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少し前に、決めていたことだった。
それでも言わないでいた。言わずにいた。
なんて顔をして言えばいいのかわからなった。
まだゆっくりと話すら出来ていなかったのだから。
「別れの挨拶は、もう済んだのか」
「…うん。大丈夫」
「神子にもか?」
「……」
救いの塔跡地。
クラトスのすべてを見抜くような視線にただ、小さく苦笑した。
集められるだけのエクスフィア、そしてクルシスのハーフエルフや天使たちを連れて、クラトスはデリスカーラーンと共に宇宙を漂う旅に出る。
そんな、クラトスに。
シュアは同行することを決めていた。
クルシスの天使だということでは自分も同じだと、シュアはクラトスにそう掛け合ってお願いをしていた。
自分はここにいるべきではない。
新しく歩み始めるこの世界に、4千年前の名残が残るわけにはいかないんだと。
ユアンが実りの守り人として、そしてこの世界の監視者として残ることは聞いていた。
けれど、それは自分の父の役目であり、自分が残る理由にはならない。
「…本当に、いいのだな」
「クラトス、クラトスこそ…ロイドとちゃんと、お別れしなよ」
聞こえないように話を切り替えたシュアを見て、クラトスは息を吐くとそのままこれ以上の追及をすることはなかった。
メルトキオ。
ゼロスは神子としてマーテル教の改造などに少しずつ着手し始めていた。
「何度も言うけど、こういうの、向かねーんだよなー」
「そう言われましてもゼロス様。それは昨日の分、本日の分は…」
「あーあーあーわーったわーった。ってことでちょいと休憩ー」
自宅の一室で、どんどん積まれていく書類から、そしてそれを積んでいくセバスチャンからひらひらとかわすように屋敷を抜け出していく。
退屈だ。仲間とともに目指した世界へのスタートは切った。それでも、無性に退屈で仕方がない。
「…結局、話せてねーんだよなぁ…」
そしてその理由もはっきりと、分かっていた。
あれだけ、いつでも隣にいたシュアが居ないこと。なんだかんだと、ヘイムダールでの大アピールもウィルガイアでの大告白も、そのままうやむやにされてしまっている気がする。
今はクラトスやユアンと共にクルシスの後始末に駆け回っているであろうシュアを思い浮かべ、ため息をついた。
ふと、
「ゼロス!?」
聞きなれた声がして振り返る。
「おーしいな。ちゃんとやってるか?ん?」
「あんた…なんでまだこんなところにいるんだよ!?」
城から出てきたしいなは真っ直ぐにゼロスへと駆け寄ると、そのままゼロスの肩を掴んで力いっぱいに揺さぶった。
「ちょ、おいっ、しいなっ、」
「早くいかないとシュアが行っちまうよ!ちゃんと別れは済ませたのかい!?」
「…は?別れ…?」
しいなの言葉を耳にしてすぐに、飛び込んできた嫌な言葉に自然と眉間に皺が寄る。
「…どういう、ことだよ!?別れって…おい、んなの、聞いてねーっつー…!」
「シュア、シュアクラトスと一緒に行くんだよ!デリス・カーラーンに!あんた、まさか…知らなかったのかい!?」
「っ…!っざけんなよ!?」
「あっ…」
ゼロス!そう呼びかけるしいなの声がもうすでに遠く感じる。
なんだよそれ!なんでんなこと勝手に!なんだって一言もかけもしねーで!
心の中で何度も何度もそう叫びながら、ゼロスはしいなから別れざまにひったくったレアバードを握って走り続ける。
くそっ…!間に合え…!
