歩いて帰ろう
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からかわれたんだと思ったんだもの。
だってファンの子には、ただの幼馴染だって言ってたんでしょ?
お互いに足りなかった言葉、
お互いの早とちり、
今となっては取り返せない時間
歩いて帰ろう
長いキスの後に彰クンは再びあたしをギュウと抱きしめた。
後頭部に添えられた大きな手から伝わる熱は、あたしからまともな思考回路を奪ってゆく。
雰囲気に酔って抱きしめ返したりしたらヘヴンへゴーは間違いなし。
あぁ酸欠、クラクラする。
「…やべえ」という小さな呟きが聞こえて、彰クンがヤバイならあたしの状況はもっとヤバイに違いないと脈打つ体が震えた。
「ストーップ!」
無理矢理出した威勢のよい声は情けなくも掠れていたが、あたしは彰クンの腕をタップした。
「窒息しそうだよ、ヘルプヘルプ」
「えー」
「助けて放して」
「んー、どーしよーかな」
のんびりした口調の彰クンに、焦ってるのはあたしだけかい?とジタバタもがく自分が情けなくなる。
「正直に答えたら放してやる」
ならばなんでもお答えしましょうと頷くあたし。
「俺の事、好きじゃなかった?」
あたしは戸惑った。
そこはグレーゾーンでお願いしたい。
「もういーじゃん、そんな事。今更どうにもならないでしょ」
「俺の理性が壊れないうちに答えて」
それは今のあたしに覿面の脅し文句。
「…言…いたくないんだけど…」
この恋心はこのままにしておきたいんだもの。それを口に出してしまったら、せっかく凍らせた恋心が溶け出してしまいそうだから。
それこそ、今、この雰囲気に流されてもいいかな…って思ってしまうから。
「それで汲み取ってよ、わかるでしょ?」
彰クンの腕から力が抜けて「オッケー」と言う声と共に体が離れた。
あたしは顔が熱くてまともに彰クンの顔が見れなくて。
「じゃ、今は?」
「なっ」
驚いて不覚にも顔をあげるとドキリとするような彰クンの目に捕われて尚更動揺する。
「何言ってんのよ自惚れ屋!」
だけど、もう好きなんかじゃないと言えなかったのはあたしの狡さ。
好きな人が居るとも言えなかった狡いあたし。
だって彼女さえいなければ、神くんよりも手の届きそうな人である事に気付いてしまったから。
「例えばよ?例えば、彼女の居る人を好きになっちゃったらどうする?」
あたしの問いにサチコは「エ?マジ?誰々?」と身を乗り出した。
「いやだから例えば、よ」
すると彼女は体を起こして「関係ないんじゃない?」と言い放つ。
「好きになっちゃったんだから仕方ないじゃん、ガンガン行くよ」
感心するあたしに彼女は付け加えた。
「でもね、仮に彼女から奪えたとしても今度は自分が奪われるって事を覚悟しとかなくっちゃいけないのよ。所詮そーゆー男なんだから」
なんだか無性に納得した。
そうだよね。
仮に彰クンとそうなれたとしても所詮は短い春で終わるに違いない。
子供の頃から温めていた大切な想いなら、綺麗なままで終らせるのがいいに決まってる。
昨日、彰クンに妙な事を言わなくて良かった。
今度機会があったらきちんと言おう。
あたしには好きな人がいるから彼女を大切にしてって。
「あ、ねぇちょっと神くん」
廊下で立ち話をしていたあたしは自分達の横を通り過ぎる人なんて気にしていなかったのだけれど、その声で神くんが近くに居た事に気付いた。
「何?」
神くんは足を止めてあたし達に視線を寄越す。
いつもなら視線も合わさないような場所で神くんと向き合うのは新鮮でドキドキした。
「神くんはさ、好きなコに彼氏が居たらどうする?」
「ば…っ」
あたしは慌ててサチコの袖を引っ張ったけれど彼女は気にしない様子。
「…そんなコ好きにならないと思うけど」
もっともな回答をする神くん。
これが彰クンだったら先程のサチコと同じ答えを出すに違いない。
「んもぅ意外と青いな神くんも。本当の恋をしたことがないね?」
神くんが迷惑そうに眉間に皺を寄せた。
「理屈じゃない恋ってあるのよ世の中には」
「そんなのないと思うけど」
神くんに助け舟を出すつもりで言ったあたしの一言は「だからアンタはお子様なの」と一蹴された。
「恋人がいるからって諦められるようなのは所詮本物じゃないのよ」
「だってサチコはさっき…」
「あたしは傷つく覚悟で行くの、それくらい好きになれたなら。」
凄い重たい言葉に思わず引いてしまうあたし。
あたしにはそんな覚悟なんてない。
いつだって自分が大切だから。
あたしがサチコみたいになれたなら…と昨日の残像が蘇る。
.
