オモダカさんと秘書
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休憩ブースの方から賑やかな声が聞こえる。オモダカはその中にロッカスの声を感じ取り、通り過ぎた折に、踵を巡らした。広々とした大部屋の一角に、ロッカスが立っていた。リーグ職員となにやら歓談している。普段ロッカスが自分のいないリーグで誰と何を話すのかをあまり把握していないオモダカは、入口の方から、様子を眺めた。
「すみません、もう一枚もらってもいいですか」
「はい。もちろん」
「これホントおいしいんで……」
どうやら差し入れらしい。果たしてロッカスはあの職員と仲が良かったのか、と意外な光景に、オモダカはなんだかその場を離れ難くなった。紙コップの珈琲を片手に話す男の手のクッキーがやけに目についた。
「この間のマフィンなんか最高でしたよ! 売りものみたいで……よかったらまた作ってください。もちろんお礼はしますので!」
「ありがとうございます。あの、いつも食べてもらってすみません」
「いやいや!」
話を聞くに、どうやらロッカスの手作りのようである。ロッカスは料理が中々出来る方だというのは、時折自分の昼食を任せているオモダカが一番知っていることである。
差し入れ、親睦を深めているのは好ましいことだと、オモダカは微笑ましく眺めた。
けれどもその数秒後には笑みがすんと消えた。
「……………」
なんせ、オモダカはロッカスに手作りのお菓子を貰ったことがなかった。自分がロッカスの直属の上司であり、彼女が何事も自分を最優先するという自負のあるオモダカにとって、この光景は衝撃的だった。
ロッカスが自分に渡してこないものを、あの男には差し入れる。ということはつまり、あの手作りお菓子は、リーグ職員への差し入れといった趣旨の品ではなく、もっと特別な、彼個人に宛てた差し入れなのではないか。かなり有力な仮説が脳裏に立った瞬間、オモダカの目はいよいよ厳しくなった。まるでチャンピオン戦でのそれに匹敵する眼力である。
すると、冷え切っていくオモダカの傍から、陽気な声が聞こえた。
「あ、ええなー。差し入れしとる」
「チリ」とオモダカは我に返った。昼食を控えた時刻、チリの瞳は羨望に明るみ、クッキーへ注がれていた。オモダカは表情を取り繕うと、「ええ。微笑ましいことです」と二人へ視線を投げかけた。ただし、その心は微塵も笑っていなかった。チリが空腹を誘う光景に、物欲し気に腹を撫でた。
「ロッカスの作ったクッキーめっちゃおいしいもんなあ。チリちゃんも貰 てこよか…………いや、なにその顔、はじめてみたわ」
刹那、自分に向けられたオモダカの視線に気づいたチリが、ぎょっとして、一歩右脇に逸れた。差し入れを貰った事があるらしく語ったチリを、オモダカは凄まじい形相で見ていたのである。何度頭を巡らせても、オモダカは過去に一度としてロッカスの手作りは差し入れされた覚えがない。しかし、一連の情報を鑑みるに、あの差し入れは少なくとも何度か行われているらしい。その事実が重くオモダカの背にのし掛かった。何故、というふた文字が強烈にオモダカの心に吹き荒れた。
その様子を側から見ていたチリが、勘付いたように、「え?」と顔を変えた。
「え、トップ 貰ってないん? ……そんで気にしてんの?」
「………………」
否定も肯定もしたくなく、ひたすら、眉間に皺を寄せて寡黙にするオモダカを見た瞬間、チリが堪らず手を叩いて笑い出した。「なははは!」と哄笑するチリは、トップにも意外と可愛いところがある、などと目に涙を滲ませた。オモダカは一切の返事をしなかった。もはや、隣の爆笑の嵐が勝手にすぎるのを待つ柳のような、死んだ目で遠くを見ていた。
しかし、俄かに騒がしくなった入り口に、ロッカスと職員が気がついた。自分達を見ているオモダカに気がつくと、ロッカスは意外そうな顔をした。オモダカは、隣で変にツボに刺さって抜けないらしい瀕死のチリを捨て置き、ロッカスの方に歩み寄った。
「ロッカス」と呼びかけると、「はい」と微小な緊張を感じさせる目が、オモダカを見上げた。その目はいつも通りオモダカへの忠実を顕にしている。オモダカはその瞳を前に、複雑な思いで口を噤んだが、すぐさま彼女の手元の箱を一瞥した。
「そちらのクッキー、私もひとついただいても?」
「えっ」とロッカスが目を丸くする。
