ラタトスク編1
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心臓の鼓動がいつもより、強い。
全身に伝わって響くようで、音さえ聞こえている気がするのは耳からなのか、それとも身体の中から耳まで伝わっているのか。
いつものメルトキオの賑やかな声が、シュアには全く捉えられないでいた。
頭を巡る血管がドクドクと脈打って、それのせいなのか眩暈さえ起きているような気もしている。
少し前、向かい合ったその人から言われた一言が頭を巡る。
相変わらず煩い心臓の鼓動に、こんな時になって自分が本当に生きている、ヒトと変わらない存在なんだと思い知らされる。
まさか、自分に…そう、シュアは思っていた。
9ヶ月前、ゼロスと永遠を誓い合った。そう、天使の自分たちにはまさに永遠の時間を誓い合ったばかりだ。
ただ、そのまま今と変わらない時間を過ごしていけるのだと思っていた。ただ、2人で、変わらず…。
町の中心を走るいつもの階段を上りながら、気のせいではなかったのだろうか、こめかみの辺りが痛み、視界が少しだけブレるのを感じて、シュアは思わずその膝に手をつき身体を支えた。
俯いた視界に涙が滲む。妙な感情が胸のあたりに塊になってつっかえている。
驚きと、それから不安にも似た感情と…そしてシュアはただ、とにかく頭に浮かんだその人物が…ゼロスが恋しかった。今すぐ会いたかった。会って、その胸につかえている感情をすべて吐き出してしまいたかった。けれど、そうしてゼロスにすべてを話す自分を想像すると…その向かいで話を聞くゼロスの反応を見たくなくて、思わずぎゅっとその瞼をきつく瞑った。
どちらにしろ、今ゼロスはここにはいない。
血の粛清。ロイドの噂話はその数日後にシュアたちの耳にも入り、思わず沈黙した。
それでも、ロイドはそんなことをしないと言ったゼロスにシュアは頷き、ゼロスはその後ロイドを探しに旅立ったところだった。
どのぐらいかかるか分からないから、セレスを見ていてほしいと言ったゼロスに少しだけもどかしくなりながらも…頷いた自分を、シュアは今になって少しだけ恨めしく思った。
いつもの屋敷へと自分の頭に鞭を打つようにしながらシュアは帰路を急いだ。
そしてすぐに上がった2階、セレスの部屋を訪ねると、シュアはすぐにトクナガを呼び、ごめんと謝ったのだった。
それが、どのぐらい前のことだろう。とシュアは頭を巡らせていた。まだそんなには経っていないはずだ。数日か、あるいは1週間は経っただろうか。
トクナガと屋敷の人間にセレスを任せ、ゼロスを追って旅立ち…その消息を掴んだと思ったら。
そこまで考えながら、シュアは目の前で倒れている2人の人物を見下ろした。
どちらもまだ成人はしていないだろう。明るい髪を肩のあたりでバッサリと切り揃えた、少年。そしてそこから2メートルほど離れた隣には、長い栗色の髪をこの砂浜に散らして眠る、少女。
少しだけ悩んだ挙句、シュアは少年の方に近寄り、膝を折ると、その肩をゆっくりと揺らした。
「君、ねぇ、起きて」
数回揺らした頃にようやく小さく身じろぎをした少年が、首を、その上半身を上げてシュアの視線を捉える。
「ん…… あれ、あ、あの…?」
何が起きたか整理がついていないんだろう。
思いながらその手を掴んで起き上がるのを手伝うと、シュアは少年の身体にまみれた砂を何度か手のひらで払ってやった。
「覚えてない?王朝跡でものすごい怪物に飲み込まれちゃったこと」
訝しそうに眉を顰める少年にシュアが笑いかけると、あ、と思い出したように声を弾いた少年が少しだけ見開いた目でシュアを見つめる。
そのまましばらく自分を見つめる少年が自分の存在を疑問に思っているのだと気付いて、シュアは再び少年に向かって笑った。
「私は、シュア。それより、彼女、起こしてあげた方がいいんじゃない?」
「え?あ、マルタ…!」
シュアの向けた視線の先で倒れている少女にようやく気付いた少年が、すぐに少女へと駆け寄った。
数回、声を掛けながらその身体を揺さぶると、彼女もまた少しずつ身体を起こして辺りを見回す。
