ラタトスク編3
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岬の砦。
セレスが攫われたのを追って辿り着いたそこは、もう使われていないのだろう、魔物も住み着いた、荒れ果てた遺跡のようだ。
誘き出されたのであろうロイド、そして後から駆け付けた仲間たちと共にセレスを救出することには成功した。この一件がすべて罠であろうと、誰一人欠けることもなく。
けれど、今この仲間たちの間に流れる雰囲気はひどく静かで、落ち込んでいた。
これまでのロイドのしてきたと言われる噂がすべて敵の仕業であったこと、それを分かりエミルがロイドに詫びるのを…それでも何も語ろうとしなかった、今でも語ろうとしないロイドに仲間たちが声を掛けるのを、そして隣のゼロスがもどかしそうに話してくれ、と声を掛けるのを…シュアは長い間歩き続けでわずかに衰弱するセレスを支えながら、聞いていた。
ロイドに対するもどかしさ、エミルの後悔や、黒幕が父であったことへのマルタの苦しみ、そしてこの空気そのものが…とにかく心臓をぎゅうぎゅうと締め付けてくる。
シュアは久々に小さく頭が痛むのを感じながら、背中を向けたままのロイドの姿を見つめた。
自然に、自分もまたその名前を呼びかけようと口を開く。
「ゼロス」
けれど、自分の発した名前がロイドではなく隣のゼロスを呼んでしまったことに、すぐにシュアは気付いて困惑した。
ロイドに掛けるべく発した声は自然と大きくなって、今は仲間たち全員が自分を振り返っている。
「…シュア?」
そんなシュアを訝しげに見つめるゼロスの視線を、一番強く感じる。
それでもシュアはその先、一番前を歩いていたロイドの姿を視界の端に捉えてから、自分の言おうとした言葉を探し、繋ぐと小さく息を飲んで口を開いた。
「あ、…と、セレスちゃんから、聞いたんだよね?私がゼロスを探してたこと」
「?あ、あぁ…」
「ゼロスを探してたのはね、伝えたいことがあったからなの」
その時、ゼロスは思い出していた。
セレスを追うべくシュアが先にメルトキオを発った後、エミルから聞いた言葉を。
今までの状況、シュアの話、それらを聞きながら最後に付け足されるように聞いたその話。
『そうだ、シュアさん、ずっと僕たちと旅をしてる間、具合が悪そうで…』
おそらくエミルは自分とシュアの関係を悟って、わざわざ伝えてくれたんだろうとゼロスは思った。
その時その場に居合わせた仲間たちも初耳だったようで、とくにしいなが驚いたようにしていたのを思い出す。
『とくに最初のころは、よく頭が痛そうにしてて、たまにすごく気分も悪そうで…』
そんなことは、自分が屋敷に居る間は無かった。だからこそ、もしかしたら…シュアが自分を探していた理由はそれなのかと思った。
どこか悪いのか。それを伝えようとしているのか、それとも…
それにしたって、どうして今、それを伝えようとするのか?
少しだけ先を躊躇しているようなシュアを見つめながら、ゼロスはその先を聞きたくないような不安や疑問に思わず自分の眉間に皺が寄るのを感じていた。
「それでね、私…」
シュアは、そうして零しながらもう一度、ロイドがしっかりとこっちを振り返り耳を傾けているのを確認する。
話した後の不安にざわつく心臓を抑え込みながら、それでもシュアはそれを振り切るよう
一気に、言葉にした。
「私…子供が出来たの」
しん、と空間が一瞬静まり返った。
張り詰めて落ち込んでいた雰囲気が、まるで無になったかのようにただただ静まり返る。
すぐ近くのゼロスからへ…?と小さく零れるのを、身体を支えるセレスが驚きに息を吸い込むのを、そしてゼロス越しに見えるロイドがさっきまでと違う、共に旅をしていた頃のように確実に表情を、驚きに目を見開いて小さくえ…と零すのを捉えて、シュアはそれに少しだけ安堵した。
ずっと眉間に皺を寄せたまま無表情に何も話せないと零していたロイドが、少なからず表情を取り戻していることに。
「え、え、シュアさん…?」
一番に声を発したマルタを振り返って、シュアはそのまま微笑みかける。
「マルタ、マルタの会いたがってた私の旦那さん、ゼロスだよ」
より一層驚いたようにええっ…?と声を上げたマルタもまた、今は先ほどまでの暗く落とした影が表情から消え去っているのを確認して、シュアはその目尻に一層皺を刻んだ。
「シュア…」
なにか言葉を返そうとして、けれど周囲に最も敏感な彼がそう出来ないだろうことを悟って、シュアはゼロスを見つめると小さく頷いた。
それからすぐに、その先で未だ驚いたようにしているロイドに目を向ける。
「ロイド」
声を掛けられたロイドがはっとしたようにシュアに視線を返した。
「それでね、まだゼロスには許可取ってないんだけど…ロイドに、私たちの子供の名前を考えてほしいの」
え?と再び驚きをもって向けられる視線がすぐ傍と、そしてロイドから飛んでくる。
「ロイドが今、なにを抱えててなにを悩んでるのか…思ってるのか、分からないけど。だからね、それだけじゃなくて、子供の名前も考えておいてほしいの」
そう。それこそが、きっとシュアがゼロスを呼びかけた理由だった。
ロイドに言葉を掛けたかった。きっと、今はまだ自分たちに話せないにしてもロイド自身の中で抱えていることや、考えていることがあるはず。
けれど、それを一人で抱えるのがどれほど辛いことか。
そして、それらを一人で抱え込み、思い悩んだ結果…ロイドがミトスのようになってしまわないと、かつての自分のようになってしまわないと、どうして言えるだろう?
