歩いて帰ろう
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『じゃあ俺とおんなじだ』
その言葉が今になってあたしを苦しめている。
そーゆー事には興味がないと言って片っ端から女の子をフってしまう神くんと、一人の男の子の好意にしがみつこうとしたあたし。
恋愛に対する二人の姿勢はあまりに違いすぎた。
神くんの頭の中はバスケで一杯なんだ。
彼があたしに親切なのは、苦労してスタメンを勝ち取った自分の過去の姿をあたしに重ねて放っておけなくなった神くんの、同じスポーツマンとしての優しさなんだと思う。
以前あたしが言った言葉を信じているなら、あたしなら恋云々といった面倒な事を言い出さないと思って安心しているのだろう。
だからあたしが真剣に神くんに思いを寄せたところでそれは叶うはずもなく…ならばこの想いは秘めたまま少しでも彼の側にいたいと思うのが乙女心。
これは誰にも言わないほうがいい。
一度口にしてしまえば、その時からあたしの中でこの恋が動き出してしまうから。
だからあたしはサチコにさえ言わなかった。
神くんを裏切りたくないあたしは必死でその気持ちを押し殺そうとした。
そうやって苦しんででも側にいたい。
歩いて帰ろう
「何かあった?」
帰りの道すがら神くんに言われてあたしは驚いた。
「なんか最近…ちょっと違う気がする」
確かに神くんと並んで帰るこの一時はあたしにとって最高の時間になった訳だけど、こんなに気をつけていても隠せないものなのだろうか?
「何が?」
ちょっとビビりながらのあたしの問いに神くんは首を傾げた。
「わかんない。でもなんとなく」
「何それ~、別に何もないよ!」
あたしが大袈裟に笑うと「ならいいけど」と神くん。
「少し心配した」
あ、その言葉反則だなぁ。
そりゃ神くんが悪いよ、その気になるよフツーの女の子ならと思いながら精一杯何気ない返事を返す。
「ありがと、誰に対しても優しいね神くんは」
「そうでもないよ」
「え?」
「誰にでも優しいわけじゃないよ俺」
正面を見据えて神くんが言った言葉にあたしはウッカリ調子に乗りそうになった。
ナイナイ。
神くんは身内には優しいタイプなのかも。
あのキヨタの事も凄く可愛がってたし、だから逆に「ファン」の子には冷たいのかもしれないな。
やった、あたしは一応身内の仲間入りだと心の中でガッツポーズ。
些細な事が嬉しくて、だから届かないとわかっていても、この気持ちを止められない。
その次の日は休みだったので、あたしは朝一番で洗濯やら掃除やらを済ませた。
今日は天気がいいって言うから張り切って外干ししてから部活に出かける。
午前中にバレーの会場に足を運んで午後から練習。
他の学校の試合を見る機会が多いせいだろうか、最近また少しバレーが楽しい。
なんかリズムに乗れてるかんじ。
ミッチリしごかれた後でも自主練は欠かさないけれど、それは神くんも同じでホント尊敬する。
部活から帰ってベランダの洗濯物を取り込んでいたあたしはフと違和感に気付いた。
それが何であるか分かった途端にサーっと血の気が引く。
下着が、失くなっているッ!?
一人暮らしと共に携帯の所持を許されたあたしは泣きながら実家に電話した。
だけど東京から親が飛んで来れるわけもなく、明日先生に付き添ってもらって警察に行きなさいと言われた。
誰か知らない人があたしの下着を…考えただけでゾッとする。
『キチンと戸締まりしなさいよ、何かあったら彰くん呼びなさい』って呼べるか馬鹿っ!
だけどストーカーよりはマシかも…と思い直して風呂に入ることにした。
だって下着泥棒にレイプされたとか殺されたとか聞かないし。
お気に入りのシャンプーやボディーソープの香りはあたしの心を癒してくれた。
風呂上がりのTシャツにタンパン姿で冷蔵庫を覗こうとしたあたしは、やっぱりベランダが気になって視線だけをそちらに向ける。
「!」
誰かベランダにいるような気がする。
気のせいかもしれない。
猫かもしれない。
下着泥棒のせいで過敏になっているのかもしれない。
だけど一度そう思ってしまったらそれが頭にこびりついて離れない。
怖い…!
部屋に一人で居るのが堪らなく怖くなった。
その時、あたしの頭に浮かんだのはさっきの親の言葉。
―――彰くん…!
だけど電話番号なんて知らない。
辛うじて親から捩込まれた彰クンの部屋番号は頭の隅に残っていた。
恐怖の勝利。
あたしは音を立てないように外へ出ると、猛ダッシュで2Fから3Fへの階段を駆け上がる。
奥から2番目!
その部屋の呼び鈴をガシガシ鳴らしたが反応がない。
部活から帰ってないとか?
土曜の夜は彼女とデートとか?
役立たず!
堪らず泣きだした時だった。
鍵の開く音がして顔をあげた。
中から姿を現わしたデカイ男は、驚いた顔であたしをマジマジと見詰める。
「どした?」
すっかり誰かに追われている気分になっていたあたしは「なかっ、中入っていい!?」と逃げ込むように玄関に入った。
狭い玄関に押し入ってきたあたしを避けるように彰クンが壁に背中を当てて立ちあたしを見下ろす。
あたしはようやく安堵して大きくため息をついた。
「…ただ事じゃなさそうだけど…?」
あがる?と中を指差す彰クンに無言で頷いた。
シックに黒で統一された部屋に転がるバスケットボール。
男の人の匂い。
それはあたしが知っている彰クンの部屋よりも随分大人の雰囲気を漂わせていて、さっきの恐怖によるドキドキとは違うドキドキがあたしの胸に生まれようとしていた。