「エミル…あれ、ここ…」
「僕達、あのクジラみたいな怪物に飲み込まれたみたいなんだけど…」
そこで少しずつ2人に歩み寄っていたシュアを少年が見上げると、シュアはその言葉の続きを託されているのだと気付いて、少女の方にも微笑みかけてから口を開いた。
「そう。飲み込まれたんだけど…助けちゃった」
言いながら笑みを浮かべているシュアに、2人が顔を見合わせる。
それでも悪意のありそうな笑みでないことは2人も思うでもなく感じ取って、素直にシュアの方へと向き直った。
「助けちゃったって…」
「溺れないように。それからどこでもいいから、お腹で消化されるよりいいと思って。だからごめんね、ここがどこかは私も分からなくて」
少しだけ困ったようなそれに笑みを歪めたシュアを、見上げていた2人がようやくそこで立ち上がる。
シュアの向かいに立って、なんと言えばいいのか言葉を探しているようだった。
「あ、えっと…私はシュア。その時ちょうど私もあの王朝跡に居合わせて、2人が飲み込まれそうになるのを見てて、それでつい。2人の名前を聞いてもいいかな?それから、どうしてあそこにいたのか。ここがどこにしろ2人がどこに行こうとしてるのか」
そこまでの説明と質問を聞きながら、すぐに少年の方が気付いたようにはっとした。
海に打ち上げられたんだろうに、自分の体が全く濡れていないこと。そしてすぐに確認した隣のマルタも同じだということ。それはもちろん向かい合うシュアもまた。
助けてくれたのは確かなのだろうと思い、少しだけ不審そうにしているマルタを横目に捉えつつも、先に口を開いたのは少年の方だった。
「僕は、エミルです。それから…」
「…わたしは、マルタ。あなたこそ…」
「ま、マルタ」
「エミル?」
「…あの、僕たちが溺れなかったのも、濡れてないのも、全部あなたのおかげなんですよね」
確かめるようなエミルの言葉を聞いて、シュアはすぐに頷いた。
「…ありがとう、ございます」
「エミル…」
「ううん、こっちこそ、勝手に助けて挙句わけの分からないとこに打ち上げちゃって…ごめんね」
「…いいえ、ありがとうございます」
苦笑したシュアに結局ゆっくりと、マルタもそう感謝の言葉を伝えてくれたことが、シュアはなんだか嬉しかった。
どうにも信用できないような顔をしていた彼女も、自分のことを、少しは信用してくれるだろうか。
「あの、それで僕たちは…」
「あ、待って。その話…歩きながら聞こうか」
「え?」
「とりあえずここがどこか把握して、町も探さなくちゃ。私、地理には詳しいから少し歩けば分かると思うから」
身体が大丈夫そうなら、行こう?
そう、努めて明るく言ったシュアが、先に2人に背を向ける。
打ち寄せる波を段々と離れていくシュアを眺めて、エミルとマルタは再び、その顔を見合わせていた。
ここは、イセリアの近くだね。
シュアがそう言って、間もない時だった。
ザ、と街道を踏み鳴らしたシュアの足が、止まる。
後ろをついていくように歩いていたエミルとマルタは、すぐに不思議そうに名前を呼びかけた。
「っ、ごめんね、なんでもないの」
後ろを歩いているせいでその表情は伺えずとも、シュアが先ほどまでと同じように笑んでいるのが背中越しにも分かる。
けれど、
「っ…」
すぐに、身体を折って膝に手をついたシュアに、2人がシュアの前へと回り込んだ。
こめかみ辺りを抑えていることからして、頭痛でもするのだろうかと心配そうにその顔を覗き込む。
「シュアさん!?」
「だ、大丈夫ですか…?」
目の前で言葉を掛けてくれる2人に変わらず笑いかけながら、シュアは大きく息を吐いた。
あの日から、いやあの旅立った日の数日前から…こうしてよく頭痛にも眩暈にも似た感覚がシュアを襲っている。
それはかつてのマナ不足での眩暈とはまた違う。どちらかというと、なにかが溢れるようで押しつぶされるような感覚だ。
足元の土を見つめ、もう一度息を吐くと、シュアはすぐに笑みを浮かべて覗き込んでくる2人に視線を渡した。
「ごめんね、もう大丈夫」
「え、でも…」
「本当に、大丈夫だから。何日か前から、風邪っぽくて」
