6
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「神子ゼロス様。教皇はあなたが邪魔なのだそうですよ」
そんなことは言われるでもなく分かっていたし、それは教皇だけじゃないって事も分かっていた。
そもそも神子なんて立場…身分が無ければ、権力争いなんてものも大して無かったんだろうと、思う。
…いや、あの貪欲じじいに限ってそんなことはねぇか。
教皇騎士団の…というよりは、教皇自身のそんな心無い言葉にも、ゼロスは慣れっこだとでもいうように鼻で笑ってみせた。
それでもやはり、非情なんかにはなれやしない。
不快なその言葉に、自分の中の、何かが押しつぶされそうになる感覚は変わらない。
ただ、その感覚はなんて事の無いことだと、痛みをごまかすのに彼が慣れてしまっただけの事。
サイバックでは魔の森とも言われるガオラキアの森。
この森を抜けた先に、ロイドたちの向かうドワーフアルテスタの家がある。
そしてそんな森を、たった今教皇騎士団を退けたロイドたちは抜けるべく、慎重にその足を進めていた。
「ゼロス、」
「んー?なによ?シュアちゃん」
「…暗くってさ、陰険で、嫌な…森だね」
「…そーだな」
先程の騎士団の言葉を、気にしているのはゼロスだけではない。
なんと言葉を掛けていいのか、散々迷った挙句、シュアがゼロスに掛けられたのはそんな言葉だった。
それはこの森だけを指しているのではないのだろう。
自分でも言ってから悟ったシュアは、ハッとして思わず口を噤む。
そしてそんなシュアを見つめたゼロスは、その表情からすべて読み取ったのかのように、視線を戻してふっと小さく笑みを零した。
「なに、シュアちゃんてば怖いんだ?」
「っ…!怖くないよ!ゼロスじゃないの!?」
「またまた。素直じゃねぇなぁ」
気を引きたいわけでもなく、ただ単純に、その本心に気を使ってくる人間。
今まで居たようで、ゼロスの周りには中々居なかったのかもしれない。
そしてゼロス自身は、それに戸惑うわけでもなかった。
それが心地良いのだと、気付かなかったから。
記憶を無くす前とは確かに違うシュア。
あの頃あった見えない壁は、今はもう記憶と一緒に消え去っている。
そして自分はそんな今の彼女の方が好きなのだということも、意識するでもなく気付いていたのだけれど。
「…もういいよっ」
「怒んなよー」
サクサクと、稀に踏む乾いた落ち葉が音を立てる。
その音は例外なく人数分。
そして木の鬱蒼と茂った、どこまでも続くような暗い道の中でも、彼のその気持ちがどんよりと沈んでいくことはない。
さっきまでは“邪魔”というたった一言に、不快な想いでいっぱいであったはずなのに。
誰よりも素直でないのは自分なのだということを、その時まだゼロスは気付けないままで居た。
それは、シュアにとって、なぜだか懐かしいと思える光景だった。
それは森そのもの、とでも言うほどに。
木々の囁きの中に、人々の囁きが僅かに聞こえるような、そんな静かな村。
森を抜け、ミズホの里へと一時遠回りしたロイドたちは、そこでこの旅の目標を改めて確認することになった。
お互いの世界のマナを搾取しあう関係のシルヴァラントとテセアラ。
一方が栄えれば一方が衰退する、そんな2つの関係を、変えてしまうこと。
