歩いて帰ろう
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夏休みが終わるといつもの日常に戻った。
気に掛かることがあるとすれば、夏休みの間にあのマネ子が確実に神くんとの距離を縮めていたことだ。
何かの時に「仲がいいね」と言ったら「ウチの部は皆仲がいいよ」と返された。
選手同士やマネージャーとのコミュニケーションが大切なのは分かっている。
だからそう言われたら何も言えない。
だけど理由がそれだけでないのは自分が1番よく知っていた。
若干の後ろめたさがあったのだ。
合宿やインターハイの期間に神くんとマネ子に何があったかなかったかなんてあたしには分からない。
神くんだって話さない。
だけどそれはあたしも同じ事。
お盆の帰省中にあたしと彰クンに何があったかなんて…例えそれが悪ふざけであったとしても…神くんは知らないし、あたしだって一生話すつもりはないのだから。
歩いて帰ろう
季節は秋になっていた。
春高に向けて毎日遅くまで汗を流す相変わらずなあたし達。
色々あったけれど、神くんとの関係はそれなりに上手くいっていた。
神くんも言っていたが、あたし達が上手くいっている理由のひとつはお互いに部活をやっていて、そしてそれに対する姿勢が似ている事にあった。
毎日一緒に帰る事で少しだけれど時間を共有できたし、部活が忙しい分あたしも恋愛に対して変に貪欲にならないでいられるところがいいらしい。
もちろんデートらしいデートなんて出来たためしがないけれど、それは神くんのせいだけじゃない。
あたしも今バレーが楽しくて少しでもボールに触っておきたいのだから。
それともうひとつの要因はあたしが一人暮らしである事。
いつからか土曜日の部活帰りに神くんがあたしの部屋に寄るという習慣も出来ていたし、少なくともお互い自宅生であるよりは色々と都合がいい。
これだけ順調なあたし達に流石のマネ子も諦めたかと思えばそうでもない様子。
その一途さに尊敬すら覚えるのはあたしの余裕の表れなのだろうか。
逆にあたしだったらそこまでできないと正直思う。
一方、彰クンとのつかず離れずの関係も相変わらずだった。
それはあの夏の日の事があたしの夢だったんじゃないかと思うほどで、一度遠目に彰クンが彼女らしき人と話をしているのを見たら、全てが流れたような気がした。
彰クンの言動に胸が痛まなくなったのも笑って流せるようになったのも、あたしが少し大人になってそれを過去の恋と片付けられるようになったからなのだろう。
今、あたしを好きでいてくれるのも大切にしてくれるのも神くんだけなのだから。
その土曜日は監督の都合でウチの部の練習が早く終わった。
軽い自主練の後、あたしは先に帰って神くんが来るのを待つことにした。
『ご飯作って待ってる』なんて新妻みたいなメールを恥ずかしげもなく送りつけて家に帰り、簡単に部屋を片付けてから夕食作りに取り掛かる。
今日はハンバーグ。
挽き肉をこねていたらドアを叩く音がした。
呼び鈴ではなくドアをノックするのは彰クンしかいない。
あたしは挽き肉でネトネトになった両手を見た。
これを洗うのはかなり面倒なのだ。
洗っても洗ってもなかなか脂が取れない。
しかもまだ途中だし、と面倒臭くなったあたしは手を洗わずに肘で玄関の鍵を開けた。
「はーい?」
ドアが開いてニョキッと彰クンが顔を覗かせた。
「実家から干物送ってきたんだけど冷凍庫に入りきれないからさ」
「ハイ」と突き出されたビニール袋。
あたしは「ありがと」と言ったものの手が使えないので「ゴメンちょっとその台の上に置いといて」と再びキッチンに向かい合う。
彰クンはドアから手を離して玄関に足を踏み入れ「ここ?」と長い腕を延ばし玄関の隣のキッチン台にそれを置いた。
「ありがとう」
「あ、それと」
彰クンがポケットから何かを取り出す。
「変な写真が送られて来たぜ、今頃」
「写真?」
「ほら盆に帰った時の」と言われて「あぁ」と言いながら少しだけドキリとした。
「これはどこにおいとこーか?」
うーんせっかくの写真だし汚れたら嫌だからな…と考える。
「あ、玄関ドアに磁石がくっついてるでしょ?そこに挟んどいて」
彰クンは「オッケー」と言ってあたしが言った通りにその写真を玄関のドアに貼付けた。
「彼氏に見られるなよ」
「え、ナニソレ?」
慌てて写真を覗き込みに行き、ギョッとする。
それは罰ゲームであたし達がキスしてる写真だった。
てか今のこの状況を見ただけで神くんが不機嫌になるという事も十分有り得るのに、この写真はない。
抱き合ってお互い少しはにかむように笑いながらキスしているそれは、到底罰ゲームには見えないし。
「マジやばい」
ハンバーグなんて作ってる場合じゃない。
早く片付けなくちゃと手を洗う為にその場を離れた。
そんなあたしを横目で見ながら「じゃーな」と悪戯っぽい笑みを残して扉を開けた彰クンが一瞬怯む。
「?彰クン?」
彰クンはあたしには答えず扉の向こうに呟くような声を漏らした。
「お前…彼氏って…」
嫌な予感がした、なんてもんじゃない。
あたしが慌てて玄関の前に飛び出すと戸口には彰クン、そしてそのむこうには…
なんで今日に限ってこんなに早いの!?とタイミングの悪さに戸惑いながらも、やましい事はないとアピールするために笑顔を貼付けた。
「あ、神くん、今仙道くんがね…」
けれど神くんは何を思ったか視線を彰クンが押し開けていた扉に移そうとした。
刹那それを察知した彰クンが貼付けてあったを写真を隠すようにドアを背中で覆い「どーぞ」と神くんに中へ入るよう促す仕種をしてみせる。
神くんは少し間を置いてからニコリと笑った。
「そこをどいてもらえないかな」
「通れるだろ」
「違うよ」
神くんの口許は笑っていたけれど目は違った。
「今隠したものを見せて欲しいんだ」
サーっと背筋に冷たいものが走った。
彰クンも驚いたように眉をあげ、そして柔らかく微笑む。
「見て楽しいもんじゃねーさ」
「見ておかないともっと気になるからね」
見えたとしてもほんの一瞬だ、誰の写真か分かるはずがないとドクドク脈打つ自分に言い聞かせるあたしの視界の隅で彰クンが困ったように肩を落とした。
そして「俺の写真なんだ」と後ろ手に抜き取った写真を握り潰す。
「お前の知らない奴との写真だよ。そんなの見て楽しい?」
神くんが僅かに眉間に皺を寄せた。
「…あぁ、そうか」
彼は小さく溜息をつき、彰クンに笑顔を向ける。
「本人がそう言うなら俺の見間違いかもしれないな」
見間違い…
その言葉にゴクリと喉が鳴る。
見た…?見えた?
そしてそのままあたしの視線を避けるようにして言ったのだ。
「今日は帰るよ」
「え…っ、神くん!?」
サッと踵を返して視界から消えた神くんを追い掛けようとドア枠に手をかける。
そこに彼の姿はもうなくて、あたしは思わず縋るような視線を彰クンに向けていた。
「ヤバイかもな」
眉尻を下げる彰クンの表情からは、所詮他人事だとみて取れるような何か。
「追い掛けなくていーの?」
「あ…」
我に返り走り出そうとしたあたしの腕を彰クンが掴んだ。
振り返ってその顔を見上げれば先程とは打って変わり真剣な表情。
「神より俺の方がいいと思うけど」