ルビナス編3
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風ひとつ通り抜けない、この空間。
全ての時が、止まっている場所。
斜め前で、地面に膝をついて祈るシュアの後姿を見つめる。
それでもゼロスがそれにならって、目の前の墓石に向けて目を閉じることは無かった。
ルビナスの家。その小屋の裏側にひっそりと建っている墓石。
花を供えるなり目を閉じて手を合わせるシュアは、今何を思っているのだろうか。
それはシュアにしか分からないことも分かっている。
なにかを語りかけているのか、それとも遥か4千年も昔の時間を思い返しているのか。
ルビナス本人の姿を、その頭に思い描いているのだろうか。
この墓石がどうやって、誰の手によって建てられたのかは分からない。
そう、ただ分かるのは。
ルピナスの花が供えられたこの墓石が建てられる理由にもなった、あの事件。
そして、ルビナスという人物がこの世を去る、あの瞬間までの出来事だ。
ゼロスはただ沈黙したまま、微動だにしないシュアの後頭部を見つめた。
「シュア、ほんとに良かったのか?」
「ん?なに?」
「お前の母親…送ってかなくて」
「うん。大丈夫」
テーブルについて、カップを両手で包むシュアが淡々と、そう口にする。
その横顔を見つめながら、ついさっきまでこの小屋に居た珍しい客の姿を思い浮かべた。
シュアの母親。名前をマーテルと名乗っていただろうか。
確かにシュアに似ている気はする。ただ、シュアよりももっと不思議な近寄りがたさを感じさせる雰囲気を持っていて、ただそれは嫌な近寄りがたさではなくて。
何よりも不思議に思うのは、その若さだった。
歳を聞いたわけではないが、母娘というよりも、どちらかと言えば姉妹のようだ。
シュアと暮らすようになって、しばらく経つ。
そうして見ていると、シュアの周りで不思議なことが起きることが多々ある。
俺が外で作った怪我を一瞬で治したり。
広げようと思っていた庭の畑をあっという間に耕したり。
自分の生まれつきだという痣を、俺の身体にも写したり…だ。
そんな不思議をきっと、もっとたくさん抱えていそうな、そんな雰囲気を持っていたのがさっきまでここに居たシュアの母親。
そんな風に思った。
「しっかし、なんだって突然」
「この間、会いに行ったから」
「あぁ…そういや」
「それでルビの話して、ルビに会ってほしいって言ったら、会ってくれるって」
なんだ、シュアが会わせたいって言ったのか?
頬杖をついたまま視線を向けると、シュアはすぐに嬉しそうに首を縦に振った。
「私の、家族だから」
「…そうか」
「でも、母さんも好きだから、だから2人には…仲良くして欲しい、から」
カップの中を覗き込んでそう言うシュアに、腕を伸ばしてその頭の天辺を撫でた。
「大丈夫だろ。こんな小屋で暮らしてる俺にも…安心だって、言ってたしな」
シュアと一緒に居てくれてありがとう。
貴方なら、安心ですね。
シュアを、よろしくお願いします。
姉妹のようにしか見えないのに、その言葉はどう取っても母親にしか思えなくて。
あんなに帰りたがらなかった家なのに、母親とシュアの間には確かに母娘の空気が溢れていて。
それが、なんだか懐かしくて。
母親の事だけは嬉しそうに口にするシュアが、いかにこの母親を好きでいるかが分かった気がした。
そして、それでもその母親は帰ってくるよう強制するでもなく、シュアの意思をどうにか尊重しようとしているのが分かった。
自分ではない誰かに、託したい。
シュアから離れたいというわけではなく、そう思っているようで。
この小屋を後にするべく背を向けたその後ろ姿は、どこか寂しそうだと、思った。
「母さん、優しくて、きれいで…好きなの」
「そうだな。お前に似て」
「似てる?私と母さん?」
「あぁ、まぁな」
「母さんに……嬉しい」
本当に、言葉の通りの嬉しそうな顔で笑ったシュアは、確かに幸せそうだと思った。
自分と過ごしているこの時間の中で、幸せそうなシュアを見ていることを、俺もまた。
けれどこの小屋への珍しい客はもう2人、その日のうちにこの小屋を訪れることになった。
「シュア。…マーテルが死んだ」
突然の来客。
誰かも分からない、人物。
その正体を問い詰める暇もなかった。
不意に扉が開いたと思ったら、そこから現れた人物はシュアに目を向けるなり、そう口を開いた。
「……くら、とす?」
「……」
「母さんが……しんだって、何?」
ただ俺とテーブルについていた時の、その状態のまま。
すでに冷めたお茶の入ったカップをその両手で抱えたまま。
「ルビ、」
「…シュア?」
「しんだって…どういう、…なに?」
