歩いて帰ろう
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「続きは明日しよ。午後から空けといて」
別れ際、神くんにそう言われた。
「それはウチでって事…?」
「迷惑なら…」
「全ッ然!」
単純なあたしの胸はウキウキと踊りだす。
これはデートでも何でもなくて勉強会なんだからね、と自分に言い聞かせる努力も虚しいくらい期待に胸が膨らんだ。
歩いて帰ろう
そわそわしながら待っていたチャイムの音に張り裂けんばかりの笑顔でドアを開けた。
「神くん!」
…と……?
あたしの目には間違いなく神くんが映っていて…じゃあ隣に居るキヨタも本物なのかしら…?
「コイツも一緒にいいかな?午前中偶然学校で会ってさ」
神くんにそう言われたら笑顔が引き攣ろうが内心ヨクナイと思おうが「どうぞ」と答えるしかナイ。
「だけど休みなのに何で学校へ?」と素直な疑問をぶつけてみるとキヨタが口を尖らせた。
「あの学年主任の野郎スゲェムカつく!俺が1時間でいいから体育館の鍵を貸してくれっつても絶対貸してくれなかったのに、後から来た神さんには貸すんだせ?」
神くんが苦笑いしながらキヨタを見た。
「そんな暇あったら勉強しろって言われたんだろ?ね、だからある程度の成績をキープするのは必要なんだよ」
あたしは感心ではなく呆れてしまった。
「テスト前なのに…」
こんな日まで自主練?
どんだけバスケ馬鹿なんだ海南バスケ部は。
そんなあたしに「ハイ差し入れ」と神くんがコンビニの袋を手渡すから、あたしは二人に座るように促した。
「へーアンタも一応女らしいとこがあんだな」
部屋をグルリと見渡したキヨタが言った。
「一応って…」
ジュースをテーブルに置いてからあたしも座る。
「女の部屋なんて久しぶりだぜ。いい匂いがするし、やっぱ男の部屋とは違うよなー」
「へー信長にも女の子の部屋に入るチャンスがあったんだ?」と言う神くんにあたしは吹き出しながら同調した。
「俺だって中学ん時は彼女がいた時期があったんスから」
口を尖らすキヨタを見て、まぁ確かに女友達とかは多そうだし、そこから発展する可能性もなくはないなと思った。
「受験勉強っつー名目で部屋に上がり込んで実は違うベンキョーしてたんスけどね」
クププと笑うキヨタの頭を神くんが小突いた。
「今日は女の子がいるんだからそーゆー話はナシ」
「えー?バレー部なら問題ないっしょ?なぁ?」
同意を求められてもイマイチ話が見えてこない。
「何で勉強とバレー部が関係あるの?」
カパッと口を開けたキヨタに「勉強しなさい、テスト勉強を」と神くんが言うとヤツは素直に教科書を開きだす。
だからあたしは質問に対する解答が得られないまま、お勉強タイムに突入する事になった。
途中集中力が途切れてきたあたしが休憩を提案しようとすると、必ずその前にキヨタが同様の提案をして神くんに却下されていた。
「どうしてそんなに集中力がないんだよ。だからお前は試合中も訳の分からないミスをするんだ」
耳が痛い…。
人の振り見て我が振り直せ。
私語は禁止。
お勉強会はホントにお勉強会だった。
最初はキヨタが邪魔だと思っていたけれど、この雰囲気ならキヨタが居てくれて正解だったのかもとさえ思ってしまう。
時計が4時を過ぎる頃、急にキヨタが「俺これから用事があるんス」と帰る素振りを見せた。
恐らくぶっ続けの学習に限界を感じたのだろう。
おぉ帰れ帰れ。
まだ4時なら神くんはきっと残ってくれるはず。
さらば邪魔者と内心ブイサインを出すあたし。
だから神くんが「じゃあ俺も帰ろっかな」とノートを閉じた時の喪失感たらない。
能面のような顔をしていたと思う。
「もう分からないところはないよね?」
慌てて『分からないところ』を探そうとしたが、こんな時に限って出てこないものだ。
「お邪魔しました」と部屋を出る二人を道路まで出て見送る。
神くん、あたし達、付き合ってるんじゃないんでしょうか…。
その後ろ姿を魂が抜けたような面持ちで見送る。
イチにバスケ、ニに勉強…彼女はその後って事なんだろうけどさぁ…。
あたしも神くんの今までの彼女みたいに、ちょっと欲張りになってきているんだろうか?
