オモダカさんと秘書
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オモダカは仕事の出来る人だ。凛然とした佇まいに、慇懃な言葉づかい。パルデア地方の発展に向けてあらゆる分野に気を配り、指導者として活躍している。その理想への情熱が先走り、辺りの人間をも強引に動かす手腕が少々難点だが、そこも含めて、オモダカは一地方のトップチャンピオンに相応しい才覚の人間だった。
彼女は、日々忙殺される勢いで活動していた。トップチャンピオンだけでなく、学園の理事長も務め、それこそ考え得る多くの場面から、ポケモン勝負の発展を筆頭に、パルデア地方を輝かせようと奮闘していた。全ては、オモダカにとって、仕事や労働ではなく、オモダカの理想を叶えるための一歩であった。
そうして、そのオモダカの多岐にわたる業務を、なるべく平滑に、簡潔に出来るようにするのが、秘書ロッカスの役目であった。
オモダカのパルデアにかける想いは誰よりも輝いていて、それゆえに、ロッカスは、それが多少強引だと思われる注文──例えばそれは、大規模な予定変更から、チャンピオンクラスの住所連絡先の入手まで──でも、オモダカのためならばこなすのである。
ロッカスはパルデアの恩恵を受ける一人の市民として、オモダカを信望していた。さほどポケモン勝負の腕も強くない自分が、オモダカのそばでは、彼女の理想を支えることで、パルデアに貢献できるのが嬉しかった。仮に、彼女の依頼が、少々無茶であり、少々強引であり、少々法に触れるギリギリの内容だったとしも、どのような希望も全て、オモダカの理想、ひいてはパルデアの向上に近づく最善なのだろうと信じていた。
すなわち、大雑把に言い表すならば、ロッカスにとって、オモダカは完全無欠の上司だった。
──否、そのはずであった。
「ロッカス。貴方はこのパルデアの中で最も私 を温 める星です」
陶然とした目で自分を見つめるオモダカを前に、ロッカスは眉を八の字に下げた。
オモダカの唯一完全無欠ではない点、とロッカスの思うのは、彼女の絡み酒の性質だった。仕事終わり、食事に誘われることが間々あるが、そのなかでも、本当に時折、オモダカはこのようになる。
普段はこのようになる人ではない。公の場では、どれだけ酒を嗜んでも、素面で酒気ひとつ帯びない人である。
それがどうしたことか、ロッカスの前では度々このような姿を晒した。この熱っぽい姿を見せられるたびに、ロッカスは心配になった。
自分がオモダカにとって気を許せる人間である可能性を喜ぶよりも、普段のあの素面顔は無理をしているんじゃないかという心配や、こうなったオモダカの現在の体調についての心配である。
「オモダカさん、の、飲みすぎですよ……」
「飲みすぎではありません。真剣に言っているのです。貴方は私のそばでずっとそのまま輝いていてくださいね」
「あの、……あの、すみません。お水何杯かいただけますか」
「きいていますか」
「はい、聞いています。ちょっと待ってくださいね。……はい、トップこちら飲んでください」
「私を酔っ払ってると思ってるのですか……」
常日頃、美しい超越的な微笑みを湛えた、月の如きかんばせが、むすりとする。けれどもロッカスがグラスを手渡せば飲んでくれる。
その横顔を見ながら、ロッカスはもう切り上げた方が良さそうだと思った。オモダカほどの人であれば、二日酔いの恐れはないのだろうが。
「オモダカさん。今日はもう帰りましょう」
「何故?」
「明日の予定にヒビが入ってはいけませんから……。午前はハッコウジムの視察と、午後には理事会があります」
「いまの私ではなく、明日の私を優先するのですね……」
なんだかいよいよ様子がおかしいオモダカに、ロッカスは弱った。しかしその困っているロッカスを見ると俄かに、オモダカは目を細めてみせた。ロッカスはその妖艶にも見える美しさに、どきりとした。
ロッカスは熱い頬を誤魔化すように、オモダカのために貰ったいくつかのグラスの一つを飲んだ。