困ったように、ただいつものように難しい言葉を理解できないかのように、それでいて今にも泣きだしそうなシュアの視線が俺に向けられる。
「シュア…」
「シュア、分かっているはずだ。死ぬということは、お前には」
クラトスと呼ばれた人物が、皺を寄せた眉間の下で静かに目を伏せて、言った。
「っ……」
先ほどから開きっぱなしの口を震わせたままで、シュアがゆっくりとカップをテーブルに手放す。
「どういうことなんだ?シュアの母親は…今日、昼前にここを出て…シュアっ!!」
椅子をなぎ倒して立ち上がったシュアが、そのままの勢いで小屋を飛び出す。
入口に立っていた、クラトス…とやらも突き飛ばして。
思わず立ち上がった俺も、それでも何もできずにただ立ち尽くすしかできない。
小屋の入口脇に立つ男からの視線が注がれていることには、気付いていた。
「…お前が、そうか…」
「…なんだよ、なんだってんだよ。どういうことだ?それに、お前は…」
「…ここには、お前とシュアだけか?」
「だから…なんだよ?そんなこと今…」
「そうか…近くに村があったな」
「あぁそうだよっ!元々俺だってあの村の人間だ!それでお前は誰なんだ!シュアの母親はなんだって…!」
自分が騒ぐ立場でもないことは分かっているのに、言葉が喉を飛び出す。
思わず冷静になれない俺の言葉を、それでもどこか見えない所で受け止めているようにする男が、静かに背を向ける。
「私は、マーテルの、シュアの友人だ」
「シュアが自分を責めることがなければいいが…」
「な…シュアが、なんだって…?」
「いいか。これは、シュアのせいでは、ない」
一言一句を刻むように、そう言った男が小屋を出ていく。
それでも俺にはもう、返す言葉もなければ追いかけるでもなく、ただこの小屋に立ち尽くすことしかできない。
そうしてただぼーっとしながら、答えの出ない自問自答を繰り返していた。
なんで昼前にここを発ったシュアの母親が死んだのか、とか。
さっきの男がなんだってここを知ってそれを伝えに来たのか、とか。
シュアは今、どうしているのか。
もう母親の元に着いて、悲しみに明け暮れているのだろうか。
泣いて、いるのか。
そんなことを、しばらくの間考えてから、俺は台所に立った。
逆さにしてあった鍋に水を汲んで、火にかける。
野菜の保管庫から人参と、玉葱と、じゃが芋を取り出して調理台の上に置く。
そうして日が暮れるまで、俺はゆっくりと作ったスープをかきまぜ続けていた。
きっと帰ってくるだろう。シュアは。
大好きな母親がいなくなったのなら、余計に。
きっと、家族の…俺の元に帰ってくる。
その時にはもちろん食欲なんてないだろう。俺だって同じだ。
それでも、ちゃんと食わせてやらなきゃならない。
俺は、シュアを守らなきゃ、ならない。
例えシュアの大事な、本当の家族が、母親が亡くなったとしても。
シュアの時間はこれからも続く。それを、俺は傍に居て守らなきゃならない。
約束、したんだもんな。
俺は自分で、こうやって生きることを選んだんだ。
シュアと、2人で。
さく、さく、と青草を踏みしめる音が外から聞こえる。
…もう帰ってきたのか?
鍋をかきまぜる手を止めて、小屋の扉を見つめる。
いつもの軋んだ音を立てて、小屋の扉がゆっくりと開いた――
「…誰だ?」
「……」
扉の影から姿を現したのは、シュアではない。
透き通るような金髪の、シュアよりも幼いであろう、少年。
台所に立つ俺の姿を見つけるなり、何も感じ取れない、ただ無表情な顔で目で、俺の顔を見つめている。
「……」
「誰、だよ?お前も、シュアの…」
「…シュア…あいつが全て、引き起こしたんだ。あいつが…お前たち人間を…」
「…!?」
気付いた時にはおたまを放り出して、少年の元まで詰め寄っていた。
無表情だったその顔に不快そうな表情を浮かべて、そいつが静かに俺の顔を見上げる。
「シュアは…おい、シュアはどこだ?無事なのか?」
「知らないよ。…愚かな人間。そのシュアのせいで、お前は殺されるっていうのに」
ふっと目の前の気配が動いて、反射的に避けようとした体に直後、激痛が走った。
胸の下あたりが焼けるように痛んで、その横には鋭く光る、剣。
「な…っ、おま、え…!」
「姉さんを…よくも、姉さんを…!」
再び振り下ろされた剣を避けて後ずさりながら、先程投げ出したおたまを手に取る。
次に向かってくる剣をそれでなんとか受け止めながら、小屋の奥に視線を向けた。
やばい…
出掛ける時にしか使わない俺の剣は、ずっと離れたベッドの横だ。
なんだってこんな状況になっているかも分からないのに、このままじゃどう考えたってまずいってことだけは分かって。
そんな風に働く頭の片隅に、それでも小さな光のように浮かぶ、シュア。
ここで殺されたら、誰があいつを守るんだよ?