メルトキオの人々の間を必死で駆け抜けながら、何度も何度も、そう唱え続けていた。
「デリス・カーラーンへ行くのか」
救いの塔跡地。
最後の見送りに来たロイドが、クラトスを前に複雑な表情を湛えていた。
そしてそれをシュアはクラトスから一歩離れた後ろで、見守っていた。
「クルシスのハーフエルフがいては他のハーフエルフたちが住む場所を失う。この騒ぎの責任は、クルシスの生き残りとして、私が負うべきだ。…シュアと共に」
「…俺は、この大地に残されたエクスフィアを回収する」
「そして私がクルシスの所有していたエクスフィアたちを宇宙に流す。結局、最後までお前を巻き込んでしまったな」
「そんなのは…いいけど」
今では色々と事情を抱えた、複雑な親子になってしまったけれど。
それでもやはり、親であり、子なのだ。
ロイドはその言葉の後ろに躊躇や寂しさを隠して、そう呟いた。
「そろそろ行くぞ。その剣で、われらをデリス・カーラーンへ運んでくれ」
クラトスがロイドに背を向けて、用意した全ての荷物やクルシス構成員たちの元に合流する。
「シュア…シュアも、…元気でな」
「うん。ロイドも、ね。飽きっぽいとこあるからちょーっと心配だけど、しっかりね」
「な、なんだよそれ」
「あはは、じゃあね」
「…ああ…」
「さようなら…父さん」
ロイドがその手にエターナルソードを掲げる。
そしてその意図を読み取ったように、エターナルソードが光を放つ。
しいな、最後に会う約束してたのに…残念だな。
そんな、ふうに光を感じながらシュアは瞼を閉じた。
その時、
「っちょーっと待ったーあ!!」
「!!ゼロス…!?」
思わず開いたその目に、ロイドの後ろから駆けてくるゼロスの姿が映る。
ゆっくりと、自分たちの体は光に包まれていく。
駆け寄りたい衝動に駆られながらも…でも、ダメだ、もう行けない。
「ほんっとに勝手だなーもーいい加減に…何度伝えりゃ分かるんだ…ふざけんなよっ!?」
走りながら視線を落としたゼロスが、すぐに本気で怒ったように顔を上げる。
ロイドを通り越し、光るシュアたちの目の前で、急ブレーキをかけたようにぴたりと向き合い立ち止まった。
驚きを隠せずに貼りつけた、シュアに向かってただ真剣なまなざしを向けている。
「人の話もろくに聞かねーで、勝手に何でも決めやがって…俺の気持ちが迷惑だったのか!?だからそうやって、黙っていなくなるのかよ!」
「ゼロス…」
「だったらそう言って行けよ!」
シュアは、何も答えない。
光はもう、シュア自身をも半分以上包み込んでいた。
「行くな…」
「…っ…!」
「行くな…!!」
そして首までを、その顔を、頭を、覆われていくシュアを前に、ゼロスは夢中で手を伸ばした。
「ゼロス…」
その手は、何を掴むこともなく一握りのマナと空気だけを、閉じ込める。
「…ありがとう。私もゼロスが…」
「大好き…」
声だけが、優しく響き渡った。
ゼロスが座り込む後ろで見つめているロイドから、もうゼロスの向こうには見える存在は何もない。
「…ゼロス…」
遠慮がちに掛けられたロイドの声にも、ゼロスが反応することは、ない。
ゆっくりと踵を返して、ロイドは静かにその場を離れた。
「今更…言ってんなよ…」
そっと、開いたゼロスの手のひらには
小さな銀の指輪が一つ、輝いていた。
乾いた空気が、頬を撫でる。
静かな、とても静かな世界。
ゼロスは小高い丘の上、一本だけ伸びる大きな木の根元に腰かけ、呼吸だけを繰り返していた。
映る視界には王都メルトキオ。
そして、かつてシュアを助けたあの草原。
この場所を訪れることは、すでに日課になっていた。
何を思い出すわけでもない。
何をしたいわけでもない。
ただ、自分のやるべきことに一区切りをつけると、ゼロスは必ずこの場所へと足を運んでいた。
あれからどれだけが経っているだろう。
1月のようにも、1年のようにも、10年のようにも、感じられる。
そして実際には三の月を越えたこの世界で、変わることのない日々を繰り返している。
