歩いて帰ろう
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
皆が帰ってしまった後にあたしは一人体育館に残った。
今日の試合、あたしの目は神くんを追っていたはずなのに、それがいつの間にか彰クンに変わっていた事が悲しかった。
後戻りして足踏みするくらいなら、先に進めない恋でもそちらを選ぶべきだと思う。
だからいつものように神くんの顔を見て一緒に話しをしたりなんかしてたら、これが気の迷いだったんじゃないと思えるような気がした。
歩いて帰ろう
しばらく床にたたき付けていたボールを手に取ると、人の気配に気付いて戸口を見た。
「神くん…」
思わずあたしの顔から笑みが零れた。
神くんの顔を見て何となく安心した。
「試合お疲れ様。やったね、インターハイ」
「ありがと。バレー部はダメだったみたいだね」
神くんの情報の早さにあたしはびっくりした。
「さっき外でサッチーに会ったんだ」
「ナルホド」とあたしは頷く。
「今日の試合凄かったねー。すっごいドキドキしたよ。神くんチョーかっこよかったし!」
神くんは少し笑った。
「応援する学校間違えてたって聞いたけど?」
ギク…
「仙道のファンなの?」
「サチコ…!」
あのお喋りめ。
「あーゆーのがタイプなんだ」
「いやタイプって言うか…」
あたしは口ごもった。
実はど真ん中です。
「仙道は人気あるからなぁ。みょう寺さんも結構ミーハーなんだね 」
その言葉にあたしの後ろめたい気持ちが薄らいだ。
あぁそうか。
あたしと彰クンの繋がりを知ってる人が神奈川にいるはずがないんだ。
ミーハー。
人にはそう映るんだろうな…。
「はは…っ」
渇いた笑いをするあたしの額を神くんが軽く小突いた。
この距離感にドキドキする。
「ペナルティーだな」
「ん?」
「腹筋背筋10回ずつ追加ね」
慌てて謝ったけれど神くんは聞き入れてくれなかった。
変なトコで頑固なんだ。
「この後時間ある?」
帰り際の神くんの言葉にあたしの心臓は跳ね上がった。
「あるあるある!」
無くても作ります、基本です。
「無性にラーメンが食べたいんだよね。」
「じゃ、行っちゃう?」
あたし達は駅の近くのラーメン屋に行った。
馬鹿デカイカップルが珍しいのか、やたら店の人が話し掛けてくる。
背高いね何センチ?何の競技やってんの?どこの高校? 揚句にはデートなんでしょ?なんてそんな探り要らないから。
その質問に愛想よく答えているのは神くん。
「うん、デートなんですよ」
うわぁそんな風に言われたら変に意識しちゃうじゃない。
それを紛らわす為にあたしは茶化すしかない。
「えー?これデートなの?なんか色気ないなぁ。」
神くんは笑うけど結構本音入ってるんですが。
揚句お会計をしてたら「今からどこ行くの~?明日も休みなんでしょ?」と聞いてくるエロジジイ。
神くんは笑ってかわそうとしたけど店のオジサンはシツコかった。
「彼氏んち?彼女んち?変なホテルなんかに行っちゃダメだぞ~!カカカッ」
イラっとするわ。
多分神くんもイラっとしたのだろう
「今から彼女ん家に泊りです!」と言い捨てて店を出た。
大胆だなぁ…。
店を出たあたしは思わず思い出し笑いをする。
「最近の高校生は…って多分今頃言われてるよ」
「最近の高校生だからいいの」
それより…と神くんが時計を見る。
「お泊りとはいかないけど家まで送って行こうか?」
「え?」
ラーメン食べたら解散だと当然のように思っていたあたし。
「ラーメン屋のオジサンのせいでこれデートになっちゃったみたいだから。デートなら家まで送るのが俺の主義」
えぇー!?付き合ってなくてもこれをデートにカウントしてくれるの?
やだなぁ嬉しくなっちゃう。
「いやいやいやだけどさ…」
あたしは慌てて首を振った。
「神くん明日も試合でしょ?ここからじゃ歩いて帰れないし…わざわざ電車に乗ってもらってまで…」
「そんなの気にしないで。じゃ、行こ」
さっさと先に立って歩き出す神くんの後を慌てて追いかけながら、あたしはニヤケる顔を隠すのに必死になった。
神くんと電車に乗るなんて初めてで、あたしはトキメキっぱなし。
他の人から見たらあたし達、間違いなく恋人同士だよね。
あたしの能内はバーチャル恋愛モード・オン。
だってさ、家まで送ってもらったら「お茶でもドーゾ」って話になって、そしたら一人暮らしなんて美味しい状況…キャー
「どうかした?」
神くんの声で現実に引き戻されたあたしは妄想を打ち消すために咳ばらいをした。
ないない、あたし達にはナイ。
「ウチ、駅からは近いんだ。コンビニも近いし便利は便利。あ、ホラもう見えた」
駅を出たあたしが満面の笑みでマンションを指差した時、その入り口近くにデカイ人影を見つけて息を飲んだ。
ぎゃっ!タイミング悪すぎだってと顔が引き攣る。
「ココココンビニ寄るの忘れたっ」
ニワトリみたいな声を出して踵を返そうとしたが遅かった。
「仙道…?」
正面を見据えた神くんの口からその名前が漏れると、あたし達に気付いた彰クンが足を止める。
気付くな止まるなさっさと部屋へ帰れーっ!と喚くあたしの心の叫びは届かない。
「神…」
彰クンも驚いたようで、ただでさえ下がり気味の眉尻を更に下げた。
あぁ何だか嫌な感じ。
あたしは恐る恐る隣の神くんを見たが彼の表情からは何にも読み取れない。
神くんを見ていた彰クンの視線があたしに移った。
「…へぇ、熱心にバスケの話を聞くと思ったらそーゆーこと」
「ちが…っ」
だけど彰クンがいつもの笑顔を見せたからあたしは反論するのを止めた。
そうだ。彰クンには彼女がいるんだし、あたしが誰と一緒に居たって問題じゃないんだ。
それに気付いたあたしの胸の奥は鉛を打ち込まれたように軋む。
「こんな所で会うとは思わなかったな」と彰クンが言うと神くんも「そうだね」と笑った。
「明日が楽しみだよ、どちらが最後の切符を手にするのか」
「俺もだよ。一筋縄ではいかない相手だけど」
変にヤキモキしたのは目の前の二人に下心があるあたしだけで、そして気付けばあたしは蚊帳の外。
何だそのバスケ談議は。
バスケ馬鹿ども。
もう少し、なんかもう少し違う何かを期待したんだけど、二人の口からあたしに関する話題が出てくることはなくて、がっかりを通り越して悲しくなってしまった。
あたしはこの二人にとっては、ちっとも魅力的な女の子じゃないんだろう。所詮バスケ以下なんだ。
「さすが海南、明日も試合なのにヨユーだな」
彰クンは笑顔でそう言うと「じゃ、ごゆっくり」と言い残して階段を上っていってしまった。