その1:いっしょにいようよ
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「暗くなっちゃったね…」
黄昏を徐々に闇が染めつつある草原。
目線先にうっすらと浮かぶ月を捉えて、自然と出てきたのがそんな言葉だった。
すぐに小さく伸びをすると、振り返った先でゼロスは微かに目を細めている。
「んじゃ…帰りますか」
「あ、うん。そうだね…」
双方ゆっくりと腰を上げて、一秒。メルトキオに向かって歩き出そうとしたゼロスに、思わずその服の裾を掴んだ。
不思議そうに振り返ったゼロスに、こっちの方がよっぽど不思議だ。
挨拶もせずに帰ろうとしたのだろうか。それこそ次の約束も…私はしておきたかったのに。
そんな自分のわがままは胸の奥にしまいながら、妙にぎこちなくなる口をやっと開いた。
「あの、ゼロス…。じゃあ、また」
小さくそこまで発した私に、ゼロスはただ、その目を瞬く。
「…はあ?なに言ってんのよ、シュアちゃん」
「え?なにって…うち、帰るんでしょ?なら私はここで…」
「…あそこに、帰んのか?」
ふっと、声のトーンを落として問いかけたゼロスに、胸の奥がざわざわとするのが分かる。
あそこ。ゼロスの言っているのはルビナスの家のことだろう。
少しだけ気後れしながらも、それしかできずに小さく頷いた。
「だって、私にはあそこしか帰る場所がないから…」
「…はぁ」
「え、だっ…ごめん?」
盛大にため息をついてやれやれというように顔を上げたゼロスに恐る恐る目を向けると、そのため息の通りそれは不機嫌そうな顔をしたゼロスがそこにいた。
「誰が帰る場所がないって?」
「え…」
「ほんっと、その鈍さは国宝級だな」
「な、なにそれ…」
「悪ぃけど、シュアの帰る場所は俺さまがいる場所って決まってんのー」
言うなりすぐさま、さあお姫様お手をどうぞ?なんて片膝をつくゼロスに、唖然としたまま言葉が出てこない。
すると痺れを切らしたのか、ゼロスはまた小さく息をついて勝手に私の左手を拾った。
「…ほーらー。エスコートのされ方も知らねぇの?」
「あ、で、でも…」
「ん?」
下から顔を覗き込まれて気付く。
ゼロスと再会してから、ずっとここで飽きることなく語り続けていたけれど。
以前より、旅をしていた頃より、きっとゼロスは意識して私の話に耳を傾けようとしてくれている。
私がそうしてすべて話し終わるのを、遮らないように。
漏れることなく言葉を聞こうとしてくれてるんだってこと。
それがずっと言葉の足りなかった自分の為であることも分かって、小さく胸がずきんと痛んだ。
「…どこに帰るの?」
「そりゃ俺さまの家でしょーよ」
「でも、それはゼロスの家であって、私は…」
その言葉の後ろが続かないことを確認してから、ゼロスは私の手を拾ったままに立ち上がった。
反対の手で肩を掴まれて、ずいずい近寄ってくるゼロスに思わず身体は後ずさっていく。
「そこまで鈍いと俺さまさすがに傷つくなー」
「え、っ」
トン、と背中がさっきまで寄りかかっていた木の幹にぶつかる。
これ以上後ろがないと伝えるようにゼロスを見つめると、片眉を下げて複雑そうな表情を浮かべるゼロスの視線とぶつかった。
「シュアちゃんは俺さまと一緒にいたくねーの?」
「え、」
「だからー、俺さまは、シュアちゃんと一緒に居たいって…言ってるんだよ」
「シュアちゃんは…そー思ってはないわけだ?」
口調だけはいつものままなのに、その目は真剣に訴えかけてきているようで、近すぎる距離でも視線が外せない。
妙に乾く口を自覚しながら、それでもなんとか口を開いた。
「…そんなことないよ。私も、ゼロスと一緒に居たい。だから、別れる前に明日の約束しておきたいって、そう思ってたよ」
「…そっか」
「うん。でもゼロスの家になんて…そんなの…」
「シュアは俺とは一緒に住めない?」
「ゼロス…」