それでも心配そうに自分を見つめる2人を追い越し、シュアは再び先を歩き始めた。
それを渋々といったように追いかけながらも、2人はまるでシュアが綱渡りでもしているかのように、それを見守るように眉根を寄せたままだった。
「とりあえずイセリアに向かおっか」
「あ…マルタ、イセリアって…」
「うん!すごい!わたしたち、ちょうどイセリアに向かおうとしてたところだったんです!」
自分の提案になんだか急に元気になったマルタに少しだけ驚きながら、シュアは2人の方を振り返る。
「そうなの?イセリアってまた…どうして?」
「あ、えっと…」
「…イセリアまでまだ歩くから、ゆっくり聞こっか」
内容に躊躇しているのか、それともどこから話せばいいのかを迷っているのか、少しだけエミルが言葉にするのを迷っているのが分かって、シュアは変わらずエミルに向かって微笑んだ。
そしてそれを受けたエミルたちが素直に話すのを…シュアは3人で歩きながら、ただ黙って聞いていた。
「シュアさんは、どうしてあそこにいたんですか?」
2人の王朝跡までのいきさつを聞き、なによりその話の中にロイドの名前が出てきたことに、思わず俯いていた顔を、シュアははっとして上げた。
ロイドだけじゃない。ラタトスク…その言葉は、名前は、どこか記憶に引っかかる聞いたことのある名前だ。遥か、そうマーテルが生きていたころのような…ずっとずっと昔のことだ。
考えてもその一片すら掴めそうも無いのを感じて、今度は自分も話さなくてはいけない番だと、少しだけ頭の中を整理する時間を設けてからシュアは口を開いた。
「私は、人を探してたの」
「人?…もしかしてトマスさんですか?」
「?ううん、その人は分からないけど…あ、そうだ。2人は見なかった?見た目分かるかな…神子のゼロスって人」
瞬間、明らかに反応を示した2人が、すぐに憂鬱そうに自分から目を逸らすのに気付いて、シュアは疑問符を浮かべた。
もちろんこの世界の中には再生の旅を、神子を、ゼロスもコレットもテセアラも、よく思っていない人がいるのは分かっている。
2人の反応はどこかそれに似ていて…それでいて少し違うような気もした。
「エミル?マルタ?どうしたの?」
「…会いました」
「え…?本当に!?」
ぼそりと零されたエミルの返答。
思わず身を乗り出すようにしながらも、シュアにはそれに続く言葉も出てこなかった。
どうして、自分は会えなかったのだろう。
すれ違った?それにしたって、なんて運がないのだろうか。
本当に、なんだか自分の運にもゼロスにも、今は色々なものが恨めしい。
「本当です。ドア夫人からの依頼で漁師さんを助けに来たんだって…会いましたけど、すぐにパルマコスタに戻ったと思います」
「……そう…そっか。…はぁ、じゃあ私はすれ違ったんだね…」
「あの、シュアさんはどうしてテセアラの神子を探してるんですか?」
ため息をついて、ふいにそう掛けられた言葉に、今は彼らが目を覚ました時と同じ、向けられる視線が訝しげなことに気が付いた。
それに少しだけ考えを巡らせ…先ほど話していた2人の旅の理由にロイドの名前があったことを思い出し、あぁとすぐにシュアは少しだけ納得した。
ゼロスがロイドの仲間だと、そう思ってそんな反応をするのだろうか。そこまで思ったところで、シュアはようやく応えを返すべく口を開く。
「ゼロスに…話したいことがあって。伝えたいことがあって」
「話したいことって…もしかして、ロイドのことですか?」
すぐに問いかけてきたエミルの眉間に一層皺が寄るのを見て、シュアは自然と苦笑した。
「ううん。ロイドは関係ない。個人的なこと」
「そう、なんですか…」
「ねぇ、ずっと反応が気になってたんだけど、ゼロスと何かあったの?それともゼロスがロイドの仲間だから?」
エミルとマルタの顔を交互に見つめて問いかけると、少しの間黙りこくってから…エミルの方がぽつりぽつりと言葉を零し始める。
「あの人、僕たちの話を聞いて…もの知らずのガキだって、ロイドを仇呼ばわりする奴とは付き合うつもりはないって…」
「…あぁ…」
そしてその時のゼロスが少しだけ想像できて、シュアは思わず目を瞑った。
