歩いて帰ろう
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何をどうしてこうなったのか、彰クンと一緒に帰省することになった。
旅は道連れと言うし退屈しなくて済むからいいやと思いきや、道中ヤツは殆ど寝ていた。
寝太郎め。
久しぶりの実家ではお客さま扱い。
多少好き勝手やっても怒られないんだから最高だ。
その日、久しぶりに地元の友人とお昼を食べに行った帰り道、あの公園の前を通った。
あたしが初めてキスした場所。
この辺りでバスケットコートがあるのはこの公園だけで、何となくそちらに目をやると誰かがバスケをしている。
無性に気になるのは神くんのせいだなと目を凝らせばそれはよく知った人だった。
「他にやることないの?」
半ば呆れながら声をかけると彰クンはニコッと笑顔を返す。
「少しでも触っとかないと感覚が鈍るから」
なんか神くんも同じような事言ってたなぁと思って苦笑いしながらボールを拾う。
見様見真似のドリブルシュートは見事に外れた。
「見てると簡単そうなのに、やってみると難しい」
「その前に歩いてたぜ。踏み切る足が逆」
「え?そう?どうやるの?」と聞き返すあたしに彰クンが丁寧に教えてくれた。
「わ、あたし天才!」
無理矢理決めたシュートに喜びながら彰クンとハイタッチをかわすあたしはあの頃を思い出して少し嬉しくなった。
「あ、そーだ」
思い出したように彰クンが言う。
「今日の夜、中学ん時の奴らと集まるからお前も来いよ」
「いいの?」
「お前の友達も来るからさ」と言うから喜んで参加させてもらうことにした。
「お、仙道!みょう寺も久しぶり!」
集会に集まったメンバーは懐かしい顔触れだったけれど、皆あの頃よりも少し大人になっていた。
差し入れられた食べ物の中にはなぜかアルコールも混じっていて「いーのかよ」とブーイングか起こるも持って来た本人を始めとする何人かが構わず飲み始める。
雰囲気はすっかり宴会で、一通り昔話に花が咲いてしまうと悪ふざけが始まった。
「王様、ゲェームッ!」
喜ぶ男子とは反対に不満の声をあげる女子。
「あたし彼氏いるんだけど」と言う女の子の言葉に激しく賛同したけれど「ここに居ないんだから関係ねー」と却下され、彼女ももう少し粘ればいいのに結局は楽しんでいるんだ。
「どーしよ」と彰クンに耳打ちしたら「仕方ねーだろ」と返されたので渋々閉口する。
最初は今日履いてる下着の色を言うとか中学の時好きだったヤツの名前を言うとかだったのがどんどんエスカレートして、○番が○番の耳を舐めるだとか腕にキスマークをつけるだとか、揚句にはチュウをしろとまで言い出した。
「待って、あたしカメラ持ってんの」とそれを写真に収める人まででる始末。
「こんなの親に見られたら泣かれる」とか言いながら男同士でキスしてる分には笑えたんだけど、まだ下着のチラ見せだけに留まっていたあたしは気が気ではない。
「じゃあこれで最後」の声に1番ホッとしたのは間違いなくあたしだ。
最後に王様の権利を得た男の子は少々酔っ払っていて「最後だからとっておきのを…」と高らかに宣言した。
「3番と8番がディープキスをする」
体中から汗が吹き出した。
8番ってあたしじゃん。
「イヤッ!そんなの絶対出来ない!」と必死に訴えたら流石に「ディープはないでしょ」と女の子達が庇ってくれた。
「じゃあ…」と不服そうに彼が出した命令は「3番と8番が抱き合いながら10秒間チュウをする」と言うものだった。
「ヤダー」と喚いたけれど、既に何人かの人がキスを披露していたのでそれは聞き入れてもらえない。
「8番がみょう寺で、じゃ3番誰だ?」