「ロッカス。顔をみせてください」
オモダカに言われてロッカスは彼女に顔を向けた。星を閉じ込めた夜空の瞳が、ロッカスをみて、それからゆっくり瞬く。まるで天空からロッカスを見守るような、そんな眼差しに、ロッカスは火照りが少しずつ取り払われる代わりに、胸の奥がじんわりと熱くなってきた。
「可愛い人」
オモダカの呟きに、ロッカスは目を見開き、それから頬が爆ぜるように熱くなった。オモダカはそうなることも知っていたように、相変わらず微笑んでいる。
「これからも私の側で、私を守ってくださいね」
「は、はい」
流れるように引き出された答えに、言ってからロッカスは我にかえった。
「でも、そんなに強くは……」と、取り立てて強いとも言えない、ポケモン勝負の腕についていえば、オモダカは思いがけない顔をして、それから「アハハ!」と子供のように笑った。
何故だか知らないが、それで随分気が良くなったらしく、オモダカは先程までの様相を一転させ、「では、今日はもう帰りましょうか」といった。
今夜は星月夜だった。そらとぶタクシーを待つ間、ロッカスは満目の星空を眺めた。心が洗われるというのは、こういう気分なのだろうと思いながら、オモダカをみれば、普段と変わらぬ凛とした彼女が立っていた。彼女は冴えた瞳を、大通りの向こうの広がる大地へ注いでいた。
「豊かな大地と水流、そして見渡す限りの光、かがやき……パルデアは美しい」
不意にオモダカが呟いた。ロッカスは黙ってそれに頷いた。ふとオモダカの視線がロッカスに移った。
「この地 で貴方と出会えたことに感謝ですね」
オモダカの笑みに、ロッカスは胸が小さく苦しんだ。その苦しみは心地良かった。
「わたしも、そう思います」
「ふふ。──おや、もう来てしまいました」
やって来た二台のタクシーを見上げて、オモダカが後ろ手を解く。オモダカを見送ろうとするロッカスを、オモダカが先に乗るように促し、「お疲れさまです」と、ロッカスはその場を発った。酒気に間怠い身体を座席に埋めると、ロッカスは熱い息を吐いた。
今夜オモダカから渡された情熱的な言葉の数々を頭の中に浮かべる。その場ではあまり意識しなかったはずの台詞が、後々、今になってロッカスの心を焦がすようだった。
彼女は、日々忙殺される勢いで活動していた。トップチャンピオンだけでなく、学園の理事長も務め、それこそ考え得る多くの場面から、ポケモン勝負の発展を筆頭に、パルデア地方を輝かせようと奮闘していた。全ては、オモダカにとって、仕事や労働ではなく、オモダカの理想を叶えるための一歩であった。
そうして、そのオモダカの多岐にわたる業務を、なるべく平滑に、簡潔に出来るようにするのが、秘書ロッカスの役目であった。
オモダカのパルデアにかける想いは誰よりも輝いていて、それゆえに、ロッカスは、それが多少強引だと思われる注文──例えばそれは、大規模な予定変更から、チャンピオンクラスの住所連絡先の入手まで──でも、オモダカのためならばこなすのである。
ロッカスはパルデアの恩恵を受ける一人の市民として、オモダカを信望していた。さほどポケモン勝負の腕も強くない自分が、オモダカのそばでは、彼女の理想を支えることで、パルデアに貢献できるのが嬉しかった。仮に、彼女の依頼が、少々無茶であり、少々強引であり、少々法に触れるギリギリの内容だったとしも、どのような希望も全て、オモダカの理想、ひいてはパルデアの向上に近づく最善なのだろうと信じていた。
すなわち、大雑把に言い表すならば、ロッカスにとって、オモダカは完全無欠の上司だった。
──否、そのはずであった。
「ロッカス。貴方はこのパルデアの中で最も
陶然とした目で自分を見つめるオモダカを前に、ロッカスは眉を八の字に下げた。
オモダカの唯一完全無欠ではない点、とロッカスの思うのは、彼女の絡み酒の性質だった。仕事終わり、食事に誘われることが間々あるが、そのなかでも、本当に時折、オモダカはこのようになる。
普段はこのようになる人ではない。公の場では、どれだけ酒を嗜んでも、素面で酒気ひとつ帯びない人である。