その様子で、オモダカは、ロッカスが自分に線引きしている事実を確信したが、後には引かなかった。オモダカの有無を言わせぬ笑みを前に、ロッカスが困惑したように「えっと」と返事を濁す、箱をみて、それから何故だか隣のリーグ職員を見た。するとこれまた何故か、リーグ職員が心得顔で大きく頷いてみせた。その妙な一連のやり取りののち、ロッカスは箱を開き、オモダカへ中身を差し出した。柔らかい色合いの、無難な形をした、美味しそうなバタークッキーだった。
オモダカが手袋を取り、一枚に指を伸ばした時だった。ロッカスが口を開いた。
「あ、あの」
「なんでしょう」
「あの、お口に合わなかったらすみません……」
「なにを。貴方の作るものはいつだっておいしいでしょう?」
そういうと、オモダカはひょいと一枚取って食べた。さくりとし、舌の上で崩れる食感や、味蕾に広がる甘塩のバターの風味が病みつきになりそうだった。何処に出しても問題ない、一般的な、素朴でおいしいクッキーである。その小さな一枚を堪能したオモダカは、ふと、ロッカスの不安気なまなこに気がつくと、唇についた小さな零れを指先で拭い、微笑んだ。
「完璧です。さすがロッカス、といったところでしょうか」
「! ほ、本当ですか」
「ええ。できれば、毎日食べたいくらいです。……そう、もしよければまた頂けますか?」
オモダカが、半ば力づくで次の約束を取り付けようとした時、ロッカスの顔が華やいだ。どころか、また何故だか隣のリーグ職員までもが目を輝かせた。
「よかったですね。ロッカスさん!」と掛け声を贈るリーグ職員にロッカスが「はい」と頷く。二人のやり取りの裏を読み取れず、かといって聞き流せず、オモダカは「なにがでしょう?」と問うた。
「今度トップに、食べていただけたらと思って……練習していたんです」
「……私?」
「はい、あの、この間お昼をお作りした時に、昼食後は甘いものが食べたくなる、とおっしゃっていたので」
「…………」
記憶が曖昧だが、確かにそんなぼやきを口にした覚えもある。オモダカは目を瞬かせ、それから面映そうにするロッカスを前に、胸を擽るような喜びを感じて、思わず目を細めた。
「私のために、でしたか?」
「はい、そうです」
「ふふ、そうでしたの。それは喜ばしいことです。では今度、是非ともお願いしましょう」
「はい」と花笑ったロッカスにオモダカが微笑む。やはりロッカスは変わりない、とオモダカが胸裏で安堵していたのを知るのは、後ろで笑い終えたチリだけだった。
「すみません、もう一枚もらってもいいですか」
「はい。もちろん」
「これホントおいしいんで……」
どうやら差し入れらしい。果たしてロッカスはあの職員と仲が良かったのか、と意外な光景に、オモダカはなんだかその場を離れ難くなった。紙コップの珈琲を片手に話す男の手のクッキーがやけに目についた。
「この間のマフィンなんか最高でしたよ! 売りものみたいで……よかったらまた作ってください。もちろんお礼はしますので!」
「ありがとうございます。あの、いつも食べてもらってすみません」
「いやいや!」
話を聞くに、どうやらロッカスの手作りのようである。ロッカスは料理が中々出来る方だというのは、時折自分の昼食を任せているオモダカが一番知っていることである。
差し入れ、親睦を深めているのは好ましいことだと、オモダカは微笑ましく眺めた。
けれどもその数秒後には笑みがすんと消えた。
「……………」
なんせ、オモダカはロッカスに手作りのお菓子を貰ったことがなかった。自分がロッカスの直属の上司であり、彼女が何事も自分を最優先するという自負のあるオモダカにとって、この光景は衝撃的だった。
ロッカスが自分に渡してこないものを、あの男には差し入れる。ということはつまり、あの手作りお菓子は、リーグ職員への差し入れといった趣旨の品ではなく、もっと特別な、彼個人に宛てた差し入れなのではないか。かなり有力な仮説が脳裏に立った瞬間、オモダカの目はいよいよ厳しくなった。まるでチャンピオン戦でのそれに匹敵する眼力である。
すると、冷え切っていくオモダカの傍から、陽気な声が聞こえた。
「あ、ええなー。差し入れしとる」
「チリ」とオモダカは我に返った。昼食を控えた時刻、チリの瞳は羨望に明るみ、クッキーへ注がれていた。オモダカは表情を取り繕うと、「ええ。微笑ましいことです」と二人へ視線を投げかけた。ただし、その心は微塵も笑っていなかった。チリが空腹を誘う光景に、物欲し気に腹を撫でた。
