歩いて帰ろう
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
もうドキドキする事などなくなったはずの彰クンの言葉に胸の奥が跳ねた。
けれど今のあたしにその言葉の意味を考える余裕はない。
「…ちょっとゴメン」
小さな声と共にその手を振りほどき、あたしの足は神くんを追って走り出していた。
道路に飛び出して見間違えるはずもないその背中を追う。
「神くん!待って!」
後ろからその腕を掴むと彼はようやく足を止めた。
「あき…仙道くんはただ…」
「言い訳は嫌いだって、前にも言わなかった?」
神くんの言葉があたしのそれを遮る。
「中から男が出てきただけでも穏やかじゃないのに、ソイツと二人で俺に隠し事?最低だね」
「隠し事なんて…」
言い澱むあたしに向き直った彼の顔は険しい。
「じゃあ今から戻って仙道が握り潰した写真を見せてもらおうか。」
思わず黙り込む。
「出来ないんだろ?俺だって長くバスケやってるんだ、視界の隅に一瞬映ったものだってそれなりに判断できるんだよ」
「仙道が庇った時点で確信したけど」とも付け加えた。
あぁやはり見られていたのだ。
変な汗が出るのを感じながら自分を落ち着かせようとした。
「言い分けじゃなくて、説明をさせて」
「悪いけど」
神くんが正面からあたしを見据える。
「明日にしてくれないかな。今日はこれ以上話したくないし、顔も見たくない」
ズキっと胸の奥が鳴った。
けれどそう言った神くんをこれ以上引き止める言葉も勇気もなくて。
「話を聞いてくれるんだよね?明日」
それが神くんの精一杯の譲歩なら、あたしは黙って引くしかないじゃない。
あたしに向けられた背中がすごく悲しくて、だけどあたしに泣く権利なんてないんだと歯を食いしばる。
「あたしは神くんが好きだから!」
掛けた声は神くんに届いたのか、彼は振り返らなかった。
出来ることなら、明日からも神くんと居たい。
それから俯いて歩いていたあたしはマンションの前の人影に気付くのが少し遅れた。
その人が誰であるか分かると驚いて足が止まる。
「何してるの!?寒くないの!?」
何をしていたのかなんて分かっていた。
あたしの事を待っていてくれたのだ。
「うーん、流石に冷えた」
両腕を組んで壁にもたれるように座っていた彰クンが「よいしょ」と立ち上がる。
優しくしないでほしいとチクチクする心。
この罪悪感は神くんに対してなのか彰クンに対してなのか…多分両方だ。
「彼氏とは仲直り出来た?」
あたしは一瞬躊躇して笑顔を作った。
「うん、大丈夫」
そう言わなければ、彰クンにまたさっきの言葉を言わせてしまうような気がして怖かった。
その言葉の意味と答えを探さなくてはいけなくなったら、今の自分はどうなるかわからない。
だから怖い。
もっと早く言ってくれればよかったのに。
神くんが特別になる前に言ってくれたなら…と、一瞬過ぎったその気持ちを慌てて掻き消した。
今更なんだよ全部。抱えきれないような不安がこんな狡い気持ちにさせるんだ。
しかし彰くんは少し眉尻を下げた。
「じゃ、神はどーした?」
ドキリとする。
その目に全部見透かされているかのようで、思わずあたしは視線を泳がせてしまった。
「明日、部活が早いからって…」
「話、出来たの?」
あぁ駄目だ。
彰クンには全てお見通しなんだ。
思わず零れそうになる涙と甘えてしまいたくなる心を下唇でグッと堪えた。
「明日…話そうって、だから…本当に大丈夫だから」
何か言いかけた彰クンから逃げるようにその場を去って部屋に飛び込んだ。
歩いて帰ろう
次の日、体育館で神くんと顔を合わせるのが怖かった。
どんな顔をされるのだろう。
あれから彼は、何を考えたのだろう。
「はよっす」
しかし早速会ってしまった。