何かに絶望するわけでもない。
ゼロスは、至って普通に振舞っていた。
今日もまた、セバスチャンの積んでいく書類をいつもの調子でひらりと交わしながら抜け出してきたところだ。
「つーっかれたなぁ…」
空を仰ぎ、息を吐く。
昼寝にはちょうどいいこの場所で、幹に寄りかかり再度息を吐く。
今朝セバスチャンの告げていた日付を思い出し、ゼロスは小さく眉根を寄せた。
「三ヶ月か…」
シュアのいなくなったあの日から、今日で丁度三ヶ月目だと気付き、内心鬱々としたものが浮かんできてはくすぶっていた。
ゼロスは、その胸元からチェーンにつながれた指輪を拾い出し、手のひらに載せて眺める。
「これを俺にどーしろって?シュア…」
至ってシンプルな、銀の指輪。
シュアが最後に残したこの指輪は、相変わらず時間がたってもくすむ事なくつやつやと光り続けている。
「…どーしてっかなあ…」
デリス・カーラーンと共に宇宙の旅に出たシュアは、今どの辺りで。
変わりなく元気に過ごしているのだろうか。
自分の傍にいた頃と同じように、笑って、泣いて、怒って。自分の好きだった頃のシュアらしく、過ごしているのだろうか。
自分のことを思い出すことは、少しでもあるのだろうか。
「…いつだって、俺ばっかだ」
「あんな言い逃げされるんだったら、無理やりにでも言わせておけば良かったよなー」
「…俺も、ちゃんと言ってやればよかった、な」
指輪を放し、片膝を立てて俯くと、後悔と共に気持ちがポロリと、零れ落ちる。
「……」
好き?いや、そんなものじゃなかった。
今でも変わらない。宝物のような彼女を、
「…愛してる……シュア」
さっきまで、メルトキオではいつものようにへらへらと笑っていたのに。
いつぶりだろう。本当に、いつぶりなんだろう。
三ヶ月前にも、ありやしなかったのに。
鼻の奥がツンとして、自分の中が湿っていく久しく知らない感覚。
今だけ、そう言い聞かせながらゼロスは零れようとする涙をグッとこらえて、唇を噛み締めた。
その衝動に素直になることは、まだ出来そうになかった。
なきむし
さわさわと、風を受けた木の葉の葉擦れの音が聞こえる。
その間を縫うように、小さく届いた懐かしい声。
少しだけ、顔を上げたゼロスはきつく閉じていた目を、口を少しずつ開いて空間を見つめた。
「なん…」
おこりんぼ
ハッとして、辺りを見回す。
あるはずのない姿を探して、視線をぐるりと巡らせる。
その気配がどこかにないかどうか、必死に五感を研ぎ澄ませる。
「あまのじゃく」
ふわり、と。気配とぬくもりを感じた。
研ぎ澄まされた五感に、背中を柔らかく包み込む触感。
幹のそれとは違う、確かなぬくもり。
「でもそんなゼロスを…私ってば…」
「愛してる」
耳元で、今度ははっきりと聞こえるその声に体が少しの間硬直して、ふっと和らいだ。
「…だから、おせーんだって」
「…うん、知ってる。私もきっと素直じゃない、相当なあまのじゃくだけど…でも」
ぎゅ、と。背中から回されているぬくもりがさらに強く、ゼロスの体を抱きしめた。
「そんな私じゃ…遅い?だめ、かな?」
言葉を返すよりも早く、ゼロスは振り返りそのぬくもりを抱きしめた。
確かめるように、その肩に顔をうずめて自分の顔をこすり付ける。
そして確かめたそのぬくもりは、シュアは確かにそこに居た。
暖かくなっていく自分を感じながら、ゼロスははっきりと感じていた。
「…うるせーな」
「ぜ、ゼロス…ちょっと、やだくすぐっ…」
「うるせーって、言ってるだろ?」
言うが早いか、ゼロスはそのまま引きはがしたシュアに口づけた。
それだけで、全てのもどかしさが伝わるような、
そんなかき集めるようなキスに、シュアも相手の背中に伸ばした手で、その服をぎゅっと握りしめる。
しばらくの間、そうしている二人を風が遠巻きに見ていた。
今の間だけは邪魔をしないようにと、風は彼らの周りを避けるように、柔らかく流れていた。
Close.