そしてエレカーにてフウジ大陸を出てから3日、ようやく一行はプレセアの故郷、オゼットへと辿り着いていた。
この時にはもう、森で自分たちを襲い、なんとか撃退して捕虜にしたその人物を1人仲間にして。
ミズホの里でリーガルと名乗った彼は、きちんとした仲間でなくとも、信用さえ出来なくとも、もう旅に同行している限り仲間も同然だ。
けれど村に着くなり駆けて行ってしまったプレセアを抜いた一行は、結局同じ人数のまま、村をゆっくりと歩き進めていった。
「…なんか、懐かしいな」
ぼそりと呟いたシュアの言葉に、傍を歩いていたしいなが耳を傾ける。
「ここがかい?もしかして、ここに住んでいたとか…」
「うーん…でも、私のこと、知ってる人は居ないみたいだし…」
「こんな、冷たい村には住みたくもないけどね」
皮肉のように言うしいなの言葉には、けれどシュアも納得せざるを得なかった。
プレセアの事、家を尋ねれば、それは冷たい言葉ばかりが返ってくる。
そもそもよそ者自体があまり好きではなさそうな、そんな村全体、村人全体は、何よりも騒動を嫌って、ただ平穏ばかりを祈って生活しているかのようだ。
「でも…」
「シュア?」
「でも…」
しいなが訝しげに声を掛けても、前方に生い茂る木々を見つめたシュアは、それだけ言って何かを考え込むかのようにそれきり黙ってしまった。
静かで、のどかな風景。この村はいささかどんよりとした、冷たい空気が漂ってはいるけれど。
だからこそ、惜しいのだ。
日の光も差して、人が居なくとも活気を忘れない、こんな木々に囲まれた風景を、自分は無性に求めている気がするから。
ありもしない自分の記憶。その空白が、僅かにこの村とシンクロしていく。
柔らかな感覚と、締め付けるようなその相反した感覚が共棲して、この村に居る間中のシュアは、ずっとその事に悩まされ続けていた。
清閑。そして厳粛。ただしそこにはもちろん、暖かさも忘れない。
しかし二度目に訪れるミズホの里に、ロイドたちはそんな風情を味わうことなど出来る余裕は持っていなかった。
プレセアは正気を取り戻したが、まるでそれと引き換えるようにコレットは連れ去られていく。
その上、空へと逃げ去った敵を追うためには、一度は回収し損ねたレアバードを調達しなくてはならない。
その為にも今は一刻も早くレアバードと、そしてレアバードの動力となる精霊の力が必要…なのだけれど。
村の隅に並べられた地蔵。
その前でコリンと共に座り込むしいなを、仲間たちは遠くから散り散りに見つめていた。
行ってやれよ、とゼロスがロイドに声を掛け、ロイドはゆっくりとしいなへと近寄っていく。
そしてその様子を、シュアはただ見つめるしか出来ないのが、悔しかった。
「…どうして、ロイドを行かせたの?」
「自分が、って。そう思うか?」
頭領の家の前に立つゼロスへと近寄ったシュアは、視線はしいなたちに向けたままで、そうゼロスに問いかける。
しかし思っていたところを見事に突かれて、次の瞬間には応える言葉も無く黙り込んでしまった。
「まぁ、シュアちゃんでも良かったのかもしんねーけど」
「…けど?」
「ロイド君に声掛けられたら、嬉しいんじゃねーか?」
そう。しいなの気持ちくらい、分かっている。
だから自分も、しいなにとって一番の事をしたいとも、思う。
けれどもし、自分が記憶を失っていなかったら?
もっともっと、お互いのことを分かり合えた友達だったら?