「そっか。ゼロスにキツイこと言われたんだね。ロイドのことになると…ごめんね」
「そんな、どうしてシュアさんが謝るんですか」
「…私もロイドと一緒に世界再生の旅に出た、仲間だから。かな」
後ろめたく思うことはシュア自身、何もなかった。
2人がロイドに…いや、ロイドがしたとされていることに傷ついているのは分かっていても、自分がロイドの仲間であることはちっとも後ろめたいようなことじゃない。
それを意識しながらあえて2人を見つめると、その先で2人は少なからず驚いたようにして、ぴたりと歩みを止めた。
「え…シュアさんが…?」
「うん。2年前、ロイドともゼロスとも、他の仲間たちともみんなで旅をしていた、仲間だよ」
見つめる先で、返す言葉に困っているようにしているのを、シュアはその反応に小さく苦笑した。
それは、そうなるだろう。2人の話を聞いていると、当然の反応かもしれないとは思った。そしてその上自分がゼロスの妻だと知ったら、ますます2人はどんな反応をするのか、と少しだけシュアは思った。
「2人の話を聞いたときにすぐに言い出すべきだったかな。ごめんね」
結局なんの反応も返せないまま、そう言って謝られてしまったことに、エミルとマルタはやはり何も言うことが出来ないでいた。
かつてロイドの仲間だったとしても、自分たちを助け、こうしてイセリアまでを案内しながら何度も微笑みかけてきたシュアを、すでにここまでに見てきてしまっていることが。
ただただ、折り合いや整理といったものが上手くつかないでいた。
行こう、と歩みを催促したシュアに戸惑いながらも、結局2人がその後についてイセリアへとたどり着くのに、そう時間はかからなかった。
全身に伝わって響くようで、音さえ聞こえている気がするのは耳からなのか、それとも身体の中から耳まで伝わっているのか。
いつものメルトキオの賑やかな声が、シュアには全く捉えられないでいた。
頭を巡る血管がドクドクと脈打って、それのせいなのか眩暈さえ起きているような気もしている。
少し前、向かい合ったその人から言われた一言が頭を巡る。
相変わらず煩い心臓の鼓動に、こんな時になって自分が本当に生きている、ヒトと変わらない存在なんだと思い知らされる。
まさか、自分に…そう、シュアは思っていた。
9ヶ月前、ゼロスと永遠を誓い合った。そう、天使の自分たちにはまさに永遠の時間を誓い合ったばかりだ。
ただ、そのまま今と変わらない時間を過ごしていけるのだと思っていた。ただ、2人で、変わらず…。
町の中心を走るいつもの階段を上りながら、気のせいではなかったのだろうか、こめかみの辺りが痛み、視界が少しだけブレるのを感じて、シュアは思わずその膝に手をつき身体を支えた。
俯いた視界に涙が滲む。妙な感情が胸のあたりに塊になってつっかえている。
驚きと、それから不安にも似た感情と…そしてシュアはただ、とにかく頭に浮かんだその人物が…ゼロスが恋しかった。今すぐ会いたかった。会って、その胸につかえている感情をすべて吐き出してしまいたかった。けれど、そうしてゼロスにすべてを話す自分を想像すると…その向かいで話を聞くゼロスの反応を見たくなくて、思わずぎゅっとその瞼をきつく瞑った。
どちらにしろ、今ゼロスはここにはいない。
血の粛清。ロイドの噂話はその数日後にシュアたちの耳にも入り、思わず沈黙した。
それでも、ロイドはそんなことをしないと言ったゼロスにシュアは頷き、ゼロスはその後ロイドを探しに旅立ったところだった。
どのぐらいかかるか分からないから、セレスを見ていてほしいと言ったゼロスに少しだけもどかしくなりながらも…頷いた自分を、シュアは今になって少しだけ恨めしく思った。
いつもの屋敷へと自分の頭に鞭を打つようにしながらシュアは帰路を急いだ。
そしてすぐに上がった2階、セレスの部屋を訪ねると、シュアはすぐにトクナガを呼び、ごめんと謝ったのだった。
それが、どのぐらい前のことだろう。とシュアは頭を巡らせていた。まだそんなには経っていないはずだ。数日か、あるいは1週間は経っただろうか。
トクナガと屋敷の人間にセレスを任せ、ゼロスを追って旅立ち…その消息を掴んだと思ったら。