だから、そうならないよう。
ふと、たまには自分の考えなければならないのがそれだけではないと、そしてそこから私とゼロスを、さらには仲間たちを…ロイドが思い出せることがあればいい。
シュアの言葉の意味を理解したようにしている世界再生の仲間たちと、変わらず不思議そうなマルタやエミルと、そしてシュアを一通り眺め、それから、ロイドは小さく頷いた。
「…分かった」
その言葉にシュアも頷き返して、すぐにロイドはこの砦を一人去って行った。
結局ロイドの行動の話はその口から聞くことはできなかった。それでも最後に頷いた時のロイドが、相変わらず眉間に皺を寄せながらも少しだけ困ったようで、そんな表情の変化ですら仲間たちはほっとしていた。
ひとまずはセレスを休ませるべく目的地をメルトキオにして、それでも結局何も言わずに出発しようとしたゼロスに、ふいに、向き合ったマルタが声を掛ける。
「ちょっと、なにもシュアさんに言ってあげないの!?」
それに驚いたようにしたシュアがすぐにマルタをゼロスから引き離す。
それを、仲間たちは苦笑しながらも分かっているかのように、何も言わずにその先を歩き始めていった。
「マルタ」
納得のいかないように顔を顰めているマルタにシュアは何も言わず、微笑みながら首を横に振る。
いいんだと。そうじゃないんだと、伝えるように。
「でも…」
「ありがとう。でも、照れ屋なの、うちの旦那さん」
不服そうなマルタにそれだけ返すと、え…と小さく口を開いたマルタにシュアはただ、その片目を瞑ってみせた。
「少し、落ち着いたかな…?」
「…はい、お義姉さま」
自室のベッドに横になり、布団を掛けてやったセレスに声を掛ける。
そうして微笑み返された言葉に頷きながら、シュアもまたセレスに向かって笑いかけた。
戻ってきたメルトキオの屋敷。1階に仲間たちを残し、わずかに衰弱した様子のセレスを、シュアが2階へと運び寝かしつける。
何度かその頭を撫でて、その呼吸が落ち着いてるのを確認すると、立ち上がった。
1階のロビーでは、エミルたちが今後の話をしているはずだ。
背を向けて歩き出そうとしたところで、ふいに後ろからか細い声が、シュアの耳へと届いた。
「お義姉さま…おめでとう、ございます」
思わず振り返った先で、恥ずかしいのかセレスは鼻までを布団に埋めてこちらを見上げている。
シュアはそんな義妹にありがとう、と頷くと、そのまま再び背を向けてセレスの部屋を後にした。
セレスのその言葉は、砦で話した子供についてのことだろう。
セレスもまたどう思うのか、それが不安ではあったけれど…どうやら祝福はしてくれるようだと廊下を歩きながらシュアは微笑んだ。
と、
ふいに掴まれた腕が引っ張られて、次の瞬間には自分が暖かいものに包まれているのを感じる。
少しだけ首を捻ると視界いっぱいに紅い髪が広がって、それがゼロスだと、シュアはすぐに認識した。
「ゼロス、どうしたの」
「…どうしたの、じゃねーの」
「…ゼロス。ごめんね」
ふいに、シュアのその口から謝罪が零れたことに、ゼロスはその身体を離して正面からシュアを見つめた。
少しだけ困ったようにしながらも、小さく微笑んでいるシュアが言葉を続ける。
「セレスちゃんのこと、任されてたのに探しに出ちゃったこと、あんなところで告白したこと、それから…ロイドに話した名前のこと」
「シュア」
小さく瞼を伏せかけたシュアが、強く呼びかけられた名前にピクリと肩を震わせる。
「俺さまがそんなこと気にしてると思ってんの?」
「ゼロス…」
「…心配させんなよ」
ぽつりと零しながら、ゼロスは再び目の前のシュアを抱きしめた。
病気なのかと、思った。深刻そうに話していたエミルの様子からして、よっぽど悪い病気なのかと思っていた。
それがそうでないと分かっても、それでもそんな身体で今まで旅をしていたなんて本当に馬鹿だと、なんだかシュアが自分がもどかしくてゼロスはその腕に一層力を込めた。
少し前、メルトキオに一度戻った時にも。
セレスや使用人に話はしていたとしても、居るはずの姿が居ないことにも。
また、突然いなくなってしまうのかと思った。セレスから話を聞いても、不安が拭えなかった。