「人から奪いたいって思えるくらい好きになれるかって事だよね?」
神くんの問いにサチコは楽しそうに頷いた。
「俺の中で恋愛はそんなウエイトを占めない」
あたしがちびまる子ちゃんなら白目縦線よろしく、今更ながらそう断言されるのは堪える。
あたしの気持ちが再び彰クンへと大きく傾いた瞬間だった。
いつものように自主練を終えて集合したあたしたちだけど、何となくいつもとちがうよそよそしい雰囲気を感じた。
あたしの中で昼間の会話が堪えているのだろうか。
それとも変な話題に花を咲かせていたあたしに神くんが愛想を尽かしたのだろうか。
でも今なら神くんに見捨てられてもいいような気分になっているあたし。
がっちり施錠されて門前払いを食らった恋と、手強い門番はいるけれど少し扉が開いている恋。
後者にチャレンジしてみようかな。
サチコがいうように、彰クンしかいないと思えるなら。
神くんの掛け声が終了を告げ、ノロリと体を起こそうとすると神くんの手が差し出された。
あたしは一瞬躊躇して「大丈夫」と断ったのだけれど、神くんの手があたしの手首を掴んで引っ張りあげる。
「ありが…」
「仙道の事だよね」
言葉を遮られたあたしは驚いて神くんを見た。
いやそれよりも突然その名前が出た事に驚いた。
「昼間の話は仙道の事を言ってたんだよね?」
「な…」
何をどうやってそう繋ぐ事が出来たのだろう。
「仙道に彼女いるの知ってるんだ?」
神くんこそなんでそんな事知ってるの?
あたしの心を読んだかのように神クンは笑った。
「ちょっと有名なんだよ仙道の彼女。陵南の試合を必ず見に来る凄いカワイイ子が居るってね」
ずっしりと心臓が抜け落ちてしまいそうな程重くなった。
第三者からの客観的な視線ってシビアな分正直なものだ。
そんっなにカワイイんですか?
ってことはあたしやっぱりからかわれてます?
「そんな露骨にショックな顔しなくてもいいのに」と神くんが苦笑するから「ちょっと貧血」とよせばいいのに強がってみせた。
「柄にもなく焦っちゃうな」
神くんの呟きはあたしの耳には届かなかった。
仮に届いていたとしても頭に入れる余裕もなかったと思う。
「試合会場で会わなかった?昨日も来てたよ」
あたしは再び驚いて神くんを凝視した。
「みょう寺さんも昨日来てたよね」
「…あ、見られてた?」
慌てて貼付けた笑顔は少しぎこちなかったと思う。
「信長が見つけた」
キヨタっ余計な事を…っ
「泣いてたでしょ」
あたしは目を泳がせたけれどごまかせるはずもない。
「あれは、仙道の為?」
「そ、そんなわけ…っ」
「仙道の事が好きなの?」
「ないっないないないっ」
あたしは声を張り上げたのだけれど。
「相変わらず分かり易い」
神くんはそう言って笑った。
「協力してあげようか?」
思いがけない言葉にあたしは一瞬期待してしまった。
「ウソ。絶対しない」
そう言って唇の端を吊り上げる神くんに、期待した自分が恥ずかしくなって「もうどうしてそんな事言うのっ」と手を振り上げたら神くんの手がそれを掴んだ。
「ガキだから」
意味が分からずポカンとするあたし。
神くんに握られた手首がドクドクと脈打つ。
「俺、ガキだから。好きな子はからかいたくなるんだ」
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