そこまで考えながら、シュアは目の前で倒れている2人の人物を見下ろした。
どちらもまだ成人はしていないだろう。明るい髪を肩のあたりでバッサリと切り揃えた、少年。そしてそこから2メートルほど離れた隣には、長い栗色の髪をこの砂浜に散らして眠る、少女。
少しだけ悩んだ挙句、シュアは少年の方に近寄り、膝を折ると、その肩をゆっくりと揺らした。
「君、ねぇ、起きて」
数回揺らした頃にようやく小さく身じろぎをした少年が、首を、その上半身を上げてシュアの視線を捉える。
「ん…… あれ、あ、あの…?」
何が起きたか整理がついていないんだろう。
思いながらその手を掴んで起き上がるのを手伝うと、シュアは少年の身体にまみれた砂を何度か手のひらで払ってやった。
「覚えてない?王朝跡でものすごい怪物に飲み込まれちゃったこと」
訝しそうに眉を顰める少年にシュアが笑いかけると、あ、と思い出したように声を弾いた少年が少しだけ見開いた目でシュアを見つめる。
そのまましばらく自分を見つめる少年が自分の存在を疑問に思っているのだと気付いて、シュアは再び少年に向かって笑った。
「私は、シュア。それより、彼女、起こしてあげた方がいいんじゃない?」
「え?あ、マルタ…!」
シュアの向けた視線の先で倒れている少女にようやく気付いた少年が、すぐに少女へと駆け寄った。
数回、声を掛けながらその身体を揺さぶると、彼女もまた少しずつ身体を起こして辺りを見回す。
「エミル…あれ、ここ…」
「僕達、あのクジラみたいな怪物に飲み込まれたみたいなんだけど…」
そこで少しずつ2人に歩み寄っていたシュアを少年が見上げると、シュアはその言葉の続きを託されているのだと気付いて、少女の方にも微笑みかけてから口を開いた。
「そう。飲み込まれたんだけど…助けちゃった」
言いながら笑みを浮かべているシュアに、2人が顔を見合わせる。
それでも悪意のありそうな笑みでないことは2人も思うでもなく感じ取って、素直にシュアの方へと向き直った。
「助けちゃったって…」
「溺れないように。それからどこでもいいから、お腹で消化されるよりいいと思って。だからごめんね、ここがどこかは私も分からなくて」
少しだけ困ったようなそれに笑みを歪めたシュアを、見上げていた2人がようやくそこで立ち上がる。
シュアの向かいに立って、なんと言えばいいのか言葉を探しているようだった。
「あ、えっと…私はシュア。その時ちょうど私もあの王朝跡に居合わせて、2人が飲み込まれそうになるのを見てて、それでつい。2人の名前を聞いてもいいかな?それから、どうしてあそこにいたのか。ここがどこにしろ2人がどこに行こうとしてるのか」
そこまでの説明と質問を聞きながら、すぐに少年の方が気付いたようにはっとした。
海に打ち上げられたんだろうに、自分の体が全く濡れていないこと。そしてすぐに確認した隣のマルタも同じだということ。それはもちろん向かい合うシュアもまた。
助けてくれたのは確かなのだろうと思い、少しだけ不審そうにしているマルタを横目に捉えつつも、先に口を開いたのは少年の方だった。
「僕は、エミルです。それから…」
「…わたしは、マルタ。あなたこそ…」
「ま、マルタ」
「エミル?」
「…あの、僕たちが溺れなかったのも、濡れてないのも、全部あなたのおかげなんですよね」
確かめるようなエミルの言葉を聞いて、シュアはすぐに頷いた。
「…ありがとう、ございます」
「エミル…」
「ううん、こっちこそ、勝手に助けて挙句わけの分からないとこに打ち上げちゃって…ごめんね」
「…いいえ、ありがとうございます」
苦笑したシュアに結局ゆっくりと、マルタもそう感謝の言葉を伝えてくれたことが、シュアはなんだか嬉しかった。
どうにも信用できないような顔をしていた彼女も、自分のことを、少しは信用してくれるだろうか。
「あの、それで僕たちは…」
「あ、待って。その話…歩きながら聞こうか」
「え?」
「とりあえずここがどこか把握して、町も探さなくちゃ。私、地理には詳しいから少し歩けば分かると思うから」
身体が大丈夫そうなら、行こう?