「ロッカスの作ったクッキーめっちゃおいしいもんなあ。チリちゃんも
刹那、自分に向けられたオモダカの視線に気づいたチリが、ぎょっとして、一歩右脇に逸れた。差し入れを貰った事があるらしく語ったチリを、オモダカは凄まじい形相で見ていたのである。何度頭を巡らせても、オモダカは過去に一度としてロッカスの手作りは差し入れされた覚えがない。しかし、一連の情報を鑑みるに、あの差し入れは少なくとも何度か行われているらしい。その事実が重くオモダカの背にのし掛かった。何故、というふた文字が強烈にオモダカの心に吹き荒れた。
その様子を側から見ていたチリが、勘付いたように、「え?」と顔を変えた。
「え、
「………………」
否定も肯定もしたくなく、ひたすら、眉間に皺を寄せて寡黙にするオモダカを見た瞬間、チリが堪らず手を叩いて笑い出した。「なははは!」と哄笑するチリは、トップにも意外と可愛いところがある、などと目に涙を滲ませた。オモダカは一切の返事をしなかった。もはや、隣の爆笑の嵐が勝手にすぎるのを待つ柳のような、死んだ目で遠くを見ていた。
しかし、俄かに騒がしくなった入り口に、ロッカスと職員が気がついた。自分達を見ているオモダカに気がつくと、ロッカスは意外そうな顔をした。オモダカは、隣で変にツボに刺さって抜けないらしい瀕死のチリを捨て置き、ロッカスの方に歩み寄った。
「ロッカス」と呼びかけると、「はい」と微小な緊張を感じさせる目が、オモダカを見上げた。その目はいつも通りオモダカへの忠実を顕にしている。オモダカはその瞳を前に、複雑な思いで口を噤んだが、すぐさま彼女の手元の箱を一瞥した。
「そちらのクッキー、私もひとついただいても?」
「えっ」とロッカスが目を丸くする。
その様子で、オモダカは、ロッカスが自分に線引きしている事実を確信したが、後には引かなかった。オモダカの有無を言わせぬ笑みを前に、ロッカスが困惑したように「えっと」と返事を濁す、箱をみて、それから何故だか隣のリーグ職員を見た。するとこれまた何故か、リーグ職員が心得顔で大きく頷いてみせた。その妙な一連のやり取りののち、ロッカスは箱を開き、オモダカへ中身を差し出した。柔らかい色合いの、無難な形をした、美味しそうなバタークッキーだった。
オモダカが手袋を取り、一枚に指を伸ばした時だった。ロッカスが口を開いた。
「あ、あの」
「なんでしょう」
「あの、お口に合わなかったらすみません……」
「なにを。貴方の作るものはいつだっておいしいでしょう?」
そういうと、オモダカはひょいと一枚取って食べた。さくりとし、舌の上で崩れる食感や、味蕾に広がる甘塩のバターの風味が病みつきになりそうだった。何処に出しても問題ない、一般的な、素朴でおいしいクッキーである。その小さな一枚を堪能したオモダカは、ふと、ロッカスの不安気なまなこに気がつくと、唇についた小さな零れを指先で拭い、微笑んだ。
「完璧です。さすがロッカス、といったところでしょうか」
「! ほ、本当ですか」
「ええ。できれば、毎日食べたいくらいです。……そう、もしよければまた頂けますか?」
オモダカが、半ば力づくで次の約束を取り付けようとした時、ロッカスの顔が華やいだ。どころか、また何故だか隣のリーグ職員までもが目を輝かせた。
「よかったですね。ロッカスさん!」と掛け声を贈るリーグ職員にロッカスが「はい」と頷く。二人のやり取りの裏を読み取れず、かといって聞き流せず、オモダカは「なにがでしょう?」と問うた。
「今度トップに、食べていただけたらと思って……練習していたんです」
「……私?」
「はい、あの、この間お昼をお作りした時に、昼食後は甘いものが食べたくなる、とおっしゃっていたので」
「…………」
記憶が曖昧だが、確かにそんなぼやきを口にした覚えもある。オモダカは目を瞬かせ、それから面映そうにするロッカスを前に、胸を擽るような喜びを感じて、思わず目を細めた。
「私のために、でしたか?」
「はい、そうです」
「ふふ、そうでしたの。それは喜ばしいことです。では今度、是非ともお願いしましょう」
「はい」と花笑ったロッカスにオモダカが微笑む。やはりロッカスは変わりない、とオモダカが胸裏で安堵していたのを知るのは、後ろで笑い終えたチリだけだった。