なのに、不思議と相反したような感情が、今は堪らなく満ちて満ちて満ち溢れたような、自分の中がひどく興奮するようなそんな感情が込み上げてくる。
それをどうしたらいいのか、ひどく持て余しながら、ゼロスはシュアの身体をただただきつく、抱きしめ続けた。
「…ゼロス、苦しいよ」
「そんな身体で無茶したお仕置きだよ」
「でも、赤ちゃん、潰れちゃう」
はっとしたように身体を離したゼロスに、シュアが笑う。
「うそ。潰れないけど…でも、触ってみて」
ゼロスのその手を掴んだシュアが、自分の下腹部にそれを当てた。
少しだけ、ほんの少し膨らんだその感触を、ゆっくりと、ゼロスの手のひらが撫でる。
「…私、すごくびっくりした。まさか、自分が子供を産めるなんて…思ってなかったから」
「…シュア」
「だってすごく出来すぎだと思ったの。ヒトとは違うわたしが、そんな力あるなんて。想像もしなかった。正直、期待しないようにしてたのかも」
「でも、ここにいるんだろ」
「…うん。いるよ。ゼロスと私の、赤ちゃん」
旅立ちの前、医者に言われた一言がひどく重たかったのを、シュアは思い出していた。
喜びを感じる暇もなかった。とにかく驚きと、それから自分が子供を産んでいいのかということ。自分がヒトでないならこの子供はそのヒトでないものの子供になるということ。
そして、ゼロスがどう思うかということ。喜んでくれるのか、それとも自分と同じことに悩み、産むのを拒むのかということ…。
けれど、下腹部にゼロスの手のひらを感じながら、シュアは今はそんなことも、全くなにも不安に思えなかった。
ただ、何度も往復して撫でる手のひらの感触と、それをするゼロスの存在を感じていた。
感じながら自分の中に広がるそれは、なんだか喜びに近いような気がした。
「シュア。…産んでくれるよな?」
「……ゼロス…」
下腹部からそっと手を離し、腕を掴んで覗き込んでくるゼロスを、シュアの目が見つめる。
その、奥から始末に困る熱いものが込み上げてくるのを、すぐにシュアは感じた。
それでもそれを抑える術を知らず、その目に薄い水の膜が張っていく。
「…いいの?」
自然と鼻声になったまま問いかけるシュアに、ゼロスが小さく声を零して笑う。
「決まってるでしょーよ。それ以外に選べるものなんて、ねぇだろ?」
「…うん……」
何度も首を縦に振るシュアを再びその胸に抱いて、ゼロスは小さく息を吐いた。
「ほんっと、シュアちゃんは俺さまになんでも運んできてくれんのな」
「え…?」
「なんでもねーよ」
自分の肩に顔を埋めて小さくしゃっくりをするシュアの頭を、ゼロスは繰り返し何度も撫で続ける。
湧いてくる感情や、思っていること。伝えたい言葉はいくらでもあるのに、伝えきれないのがもどかしい。
それでも自分に比べたら華奢で小さいこの存在が、その身一つで、数えきれない喜びを与えてくれる。
それにはもう感謝してもしきれないぐらいだと、ゼロスはまた心の底から、シュアをとても愛しく思っていた。
セレスが攫われたのを追って辿り着いたそこは、もう使われていないのだろう、魔物も住み着いた、荒れ果てた遺跡のようだ。
誘き出されたのであろうロイド、そして後から駆け付けた仲間たちと共にセレスを救出することには成功した。この一件がすべて罠であろうと、誰一人欠けることもなく。
けれど、今この仲間たちの間に流れる雰囲気はひどく静かで、落ち込んでいた。
これまでのロイドのしてきたと言われる噂がすべて敵の仕業であったこと、それを分かりエミルがロイドに詫びるのを…それでも何も語ろうとしなかった、今でも語ろうとしないロイドに仲間たちが声を掛けるのを、そして隣のゼロスがもどかしそうに話してくれ、と声を掛けるのを…シュアは長い間歩き続けでわずかに衰弱するセレスを支えながら、聞いていた。
ロイドに対するもどかしさ、エミルの後悔や、黒幕が父であったことへのマルタの苦しみ、そしてこの空気そのものが…とにかく心臓をぎゅうぎゅうと締め付けてくる。
シュアは久々に小さく頭が痛むのを感じながら、背中を向けたままのロイドの姿を見つめた。
自然に、自分もまたその名前を呼びかけようと口を開く。
「ゼロス」
