歩いて帰ろう
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あたしは大きく溜息をついた。
「…アンタの顔を見ると残念な気持ちでいっぱいになる」
「ああ!?」
目の前には学食で偶然会ったキヨタ。
これと同格かと思うとため息しか出ない。
隣の友人が少し怯えたようにあたしの腕をつついた。
小柄なクラスメイトの彼女からしたら背の高いキヨタが眉間にシワを寄せて見下ろすと迫力があるのだろう。
なんつったってこのワイルドヘアーだ。
「キヨタ、そんな怖い顔しないでよ。怯えてるじゃん」
あたしが隣の友人を指すとキヨタは突然態度を変えた。
「いや、俺そんな怖くないっすよ。これはこの女がですね…」
コイツ真面目にムカつく。
「キヨ」
「略すな」
「キー」
「お前ケンカ売ってるだろ?」
「明日、決勝リーグの緒戦なんでしょ?」
キヨタは目を見開いた。
「神さん情報?」
「バスケ部は神くんだけじゃないから」
実のところ情報源は彰クン。
あれから一回だけだけど彰クンが夕飯を食べに部屋に来た。
多分自分で準備するのが面倒なんだと思う。
男の人は特に片付けが嫌いらしい。
でも誰かと喋りながらご飯を食べるのはとても楽しいから悪い気はしなかった。
寧ろ嬉しい。
「アンタまた神さん目当てで見に来る気か?」
「えぇっそうなの!?」
キヨタの言葉に友人が驚いた。
奴のそのお喋りな口を捻ってやろうかと思う。
「んなわけないでしょっ!何度も言うけどあたしは別に神くんの事なんて何とも思ってないし!明日はウチの部も試合だし!」
「けっ、まだ負けてなかったのかよ」と言う言葉はスルーしておく。
明日のバスケの試合、時間があれば見に来てよ、と言ってくれたのは神くんではなく彰クンだった。
多分見に行くのは無理だけどその言葉が嬉しかったから、時間があったらあたしは陵南の試合を見に行くと思う。
「自称スーパールーキー。せいぜい足を引っ張らないように頑張って」
「コイツと友達でいるのやめたほうがイイっすよ。マジで性格極悪なんで」
わざとらしくあたしの友人に耳打ちする。
「はいはい、性格極悪のあたしから激励の品」
あたしは自販機で買い間違えたパックの牛乳を投げた。
「それで身長があと3センチくらい伸びたらいいね」
それをキャッチしたキヨタの前を通り過ぎる時、奴が「イー」と思いきり歯を見せたのが視界の隅に映った。
明日の試合に備えて今日の練習は軽く流す程度で終了した。
それはバスケ部も同じだと思う。
だけど多分神くんはシュート練習をしているはずだからあたしも一人残って練習をした。
まぁあたしは明日試合に出るわけじゃないから、どんなに疲れても関係ないんだけど。
時間を見計らってバスケ部のフロアへ行った。
あたしに気付いた神くんが「あと12本」って言うから、あたしは鞄を下ろしてバスケットボールを拾い集め神くんにパスを出す。
あたし達の間ではいつからかこのスタイルが定着していた。
お互い持ちつ持たれつってとこかな。
外れる気がしない正確なシュート。
それがリングに掠りもせずに入ると聞こえないような拍手をしてみたりして。
誰にも気兼ねしないで神くんを見ていられるこの時間は幸せ。
更にそれを手伝っている(ような気がする)事が幸せ。
「終了」
神くんは手の甲で汗を拭って散らかったボールを集め始めた。
それを手伝うあたしはたいした会話も探せなくて…。
「明日どこと試合?」
「湘北」
「そこ強いの?」
すると神くんがあたしを見て「ダークホース」とドキリとするような笑顔を見せたから思わず目を逸らしてしまった。
マズイ…
あたしは慌てて視線を戻し明るい声を出す。
「え~なんか面白い試合になりそう!見に行きたかったなぁ!」
「見に来て欲しかったな」
「え?」
普段ならそんな事は絶対言わない神くんの言葉に驚いた。
「明日は面白い試合になるって俺も思う。バレー部の試合時間と重なってるのは正直残念。」
おぉ~…
嬉しくてあたしは少し調子に乗ってしまった。
「見に行けない代わりにオマジナイしてあげる」
大きく瞬きする神くんの両手を包むように握って…あたしからしたら凄く大胆な行動に出たと思う…少し俯き目を閉じた。
「…シュートが沢山入りますように…イチ、ニ、サン!」
言いながらテレ隠しに握った手をブンブンと三回振って放した。
「何コレ」
苦笑する神くんを指差し「これで明日は面白い程シュートが決まる」と言ってやった。
「じゃあ俺もオマジナイしてあげようかな」
あたしは目を丸くした。
「あたしは試合出ないよ?」
ご存知でしょうに。
だけど神くんはニッコリ笑ってあたしの肩に手を置いた。
「明日沢山応援できるオマジナイ」
そう言った神くんの手に少し力が入って、その顔が少し近づけばあたしはどうしていいのか分からずに固まってしまう。
「たくさん声が出ますように」
言うなりあたしの首に両手をかけて締め上げるような仕種をした。
急速に萎んでいく何か。
あの一瞬あたしは何を思い描いたのだろう?
驚いたあたしの顔が面白かったのか神くんが笑い転げている。
「もぉっ、びっくりさせないでよ!」
あたしが口を尖らすと神くんは「キスの方がよかった?」と首を傾けた。
「な、な、な…っ」
あわてふためくあたしを神くんが面白そうに見ている。
…コノヤロウ
「どーしてそういう冗談言うの!?」
そんな彰クンみたいなこと…
「俺はよかったんだけどマナー違反かなって。だって泣かれても困るし」
その時あたしは思った。
彰クンにキスされた時、あたしはどんな態度をとったんだっけ…?
でもそれは一瞬で、神くんの声で我に返った。
「あれ?おかしいな」
「え?」
「もっと違う反応を期待してたんだけど…」
「残念でした。そんな何回も神くんに遊ばれるのはゴメンだもん」
「バレた?」と神くんは爽やかな笑顔を向けた。
あたしは昼間のキヨタを思い出して、神くんの中の彼と自分が同格だという理由が理解できてしまいそうな気がした。
からかうと楽しい…。
「筋トレ始めるよ」
「は~い」
床にへばり付きながらあたしは、神くんが相手ならマナー違反もドントコイだったんだけどな、と思ったけど、神くんがカウントを始めたからそっちに集中せざるを得なくなった。
それからいつもより早く帰路に着いたあたしは、今日は駅まで送ってくれなくてもいいよ、と神くんに言った。
校門を出た少し先の道で「明日は頑張ってね」と手を振ると神くんも「じゃあね」と手をあげる。
まるで付き合ってるかのように錯覚する瞬間。
不意に動きを止めた神くんが独り言のような声を漏らした。
「さっき、本当にしてもよかった…?」
あたしは何の事か解らず首を傾げた。
「…何の事?」
目を見開いてあたしを見つめ返す。
「…真面目に言ってる?」
「え、だって神くん主語が抜けてるから…」
すると神くんは困ったように眉尻を下げて微笑んだ。
「そんな程度なんだ」
そしてそのまま自転車に乗って走り去ってしまったから、呆然とその場に残されたあたしは意味も分からず何か悪いことをしたのだろうかと不安になった。