「恋人同士、一緒に住むのがそんなにおかしいことか?」
あぁ、ゼロスは本当に。
単純に、私と離れることを寂しがってくれてるんだ。
そう思った。今は、確信でしかなくそう思えた。
「ううん。おかしくないよ。でも…本当にいいの?」
「…前にもシュア、自分が居てもいいのか、平気なのかって聞いたことがあったよな」
言われて、すぐに思い出せる。
全てをみんなに話した後、確かに私はゼロスにそんな問いかけをした。
あの時は、ただ不安だったんだ。ゼロスが私のことを少しでも恨んでやいないかって。
「同じだよ。居ても平気どころか、いてくれなきゃ困る」
「…ゼロス…」
「俺さまが言いたいのはそーいうこと。あとは…シュアちゃんが決めていーぜ」
掴んでいた肩から手を放して、詰め寄っていたゼロスが私の視界を開ける。
それでも最初に拾われた手は握られたままで、その言葉と、その温度にただただ嬉しくてしょうがない私が返せる言葉なんて。
選ぶ余地だってない。
「私…ゼロスが望んでくれるなら、私もゼロスと一緒に居たいよ」
ゆっくりと振り返った紅が、ゆったりと笑う。
「素直じゃねーんだから、ほんと」
その手に引っ張られて、小さな丘をゆっくりと下っていく。
「いいか?もう俺さまになんにも、遠慮なんてするなよ?されると俺さま傷ついちゃうからなー?」
そして再び振り返ったゼロスは少しだけ、拗ねたような照れたような顔をしていた。
「だから…いっしょにいようぜ」
いっしょにいようよ
メルトキオ、そしてゼロスの家に辿り着くなり、腹減ったろ?と言ったゼロスに促されて夕飯を食べた。
そして今は案内された2階の一室、まさにゼロスがその扉を開いて、一歩足を踏み入れる。
「この部屋が今日からシュアちゃんの部屋な」
「…この部屋、私一人で使っていいの?」
それは部屋と呼んでいいんだろうか。
確かに一室ではあるけれど、どこに落ち着けばいいのかも迷ってしまうような広い部屋。
大きなベッドに、その隣のチェスト。つやつやと光ったテーブルも大きな姿見も備え付けられてあるクローゼットも、どれもがホテルのようで、思わず開きっぱなしになった口をそのままに立ち尽くしてしまう。
そういえば、ゼロスの家を隅々までじっくり見たことなかったなと思いゼロスに視線を移した。
「なに、俺さまと一緒に使いたい?」
「そ、そういうことじゃなくて!なんか、ホテルみたいで…見慣れなくて」
「シュアちゃんは…そういや記憶なくす前も言ったことなかったな。今まで4千年、どこに住んでたんだよ?」
「ルビの家も時々行ってたけど…基本的にはクルシスの居住棟に居たかな。天使でいる時は睡眠も特に必要じゃないから…あんまり寝に帰ることもなかったし」
真っ白で、何もなかったあの頃の自室を思い出す。
「なにより物も色もなかったから…なんだかここがすごく豪華でビックリしちゃうよ」
「そうか…。ま、てけとーに寛いでちょーだい」
「…あ。ゼロス、その言葉…」
「ん?」
「…そういえば、記憶をなくした私が旅を始めるきっかけになったのって、ここだったね。ゼロスの家」
その時ゼロスはさっきと同じことを言って、そのまま国王の祈祷式に出かけてしまったんだ。
一人残されて、どうしたもんかと落ち着かない数時間を過ごしたことを思い出して小さく笑う。
「そーだなー。あの時すぐに旅についてくって言ったシュアちゃんには驚いたぜー」
「そうだね。私も驚いてた。でも…それがミトスに仕組まれたことでも、私はそうして良かったって、思うよ」
言葉にしながら室内を歩き回って眺めていると、ふいにゼロスに呼びかけられた。
「シュア、ついでにここ。開けてみ?」
「うん。なに?」
ゼロスの横にある窓まで歩み寄って、そのカーテンを言われたとおりに開いた。
今は完全に闇の中を星の光が輝いて、目の前に広がったのは決して狭くないメルトキオの街並みとその先に広がる草原、遠くにはグランテセアラブリッジも視界に収められる。