けれど、自分の発した名前がロイドではなく隣のゼロスを呼んでしまったことに、すぐにシュアは気付いて困惑した。
ロイドに掛けるべく発した声は自然と大きくなって、今は仲間たち全員が自分を振り返っている。
「…シュア?」
そんなシュアを訝しげに見つめるゼロスの視線を、一番強く感じる。
それでもシュアはその先、一番前を歩いていたロイドの姿を視界の端に捉えてから、自分の言おうとした言葉を探し、繋ぐと小さく息を飲んで口を開いた。
「あ、…と、セレスちゃんから、聞いたんだよね?私がゼロスを探してたこと」
「?あ、あぁ…」
「ゼロスを探してたのはね、伝えたいことがあったからなの」
その時、ゼロスは思い出していた。
セレスを追うべくシュアが先にメルトキオを発った後、エミルから聞いた言葉を。
今までの状況、シュアの話、それらを聞きながら最後に付け足されるように聞いたその話。
『そうだ、シュアさん、ずっと僕たちと旅をしてる間、具合が悪そうで…』
おそらくエミルは自分とシュアの関係を悟って、わざわざ伝えてくれたんだろうとゼロスは思った。
その時その場に居合わせた仲間たちも初耳だったようで、とくにしいなが驚いたようにしていたのを思い出す。
『とくに最初のころは、よく頭が痛そうにしてて、たまにすごく気分も悪そうで…』
そんなことは、自分が屋敷に居る間は無かった。だからこそ、もしかしたら…シュアが自分を探していた理由はそれなのかと思った。
どこか悪いのか。それを伝えようとしているのか、それとも…
それにしたって、どうして今、それを伝えようとするのか?
少しだけ先を躊躇しているようなシュアを見つめながら、ゼロスはその先を聞きたくないような不安や疑問に思わず自分の眉間に皺が寄るのを感じていた。
「それでね、私…」
シュアは、そうして零しながらもう一度、ロイドがしっかりとこっちを振り返り耳を傾けているのを確認する。
話した後の不安にざわつく心臓を抑え込みながら、それでもシュアはそれを振り切るよう
一気に、言葉にした。
「私…子供が出来たの」
しん、と空間が一瞬静まり返った。
張り詰めて落ち込んでいた雰囲気が、まるで無になったかのようにただただ静まり返る。
すぐ近くのゼロスからへ…?と小さく零れるのを、身体を支えるセレスが驚きに息を吸い込むのを、そしてゼロス越しに見えるロイドがさっきまでと違う、共に旅をしていた頃のように確実に表情を、驚きに目を見開いて小さくえ…と零すのを捉えて、シュアはそれに少しだけ安堵した。
ずっと眉間に皺を寄せたまま無表情に何も話せないと零していたロイドが、少なからず表情を取り戻していることに。
「え、え、シュアさん…?」
一番に声を発したマルタを振り返って、シュアはそのまま微笑みかける。
「マルタ、マルタの会いたがってた私の旦那さん、ゼロスだよ」
より一層驚いたようにええっ…?と声を上げたマルタもまた、今は先ほどまでの暗く落とした影が表情から消え去っているのを確認して、シュアはその目尻に一層皺を刻んだ。
「シュア…」
なにか言葉を返そうとして、けれど周囲に最も敏感な彼がそう出来ないだろうことを悟って、シュアはゼロスを見つめると小さく頷いた。
それからすぐに、その先で未だ驚いたようにしているロイドに目を向ける。
「ロイド」
声を掛けられたロイドがはっとしたようにシュアに視線を返した。
「それでね、まだゼロスには許可取ってないんだけど…ロイドに、私たちの子供の名前を考えてほしいの」
え?と再び驚きをもって向けられる視線がすぐ傍と、そしてロイドから飛んでくる。
「ロイドが今、なにを抱えててなにを悩んでるのか…思ってるのか、分からないけど。だからね、それだけじゃなくて、子供の名前も考えておいてほしいの」
そう。それこそが、きっとシュアがゼロスを呼びかけた理由だった。
ロイドに言葉を掛けたかった。きっと、今はまだ自分たちに話せないにしてもロイド自身の中で抱えていることや、考えていることがあるはず。
けれど、それを一人で抱えるのがどれほど辛いことか。
そして、それらを一人で抱え込み、思い悩んだ結果…ロイドがミトスのようになってしまわないと、かつての自分のようになってしまわないと、どうして言えるだろう?