自分との思い出を何よりも大切だと言ってくれていた。
きっと自分にも何かが出来たはずなのに。
「…そう、だね」
けれど、そう。しいなを心配そうに見つめているのは、自分だけではないのだ。
ジーニアスもそわそわしている。
なんだかんだいつも言い合っているリフィルだって、ずっとしいなを見つめている。
かくいうゼロスだって、また同じ。
目線の先。しいなは時々ロイドに噛み付くように叫びながら、それでもロイドは全て受け止めるように揺るぎもせず、しいなに向き合っていた。
「ロイドは、信じてるんだね。しいなを」
「…信じてる、ねぇ」
「?何、その反応」
思わぬ苦々しい声を漏らしたゼロスを、眉根を寄せたシュアが振り返る。
「…いーか?シュアちゃん。信じるだ信用だなんて、どうせその場しのぎのもんだ。口では言ってたって、都合が悪くなりゃ簡単に覆すんだよ」
「なんで、そんな事…」
「俺はロイドたちの監視役として旅に加わった。それがどうよ?今は反逆者だってよ。あの、神子様がだぜ?」
「…それは。…神子については良く分からないけど、でも教皇や国王と私たちは違うでしょう?」
「どー違うって?」
「仲間だから。私はゼロスのこと、信用してる」
頑なにそうでないと信じ込んでいるゼロスに、出来る限りを伝えようにもシュアにはただ真剣に、彼の目を見つめて語りかけるしかなかった。
ゼロスは笑んでいる。表情だけを、そうして取り繕うのが得意だとでも言うように。
「…記憶がもどりゃシュアちゃんにも分かるかもな。人間がいかに自分勝手かどーか」
「そんなこと、ないよ。私が一番に信用したのは、きっとゼロスなんだよ?」
ゆっくり、ゆっくりと振り返ったゼロスの目に映るシュアは、もうゼロスの方を見つめているでもなく、何気ない事を語るかのように遠くを見つめたまま微かに微笑んでいる。
そんなシュアにゼロスもつい眉根に皺を寄せるが、気付きもしないシュアはそのまま言葉を続けた。
「一番に知り合ったのはゼロスだから。ゼロスの家まで付いていって、一緒に旅立つと決めた時にはもう覚悟も決めてる。信用して、たとえ裏切られたって、“やっぱり…”だなんて、絶対に言わないよ」
なんと返せばいいのかも分からない。
けれどじんわりと解される様に、頑なに否定しようとしていた持論は、もうゼロスの中で大した影響力を持ってはいなかった。
「って…なんか、もう。語らせないでよ」
1人で赤くなってそっぽを向くシュアは、もう信用云々の話などまったく気にかけていないのだろう。
ただゼロスには、そうして自分で言って赤くなるシュアが、ただ可笑しくて薄く口元を緩める位のことしか出来なかった。
「…照れてやんの」
「照れてないよ!」
キンッ…!
『……照れんなよ』
『照れてない!』
『ったく…自分でつけてそれか?お揃いの葉型の模様。中々洒落てると思うよ』
シュアの頭を駆ける、一瞬の鋭い痛み。
そして以前と同じ、湧き上がる光景。
呆れた様な、けれど優しく言い聞かせてくるような声色。
思い返しながら、シュアは目蓋を少しだけ伏せて、自分のわき腹にそっと手を触れた。
「ん?…シュア?」
「…あ、ううん。ねぇ、それよりしいなのこと聞かせて?どうして、あんなに…」
「あぁ…。結構有名な事件なんだよ」
葉型には覚えがあった。けれど今は、そんなことはどうでもいい。
そうして問いかけたシュアに、ゼロスが言いにくそうに話し出す。
「前にもな、しいなはヴォルトと契約をしようとしたんだ」
「…うん」
「結果は、分かるよな。上手くいかなかった。それにミズホの4分の1の人間が死んだ
」
どう返したらいいのか分からない言葉。
シュアとゼロスの見つめる先のしいなは、今は少し落ち着いてロイドの言葉に静かに耳を傾けている。
「…しいな、自分の辛い事なんて何一つ話さなかった。私の記憶を戻したいって、そればっかりなんだよ」
「そーいや…そーだな」
「私何も知らなかったんだ。…だったら、尚更…」
彼女の望む事をしてあげたいと思う。
自分の記憶が戻ってほしいと、涙ながらに訴えてくれるのなら、自分に出来る一番のことは懸命にそれをすることなんじゃないだろうか。
「私…記憶、取り戻さなくちゃ」
しいなにとって、だけじゃない。
自分にとっても大切な、今の自分にとっても大事な、2人と居ない親友だから。
フウジ山岳麓での決意を強くして、シュアは誰に言うでもなくそう呟いた。
そして隣でそれを聞いていたゼロスは、ただ何も言うことも出来ずにいるだけだった。
昔のシュアと今のシュア。
記憶を取り戻したら、それは昔のシュアになるんだろうか。
自分の意思が力にならない今の自分。
それを作り出した今のシュア。
シュアの指輪の人物。
ゼロスの頭を巡るそれらは、シュアのその決意を素直に受け入れることを、不思議と拒んでいるようだった。
川のせせらぎは静かに響いて、旅の仲間たちを、ミズホの傷跡をやさしく包んだ。
Next.