メルトキオでも遅くまでやっているお店の明かり、街頭が窓のガラスでよりキラキラと輝いて見えた。
「、わ…すごい眺め!きれい…」
「男はそうでもねーけど、女の子は夜景が好きらしーからな」
「ほんとに、ホテルみたいだね」
ふふ、と笑いながら飽きずに見つめていると、そ、とゼロスの手が後ろから首に触れるのが分かった。
ガラスに映る自分の後ろで、ゼロスが自分の首元に視線を落としているのが分かる。
髪を掻き分けられ直接に肌に触れたゼロスの手の感触が、なんだかむず痒い。
「ゼロス?」
黙って手を動かしていたゼロスがその手を放すと、ふいに首のあたりが軽くなった。
そのままガラス越しに例の指輪のチェーンを外されたのだと分かって、すぐに体ごとゼロスを振り返った。
「なにしてるの?」
「こーするんだよ」
チェーンから指輪を外して、ゼロスが私の右手を拾う。
と、そのまま指輪が冷たい感覚を残して薬指を撫でた。
付け根に離された指輪が、ぴったりとはまったその場所で室内灯の光を反射している。
「…ゼロス?」
「ずっとは…無理かもしれねーけど。天使だからな。そんでもしばらくはここがシュアの家だ。だから、もう絶対に、離れたりすんな。居なくなったり…するな」
言い聞かせるように淡々と零しながら、ゼロスが私の体を抱きしめる。
耳元で懇願するようなその声がとても頼りなくて、かき集めるようにその体を抱き返した。
「シュアはいつだってこの家に、俺さまの元に帰ってくるんだ。そうだろ?」
「…うん。そうだね」
指輪の感触とこの部屋と、なによりゼロスのぬくもりがその言葉を自分の中に刻み込む。
それが、きっとゼロスの一番の本音だった。
ごめんね。そうしてしまったのは私だね。
それでも、もう今はそうして自分を責めるべきじゃないことが分かっているから。
私の頷きもゼロスの中に刻まれればいいと、その背中をあやすように何度も撫でた。
「もう少ししたらな、エクスフィアの提出令が国王から出されるっていう話を聞いた」
「…え?」
「そうしたら、セレスは今ほど元気じゃいらんなくなるだろーな。だから、俺は…セレスもここに呼ぼうと思ってる」
「ゼロス…」
思わず身体を放して向き合うと、ゼロスは困ったような表情で続きを紡いだ。
「それでもいいか?そうしても…いいと思うか?」
「…うん。すごく、いいと思う。セレスちゃんもほんとはゼロスと一緒に居たいと思うから。なにより…ゼロスがそうしたいならそれがきっと、一番の得策だと思う」
じんわりと胸の奥が暖かくなるのを感じながら、心からそう思って言葉を返した。
それに少し安心したように、それでもきっと自信がないんだろう。相変わらずの困ったような顔で、ゼロスは少しだけ微笑んだ。
「…そ。シュアにも面倒かけるかもしんねーけど…」
「悪いな。なんて、言わないでよね?こちらこそ、面倒かけるかもしれないんだから…よろしくね?」
住まわしてもらうことを申し訳なく思うのはやめよう。
そうして後ろめたく感じることが、きっとゼロスをもっと困らせるから。
自分が、ゼロスに悪いな…そう言われたら困ってしまうのと、きっと同じ。
「…まーったく。シュアちゃんには適わねぇなー」
「あはは。まずは、私もセレスちゃんと仲良くならなきゃね」
「…俺さまも。それに…」
言葉を切ったゼロスが、そのまま私の手を拾ってベッドに腰掛けた。
その前に立つ私を見上げて、いつもの表情で笑う。
「セレスばっかじゃなくてー、俺さまとも仲良くなってもらわねーとな」
ぐっと強く腕を引かれて、そのままゼロスに突進した私を彼が軽々と受け止めて、
その先で、飽きることなく語り合って、飽きることなく抱き合ったこの日が、私の始まり。
第二の、新しく、自ら歩んで生きるための人生の始まり。
あの頃と同じ、またこの場所から。