だから、そうならないよう。
ふと、たまには自分の考えなければならないのがそれだけではないと、そしてそこから私とゼロスを、さらには仲間たちを…ロイドが思い出せることがあればいい。
シュアの言葉の意味を理解したようにしている世界再生の仲間たちと、変わらず不思議そうなマルタやエミルと、そしてシュアを一通り眺め、それから、ロイドは小さく頷いた。
「…分かった」
その言葉にシュアも頷き返して、すぐにロイドはこの砦を一人去って行った。
結局ロイドの行動の話はその口から聞くことはできなかった。それでも最後に頷いた時のロイドが、相変わらず眉間に皺を寄せながらも少しだけ困ったようで、そんな表情の変化ですら仲間たちはほっとしていた。
ひとまずはセレスを休ませるべく目的地をメルトキオにして、それでも結局何も言わずに出発しようとしたゼロスに、ふいに、向き合ったマルタが声を掛ける。
「ちょっと、なにもシュアさんに言ってあげないの!?」
それに驚いたようにしたシュアがすぐにマルタをゼロスから引き離す。
それを、仲間たちは苦笑しながらも分かっているかのように、何も言わずにその先を歩き始めていった。
「マルタ」
納得のいかないように顔を顰めているマルタにシュアは何も言わず、微笑みながら首を横に振る。
いいんだと。そうじゃないんだと、伝えるように。
「でも…」
「ありがとう。でも、照れ屋なの、うちの旦那さん」
不服そうなマルタにそれだけ返すと、え…と小さく口を開いたマルタにシュアはただ、その片目を瞑ってみせた。
「少し、落ち着いたかな…?」
「…はい、お義姉さま」
自室のベッドに横になり、布団を掛けてやったセレスに声を掛ける。
そうして微笑み返された言葉に頷きながら、シュアもまたセレスに向かって笑いかけた。
戻ってきたメルトキオの屋敷。1階に仲間たちを残し、わずかに衰弱した様子のセレスを、シュアが2階へと運び寝かしつける。
何度かその頭を撫でて、その呼吸が落ち着いてるのを確認すると、立ち上がった。
1階のロビーでは、エミルたちが今後の話をしているはずだ。
背を向けて歩き出そうとしたところで、ふいに後ろからか細い声が、シュアの耳へと届いた。
「お義姉さま…おめでとう、ございます」
思わず振り返った先で、恥ずかしいのかセレスは鼻までを布団に埋めてこちらを見上げている。
シュアはそんな義妹にありがとう、と頷くと、そのまま再び背を向けてセレスの部屋を後にした。
セレスのその言葉は、砦で話した子供についてのことだろう。
セレスもまたどう思うのか、それが不安ではあったけれど…どうやら祝福はしてくれるようだと廊下を歩きながらシュアは微笑んだ。
と、
ふいに掴まれた腕が引っ張られて、次の瞬間には自分が暖かいものに包まれているのを感じる。
少しだけ首を捻ると視界いっぱいに紅い髪が広がって、それがゼロスだと、シュアはすぐに認識した。
「ゼロス、どうしたの」
「…どうしたの、じゃねーの」
「…ゼロス。ごめんね」
ふいに、シュアのその口から謝罪が零れたことに、ゼロスはその身体を離して正面からシュアを見つめた。
少しだけ困ったようにしながらも、小さく微笑んでいるシュアが言葉を続ける。
「セレスちゃんのこと、任されてたのに探しに出ちゃったこと、あんなところで告白したこと、それから…ロイドに話した名前のこと」
「シュア」
小さく瞼を伏せかけたシュアが、強く呼びかけられた名前にピクリと肩を震わせる。
「俺さまがそんなこと気にしてると思ってんの?」
「ゼロス…」
「…心配させんなよ」