そんなことは言われるでもなく分かっていたし、それは教皇だけじゃないって事も分かっていた。
そもそも神子なんて立場…身分が無ければ、権力争いなんてものも大して無かったんだろうと、思う。
…いや、あの貪欲じじいに限ってそんなことはねぇか。
教皇騎士団の…というよりは、教皇自身のそんな心無い言葉にも、ゼロスは慣れっこだとでもいうように鼻で笑ってみせた。
それでもやはり、非情なんかにはなれやしない。
不快なその言葉に、自分の中の、何かが押しつぶされそうになる感覚は変わらない。
ただ、その感覚はなんて事の無いことだと、痛みをごまかすのに彼が慣れてしまっただけの事。
サイバックでは魔の森とも言われるガオラキアの森。
この森を抜けた先に、ロイドたちの向かうドワーフアルテスタの家がある。
そしてそんな森を、たった今教皇騎士団を退けたロイドたちは抜けるべく、慎重にその足を進めていた。
「ゼロス、」
「んー?なによ?シュアちゃん」
「…暗くってさ、陰険で、嫌な…森だね」
「…そーだな」
先程の騎士団の言葉を、気にしているのはゼロスだけではない。
なんと言葉を掛けていいのか、散々迷った挙句、シュアがゼロスに掛けられたのはそんな言葉だった。
それはこの森だけを指しているのではないのだろう。
自分でも言ってから悟ったシュアは、ハッとして思わず口を噤む。
そしてそんなシュアを見つめたゼロスは、その表情からすべて読み取ったのかのように、視線を戻してふっと小さく笑みを零した。
「なに、シュアちゃんてば怖いんだ?」
「っ…!怖くないよ!ゼロスじゃないの!?」
「またまた。素直じゃねぇなぁ」
気を引きたいわけでもなく、ただ単純に、その本心に気を使ってくる人間。
今まで居たようで、ゼロスの周りには中々居なかったのかもしれない。
そしてゼロス自身は、それに戸惑うわけでもなかった。
それが心地良いのだと、気付かなかったから。
記憶を無くす前とは確かに違うシュア。
あの頃あった見えない壁は、今はもう記憶と一緒に消え去っている。
そして自分はそんな今の彼女の方が好きなのだということも、意識するでもなく気付いていたのだけれど。
「…もういいよっ」
「怒んなよー」
サクサクと、稀に踏む乾いた落ち葉が音を立てる。
その音は例外なく人数分。
そして木の鬱蒼と茂った、どこまでも続くような暗い道の中でも、彼のその気持ちがどんよりと沈んでいくことはない。
さっきまでは“邪魔”というたった一言に、不快な想いでいっぱいであったはずなのに。
誰よりも素直でないのは自分なのだということを、その時まだゼロスは気付けないままで居た。
それは、シュアにとって、なぜだか懐かしいと思える光景だった。
それは森そのもの、とでも言うほどに。
木々の囁きの中に、人々の囁きが僅かに聞こえるような、そんな静かな村。
森を抜け、ミズホの里へと一時遠回りしたロイドたちは、そこでこの旅の目標を改めて確認することになった。
お互いの世界のマナを搾取しあう関係のシルヴァラントとテセアラ。
一方が栄えれば一方が衰退する、そんな2つの関係を、変えてしまうこと。
そしてエレカーにてフウジ大陸を出てから3日、ようやく一行はプレセアの故郷、オゼットへと辿り着いていた。