だったらちょっと反省しなくっちゃと自分の気持ちを落ち着かせようとしていた時だった。
階段を降りてくる人の気配に振り返ると釣竿を担いだ彰クンが姿を現した。
お互いたっぷり10秒は見つめ合ったあと、口を開いたのはあたしだった。
「彰クンとこはもうテスト終わったんだ?」
「いいや来週」
それなのにその出で立ち?と思わず首を傾げる。
「どこ行くの?」
「見て分かんない?」
「釣…」
「正解」
そして「そんな所に突っ立ってると通行の邪魔だぜ」と、神くん達が向かった駅とは反対の方向へ歩き出すから、あたしは慌ててその後を追い掛けた。
「勉強しなくていいの?」
「たまにゃ息抜き」
「って息抜きばかりしてんでしょ?」
彰クンはフッと笑って横目であたしを見る。
反射的に視線を逸らすあたし。
「あたしもついていっていい?」
「ダメ」
ム…何よソレ。
さてはこないだご飯食べさせなかったのを怒っているな?
「いーじゃん、デカイ図体して中身の小さい男だな」
「外見と中身が比例するなんて誰が言ったんだよ」
なんだかつれないなぁ。
もしかして真面目にご機嫌斜めなのかな?
「なんかあったの?」
「別に」
「もしかして怒ってる?」
「別に」
彰クン相手にこんなに話題が続かないのも珍しく、だから余計に引き返せなかった。
釣り糸を垂らす彰クンの隣に膝を抱えて座り込むと、彰クンが「女の子には面白くないよ」と言う。
「いーの、あたし今日は猛烈に勉強疲れしてるからちょうどボーっとしたかったの」
嘘じゃない。
色んな意味でボーっとしたかったのは本当の事だもの。
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「へー随分勉強熱心になったんだな」
そう言われたあたしは、昨日今日の事を思い出してちょっと彰クンに聞いてみたくなった。
「あのね彰クン…」
あたしはちょっとテレながら今日彼氏が部屋に来たけど何故か後輩を連れて来てしまった事、まだ時間があるのに後輩に合わせて帰ってしまったことなどを話した。
「どー思う」
「んな事言われてもな」
彰クンは面倒臭そうに頭を掻いた。
「本人に聞けよ、それが早い」
「聞けないから彰クンに聞いてんじゃない!」
「なんで俺なんだよ」
「彰クンしかいないの!こんなになんでも話せる男の人は彰クンしか居ないんだって!」
はぁー…と大きなため息をついた彰クンは正面の青い海を見詰めたまま言った。
「面倒臭ぇヤツだな」
「ひど…っ」
今日に限ってやたら冷たくない?
「男には男の考え方があんの」
「男の考え方って?」
参考までに是非お聞きしたい。
「ソイツが女と付き合うのが初めてじゃないんだったら女の子のペースに合わせるって事も学習済みなんじゃねぇのって事」
「あたし?」
ちょっとびっくりしてしまう。
「第3者を連れて来ることで下手に手ぇ出せないように自制したとかさ」
そうなのかな?
だったら少し安心なんだけど…だけどホントはあたしだってちょっとくらいギュとされたりチュっとされたりしたいと思ってんだけどな。
「じゃ…じゃあさ…」
「これ以上そのくだらねぇ話をするならもう口利かねぇ」
ピシャリと遮られてブスくれる。
いつもならくだらない話しにも付き合ってくれるくせに。
食い物の怨みかぁ…。
男の人の考える事って女の子のあたしには難しいと思った。
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