それでも言わないでいた。言わずにいた。
なんて顔をして言えばいいのかわからなった。
まだゆっくりと話すら出来ていなかったのだから。
「別れの挨拶は、もう済んだのか」
「…うん。大丈夫」
「神子にもか?」
「……」
救いの塔跡地。
クラトスのすべてを見抜くような視線にただ、小さく苦笑した。
集められるだけのエクスフィア、そしてクルシスのハーフエルフや天使たちを連れて、クラトスはデリスカーラーンと共に宇宙を漂う旅に出る。
そんな、クラトスに。
シュアは同行することを決めていた。
クルシスの天使だということでは自分も同じだと、シュアはクラトスにそう掛け合ってお願いをしていた。
自分はここにいるべきではない。
新しく歩み始めるこの世界に、4千年前の名残が残るわけにはいかないんだと。
ユアンが実りの守り人として、そしてこの世界の監視者として残ることは聞いていた。
けれど、それは自分の父の役目であり、自分が残る理由にはならない。
「…本当に、いいのだな」
「クラトス、クラトスこそ…ロイドとちゃんと、お別れしなよ」
聞こえないように話を切り替えたシュアを見て、クラトスは息を吐くとそのままこれ以上の追及をすることはなかった。
メルトキオ。
ゼロスは神子としてマーテル教の改造などに少しずつ着手し始めていた。
「何度も言うけど、こういうの、向かねーんだよなー」
「そう言われましてもゼロス様。それは昨日の分、本日の分は…」
「あーあーあーわーったわーった。ってことでちょいと休憩ー」
自宅の一室で、どんどん積まれていく書類から、そしてそれを積んでいくセバスチャンからひらひらとかわすように屋敷を抜け出していく。
退屈だ。仲間とともに目指した世界へのスタートは切った。それでも、無性に退屈で仕方がない。
「…結局、話せてねーんだよなぁ…」
そしてその理由もはっきりと、分かっていた。
あれだけ、いつでも隣にいたシュアが居ないこと。なんだかんだと、ヘイムダールでの大アピールもウィルガイアでの大告白も、そのままうやむやにされてしまっている気がする。
今はクラトスやユアンと共にクルシスの後始末に駆け回っているであろうシュアを思い浮かべ、ため息をついた。
ふと、
「ゼロス!?」
聞きなれた声がして振り返る。
「おーしいな。ちゃんとやってるか?ん?」
「あんた…なんでまだこんなところにいるんだよ!?」
城から出てきたしいなは真っ直ぐにゼロスへと駆け寄ると、そのままゼロスの肩を掴んで力いっぱいに揺さぶった。
「ちょ、おいっ、しいなっ、」
「早くいかないとシュアが行っちまうよ!ちゃんと別れは済ませたのかい!?」
「…は?別れ…?」
しいなの言葉を耳にしてすぐに、飛び込んできた嫌な言葉に自然と眉間に皺が寄る。
「…どういう、ことだよ!?別れって…おい、んなの、聞いてねーっつー…!」
「シュア、シュアクラトスと一緒に行くんだよ!デリス・カーラーンに!あんた、まさか…知らなかったのかい!?」
「っ…!っざけんなよ!?」
「あっ…」
ゼロス!そう呼びかけるしいなの声がもうすでに遠く感じる。
なんだよそれ!なんでんなこと勝手に!なんだって一言もかけもしねーで!
心の中で何度も何度もそう叫びながら、ゼロスはしいなから別れざまにひったくったレアバードを握って走り続ける。
くそっ…!間に合え…!