私はもう一度、自分のスタートを切ることになった。
黄昏を徐々に闇が染めつつある草原。
目線先にうっすらと浮かぶ月を捉えて、自然と出てきたのがそんな言葉だった。
すぐに小さく伸びをすると、振り返った先でゼロスは微かに目を細めている。
「んじゃ…帰りますか」
「あ、うん。そうだね…」
双方ゆっくりと腰を上げて、一秒。メルトキオに向かって歩き出そうとしたゼロスに、思わずその服の裾を掴んだ。
不思議そうに振り返ったゼロスに、こっちの方がよっぽど不思議だ。
挨拶もせずに帰ろうとしたのだろうか。それこそ次の約束も…私はしておきたかったのに。
そんな自分のわがままは胸の奥にしまいながら、妙にぎこちなくなる口をやっと開いた。
「あの、ゼロス…。じゃあ、また」
小さくそこまで発した私に、ゼロスはただ、その目を瞬く。
「…はあ?なに言ってんのよ、シュアちゃん」
「え?なにって…うち、帰るんでしょ?なら私はここで…」
「…あそこに、帰んのか?」
ふっと、声のトーンを落として問いかけたゼロスに、胸の奥がざわざわとするのが分かる。
あそこ。ゼロスの言っているのはルビナスの家のことだろう。
少しだけ気後れしながらも、それしかできずに小さく頷いた。
「だって、私にはあそこしか帰る場所がないから…」
「…はぁ」
「え、だっ…ごめん?」
盛大にため息をついてやれやれというように顔を上げたゼロスに恐る恐る目を向けると、そのため息の通りそれは不機嫌そうな顔をしたゼロスがそこにいた。
「誰が帰る場所がないって?」
「え…」
「ほんっと、その鈍さは国宝級だな」
「な、なにそれ…」
「悪ぃけど、シュアの帰る場所は俺さまがいる場所って決まってんのー」
言うなりすぐさま、さあお姫様お手をどうぞ?なんて片膝をつくゼロスに、唖然としたまま言葉が出てこない。
すると痺れを切らしたのか、ゼロスはまた小さく息をついて勝手に私の左手を拾った。
「…ほーらー。エスコートのされ方も知らねぇの?」
「あ、で、でも…」
「ん?」
下から顔を覗き込まれて気付く。
ゼロスと再会してから、ずっとここで飽きることなく語り続けていたけれど。
以前より、旅をしていた頃より、きっとゼロスは意識して私の話に耳を傾けようとしてくれている。
私がそうしてすべて話し終わるのを、遮らないように。
漏れることなく言葉を聞こうとしてくれてるんだってこと。
それがずっと言葉の足りなかった自分の為であることも分かって、小さく胸がずきんと痛んだ。
「…どこに帰るの?」
「そりゃ俺さまの家でしょーよ」
「でも、それはゼロスの家であって、私は…」
その言葉の後ろが続かないことを確認してから、ゼロスは私の手を拾ったままに立ち上がった。
反対の手で肩を掴まれて、ずいずい近寄ってくるゼロスに思わず身体は後ずさっていく。
「そこまで鈍いと俺さまさすがに傷つくなー」
「え、っ」
トン、と背中がさっきまで寄りかかっていた木の幹にぶつかる。
これ以上後ろがないと伝えるようにゼロスを見つめると、片眉を下げて複雑そうな表情を浮かべるゼロスの視線とぶつかった。
「シュアちゃんは俺さまと一緒にいたくねーの?」
「え、」
「だからー、俺さまは、シュアちゃんと一緒に居たいって…言ってるんだよ」
「シュアちゃんは…そー思ってはないわけだ?」
口調だけはいつものままなのに、その目は真剣に訴えかけてきているようで、近すぎる距離でも視線が外せない。
妙に乾く口を自覚しながら、それでもなんとか口を開いた。
「…そんなことないよ。私も、ゼロスと一緒に居たい。だから、別れる前に明日の約束しておきたいって、そう思ってたよ」
「…そっか」
「うん。でもゼロスの家になんて…そんなの…」
「シュアは俺とは一緒に住めない?」
「ゼロス…」
「恋人同士、一緒に住むのがそんなにおかしいことか?」
あぁ、ゼロスは本当に。
単純に、私と離れることを寂しがってくれてるんだ。