この時にはもう、森で自分たちを襲い、なんとか撃退して捕虜にしたその人物を1人仲間にして。
ミズホの里でリーガルと名乗った彼は、きちんとした仲間でなくとも、信用さえ出来なくとも、もう旅に同行している限り仲間も同然だ。
けれど村に着くなり駆けて行ってしまったプレセアを抜いた一行は、結局同じ人数のまま、村をゆっくりと歩き進めていった。
「…なんか、懐かしいな」
ぼそりと呟いたシュアの言葉に、傍を歩いていたしいなが耳を傾ける。
「ここがかい?もしかして、ここに住んでいたとか…」
「うーん…でも、私のこと、知ってる人は居ないみたいだし…」
「こんな、冷たい村には住みたくもないけどね」
皮肉のように言うしいなの言葉には、けれどシュアも納得せざるを得なかった。
プレセアの事、家を尋ねれば、それは冷たい言葉ばかりが返ってくる。
そもそもよそ者自体があまり好きではなさそうな、そんな村全体、村人全体は、何よりも騒動を嫌って、ただ平穏ばかりを祈って生活しているかのようだ。
「でも…」
「シュア?」
「でも…」
しいなが訝しげに声を掛けても、前方に生い茂る木々を見つめたシュアは、それだけ言って何かを考え込むかのようにそれきり黙ってしまった。
静かで、のどかな風景。この村はいささかどんよりとした、冷たい空気が漂ってはいるけれど。
だからこそ、惜しいのだ。
日の光も差して、人が居なくとも活気を忘れない、こんな木々に囲まれた風景を、自分は無性に求めている気がするから。
ありもしない自分の記憶。その空白が、僅かにこの村とシンクロしていく。
柔らかな感覚と、締め付けるようなその相反した感覚が共棲して、この村に居る間中のシュアは、ずっとその事に悩まされ続けていた。
清閑。そして厳粛。ただしそこにはもちろん、暖かさも忘れない。
しかし二度目に訪れるミズホの里に、ロイドたちはそんな風情を味わうことなど出来る余裕は持っていなかった。
プレセアは正気を取り戻したが、まるでそれと引き換えるようにコレットは連れ去られていく。
その上、空へと逃げ去った敵を追うためには、一度は回収し損ねたレアバードを調達しなくてはならない。
その為にも今は一刻も早くレアバードと、そしてレアバードの動力となる精霊の力が必要…なのだけれど。
村の隅に並べられた地蔵。
その前でコリンと共に座り込むしいなを、仲間たちは遠くから散り散りに見つめていた。
行ってやれよ、とゼロスがロイドに声を掛け、ロイドはゆっくりとしいなへと近寄っていく。
そしてその様子を、シュアはただ見つめるしか出来ないのが、悔しかった。
「…どうして、ロイドを行かせたの?」
「自分が、って。そう思うか?」
頭領の家の前に立つゼロスへと近寄ったシュアは、視線はしいなたちに向けたままで、そうゼロスに問いかける。
しかし思っていたところを見事に突かれて、次の瞬間には応える言葉も無く黙り込んでしまった。
「まぁ、シュアちゃんでも良かったのかもしんねーけど」
「…けど?」
「ロイド君に声掛けられたら、嬉しいんじゃねーか?」
そう。しいなの気持ちくらい、分かっている。
だから自分も、しいなにとって一番の事をしたいとも、思う。
けれどもし、自分が記憶を失っていなかったら?
もっともっと、お互いのことを分かり合えた友達だったら?