メルトキオの人々の間を必死で駆け抜けながら、何度も何度も、そう唱え続けていた。
「デリス・カーラーンへ行くのか」
救いの塔跡地。
最後の見送りに来たロイドが、クラトスを前に複雑な表情を湛えていた。
そしてそれをシュアはクラトスから一歩離れた後ろで、見守っていた。
「クルシスのハーフエルフがいては他のハーフエルフたちが住む場所を失う。この騒ぎの責任は、クルシスの生き残りとして、私が負うべきだ。…シュアと共に」
「…俺は、この大地に残されたエクスフィアを回収する」
「そして私がクルシスの所有していたエクスフィアたちを宇宙に流す。結局、最後までお前を巻き込んでしまったな」
「そんなのは…いいけど」
今では色々と事情を抱えた、複雑な親子になってしまったけれど。
それでもやはり、親であり、子なのだ。
ロイドはその言葉の後ろに躊躇や寂しさを隠して、そう呟いた。
「そろそろ行くぞ。その剣で、われらをデリス・カーラーンへ運んでくれ」
クラトスがロイドに背を向けて、用意した全ての荷物やクルシス構成員たちの元に合流する。
「シュア…シュアも、…元気でな」
「うん。ロイドも、ね。飽きっぽいとこあるからちょーっと心配だけど、しっかりね」
「な、なんだよそれ」
「あはは、じゃあね」
「…ああ…」
「さようなら…父さん」
ロイドがその手にエターナルソードを掲げる。
そしてその意図を読み取ったように、エターナルソードが光を放つ。
しいな、最後に会う約束してたのに…残念だな。
そんな、ふうに光を感じながらシュアは瞼を閉じた。
その時、
「っちょーっと待ったーあ!!」
「!!ゼロス…!?」
思わず開いたその目に、ロイドの後ろから駆けてくるゼロスの姿が映る。
ゆっくりと、自分たちの体は光に包まれていく。
駆け寄りたい衝動に駆られながらも…でも、ダメだ、もう行けない。
「ほんっとに勝手だなーもーいい加減に…何度伝えりゃ分かるんだ…ふざけんなよっ!?」
走りながら視線を落としたゼロスが、すぐに本気で怒ったように顔を上げる。
ロイドを通り越し、光るシュアたちの目の前で、急ブレーキをかけたようにぴたりと向き合い立ち止まった。
驚きを隠せずに貼りつけた、シュアに向かってただ真剣なまなざしを向けている。
「人の話もろくに聞かねーで、勝手に何でも決めやがって…俺の気持ちが迷惑だったのか!?だからそうやって、黙っていなくなるのかよ!」
「ゼロス…」
「だったらそう言って行けよ!」
シュアは、何も答えない。
光はもう、シュア自身をも半分以上包み込んでいた。
「行くな…」
「…っ…!」
「行くな…!!」
そして首までを、その顔を、頭を、覆われていくシュアを前に、ゼロスは夢中で手を伸ばした。
「ゼロス…」
その手は、何を掴むこともなく一握りのマナと空気だけを、閉じ込める。
「…ありがとう。私もゼロスが…」
「大好き…」
声だけが、優しく響き渡った。
ゼロスが座り込む後ろで見つめているロイドから、もうゼロスの向こうには見える存在は何もない。
「…ゼロス…」
遠慮がちに掛けられたロイドの声にも、ゼロスが反応することは、ない。
ゆっくりと踵を返して、ロイドは静かにその場を離れた。
「今更…言ってんなよ…」
そっと、開いたゼロスの手のひらには
小さな銀の指輪が一つ、輝いていた。
乾いた空気が、頬を撫でる。
静かな、とても静かな世界。
ゼロスは小高い丘の上、一本だけ伸びる大きな木の根元に腰かけ、呼吸だけを繰り返していた。
映る視界には王都メルトキオ。
そして、かつてシュアを助けたあの草原。
この場所を訪れることは、すでに日課になっていた。
何を思い出すわけでもない。
何をしたいわけでもない。
ただ、自分のやるべきことに一区切りをつけると、ゼロスは必ずこの場所へと足を運んでいた。
あれからどれだけが経っているだろう。
1月のようにも、1年のようにも、10年のようにも、感じられる。
そして実際には三の月を越えたこの世界で、変わることのない日々を繰り返している。