そう思った。今は、確信でしかなくそう思えた。
「ううん。おかしくないよ。でも…本当にいいの?」
「…前にもシュア、自分が居てもいいのか、平気なのかって聞いたことがあったよな」
言われて、すぐに思い出せる。
全てをみんなに話した後、確かに私はゼロスにそんな問いかけをした。
あの時は、ただ不安だったんだ。ゼロスが私のことを少しでも恨んでやいないかって。
「同じだよ。居ても平気どころか、いてくれなきゃ困る」
「…ゼロス…」
「俺さまが言いたいのはそーいうこと。あとは…シュアちゃんが決めていーぜ」
掴んでいた肩から手を放して、詰め寄っていたゼロスが私の視界を開ける。
それでも最初に拾われた手は握られたままで、その言葉と、その温度にただただ嬉しくてしょうがない私が返せる言葉なんて。
選ぶ余地だってない。
「私…ゼロスが望んでくれるなら、私もゼロスと一緒に居たいよ」
ゆっくりと振り返った紅が、ゆったりと笑う。
「素直じゃねーんだから、ほんと」
その手に引っ張られて、小さな丘をゆっくりと下っていく。
「いいか?もう俺さまになんにも、遠慮なんてするなよ?されると俺さま傷ついちゃうからなー?」
そして再び振り返ったゼロスは少しだけ、拗ねたような照れたような顔をしていた。
「だから…いっしょにいようぜ」
いっしょにいようよ
メルトキオ、そしてゼロスの家に辿り着くなり、腹減ったろ?と言ったゼロスに促されて夕飯を食べた。
そして今は案内された2階の一室、まさにゼロスがその扉を開いて、一歩足を踏み入れる。
「この部屋が今日からシュアちゃんの部屋な」
「…この部屋、私一人で使っていいの?」
それは部屋と呼んでいいんだろうか。
確かに一室ではあるけれど、どこに落ち着けばいいのかも迷ってしまうような広い部屋。
大きなベッドに、その隣のチェスト。つやつやと光ったテーブルも大きな姿見も備え付けられてあるクローゼットも、どれもがホテルのようで、思わず開きっぱなしになった口をそのままに立ち尽くしてしまう。
そういえば、ゼロスの家を隅々までじっくり見たことなかったなと思いゼロスに視線を移した。
「なに、俺さまと一緒に使いたい?」
「そ、そういうことじゃなくて!なんか、ホテルみたいで…見慣れなくて」
「シュアちゃんは…そういや記憶なくす前も言ったことなかったな。今まで4千年、どこに住んでたんだよ?」
「ルビの家も時々行ってたけど…基本的にはクルシスの居住棟に居たかな。天使でいる時は睡眠も特に必要じゃないから…あんまり寝に帰ることもなかったし」
真っ白で、何もなかったあの頃の自室を思い出す。
「なにより物も色もなかったから…なんだかここがすごく豪華でビックリしちゃうよ」
「そうか…。ま、てけとーに寛いでちょーだい」
「…あ。ゼロス、その言葉…」
「ん?」
「…そういえば、記憶をなくした私が旅を始めるきっかけになったのって、ここだったね。ゼロスの家」
その時ゼロスはさっきと同じことを言って、そのまま国王の祈祷式に出かけてしまったんだ。
一人残されて、どうしたもんかと落ち着かない数時間を過ごしたことを思い出して小さく笑う。
「そーだなー。あの時すぐに旅についてくって言ったシュアちゃんには驚いたぜー」
「そうだね。私も驚いてた。でも…それがミトスに仕組まれたことでも、私はそうして良かったって、思うよ」
言葉にしながら室内を歩き回って眺めていると、ふいにゼロスに呼びかけられた。
「シュア、ついでにここ。開けてみ?」
「うん。なに?」
ゼロスの横にある窓まで歩み寄って、そのカーテンを言われたとおりに開いた。
今は完全に闇の中を星の光が輝いて、目の前に広がったのは決して狭くないメルトキオの街並みとその先に広がる草原、遠くにはグランテセアラブリッジも視界に収められる。
メルトキオでも遅くまでやっているお店の明かり、街頭が窓のガラスでよりキラキラと輝いて見えた。