そう、思いはするのに…
(…びっ!ルビっ!)
声が、どこからか聞こえる。
「ルビっ!ルビ!?」
僅かに視線の届く窓の外に、一瞬シュアの姿を捉える。
「シュア…!?」
良かった、無事だ、シュアは…
…いや、
「…来るな!」
「シュアっ!入るな!!」
叫んだその言葉に反してドアノブが回るのが、スローモーションがかかったように映った。
おたまで思い切り剣を弾いて、少年を突き飛ばしながら扉に飛び掛かる。
開かせまいと抑えようとした扉が開いていく。
驚いた顔をするシュアと目があって、勢いの止まらない身体はそのままシュアに覆いかぶさって、
もつれるように草の上を転がってから、ようやく止まった身体を思い出したように傷の痛みが抉った。
「ルビ…っ?る……」
逃げろ。
俺の名前を呼ぶシュアにそう、言いかけた言葉が出なかった。
強い衝撃が胸に走った。
シュアの視線が俺の胸に降りた。
それを追って下げた俺の視界に、剣の切っ先が映った。
「ぐっ…!!」
そしてその切っ先が消えると同時に、もう一度強い衝撃が俺の胸を襲った。
シュアの腕を強く掴んで、支えようとする身体が意思に反して地面に崩れていく。
「る…っ!?ルビ!ルビっ!!」
なんだ…だめじゃねぇか…
このままじゃ、俺…死ぬじゃねぇか…
「…シュア…」
ぶれる視界を可能な限り巡らせる。
さっきまでいたあの少年は、いつのまにかどこかに消えたのか、もうここに居る気配はない。
あぁ…
俺…
このままじゃ死ぬけど…でも、
「シュア…」
「ルビ…!っや…だよ!死んじゃ、やだ!いなくならないで…!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたシュアが、ぶれて、霞む視界で目一杯泣いてるのが分かる。
「…は…泣く、な… 俺は、へーき、だよ…」
お前を泣かすのは、思えば初めてだよな。
俺がお前を泣かすことは、今まで一度だってなかった。
「そんな…!わけ…っ」
でも、簡単に笑ったんだ。
自分の名前を告げた時、お前は初めて笑ったよな。
それから俺がお前を笑わせるのは、難しいことじゃなかった。
だから…
「シュア。
……無事で、よかった…」
涙は、拭って。
俺が笑えば、お前も笑うだろ?
覗き込んでくるシュアの頬に伸ばした手が、情けなく震える。
それでも涙で湿った頬を、撫でる。
黄昏色が、シュアの背中いっぱいに広がって、
照らされて黄金色に光る産毛の生えた、その頬を。
笑えよ、シュア――
ルビナスという人間だった、
その夢の中の自分の意識はそこで途絶えた。
ゼロスは未だ膝を折って目を閉じたままの、シュアの後姿を見つめる。
やっぱり俺はあいつとは違う。
あいつ…ルビナスとは違って、俺は何度もシュアを泣かせている。
身体を捻って、ゼロスは頼りなさげに佇む木の小屋を振り返った。
「…シュア」
「…え?ん?」
突然呼びかけられて不思議そうに振り返るシュアが、ゼロスに目を向ける。
「いつか、メルトキオに住んでられなくなる時が来たら」
「…うん?」
「そしたら、俺さま、別にここでもいーぜ」
小屋の方を向いたまま、なんとなく振り返れないままでそう言う。
「…どこか森の奥。静かに暮らそっか」
「んー?」
「結局、実現することになりそうだね」
どこか楽しそうな声色に振り返ったゼロスのその視界で、
シュアは、そう言って笑った。
End.