それがどうしたことか、ロッカスの前では度々このような姿を晒した。この熱っぽい姿を見せられるたびに、ロッカスは心配になった。
自分がオモダカにとって気を許せる人間である可能性を喜ぶよりも、普段のあの素面顔は無理をしているんじゃないかという心配や、こうなったオモダカの現在の体調についての心配である。
「オモダカさん、の、飲みすぎですよ……」
「飲みすぎではありません。真剣に言っているのです。貴方は私のそばでずっとそのまま輝いていてくださいね」
「あの、……あの、すみません。お水何杯かいただけますか」
「きいていますか」
「はい、聞いています。ちょっと待ってくださいね。……はい、トップこちら飲んでください」
「私を酔っ払ってると思ってるのですか……」
常日頃、美しい超越的な微笑みを湛えた、月の如きかんばせが、むすりとする。けれどもロッカスがグラスを手渡せば飲んでくれる。
その横顔を見ながら、ロッカスはもう切り上げた方が良さそうだと思った。オモダカほどの人であれば、二日酔いの恐れはないのだろうが。
「オモダカさん。今日はもう帰りましょう」
「何故?」
「明日の予定にヒビが入ってはいけませんから……。午前はハッコウジムの視察と、午後には理事会があります」
「いまの私ではなく、明日の私を優先するのですね……」
なんだかいよいよ様子がおかしいオモダカに、ロッカスは弱った。しかしその困っているロッカスを見ると俄かに、オモダカは目を細めてみせた。ロッカスはその妖艶にも見える美しさに、どきりとした。
ロッカスは熱い頬を誤魔化すように、オモダカのために貰ったいくつかのグラスの一つを飲んだ。
「ロッカス。顔をみせてください」
オモダカに言われてロッカスは彼女に顔を向けた。星を閉じ込めた夜空の瞳が、ロッカスをみて、それからゆっくり瞬く。まるで天空からロッカスを見守るような、そんな眼差しに、ロッカスは火照りが少しずつ取り払われる代わりに、胸の奥がじんわりと熱くなってきた。
「可愛い人」
オモダカの呟きに、ロッカスは目を見開き、それから頬が爆ぜるように熱くなった。オモダカはそうなることも知っていたように、相変わらず微笑んでいる。
「これからも私の側で、私を守ってくださいね」
「は、はい」
流れるように引き出された答えに、言ってからロッカスは我にかえった。
「でも、そんなに強くは……」と、取り立てて強いとも言えない、ポケモン勝負の腕についていえば、オモダカは思いがけない顔をして、それから「アハハ!」と子供のように笑った。
何故だか知らないが、それで随分気が良くなったらしく、オモダカは先程までの様相を一転させ、「では、今日はもう帰りましょうか」といった。
今夜は星月夜だった。そらとぶタクシーを待つ間、ロッカスは満目の星空を眺めた。心が洗われるというのは、こういう気分なのだろうと思いながら、オモダカをみれば、普段と変わらぬ凛とした彼女が立っていた。彼女は冴えた瞳を、大通りの向こうの広がる大地へ注いでいた。
「豊かな大地と水流、そして見渡す限りの光、かがやき……パルデアは美しい」
不意にオモダカが呟いた。ロッカスは黙ってそれに頷いた。ふとオモダカの視線がロッカスに移った。
「
オモダカの笑みに、ロッカスは胸が小さく苦しんだ。その苦しみは心地良かった。
「わたしも、そう思います」
「ふふ。──おや、もう来てしまいました」
やって来た二台のタクシーを見上げて、オモダカが後ろ手を解く。オモダカを見送ろうとするロッカスを、オモダカが先に乗るように促し、「お疲れさまです」と、ロッカスはその場を発った。酒気に間怠い身体を座席に埋めると、ロッカスは熱い息を吐いた。
今夜オモダカから渡された情熱的な言葉の数々を頭の中に浮かべる。その場ではあまり意識しなかったはずの台詞が、後々、今になってロッカスの心を焦がすようだった。
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