ぽつりと零しながら、ゼロスは再び目の前のシュアを抱きしめた。
病気なのかと、思った。深刻そうに話していたエミルの様子からして、よっぽど悪い病気なのかと思っていた。
それがそうでないと分かっても、それでもそんな身体で今まで旅をしていたなんて本当に馬鹿だと、なんだかシュアが自分がもどかしくてゼロスはその腕に一層力を込めた。
少し前、メルトキオに一度戻った時にも。
セレスや使用人に話はしていたとしても、居るはずの姿が居ないことにも。
また、突然いなくなってしまうのかと思った。セレスから話を聞いても、不安が拭えなかった。
なのに、不思議と相反したような感情が、今は堪らなく満ちて満ちて満ち溢れたような、自分の中がひどく興奮するようなそんな感情が込み上げてくる。
それをどうしたらいいのか、ひどく持て余しながら、ゼロスはシュアの身体をただただきつく、抱きしめ続けた。
「…ゼロス、苦しいよ」
「そんな身体で無茶したお仕置きだよ」
「でも、赤ちゃん、潰れちゃう」
はっとしたように身体を離したゼロスに、シュアが笑う。
「うそ。潰れないけど…でも、触ってみて」
ゼロスのその手を掴んだシュアが、自分の下腹部にそれを当てた。
少しだけ、ほんの少し膨らんだその感触を、ゆっくりと、ゼロスの手のひらが撫でる。
「…私、すごくびっくりした。まさか、自分が子供を産めるなんて…思ってなかったから」
「…シュア」
「だってすごく出来すぎだと思ったの。ヒトとは違うわたしが、そんな力あるなんて。想像もしなかった。正直、期待しないようにしてたのかも」
「でも、ここにいるんだろ」
「…うん。いるよ。ゼロスと私の、赤ちゃん」
旅立ちの前、医者に言われた一言がひどく重たかったのを、シュアは思い出していた。
喜びを感じる暇もなかった。とにかく驚きと、それから自分が子供を産んでいいのかということ。自分がヒトでないならこの子供はそのヒトでないものの子供になるということ。
そして、ゼロスがどう思うかということ。喜んでくれるのか、それとも自分と同じことに悩み、産むのを拒むのかということ…。
けれど、下腹部にゼロスの手のひらを感じながら、シュアは今はそんなことも、全くなにも不安に思えなかった。
ただ、何度も往復して撫でる手のひらの感触と、それをするゼロスの存在を感じていた。
感じながら自分の中に広がるそれは、なんだか喜びに近いような気がした。
「シュア。…産んでくれるよな?」
「……ゼロス…」
下腹部からそっと手を離し、腕を掴んで覗き込んでくるゼロスを、シュアの目が見つめる。
その、奥から始末に困る熱いものが込み上げてくるのを、すぐにシュアは感じた。
それでもそれを抑える術を知らず、その目に薄い水の膜が張っていく。
「…いいの?」
自然と鼻声になったまま問いかけるシュアに、ゼロスが小さく声を零して笑う。
「決まってるでしょーよ。それ以外に選べるものなんて、ねぇだろ?」
「…うん……」
何度も首を縦に振るシュアを再びその胸に抱いて、ゼロスは小さく息を吐いた。
「ほんっと、シュアちゃんは俺さまになんでも運んできてくれんのな」
「え…?」
「なんでもねーよ」
自分の肩に顔を埋めて小さくしゃっくりをするシュアの頭を、ゼロスは繰り返し何度も撫で続ける。
湧いてくる感情や、思っていること。伝えたい言葉はいくらでもあるのに、伝えきれないのがもどかしい。
それでも自分に比べたら華奢で小さいこの存在が、その身一つで、数えきれない喜びを与えてくれる。
それにはもう感謝してもしきれないぐらいだと、ゼロスはまた心の底から、シュアをとても愛しく思っていた。