全ての時が、止まっている場所。
斜め前で、地面に膝をついて祈るシュアの後姿を見つめる。
それでもゼロスがそれにならって、目の前の墓石に向けて目を閉じることは無かった。
ルビナスの家。その小屋の裏側にひっそりと建っている墓石。
花を供えるなり目を閉じて手を合わせるシュアは、今何を思っているのだろうか。
それはシュアにしか分からないことも分かっている。
なにかを語りかけているのか、それとも遥か4千年も昔の時間を思い返しているのか。
ルビナス本人の姿を、その頭に思い描いているのだろうか。
この墓石がどうやって、誰の手によって建てられたのかは分からない。
そう、ただ分かるのは。
ルピナスの花が供えられたこの墓石が建てられる理由にもなった、あの事件。
そして、ルビナスという人物がこの世を去る、あの瞬間までの出来事だ。
ゼロスはただ沈黙したまま、微動だにしないシュアの後頭部を見つめた。
「シュア、ほんとに良かったのか?」
「ん?なに?」
「お前の母親…送ってかなくて」
「うん。大丈夫」
テーブルについて、カップを両手で包むシュアが淡々と、そう口にする。
その横顔を見つめながら、ついさっきまでこの小屋に居た珍しい客の姿を思い浮かべた。
シュアの母親。名前をマーテルと名乗っていただろうか。
確かにシュアに似ている気はする。ただ、シュアよりももっと不思議な近寄りがたさを感じさせる雰囲気を持っていて、ただそれは嫌な近寄りがたさではなくて。
何よりも不思議に思うのは、その若さだった。
歳を聞いたわけではないが、母娘というよりも、どちらかと言えば姉妹のようだ。
シュアと暮らすようになって、しばらく経つ。
そうして見ていると、シュアの周りで不思議なことが起きることが多々ある。
俺が外で作った怪我を一瞬で治したり。
広げようと思っていた庭の畑をあっという間に耕したり。
自分の生まれつきだという痣を、俺の身体にも写したり…だ。
そんな不思議をきっと、もっとたくさん抱えていそうな、そんな雰囲気を持っていたのがさっきまでここに居たシュアの母親。
そんな風に思った。
「しっかし、なんだって突然」
「この間、会いに行ったから」
「あぁ…そういや」
「それでルビの話して、ルビに会ってほしいって言ったら、会ってくれるって」
なんだ、シュアが会わせたいって言ったのか?
頬杖をついたまま視線を向けると、シュアはすぐに嬉しそうに首を縦に振った。
「私の、家族だから」
「…そうか」
「でも、母さんも好きだから、だから2人には…仲良くして欲しい、から」
カップの中を覗き込んでそう言うシュアに、腕を伸ばしてその頭の天辺を撫でた。
「大丈夫だろ。こんな小屋で暮らしてる俺にも…安心だって、言ってたしな」
シュアと一緒に居てくれてありがとう。
貴方なら、安心ですね。
シュアを、よろしくお願いします。
姉妹のようにしか見えないのに、その言葉はどう取っても母親にしか思えなくて。
あんなに帰りたがらなかった家なのに、母親とシュアの間には確かに母娘の空気が溢れていて。
それが、なんだか懐かしくて。
母親の事だけは嬉しそうに口にするシュアが、いかにこの母親を好きでいるかが分かった気がした。
そして、それでもその母親は帰ってくるよう強制するでもなく、シュアの意思をどうにか尊重しようとしているのが分かった。
自分ではない誰かに、託したい。
シュアから離れたいというわけではなく、そう思っているようで。
この小屋を後にするべく背を向けたその後ろ姿は、どこか寂しそうだと、思った。
「母さん、優しくて、きれいで…好きなの」
「そうだな。お前に似て」
「似てる?私と母さん?」
「あぁ、まぁな」
「母さんに……嬉しい」
本当に、言葉の通りの嬉しそうな顔で笑ったシュアは、確かに幸せそうだと思った。
自分と過ごしているこの時間の中で、幸せそうなシュアを見ていることを、俺もまた。
けれどこの小屋への珍しい客はもう2人、その日のうちにこの小屋を訪れることになった。
「シュア。…マーテルが死んだ」
突然の来客。
誰かも分からない、人物。
その正体を問い詰める暇もなかった。
不意に扉が開いたと思ったら、そこから現れた人物はシュアに目を向けるなり、そう口を開いた。
「……くら、とす?」
「……」
「母さんが……しんだって、何?」
ただ俺とテーブルについていた時の、その状態のまま。
すでに冷めたお茶の入ったカップをその両手で抱えたまま。
「ルビ、」
「…シュア?」
「しんだって…どういう、…なに?」
困ったように、ただいつものように難しい言葉を理解できないかのように、それでいて今にも泣きだしそうなシュアの視線が俺に向けられる。