キヨタと並んで歩く神くんに。
「あ、おはよ」
何事もなかったように挨拶をしたけれど、神くんは足を止めずにあたしの横を通り過ぎる。
「え?神さん?」
驚いたキヨタがあたしの顔をチラリと見てから小走りに神くんの後を追う。
「どしたんすか?喧嘩でもしたんすか?」
キヨタが神くんにそう聞いている声が聞こえた。
それから休憩時間も神くんと顔を合わせる事はなく、あたしも会いに行く事が出来ずにいた。
夕方、部活が終わったら、そしたら話を聞いてくれる約束だから、それまでは不安な気持ちも逸る心も抑えて部活に専念しようと思った。
いつものように人気のなくなったバスケ部のフロアにやってくると、やはりマネ子が居残って神くんにへばり付いていた。
いやパス出ししてただけだけなんだけど、あたしには…特にこんな時だから余計そう感じた。
「マネージャーさん」
あたしの声に神くんとマネ子が振り返る。
「後はあたしがやるから」
ボールを寄越せと両手を出すと神くんが口を開いた。
「いいよ、あと少しだからミキちゃんにやってもらう」
ムっと眉間に皺を寄せるあたしを見てマネ子が僅かに唇の端を吊り上げた…ような気がしたのはあたしの被害妄想なのだろうか。
いつもならあたしが来た時点でマネ子を帰らせるのに、今日に限っては最後まで彼女を付き合わせた。
あたしの話を聞きたくないんだろうなと思ったのだけれど、そういうわけにはいかない。
ボールを片付ける神くんに「…今日、話聞くって…」とチラリとマネ子に視線をやって彼女を帰すように促した。
するとようやく神くんはマネ子に「今日は遅くまでありがとう。片付けはいいから。お疲れ様」と笑顔を向ける。
「お疲れ様」と笑顔で返すマネ子の姿が消えると途端にその顔から笑みが消えた。
「で?」
で、って。
わざとマネ子との仲の良さを見せつけられた事が積もる不安に拍車をかけてイラつきを覚えたけれど、元はと言えばあたしが悪いんだからとそれを飲み込んだ。
「昨日の事だけど…」
あたしが必死に説明している間、神くんは無言で終始手に持ったボールを弄んでいた。
「本当にごめんなさい。だけどあの場の雰囲気で断れなかった事も解って欲しいの」
神くんは大きくため息をついた。
「分かんないな」
「神くん…」
「なま恵が本当に俺の事を好きなのか分かんない」
「なにそれ…」
凄く傷つく言葉だった。
「中学の時から仙道とそんなに仲が良かったなんて初めて聞いたけど」
「だってそれは…」
付き合い出したきっかけがきっかけだけに言い出しにくかっただけだもの。
「東京から神奈川、しかも同じマンションなんて偶然過ぎるだろ。本当は仙道を追い掛けてきたんじゃないの?」
「絶対違う!」
泣くまいと思っていたのにジワリと涙が滲んだ。
大きなため息をついた神くんがふて腐れたように口を尖らす。
「女っていうのは都合が悪くなったらすぐ泣くから嫌なんだ」
「そんなんじゃないもん!神くん酷い!こんなに一生懸命話してるのに分かってくれないなんて!」
「酷い?どっちが?これで俺と別れたら仙道の所へ行くんだろ?」
「どうしてそんな事言うのよ!?」
伝わらない苛立ちに燻っていた何かが止まらなくなった。
「あたしが仙道くんと仲いいのが気に入らないって言うなら神くんはどうなの!?あのマネージャーと仲良すぎるんじゃないの!?昼休みだっていつも一緒に体育館にいるんでしょ!?」
しまった、言ってしまった、と後悔しても遅い。
神くんが眉間にギュッと皺を寄せた。
「何だよそれ。自分の事は棚にあげてそんな事言うんだ?俺が彼女と何をしたって言うんだよ!?」
珍しく声を荒げた神くんが急にフロアの入口に視線を移したのでつられてあたしもその視線の先を追った。
「…あ…ごめんなさ……」
そこには今話題に上ったばかりのマネージャー、その子が立っていた。
.