歩いて帰ろう
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「仙道と知り合いだったなんて知らなかったな」
彰クンの姿が消えてしまうと神くんが口を開いた。
「…別に隠していた訳ではないんだけど…」と言葉を濁すと「別に俺に話す必要ないもんね」とニッコリ笑う。
そんな言われ方するのは何だか寂しいな。
「結構喋ったりするんだ?」
「あぁ…まぁ…会えば…」
なんとなくしどろもどろなあたし。
「なんだか親しそうだったもんね」
「いや、そーゆー訳でも…」
今更同じ学校だったとも言いにくい。
「仙道を応援してたのは、たまたま試合で見たからってわけじゃないんだね」
思わず答えに詰まると神くんが眉尻を下げた。
「ただのミーハーだと思ってたんだけどな…」
「いや、ただの知り合いだからミーハーみたいなもん」
神くんの言葉を受けてあたしがそう答えると彼は苦笑いした。
何で?
「今日は付き合ってくれてありがとう。じゃ」
神くんは突然そう言って踵を返した。
えぇー!?
「ま…っ」
あたしの部屋でお茶でも…
その言葉は声にならないまま、あたしは遠ざかる神くんの背中を呆然と見送るしかなかった。
歩いて帰ろう
ヘコみ気味の次の日、ウチのチームは3-1で勝ち、インターハイへの切符は逃したものの3位入賞を果たした。
あたしの記憶が正しければ、午後から彰クンの試合があるはずだ。インターハイへの最後の切符を賭けた大切な試合が。
昨日の事もあったからあたしは少し躊躇したけれど、だけどその試合を見たい気持ちは抑えられなくて仮病を使ってバレーの会場を飛び出した。
バレーの会場同様、バスケの会場も人でいっぱいだった。
陵南の試合を見に来ている事を神くんには見られたくなかったが、これだけ人が多ければその心配もないだろう。
座れそうな席を探したけれど途中で諦めて立見することにする。
相手は緒戦で見たことのあるチームだった。
ヤンキー集団と引率者って感じで見ていて面白いチームだったけれどそれも前半まで。
後半突然元気になった相手チームのエースにアっという間に点差を詰められ逆転されてしまったらあたしはもう気が気ではなくて…。
とどめと言わんばかりに相手チームの3Pが決まり、両手を握り締めるあたしの視線の先にはいつの間にか残り一分を切った電光掲示板。
そしてそれが示す無情なスコア。
それを見る彰クンの表情はあたしが知らないもので…
だからこそ余計に勝たせて欲しいと心から願ったけれど、その願いは試合終了を告げる笛の音と共に無惨にも消え去った。
コートの上の彰クンが涙を見せる事はなかったけれど、その背中を見詰めるあたしは溢れる涙を止める事が出来なかった。
「夕方から皆でカラオケに行こうって言ってるんだけど…体調どう?」
後ろ髪を引かれる思いでバレーの会場に戻って来たあたしにお決まりのお誘いがあった。
これはうちの部のささやかな慰労会なのだ。
何となく気分が乗らないあたしが返事に躊躇すると、皆があたしの体調を気遣うような事を言うから結局欠席することにした。
仮病なんだけど、まぁいいか、と思って。
あたしの頭の片隅には、あんな表情を見せた彰クンの事が離れなかったのだ。
フロアでは閉会式が始まっていた。
県大会3位という成績であたし達の夏は終わった。
自主練の為に学校の体育館に戻るともう既にボールの音がしていた。
そのフロアでは何人かのバスケ部員がシュート練習をしていて、その中に神くんも居た。
知らない人があたしに気付くと、その視線の先を追い掛けた神くんもあたしに気付く。
たまたま覗いていただけなんだけど神くんは練習を中断してあたしの所まで来てくれた。
その行動が、あたしを特別扱いしてくれてるようで凄く嬉しい。
知らない人が見たら神くんの彼女に見えるんじゃないかな?なんて勘違いし過ぎ?
「あ、ごめんね、練習の邪魔しちゃって。別に用事があるわけじゃないんだけど」
「ううん、俺もメールしようと思ってたからちょうど良かった」
あたしが首を傾げると神くんは続けた。
「今日はこれから用事があるから筋トレ付き合えないんだ。ごめんね」
「あ、あぁそうか。うん、気にしないで」
大方バスケ部の連中も打ち上げみたいな事をするんだろう。
神くんと話せなかった事に心残りを感じながら、あたしは日課の自主練に入るためにバレー部のフロアに向かう事にした。
だから踵を返したあたしの後ろ姿を練習の手を止めた神くんがジッと見ていた事になんて全然気付かなかった。
マンションが見えるとあたしは無性に彰クンの事が気になった。
大切な試合にギリギリで負けるっていうのは、力量とかの問題ではなく精神的なものの差だってよく言われるけれど、あたしは彰クンの勝ちに対する気持ちが劣っていたとは思わない。
だけど、だからこそ彰クンにはあの試合が堪えたんじゃないかって。
部屋に入る前に彰クンの部屋に行ってみようかとも思ったけれど、彼女が来てたら大変だからやめておいた。
あたしに出来る事なら何でもしてあげたいと思うけれど、それは多分彼女の仕事。
あたしと彼の距離はこんなにも遠い。
あたしは荷物を欝散らかしてベランダに出ると、まだ明るい外を眺めた。
人生って思うように行かない。
あたしは手摺りに肘をついて長い事外の景色を眺めていた。
う~ん寂しいからやっぱりカラオケに行っとけば良かったかな。今からでも間に合うかしら。
そう思って部屋に入ろうとした時、眼下に釣竿を引っ掛けた男の人が歩いてくる姿が見えた。
「あきら~っ!」
あたしが叫ぶと向こうも気付いて小さく手を振る。
何やってんだあの人は。
あたしは何も考えずに部屋を飛び出していた。
.「よう」
そう言った彰クンはいつもの彰クンで、だからあたしは彰クンに言おうと思っていた言葉を少しも思い出せなくて…。
「ん?どした?」
「ご飯食べに来ない?今日はご馳走にするから」
断られると思った。
こんな日は一人で居るか、そうでなければ彼女と居たいんじゃないかって。
だけど彰クンは
「いーよ」
そう言って笑うからあたしは嬉しくって、思わずありがとうって言いそうになってしまったんだ。
何故だかこの回は異常に苦労しました。書いては消し切っては貼り…どこまで見せてよいのか、この後どうしようか…そして神さんという人が何事にも引っ掛かりそうになくて難しいです。
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