「シュア…」
「シュア、分かっているはずだ。死ぬということは、お前には」
クラトスと呼ばれた人物が、皺を寄せた眉間の下で静かに目を伏せて、言った。
「っ……」
先ほどから開きっぱなしの口を震わせたままで、シュアがゆっくりとカップをテーブルに手放す。
「どういうことなんだ?シュアの母親は…今日、昼前にここを出て…シュアっ!!」
椅子をなぎ倒して立ち上がったシュアが、そのままの勢いで小屋を飛び出す。
入口に立っていた、クラトス…とやらも突き飛ばして。
思わず立ち上がった俺も、それでも何もできずにただ立ち尽くすしかできない。
小屋の入口脇に立つ男からの視線が注がれていることには、気付いていた。
「…お前が、そうか…」
「…なんだよ、なんだってんだよ。どういうことだ?それに、お前は…」
「…ここには、お前とシュアだけか?」
「だから…なんだよ?そんなこと今…」
「そうか…近くに村があったな」
「あぁそうだよっ!元々俺だってあの村の人間だ!それでお前は誰なんだ!シュアの母親はなんだって…!」
自分が騒ぐ立場でもないことは分かっているのに、言葉が喉を飛び出す。
思わず冷静になれない俺の言葉を、それでもどこか見えない所で受け止めているようにする男が、静かに背を向ける。
「私は、マーテルの、シュアの友人だ」
「シュアが自分を責めることがなければいいが…」
「な…シュアが、なんだって…?」
「いいか。これは、シュアのせいでは、ない」
一言一句を刻むように、そう言った男が小屋を出ていく。
それでも俺にはもう、返す言葉もなければ追いかけるでもなく、ただこの小屋に立ち尽くすことしかできない。
そうしてただぼーっとしながら、答えの出ない自問自答を繰り返していた。
なんで昼前にここを発ったシュアの母親が死んだのか、とか。
さっきの男がなんだってここを知ってそれを伝えに来たのか、とか。
シュアは今、どうしているのか。
もう母親の元に着いて、悲しみに明け暮れているのだろうか。
泣いて、いるのか。
そんなことを、しばらくの間考えてから、俺は台所に立った。
逆さにしてあった鍋に水を汲んで、火にかける。
野菜の保管庫から人参と、玉葱と、じゃが芋を取り出して調理台の上に置く。
そうして日が暮れるまで、俺はゆっくりと作ったスープをかきまぜ続けていた。
きっと帰ってくるだろう。シュアは。
大好きな母親がいなくなったのなら、余計に。
きっと、家族の…俺の元に帰ってくる。
その時にはもちろん食欲なんてないだろう。俺だって同じだ。
それでも、ちゃんと食わせてやらなきゃならない。
俺は、シュアを守らなきゃ、ならない。
例えシュアの大事な、本当の家族が、母親が亡くなったとしても。
シュアの時間はこれからも続く。それを、俺は傍に居て守らなきゃならない。
約束、したんだもんな。
俺は自分で、こうやって生きることを選んだんだ。
シュアと、2人で。
さく、さく、と青草を踏みしめる音が外から聞こえる。
…もう帰ってきたのか?
鍋をかきまぜる手を止めて、小屋の扉を見つめる。
いつもの軋んだ音を立てて、小屋の扉がゆっくりと開いた――
「…誰だ?」
「……」
扉の影から姿を現したのは、シュアではない。
透き通るような金髪の、シュアよりも幼いであろう、少年。
台所に立つ俺の姿を見つけるなり、何も感じ取れない、ただ無表情な顔で目で、俺の顔を見つめている。
「……」
「誰、だよ?お前も、シュアの…」
「…シュア…あいつが全て、引き起こしたんだ。あいつが…お前たち人間を…」
「…!?」
気付いた時にはおたまを放り出して、少年の元まで詰め寄っていた。
無表情だったその顔に不快そうな表情を浮かべて、そいつが静かに俺の顔を見上げる。
「シュアは…おい、シュアはどこだ?無事なのか?」
「知らないよ。…愚かな人間。そのシュアのせいで、お前は殺されるっていうのに」
ふっと目の前の気配が動いて、反射的に避けようとした体に直後、激痛が走った。
胸の下あたりが焼けるように痛んで、その横には鋭く光る、剣。
「な…っ、おま、え…!」
「姉さんを…よくも、姉さんを…!」
再び振り下ろされた剣を避けて後ずさりながら、先程投げ出したおたまを手に取る。
次に向かってくる剣をそれでなんとか受け止めながら、小屋の奥に視線を向けた。
やばい…
出掛ける時にしか使わない俺の剣は、ずっと離れたベッドの横だ。
なんだってこんな状況になっているかも分からないのに、このままじゃどう考えたってまずいってことだけは分かって。
そんな風に働く頭の片隅に、それでも小さな光のように浮かぶ、シュア。
ここで殺されたら、誰があいつを守るんだよ?