そう、努めて明るく言ったシュアが、先に2人に背を向ける。
打ち寄せる波を段々と離れていくシュアを眺めて、エミルとマルタは再び、その顔を見合わせていた。
ここは、イセリアの近くだね。
シュアがそう言って、間もない時だった。
ザ、と街道を踏み鳴らしたシュアの足が、止まる。
後ろをついていくように歩いていたエミルとマルタは、すぐに不思議そうに名前を呼びかけた。
「っ、ごめんね、なんでもないの」
後ろを歩いているせいでその表情は伺えずとも、シュアが先ほどまでと同じように笑んでいるのが背中越しにも分かる。
けれど、
「っ…」
すぐに、身体を折って膝に手をついたシュアに、2人がシュアの前へと回り込んだ。
こめかみ辺りを抑えていることからして、頭痛でもするのだろうかと心配そうにその顔を覗き込む。
「シュアさん!?」
「だ、大丈夫ですか…?」
目の前で言葉を掛けてくれる2人に変わらず笑いかけながら、シュアは大きく息を吐いた。
あの日から、いやあの旅立った日の数日前から…こうしてよく頭痛にも眩暈にも似た感覚がシュアを襲っている。
それはかつてのマナ不足での眩暈とはまた違う。どちらかというと、なにかが溢れるようで押しつぶされるような感覚だ。
足元の土を見つめ、もう一度息を吐くと、シュアはすぐに笑みを浮かべて覗き込んでくる2人に視線を渡した。
「ごめんね、もう大丈夫」
「え、でも…」
「本当に、大丈夫だから。何日か前から、風邪っぽくて」
それでも心配そうに自分を見つめる2人を追い越し、シュアは再び先を歩き始めた。
それを渋々といったように追いかけながらも、2人はまるでシュアが綱渡りでもしているかのように、それを見守るように眉根を寄せたままだった。
「とりあえずイセリアに向かおっか」
「あ…マルタ、イセリアって…」
「うん!すごい!わたしたち、ちょうどイセリアに向かおうとしてたところだったんです!」
自分の提案になんだか急に元気になったマルタに少しだけ驚きながら、シュアは2人の方を振り返る。
「そうなの?イセリアってまた…どうして?」
「あ、えっと…」
「…イセリアまでまだ歩くから、ゆっくり聞こっか」
内容に躊躇しているのか、それともどこから話せばいいのかを迷っているのか、少しだけエミルが言葉にするのを迷っているのが分かって、シュアは変わらずエミルに向かって微笑んだ。
そしてそれを受けたエミルたちが素直に話すのを…シュアは3人で歩きながら、ただ黙って聞いていた。
「シュアさんは、どうしてあそこにいたんですか?」
2人の王朝跡までのいきさつを聞き、なによりその話の中にロイドの名前が出てきたことに、思わず俯いていた顔を、シュアははっとして上げた。
ロイドだけじゃない。ラタトスク…その言葉は、名前は、どこか記憶に引っかかる聞いたことのある名前だ。遥か、そうマーテルが生きていたころのような…ずっとずっと昔のことだ。
考えてもその一片すら掴めそうも無いのを感じて、今度は自分も話さなくてはいけない番だと、少しだけ頭の中を整理する時間を設けてからシュアは口を開いた。
「私は、人を探してたの」
「人?…もしかしてトマスさんですか?」
「?ううん、その人は分からないけど…あ、そうだ。2人は見なかった?見た目分かるかな…神子のゼロスって人」
瞬間、明らかに反応を示した2人が、すぐに憂鬱そうに自分から目を逸らすのに気付いて、シュアは疑問符を浮かべた。
もちろんこの世界の中には再生の旅を、神子を、ゼロスもコレットもテセアラも、よく思っていない人がいるのは分かっている。
2人の反応はどこかそれに似ていて…それでいて少し違うような気もした。
「エミル?マルタ?どうしたの?」
「…会いました」
「え…?本当に!?」
