歩いて帰ろう
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練習の後のクタクタになった身体を引きずって寮に帰った。
あぁ、予習しとかないとヤバイ。
時間がないから先にお風呂とご飯は済ませなくちゃ。
でも洗濯物もやっておきたい、間に合うかな…
面倒だ、何もかも面倒。
深くため息を吐いて靴を下駄箱に突っ込んだあたしを寮母さんが呼び止めた。
「あ、なま恵ちゃん、ご両親に聞いてくれた?」
あぁ寮を出てくれないかって話のことか…
「…いや…まだ…」
あたしは曖昧な返事をした。
「そうなの?」
寮母さんは眉を顰める。
「なかなか出てくれる人がいなくって…。なま恵ちゃん、悪いんだけど…おばちゃんからもお願いしますって言っといて頂戴。」
ハイ…と返事をして自分の部屋に向かった。
廊下を歩いていると通りかかった部屋の少し開いたドアからあたしの名前が聞こえたような気がして思わず耳をそばだてた。
「なま恵先輩のポジションなら狙えそうじゃない?」
「あ~あの先輩、びっくりするほど上手いってカンジじゃないよねぇ。特に背が高いわけでもないし。」
カッと体中が熱くなったあたしは、急いでその場を去った。
痛い…
腰が痛いのかお腹が痛いのか…
あたしは部屋のベットに潜って泣いた。
すごく悔しかった。
歩いて帰ろう
次の日は腹が立つほどいい天気だった。
今日は部活をサボろう。
今までもキツイ練習に耐えかねて何度もそう思ったけど、実行に移すには至らなかった。
放課後立ち入り禁止になっている屋上へ忍び込んでそこから見える体育館の屋根を眺めていたらなんかまた涙が出てきた。
寮ってプライバシーなんてあってないようなもんだから、思い切り泣きたくても泣けない。
どうしたの?って優しいおせっかいさんが一杯いるんだもの。
先生の言ったことあんまり気にしないで自分がやりたいバレーをやればいいんだよ。皆で頑張ろうよ。
もうそんな気力ないよ…
たまらず嗚咽が漏れた。
ちょうどいい。
ここなら誰も来ないし思い切り泣いてしまえ。
「…っ…う…」
声と共に涙がボロボロ溢れてきた。
いよいよ大声で泣こうとしたときだった。
屋上の入り口が開く音がしてビクリと背筋を伸ばしたあたしは、反射的に近くのタンクの陰に走り寄って身を隠す。
ヤバイ
もし先生に見つかったら大目玉だ。
誰が来たのかと恐る恐る様子を伺うと現れたのは一人の女の子だった。
あれは確か3組の…
とその時、もう一人の影。
今度は男の子。
あれ?あれは…
神、くん?
こんなところで逢引?
ヤバイ、出にくい…
ってかこの2人つきあってんのかな?
長丁場になったら面倒だからどうしたもんかと思ってソワソワしていると、女の子が何やら神くんにボソボソ話しだした。
やたら髪を触りながら落ち着かない様子のその子とは対照的にポッケに手を突っ込んで突っ立っている神くんに、もしかしたらあたしは告白シーンに出くわしたんじゃないだろうかと気づいた。
ヤバイ…そんな…盗み見るつもりはないんですが…
見聞きしてはいけないという常識的な気持ちの中に若干の野次馬的な好奇心も混じって、目を逸らすどころか聞き耳を立ててしまう。
それにしても…と、告白されることに慣れた様子の神くんがなんとなく気に入らない。
嘘でももっとテレてやりなよ。
彼女は必死なんだから。
「…わるいけど、」
女の子のか細い声は聞こえなかったけど、神くんの低くてよく通る声ははっきりこちらまで聞こえた。
「今はそういうことに興味ないんだ。」
うわーっ
もっとマシな断り方あるんじゃない?それにその素っ気無い言い方なによ?
他人事ながら彼女が気の毒になる。
それなのに彼女は何度も神くんに頭を下げながら屋上の扉の向こうに姿を消した。
なんだかとてもかわいそう。
あたしもかわいそうだけど…
なんて思いながら先ほど泣いていたせいで垂れてきた鼻水をすすりあげる。
静かにすすった、つもりだった。
しかしその時、ズッと大きな音が確かにあたしの耳にも聞こえたのだ。
神くんが振り返るのが見えた。
ヤッバイっ!!
あたしの心臓はドッドッドっと大きな音を立てる。
ゆっくり近づいてきた神くんは、隅っこに隠れているあたしをあっさりと発見してしまったようだ。
「………」
彼はその大きな目でしばらくあたしを観察した後「何してんの?」と聞いてきた。
答えに困ってしまう。
「…え…と」
目がザブザブと宙を泳いだ。
「見てた?」
ここは素直に頷くしかない。
「悪趣味なんだな」
神くんは口を尖らせて明らかに不愉快そうな顔をした。
「…だ、だって仕方ないじゃない!好きで見てたわけじゃないんだからっ」
そうだよ、迷惑なのはこっちだよ。アンタにそんな迷惑そうな顔をされる覚えないもん。
神くんはあたしを一瞥して背を向けた。
うわっ、ヤなヤツ。
やっぱりバスケ部嫌い。
バスケやってる男にろくなヤツはいない。
あたしがその後姿を睨んでいると、突然神くんがクルリとこちらに顔を向けた。
「泣いてたの?」
あたしは思わずタオルで顔を覆う。
「フラれたの?」
「そんなんじゃないっ!」
あたしは彼を威嚇するようにタオルを投げつけるまねをした。
「恋愛なんかに興味ないもん!」
「ふぅん…」
彼は少し間をおいてからニッコリ笑った。
「じゃぁ俺とおんなじだ。」
なんとなくドキリとした。
いかんいかん。
あたしは慌てて自分を叱咤する。
こういう笑顔を武器にした男のフェロモンに引っかかってはいけない、ついでにバスケ部だ、いいとこなし。
「ホラ急がないと部活に遅れるよ」
そう言って扉の向こうに消える彼の背中をあたしは無言で見送った。