どうか女の子でありますようにと必死に祈るあたしに「あ、俺だ」とどう聞いても男の子の声がした。
声の方を振り返ると壁に寄り掛かるように座っていた彰クンが体を起こす。
「え?何?聞いてなかった」と言う彰クンを見てどこかホッとするあたしが居たのは紛れも無い事実。
だって他の男の子より断然マシだもの。
だけど「えーマジで?」と不服そうな声をあげる彰クンに少しチクリとなった自分が分からない。
あたしだってやりたくないわよ。
「仕方ねーな」とあたしの隣に座り直す彰クンに緊張してしまう。
「顔赤ぇぞ」と飛ぶヤジに「煩いっ」と怒ると彰クンが「こっち」と至極冷静な様子であたしを促した。
「む」
ふて腐れながらもドキドキを隠せないあたしが彰クンと向き合うと、やんわりと背中に手がまわされる。
「みょう寺、お前も抱きつけよ」と誰かが言うとヒューと茶化す声がした。
クソー
いつになくドキドキしながらヤケになって彰クンの背中に手を延ばした。
だってゲームだもの、あたしの意思とは無関係なんだからと言い聞かせて。
ゴメンね神くん。
「はい、せーの」の掛け声で彰クンとあたしの唇が重なった。
ドキドキするのは仕方ない。
体が熱くなるのも。
「イーチ、ニーイ、」とカウントが始まったけど、一秒がやたら長いのは絶対ワザとだ。
彰クンもそれに気付いたようで腕を延ばした背中がフルフルと震え出し、軽く重ねた唇から微かな吐息が漏れた。
笑ってるんだと気付いたらあたしも可笑しくなって思わず頬が緩む。
東京の空気が神奈川と違うからか、それとも旧友ばかりの顔触れが高校生であることを忘れさせたからか、あたしの中にはそれほどの罪悪感も生まれなかった。
「ジュー!」
唇を離したあたしが彰クンの顔を見れずにいると誰かが「二人、お似合いなんじゃない?」と変な冗談を言い始めた。
「身長はちょうどイイ」
「じゃ、付き合っちゃえよ」
「二人とも神奈川なんだからちょうどいーじゃん!」
慌てて否定しようとしたあたしの隣で彰クンが「そうかな」と笑った。
「じゃ、せっかくだから付き合おーか」
大歓声に掻き消された必死に反論するあたしの声。
彰クンはその場の雰囲気に合わせるのが上手だ。
だからあたしも諦めて乗っかっとく事にした。
場の雰囲気を考えたら、わざわざこの盛り上がりを壊す必要もないだろう。
皆、冗談のつもりなんだから。
「新しいカップルの誕生にカンパーイ」
「サンキュー」と笑顔を振り撒く彰クンに呆れながら、まぁこんなのも悪くないと思う。
夢心地って言うの?
全然現実味がないんだもの。
だけどそれから解散するまでの間、彰クンはずっとあたしの肩を抱いていたし、あたしも彰クンの隣を離れなかった。
当然ながら帰り道が同じだったあたし達は二人で家路についた。
馬鹿な事もさせられたけれどそれなりに楽しかったから、もうしばらくその余韻に浸りたかったあたしは「近くの河川敷に寄らない?」と彰クンを誘った。
あそこなら外灯もあるしとコンビニで花火を買って二人でやった。
土手に座って他愛もない話をして。
「こんな風にしてたらホントに付き合ってるみたいだね」
思わず口をついて出た言葉に我ながら驚いた。
あたしにも彰クンにも恋人が居るのに、あたし何言ってんだろ。
だけど隣の彰クンは少し笑って「そーだな」と言ってくれた。
優しいと言うか、話を合わせるのが上手いと言うか…
あからさまに否定されるよりいいと思いながら「ま、冗談だけど」と一線を引いておく。
ハハッと笑った彰クンがポツリと言った。
「少しだけ、さっきのゲームの続きしよっか」
驚くあたしに優しく微笑む。
あぁ東京と神奈川では見える夜空も違うから
だから…
草の上に置いたあたしの手に彰クンのそれが重ねられた。