歩いて帰ろう
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ドクンと跳ねた心臓を押さえ込んで。
『好きな子はからかいたくなるんだ』と言う言葉自体、からかってるんだ!
あたしはテレ隠し半分ふて腐れ半分で掴まれていた神くんの手を払いのけた。
「ははん、神くん、もうその手には乗らないよ」
余裕の笑顔を作ってみせるあたしに神くんは眉ひとつ動かさない。
「からかわないでって言ってるじゃん」
「お、そうきた?」
その余裕っぷりが益々嘘臭さを増長させる。
「もちろん信じる信じないはみょう寺さんの自由だし、わざわざこの関係を壊そうとは思わないけど」
神くんはそう言って笑うと「さ、帰ろっか」と何事もなかったように鞄を持ち上げる。
それはやっぱりからかわれていると思うには十分で、あたしはその背中を追いかけながら聞いてみた。
「神くんの好きって何?」
神くんは驚いた顔をしてあたしを振り返った。
「恋愛とは別物の好きってことだよね?キヨタを可愛がるのと同じ『好き』なんでしょ?」
「…それはかなり的外れな質問だと思うんだけど…」
神くんが少し眉間に皺を寄せてあたしを見るけれど、何よ負けないわよ、今日のあたしは強気なの。
すると神くんはフイっとあたしから視線を逸らして呟くように言った。
「俺の『好き』はね…」
神くんの長い腕があたしの肩を引き寄せるとあたしはあっと言う間にその中に居た。
「こうゆう好き」
神くんの優しい香りがあたしを包んで、神くんの体温があたしに流れ込んだらあたしの体は爆発しそうになる。
「抱きしめてキスしたい好き」
まるでガッツンと頭を殴られたよう。
これも…冗談なの?
「俺、からかってるつもりなんて一度もなかったんだけど」
今まであたしが冗談だと思っていた甘い言葉の数々が頭を過ぎる。
「みょう寺さんには全部上手くかわされちゃった。こんなの初めてだよ」
小さな声だけれどこんな近くで言われたら聞き逃す事も出来なくて速度を増す心臓の音。
「だからみょう寺さんは本気でそーゆーのに興味がないんだと思ってたんだ」
そう言った神くんの腕が解けて体が離れた。
「昨日まではね」
見つめられた真剣な眼差しにおそらく真っ赤になっている顔を隠す事も出来ないあたしはやっとの思いで反論する。
「…だって神くんだって…」
恋愛に興味がないって言ってたじゃない。
でなければきっと、彼女がいる彰クンに心が揺れたりしなかったはず。
「だってお互いに部活が大切なのはホントだし、好きな子を大切に出来る自信なんて俺にはないし…大切にするつもりでも今まで失敗してるからね。面倒な事は極力排除したいって気持ちは確かにあるんだ」
理解に苦しむクールさ。この人はどんだけ恋愛してきたんだろうと思う。
「みょう寺さんと一緒にいたら楽しい、純粋に応援したいと思う、好きかもしれない、だけどこの関係を壊す必要もないって思ってたんだ。カタチにならない恋愛だってアリだと思ったんだよ、片思いってヤツ」
あたしに片思い?
神くんが…?
有り得ない。
「だけどさ…」
神くんがフと目を逸らせた。
「昨日のみょう寺さんの顔を見たら凄く悔しくなってさ」
ドキッとした。
「バスケの試合見てただろ?正確には仙道を見てたんだよな」
再び体が熱くなる。
あたしはどんな顔で彰クンを見ていたのだろう。
「他校の生徒っていうのが気に入らない。住んでいる所が同じくらいで、仙道の何を知ってるって言うの?」
所詮外見だとかバスケが上手いだとかその程度なんでしょ?
と言う神くんの言葉に「違う」と喉まで出掛けた言葉。
だけど、今言うべきなのだろうか?
彰クンの事はよく知ってるんだって。
そしたら神くんはどんな顔をするんだろう。
それが怖くて勇気が出せないあたし。
「そんな顔しないで、困らせたいわけじゃないんだ」
淋しそうな顔をする神くんを見る事が出来なくて俯いた。
「だけど仙道はやめときなよ。俺みたいにみょう寺さんをカワイイって思ってるヤツはウチの学校にだって居るはずだから。彼女居る人を好きになる必要なんてないよ」
神くんの事を好きだと思いながら彰クンに惹かれた自分が恨めしくて後ろめたくて、どうしていいのか分からずに黙り込むあたしの頭を神くんは「ごめんね」と言って撫でてくれた。
馬鹿っあたしの馬鹿っ
これじゃまるであたしが神くんの気持ちに応えられないみたいじゃない。
本当は今すぐ飛び付きたいのに。
「ちが…っ神く…」
「好きって言ったことはナシにしといて。この関係を壊したくないんだ。今まで通り一緒に頑張ろ」
それは神くんの気遣いだったんだろうか。
でもそんなふうに言われたら次の言葉が出てこなくなってしまう。
もしこのタイミングで「好きだ」なんて言ったら、すごく調子いい人間だと思われそうな気がした。彰くんがダメだったから乗り換えただなんて、そんなふうに思われたくない。
「あぁ今週末から部活休みだったな、テスト勉強頑張らないとね。みょう寺さんは大丈夫?」
気を遣ったつもりで神くんが話題を変えてくれたから、あたしは一戦一隅のタイミングを逃すこととなった。