ぼそりと零されたエミルの返答。
思わず身を乗り出すようにしながらも、シュアにはそれに続く言葉も出てこなかった。
どうして、自分は会えなかったのだろう。
すれ違った?それにしたって、なんて運がないのだろうか。
本当に、なんだか自分の運にもゼロスにも、今は色々なものが恨めしい。
「本当です。ドア夫人からの依頼で漁師さんを助けに来たんだって…会いましたけど、すぐにパルマコスタに戻ったと思います」
「……そう…そっか。…はぁ、じゃあ私はすれ違ったんだね…」
「あの、シュアさんはどうしてテセアラの神子を探してるんですか?」
ため息をついて、ふいにそう掛けられた言葉に、今は彼らが目を覚ました時と同じ、向けられる視線が訝しげなことに気が付いた。
それに少しだけ考えを巡らせ…先ほど話していた2人の旅の理由にロイドの名前があったことを思い出し、あぁとすぐにシュアは少しだけ納得した。
ゼロスがロイドの仲間だと、そう思ってそんな反応をするのだろうか。そこまで思ったところで、シュアはようやく応えを返すべく口を開く。
「ゼロスに…話したいことがあって。伝えたいことがあって」
「話したいことって…もしかして、ロイドのことですか?」
すぐに問いかけてきたエミルの眉間に一層皺が寄るのを見て、シュアは自然と苦笑した。
「ううん。ロイドは関係ない。個人的なこと」
「そう、なんですか…」
「ねぇ、ずっと反応が気になってたんだけど、ゼロスと何かあったの?それともゼロスがロイドの仲間だから?」
エミルとマルタの顔を交互に見つめて問いかけると、少しの間黙りこくってから…エミルの方がぽつりぽつりと言葉を零し始める。
「あの人、僕たちの話を聞いて…もの知らずのガキだって、ロイドを仇呼ばわりする奴とは付き合うつもりはないって…」
「…あぁ…」
そしてその時のゼロスが少しだけ想像できて、シュアは思わず目を瞑った。
「そっか。ゼロスにキツイこと言われたんだね。ロイドのことになると…ごめんね」
「そんな、どうしてシュアさんが謝るんですか」
「…私もロイドと一緒に世界再生の旅に出た、仲間だから。かな」
後ろめたく思うことはシュア自身、何もなかった。
2人がロイドに…いや、ロイドがしたとされていることに傷ついているのは分かっていても、自分がロイドの仲間であることはちっとも後ろめたいようなことじゃない。
それを意識しながらあえて2人を見つめると、その先で2人は少なからず驚いたようにして、ぴたりと歩みを止めた。
「え…シュアさんが…?」
「うん。2年前、ロイドともゼロスとも、他の仲間たちともみんなで旅をしていた、仲間だよ」
見つめる先で、返す言葉に困っているようにしているのを、シュアはその反応に小さく苦笑した。
それは、そうなるだろう。2人の話を聞いていると、当然の反応かもしれないとは思った。そしてその上自分がゼロスの妻だと知ったら、ますます2人はどんな反応をするのか、と少しだけシュアは思った。
「2人の話を聞いたときにすぐに言い出すべきだったかな。ごめんね」
結局なんの反応も返せないまま、そう言って謝られてしまったことに、エミルとマルタはやはり何も言うことが出来ないでいた。
かつてロイドの仲間だったとしても、自分たちを助け、こうしてイセリアまでを案内しながら何度も微笑みかけてきたシュアを、すでにここまでに見てきてしまっていることが。
ただただ、折り合いや整理といったものが上手くつかないでいた。
行こう、と歩みを催促したシュアに戸惑いながらも、結局2人がその後についてイセリアへとたどり着くのに、そう時間はかからなかった。
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