し部室を出ようと踵を返したところで戸口のあたしに気付き動きを止めた。
呆然と二人を見詰めるあたしは今何が起こったのか分からない…というか分かりたくない。
すると彼女は何かを決意したように強い眼差しであたしを見つめ、そしてあたしの目の前まで歩み寄り口を開いた。
「神さんは何も悪くありません。悪いのはあたしです。あたしが自分の気持ちを勝手に押し付けただけなんですから。」
「だけど…」と彼女は一旦視線を伏せて再び強い眼差しをあたしに向けた。
「一番悪いのは、神さんにあんな顔をさせるあなたなんじゃないですか?」
そして動けないあたしの横を擦り抜けて小走りに去ってゆく。
元気であればその後を追い掛けて、ビンタをかますくらいの負けん気の強さは持ち合わせていたつもりだけれど、昨日今日の事ですっかり憔悴しきっていたあたしにその気力はなくて、泣きだしそうな視線を神くんに向けるのがやっとだった。
目で否定の言葉を求めたあたしに彼は言った。
「彼女だけが悪いんじゃないよ。俺だって避けようと思えば出来たんだから」
彼が不可抗力だったと言ってくれれば、あたしはそれでよかった。
突然の事で避けようにも出来なかったと、そう言ってくれたら全部あの子が悪者になって片付く筈だったのに。
彼女が神くんを庇ったように神くんも彼女を庇ったから、あたしはカッと頭に血が昇って気付けば乾いた音と共にあたしの右手の平に鈍痛が走っていた。
目の前の神くんは少し赤くなった頬でゆっくりとあたしに視線を戻す。
「どうしてっ…あの子を庇うのよ!?神くんこそ本当に…本当にあたしの事を好きなの!?」
あたしは神くんを傷つけた。
けれど…
あたしだって傷ついた。
こんなのってない。
あたしは「馬鹿」とかなんとか叫んで来た道を走って逃げた。
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