「、わ…すごい眺め!きれい…」
「男はそうでもねーけど、女の子は夜景が好きらしーからな」
「ほんとに、ホテルみたいだね」
ふふ、と笑いながら飽きずに見つめていると、そ、とゼロスの手が後ろから首に触れるのが分かった。
ガラスに映る自分の後ろで、ゼロスが自分の首元に視線を落としているのが分かる。
髪を掻き分けられ直接に肌に触れたゼロスの手の感触が、なんだかむず痒い。
「ゼロス?」
黙って手を動かしていたゼロスがその手を放すと、ふいに首のあたりが軽くなった。
そのままガラス越しに例の指輪のチェーンを外されたのだと分かって、すぐに体ごとゼロスを振り返った。
「なにしてるの?」
「こーするんだよ」
チェーンから指輪を外して、ゼロスが私の右手を拾う。
と、そのまま指輪が冷たい感覚を残して薬指を撫でた。
付け根に離された指輪が、ぴったりとはまったその場所で室内灯の光を反射している。
「…ゼロス?」
「ずっとは…無理かもしれねーけど。天使だからな。そんでもしばらくはここがシュアの家だ。だから、もう絶対に、離れたりすんな。居なくなったり…するな」
言い聞かせるように淡々と零しながら、ゼロスが私の体を抱きしめる。
耳元で懇願するようなその声がとても頼りなくて、かき集めるようにその体を抱き返した。
「シュアはいつだってこの家に、俺さまの元に帰ってくるんだ。そうだろ?」
「…うん。そうだね」
指輪の感触とこの部屋と、なによりゼロスのぬくもりがその言葉を自分の中に刻み込む。
それが、きっとゼロスの一番の本音だった。
ごめんね。そうしてしまったのは私だね。
それでも、もう今はそうして自分を責めるべきじゃないことが分かっているから。
私の頷きもゼロスの中に刻まれればいいと、その背中をあやすように何度も撫でた。
「もう少ししたらな、エクスフィアの提出令が国王から出されるっていう話を聞いた」
「…え?」
「そうしたら、セレスは今ほど元気じゃいらんなくなるだろーな。だから、俺は…セレスもここに呼ぼうと思ってる」
「ゼロス…」
思わず身体を放して向き合うと、ゼロスは困ったような表情で続きを紡いだ。
「それでもいいか?そうしても…いいと思うか?」
「…うん。すごく、いいと思う。セレスちゃんもほんとはゼロスと一緒に居たいと思うから。なにより…ゼロスがそうしたいならそれがきっと、一番の得策だと思う」
じんわりと胸の奥が暖かくなるのを感じながら、心からそう思って言葉を返した。
それに少し安心したように、それでもきっと自信がないんだろう。相変わらずの困ったような顔で、ゼロスは少しだけ微笑んだ。
「…そ。シュアにも面倒かけるかもしんねーけど…」
「悪いな。なんて、言わないでよね?こちらこそ、面倒かけるかもしれないんだから…よろしくね?」
住まわしてもらうことを申し訳なく思うのはやめよう。
そうして後ろめたく感じることが、きっとゼロスをもっと困らせるから。
自分が、ゼロスに悪いな…そう言われたら困ってしまうのと、きっと同じ。
「…まーったく。シュアちゃんには適わねぇなー」
「あはは。まずは、私もセレスちゃんと仲良くならなきゃね」
「…俺さまも。それに…」
言葉を切ったゼロスが、そのまま私の手を拾ってベッドに腰掛けた。
その前に立つ私を見上げて、いつもの表情で笑う。
「セレスばっかじゃなくてー、俺さまとも仲良くなってもらわねーとな」
ぐっと強く腕を引かれて、そのままゼロスに突進した私を彼が軽々と受け止めて、
その先で、飽きることなく語り合って、飽きることなく抱き合ったこの日が、私の始まり。
第二の、新しく、自ら歩んで生きるための人生の始まり。
あの頃と同じ、またこの場所から。
私はもう一度、自分のスタートを切ることになった。
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