そう、思いはするのに…
(…びっ!ルビっ!)
声が、どこからか聞こえる。
「ルビっ!ルビ!?」
僅かに視線の届く窓の外に、一瞬シュアの姿を捉える。
「シュア…!?」
良かった、無事だ、シュアは…
…いや、
「…来るな!」
「シュアっ!入るな!!」
叫んだその言葉に反してドアノブが回るのが、スローモーションがかかったように映った。
おたまで思い切り剣を弾いて、少年を突き飛ばしながら扉に飛び掛かる。
開かせまいと抑えようとした扉が開いていく。
驚いた顔をするシュアと目があって、勢いの止まらない身体はそのままシュアに覆いかぶさって、
もつれるように草の上を転がってから、ようやく止まった身体を思い出したように傷の痛みが抉った。
「ルビ…っ?る……」
逃げろ。
俺の名前を呼ぶシュアにそう、言いかけた言葉が出なかった。
強い衝撃が胸に走った。
シュアの視線が俺の胸に降りた。
それを追って下げた俺の視界に、剣の切っ先が映った。
「ぐっ…!!」
そしてその切っ先が消えると同時に、もう一度強い衝撃が俺の胸を襲った。
シュアの腕を強く掴んで、支えようとする身体が意思に反して地面に崩れていく。
「る…っ!?ルビ!ルビっ!!」
なんだ…だめじゃねぇか…
このままじゃ、俺…死ぬじゃねぇか…
「…シュア…」
ぶれる視界を可能な限り巡らせる。
さっきまでいたあの少年は、いつのまにかどこかに消えたのか、もうここに居る気配はない。
あぁ…
俺…
このままじゃ死ぬけど…でも、
「シュア…」
「ルビ…!っや…だよ!死んじゃ、やだ!いなくならないで…!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたシュアが、ぶれて、霞む視界で目一杯泣いてるのが分かる。
「…は…泣く、な… 俺は、へーき、だよ…」
お前を泣かすのは、思えば初めてだよな。
俺がお前を泣かすことは、今まで一度だってなかった。
「そんな…!わけ…っ」
でも、簡単に笑ったんだ。
自分の名前を告げた時、お前は初めて笑ったよな。
それから俺がお前を笑わせるのは、難しいことじゃなかった。
だから…
「シュア。
……無事で、よかった…」
涙は、拭って。
俺が笑えば、お前も笑うだろ?
覗き込んでくるシュアの頬に伸ばした手が、情けなく震える。
それでも涙で湿った頬を、撫でる。
黄昏色が、シュアの背中いっぱいに広がって、
照らされて黄金色に光る産毛の生えた、その頬を。
笑えよ、シュア――
ルビナスという人間だった、
その夢の中の自分の意識はそこで途絶えた。
ゼロスは未だ膝を折って目を閉じたままの、シュアの後姿を見つめる。
やっぱり俺はあいつとは違う。
あいつ…ルビナスとは違って、俺は何度もシュアを泣かせている。
身体を捻って、ゼロスは頼りなさげに佇む木の小屋を振り返った。
「…シュア」
「…え?ん?」
突然呼びかけられて不思議そうに振り返るシュアが、ゼロスに目を向ける。
「いつか、メルトキオに住んでられなくなる時が来たら」
「…うん?」
「そしたら、俺さま、別にここでもいーぜ」
小屋の方を向いたまま、なんとなく振り返れないままでそう言う。
「…どこか森の奥。静かに暮らそっか」
「んー?」
「結局、実現することになりそうだね」
どこか楽しそうな声色に振り返ったゼロスのその視界で、
シュアは、そう言って笑った。
End.
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