歩いて帰ろう
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「あ~そりゃ終わったな、ご愁傷様」
「ウっソ、マジで?」
半泣きになりながら縋り付くような心持ちのあたしに「マジでマジで」と無情な返事。
「だってぇ~」
「だってもクソも、とにかく有り得ねぇ」と彰クンは釣り糸に目を落とした。
「今時の女子高生なんてお手軽簡単に股開くぜ。お前ある意味ツワモノだよな。相手の男もよく途中で止めたよ」
あたしが何でこんな馬鹿な話を赤裸々に、しかも彰クンにしているのかと言えば、神くんが帰ってしばらくしてから彰クンが実家から送られて来た大量の野菜をおすそ分けしにあたしの部屋を覗いたのが始まりだった。
彰クンいわく『首括りそうな顔』をしていたらしい。
サチコに相談するのは生々しすぎると言うか相手が神くんだって知られてるから嫌だったし、かと言って激しい自己嫌悪と後悔と不安を一人で抱え込む程強くもなかった。
そんな時に現れた彰クンはあたしの顔を見て、それこそ下着泥棒どころじゃない何かがあったんじゃないかって凄い心配してくれて、部屋への侵入を許さないあたしをこうして海まで連れて来てくれたのだけれど…
多分バカバカしいと呆れているに違いない。
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あたしだってこんなに不安になるなら、どうして全部あげられなかったんだろうと今更ながら激しく後悔している。
大好きなのに。
神くんがあたしを嫌いになっちゃったらどうしようってそればっかりなの。
「あたし…嫌われちゃうかな?」
「さー」
「彰クンだったらどう?…その…彼女が拒んだりしたら…」
初恋の相手にこんな相談、ほんっとに馬鹿みたいだと思う。
だけど何故か彰クンになら相談できてしまうんだもの。
甘えさせてくれるんだもの。
彰クンが視線だけをこちらに寄越すとその表情に思わずドキっとした。
モテる男にはオーラがあると思う。
「どーかな」
「ごまかさないで真剣に!あたしばっかり恥ずかしい話してる!」
彰クンは少し笑った。
「好きの度合いに依る」
好きの、度合い?
「ね、それって…」
「どーせならずっと我慢させてみれば?」
言葉を遮られて一瞬口を閉じたけれど「そーゆー訳にもいかないでしょ?」と再び口を尖らせた。
「こんな事で愛想尽かされたくない」
「じゃあさ」
――俺が手ほどきしてやろーか?
………。
「バッッッカじゃないの!?」
熱かった顔が更に熱を帯びた。
「あ、やっぱりダメか」
「あったりまえでしょっ」
あたしはからかわれ易いんだろうけど、どーして男ってこう…
「あー暑い、蒸すわ~」と両手で顔を扇いだあたしの隣で彰クンは釣り糸の先を見つめたまま。
「ね、餌も付けてないのに釣れるの?」
「釣れなくていーの」
「へぇ?」
変なの
「だけどさ…」と彰クンが続けた。
「餌も付けずにボーっとしてるだけなのに時々ひっかかるん魚がいるんだよな。最初は海に返すんだけど…」
そのうちそれも面倒になっちゃうんだ
歩いて帰ろう
すっかりいつもの風景になった放課後の誰もいない体育館。
あたしは神くんの側で転がるボールを拾ってパスを出していた。
「勉強しときなよ」って神くんは言ってくれるけれど、あたしの頭にそんな余裕はない。
昨日と変わらず接してくれる神くんの心の中を覗くことが出来たらどんなに楽だろう。
「なんか元気だね」
ボールを片付けながら神くんが言った。
「テストが上手くいった?」
あたしは笑うけれど実は空元気なんです。
こうすることで不安を消したいんです。
「ね、神くん」
あたしは神くんの指先をちょっと摘んで俯き、小さな声で言った。
「大好きだからね」
神くんが少し首を傾げるのが分かった。
「え?何?」
「だから…」
何度も言うのは恥ずかしいじゃないか
「…あたし、神くんが好きだから」
「ごめん、よく聞こえないや」
もうっとあたしが顔をあげると笑っている神くんにたじろいでしまう。
「き、聞こえてるんでしょっ?」
「何?声が小さくて聞こえない、本当に」そう言ってあたしを引き寄せるから、そしたらあたしの逃げ塲なんてない。
「好き!」
もうヤケクソ。
「あ、聞こえた」
「意地悪なんだから」と睨んだら「だけど好きなんでしょ?」って余裕の神スマイルの後に優しいキスをくれた。
たったそれだけの事で安心できてしまう、魔法使いなんだ彼は。
「あのね神くん…」
ゴメンね、と小さく小さく囁いた言葉はしっかり神くんの耳に届いていたようで、そしてそれが何の事であるかも瞬時に理解した彼は小さな笑いを零した。
「謝る事じゃないよ」
そしてあたしの頭をクシャリと撫でる。
「ゆっくり、歩くぐらいの速さでもいいじゃん」
そんなに気が長いほうでもないんだけどね、としっかり付け加えた神くんだけれど、あたしは胸の支えが取れた気がした。
好きの度合い、か。
彰クン、あたし彼氏に愛されてるよね、多分。
テスト期間が終わると放課後の体育館はいつもの活気を取り戻していた。
「最近調子いいじゃん」
途中の休憩時間、タオルを手に水道に向かおうとしたあたしにチームメイトが声をかけてくれる。
「このままだったら今度の試合、出してもらえるんじゃない?」
嬉しい。
ようやく自主練の成果が現れ出したのだろうか。
顔を洗ってドリンクを飲みながら、ちょっとした楽しみになっているバスケ部のフロアを覗いてみる。
もちろんコッソリ神くんの姿を探すのだけれど、男ばかりであるはずのそのフロアで明らかに異質である人影に目が吸い寄せられた。
ジャージを着たその女の子は何やらメモるように仕切りにペンを走らせながらフロアを見ている。
まさかね…
まさか今更、この時期にマネージャーの入部なんて有り得ないっしょ?
その時ふとこちらに視線を向けた彼女が…
こっちをガン見してる?
「?」
あたしは慌てて回りを見渡した。
他にもチラホラ練習を見ている女の子達はいるし、あたしを見ていたわけではないと思うんだけど…
なんか険しい顔をされた気がした。
練習の気が散るからって威嚇されたんだろうか?
いーじゃんケチ。
あたしはなんだか釈然としないまま練習に戻った。
たまたま今日だけだといいな。
バスケ部に女子マネージャーなんて正直面白くないんだもの。
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