自分との思い出を何よりも大切だと言ってくれていた。
きっと自分にも何かが出来たはずなのに。
「…そう、だね」
けれど、そう。しいなを心配そうに見つめているのは、自分だけではないのだ。
ジーニアスもそわそわしている。
なんだかんだいつも言い合っているリフィルだって、ずっとしいなを見つめている。
かくいうゼロスだって、また同じ。
目線の先。しいなは時々ロイドに噛み付くように叫びながら、それでもロイドは全て受け止めるように揺るぎもせず、しいなに向き合っていた。
「ロイドは、信じてるんだね。しいなを」
「…信じてる、ねぇ」
「?何、その反応」
思わぬ苦々しい声を漏らしたゼロスを、眉根を寄せたシュアが振り返る。
「…いーか?シュアちゃん。信じるだ信用だなんて、どうせその場しのぎのもんだ。口では言ってたって、都合が悪くなりゃ簡単に覆すんだよ」
「なんで、そんな事…」
「俺はロイドたちの監視役として旅に加わった。それがどうよ?今は反逆者だってよ。あの、神子様がだぜ?」
「…それは。…神子については良く分からないけど、でも教皇や国王と私たちは違うでしょう?」
「どー違うって?」
「仲間だから。私はゼロスのこと、信用してる」
頑なにそうでないと信じ込んでいるゼロスに、出来る限りを伝えようにもシュアにはただ真剣に、彼の目を見つめて語りかけるしかなかった。
ゼロスは笑んでいる。表情だけを、そうして取り繕うのが得意だとでも言うように。
「…記憶がもどりゃシュアちゃんにも分かるかもな。人間がいかに自分勝手かどーか」
「そんなこと、ないよ。私が一番に信用したのは、きっとゼロスなんだよ?」
ゆっくり、ゆっくりと振り返ったゼロスの目に映るシュアは、もうゼロスの方を見つめているでもなく、何気ない事を語るかのように遠くを見つめたまま微かに微笑んでいる。
そんなシュアにゼロスもつい眉根に皺を寄せるが、気付きもしないシュアはそのまま言葉を続けた。
「一番に知り合ったのはゼロスだから。ゼロスの家まで付いていって、一緒に旅立つと決めた時にはもう覚悟も決めてる。信用して、たとえ裏切られたって、“やっぱり…”だなんて、絶対に言わないよ」
なんと返せばいいのかも分からない。
けれどじんわりと解される様に、頑なに否定しようとしていた持論は、もうゼロスの中で大した影響力を持ってはいなかった。
「って…なんか、もう。語らせないでよ」
1人で赤くなってそっぽを向くシュアは、もう信用云々の話などまったく気にかけていないのだろう。
ただゼロスには、そうして自分で言って赤くなるシュアが、ただ可笑しくて薄く口元を緩める位のことしか出来なかった。
「…照れてやんの」
「照れてないよ!」
キンッ…!
『……照れんなよ』
『照れてない!』
『ったく…自分でつけてそれか?お揃いの葉型の模様。中々洒落てると思うよ』
シュアの頭を駆ける、一瞬の鋭い痛み。
そして以前と同じ、湧き上がる光景。
呆れた様な、けれど優しく言い聞かせてくるような声色。
思い返しながら、シュアは目蓋を少しだけ伏せて、自分のわき腹にそっと手を触れた。
「ん?…シュア?」
「…あ、ううん。ねぇ、それよりしいなのこと聞かせて?どうして、あんなに…」
「あぁ…。結構有名な事件なんだよ」
葉型には覚えがあった。けれど今は、そんなことはどうでもいい。
そうして問いかけたシュアに、ゼロスが言いにくそうに話し出す。
「前にもな、しいなはヴォルトと契約をしようとしたんだ」
「…うん」
「結果は、分かるよな。上手くいかなかった。それにミズホの4分の1の人間が死んだ
」
どう返したらいいのか分からない言葉。
シュアとゼロスの見つめる先のしいなは、今は少し落ち着いてロイドの言葉に静かに耳を傾けている。
「…しいな、自分の辛い事なんて何一つ話さなかった。私の記憶を戻したいって、そればっかりなんだよ」
「そーいや…そーだな」
「私何も知らなかったんだ。…だったら、尚更…」
彼女の望む事をしてあげたいと思う。
自分の記憶が戻ってほしいと、涙ながらに訴えてくれるのなら、自分に出来る一番のことは懸命にそれをすることなんじゃないだろうか。
「私…記憶、取り戻さなくちゃ」
しいなにとって、だけじゃない。
自分にとっても大切な、今の自分にとっても大事な、2人と居ない親友だから。
フウジ山岳麓での決意を強くして、シュアは誰に言うでもなくそう呟いた。
そして隣でそれを聞いていたゼロスは、ただ何も言うことも出来ずにいるだけだった。
昔のシュアと今のシュア。
記憶を取り戻したら、それは昔のシュアになるんだろうか。
自分の意思が力にならない今の自分。
それを作り出した今のシュア。
シュアの指輪の人物。
ゼロスの頭を巡るそれらは、シュアのその決意を素直に受け入れることを、不思議と拒んでいるようだった。
川のせせらぎは静かに響いて、旅の仲間たちを、ミズホの傷跡をやさしく包んだ。
Next.