何かに絶望するわけでもない。
ゼロスは、至って普通に振舞っていた。
今日もまた、セバスチャンの積んでいく書類をいつもの調子でひらりと交わしながら抜け出してきたところだ。
「つーっかれたなぁ…」
空を仰ぎ、息を吐く。
昼寝にはちょうどいいこの場所で、幹に寄りかかり再度息を吐く。
今朝セバスチャンの告げていた日付を思い出し、ゼロスは小さく眉根を寄せた。
「三ヶ月か…」
シュアのいなくなったあの日から、今日で丁度三ヶ月目だと気付き、内心鬱々としたものが浮かんできてはくすぶっていた。
ゼロスは、その胸元からチェーンにつながれた指輪を拾い出し、手のひらに載せて眺める。
「これを俺にどーしろって?シュア…」
至ってシンプルな、銀の指輪。
シュアが最後に残したこの指輪は、相変わらず時間がたってもくすむ事なくつやつやと光り続けている。
「…どーしてっかなあ…」
デリス・カーラーンと共に宇宙の旅に出たシュアは、今どの辺りで。
変わりなく元気に過ごしているのだろうか。
自分の傍にいた頃と同じように、笑って、泣いて、怒って。自分の好きだった頃のシュアらしく、過ごしているのだろうか。
自分のことを思い出すことは、少しでもあるのだろうか。
「…いつだって、俺ばっかだ」
「あんな言い逃げされるんだったら、無理やりにでも言わせておけば良かったよなー」
「…俺も、ちゃんと言ってやればよかった、な」
指輪を放し、片膝を立てて俯くと、後悔と共に気持ちがポロリと、零れ落ちる。
「……」
好き?いや、そんなものじゃなかった。
今でも変わらない。宝物のような彼女を、
「…愛してる……シュア」
さっきまで、メルトキオではいつものようにへらへらと笑っていたのに。
いつぶりだろう。本当に、いつぶりなんだろう。
三ヶ月前にも、ありやしなかったのに。
鼻の奥がツンとして、自分の中が湿っていく久しく知らない感覚。
今だけ、そう言い聞かせながらゼロスは零れようとする涙をグッとこらえて、唇を噛み締めた。
その衝動に素直になることは、まだ出来そうになかった。
なきむし
さわさわと、風を受けた木の葉の葉擦れの音が聞こえる。
その間を縫うように、小さく届いた懐かしい声。
少しだけ、顔を上げたゼロスはきつく閉じていた目を、口を少しずつ開いて空間を見つめた。
「なん…」
おこりんぼ
ハッとして、辺りを見回す。
あるはずのない姿を探して、視線をぐるりと巡らせる。
その気配がどこかにないかどうか、必死に五感を研ぎ澄ませる。
「あまのじゃく」
ふわり、と。気配とぬくもりを感じた。
研ぎ澄まされた五感に、背中を柔らかく包み込む触感。
幹のそれとは違う、確かなぬくもり。
「でもそんなゼロスを…私ってば…」
「愛してる」
耳元で、今度ははっきりと聞こえるその声に体が少しの間硬直して、ふっと和らいだ。
「…だから、おせーんだって」
「…うん、知ってる。私もきっと素直じゃない、相当なあまのじゃくだけど…でも」
ぎゅ、と。背中から回されているぬくもりがさらに強く、ゼロスの体を抱きしめた。
「そんな私じゃ…遅い?だめ、かな?」
言葉を返すよりも早く、ゼロスは振り返りそのぬくもりを抱きしめた。
確かめるように、その肩に顔をうずめて自分の顔をこすり付ける。
そして確かめたそのぬくもりは、シュアは確かにそこに居た。
暖かくなっていく自分を感じながら、ゼロスははっきりと感じていた。
「…うるせーな」
「ぜ、ゼロス…ちょっと、やだくすぐっ…」
「うるせーって、言ってるだろ?」
言うが早いか、ゼロスはそのまま引きはがしたシュアに口づけた。
それだけで、全てのもどかしさが伝わるような、
そんなかき集めるようなキスに、シュアも相手の背中に伸ばした手で、その服をぎゅっと握りしめる。
しばらくの間、そうしている二人を風が遠巻きに見ていた。
今の間だけは邪魔をしないようにと、風は彼らの周りを避けるように、柔らかく流れていた。
Close.