歩いて帰ろう
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「あぁ、あの子マネージャー」
その一言はあたしの頭をガッツンと殴り飛ばした。
「どーしていきなり?今まで居なかったじゃん!」
「それはそれで不便な事もあったりなかったりだったんだけど」と神くん。
「この時期はね、県大会効果でマネ希望の子が時々来るんだけど、そんな浮ついた気持ちでやられても迷惑だから断ってたんだ」
だけどね…と神くんは続ける。
「今回は信長の口利きだし、彼女はきちんとしたバスケ経験者で中学の時にはそれなりの成績も残してるみたいだから」
あの牧さんからもオッケーが出たらしい。
クッソ、キヨタめー
埋めてやる、相模湾に沈めてやるうッ!
歩いて帰ろう
「確かに少々カワイイわね」
サチコの言葉にガックリとうなだれる。
「だけどあんたね、自意識過剰になりすぎ」
「え?」
「ウチの学校の女子の皆がみんな、神くんを好きになる訳じゃないでしょーに」
そりゃそうだ。
「バスケ部はサッカー部の次に男前が揃ってるんだからさ。神くんはあくまでその中の一人じゃん。」
「あの子にだって彼氏いるかもしんないし、神くんの彼女はあんたなんだし」
そう言って貰って少し安心したのも束の間、その日の自主トレを終えてバスケ部のフロアへやってきた時だった。
一人シュート練習をしているはずの神くんにパスを出していたのはあの子だった。
思わず足が止まった。
慣れた手つきで正確に渡されるパスからのシュート、それがごく自然の流れになっていて声をかけられない。
立ち尽くすあたしの胸の奥には黒い何かが生まれていた。
やがて500を終えたのだろう何やら楽しげに話しながら二人がボールを集め始めた。
「あれ?」
居たんだ?と神くんがようやくあたしに気付く。
えぇ居ましたとも、随分前から。
チラリと女の子に視線をやると彼女は軽く会釈をする。
なんちゃない笑顔だったんだろうけど無性にムカついた。
神くんが彼女を振り返り声をかける。
「遅くまでありがとう。後は俺がやるから」
「え?でも…」
「大丈夫、今日はすごく助かったよ。だから、ね?」
ニッコリ笑う神くんに諭された彼女が不服そうな面持ちであたしの横を通りすぎようとしたその一瞬、目が合った。
そしてあたしは知ったのだ。
あの子は神くん狙いなんだって。
だって睨まれたんだもの、確かに。
帰り道、『あの子嫌い』と言いかけた言葉を必死で飲み込んで繋いだ手に力を込めた。
「ん?」
神くんがあたしに視線を落とす。
あたしって小さい人間だなぁと思うのだけれど。
どうして今日はマネの子が一緒に居たの?とか、明日も手伝ってもらうの?とか、聞きたいのはそんな事ばかり。
「どうしたの?」
「ううん」
あたしは一旦そう答えたものの、何だか抑えられなくて再び口を開いた。
「どうですか、新しいマネージャーさんは」
「とってもいい子だよ、知識はあるし気も利くし」と神くんは言う。
「つ、続きそう…?」
「大丈夫なんじゃない?」
早く辞めればいいのに…とあたしは下唇をギュッと噛んで黙り込んだ。
絶対、誰にも神くんを取られたくないっていう強い独占欲が渦巻くけど、神くんの前ではいい子を演じていたい。
神くんに面倒臭い子だとは思われたくない。
その日からあのマネージャーの姿がやたら視界に入るようになった。
何で2年の校舎をウロウロしているの?とか、マネだからって練習終わった後にいつまでも居残ってんじゃねぇ、とか。
悔しいのは彼女が神くんのシュート練習を手伝うとかなり時間が短縮されると言う事だ。
彼女が居たほうがはるかに能率がいいのは事実だし、それもマネージャーの仕事と言われたら何も文句が言えない。
あたしの心に僅かな歪みが出来た。
それもこれも元はと言えば…
「ノブナガーッ!」
昼休みの渡り廊下で、ここで会ったが100年目とばかりに背後から蹴りをかます。
ご自慢の反射神経を生かす間もなく、奴は「うおっ」と前のめりに倒れ込む。
ザマァミロ。
「いってぇなコノヤロ!何しやがんだ!」
大体俺を下の名で呼び捨てに出来るのは神さんだけだとかなんとかそんなのどうでもいいから。
「アンタの存在がムカつく!」と更に足を蹴ろうとしたらそれはヒョイとかわされた。
「何で俺が足蹴にされなきゃなんねーんだ!」
「自分の胸に聞いてみたら?」
ヤツが胸に手をあてて「サッパリ」と首を傾げる様子が無性にムカついて今度はゲンコツで殴りかかった。
「どぉしてアンタはいつもいつもいつも人の邪魔ばっかり…ッ」
「まっ…イテッ、ちょっと…」
あたしが振り上げた腕をキヨタが掴んだ。
負けじと振り上げたもう片方の手も同様に。
「離さんかい、変態!」
「誰が変態だ!離したらまた殴るんだろーが!」
押し問答する二人の攻防を遮ったのは「ヒュー」と言う甲高い声。
キヨタとほぼ同時に声の方に顔を向けると男バスマネ子(勝手に命名)と…
神くん?
何で昼休みに二人で?と広がる猜疑心。
「やだな~ノブ、イチャつくならもっと人気のないとこでやって!」
その言葉であたしとキヨタはお互いが手を握り体を近く寄せ合っていた事に気付く。
「バ…ッ」
慌てて体を離し「チガウ!」と叫ぶ声がハモった。
「これは…違うんだよ!そんなんじゃねーし!…大体何で俺がこんな女と…」と真っ赤になるキヨタ。
それはこっちの台詞と口を開こうとしたあたしと喚くキヨタを遮ったのはやたら落ち着いた口調の神くんだった。
「…こんな女で悪いんだけど」
あたしとキヨタがギョッとその顔を見れば当の神くんは無表情。
「え?何スか?」
.キヨタが首を突き出す。
「他人の彼女と気安くイチャつくなよ」
神くんの言葉にカパンと口を開けたキヨタ。
うわぁ堂々宣言、と嬉しくなっちゃうあたし。
どうよ、とばかりにマネ子に視線をやれば彼女は貼付けたようなポーカーフェイス。
「じじじ…付き合って…?」
口を尖らせて前のめりになるキヨタに「そうだよ悪い?」と神くんが言い放つ。
あたしの一人勝ちです、ありがとう。
これであのマネ子も諦めるでしょうとウハウハなあたし。
「もう予鈴が鳴るよ」とあたしの手を引いた神くんの手が、いつもより多少強引だったのは気のせいだと思う。
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