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不思議だった。不思議だけれど、これまた不思議と、それほど不思議でもなかった。
たった一度だけ、シュアに連れられて来たこの場所、ルビナスの家を…自分が覚えていること。
不思議なのに、どこか当たり前のような気もしているのが、また不思議だった。
以前に来た時と変わりの無いその空間を、幾重にも折り重なり積もった落ち葉を踏みしめながら…ゼロスは歩いていた。
目の前にはルビナスのものだと聞いている一軒家。確か裏にはその墓石があった。
周辺には落ち葉が積もるでもなく、そこだけ青い草葉が生い茂っている。それもシュアの結界のせいだろう。
そしてその前で…家の中に入るでもなく、不思議と地面に座り込んだまま俯いている少女が、いた。
そう、まるで少女かと…一瞬ゼロスは思ってしまった。
あまりに小さくなって、背中を丸めるシュアのその姿には。
「何してんだ…あいつ」
サク、サク、と落ち葉を踏んで歩く音が響いているのに、シュアは一向に気づかないように俯いている。
足もとから落ち葉の消えている場所…結界の張られているぎりぎりまで近付くと、ゼロスはすぐにシュアに向かって声を張った。
「シュア!」
ビク、と肩を揺らしてゆっくりとこちらを振り返る。
その先で真剣に自分を見つめているゼロスに気付きながらも、シュアは再び地面に視線を向けて小さく、言葉を返した。
「…どうやって、ここまで来たの」
「どうやってって…」
「結界だけじゃない。普通に森を歩いても、私以外は誰もここに辿り着くことは出来ない」
「…へー。空から来たからな。シュアちゃんに連れてこられたよーに」
「……」
「なぁ、こんなところでなにやってんのよ?」
振り返らないシュアに一方的に話しかけるように、ゼロスは問いかける。
しばらくの間答えようともしなかったシュアも、ただじっとそこに立って自分の答えを待っているゼロスに、ようやく口を開く。
不思議と、目の前の地面をそろそろと撫でるようにしながら。
「記憶が…戻ったの」
「…!ほんと…か?」
「うん。全部。自分が誰なのかどこから来たのか、どこにいつ生まれてどんなふうに育ってどんな思い出があるのか、全部全部」
「……だとして、なんで急に消えた?」
「消える?…そうだね、黙っていなくなって、ごめんなさい」
ようやくゼロスを振り返ってそう言うと、シュアはそのままゼロスに身体を向き直した。
そしてゼロスはハッとした。離れた所にいる彼女がいつものシュアでないと、そう感じだ。
記憶をなくす前のシュアはどうだっただろうか…少なくとも、最近の、この旅を一緒にしてきたシュアとは雰囲気があまりにも違いすぎる。
「ゼロスは…どうしてここに来たの?」
「おいおい、んなの、シュアを探しに来たに決まって…」
「私を?そう…それならごめん。帰って」
「……は?」
「私は戻れない。だから、早くみんなの元に帰って」
「……シュア…」
愕然とした。次の言葉が見つからない。
何かあったのなら、話を聞いて慰めて、それで共に帰れると思っていた。
まさか、話を聞く間もなく帰れ、と言われるなんて思ってもみなかった。
シュアに限って、自分を拒絶するなんて。
「…ここにいてもゼロスに意味はないでしょ?お願いだから早くここを離れて」
けれど、再び顔を背けたシュアが…やたらと早く、と催促することをふいに訝しく思った。
表情には妙な焦りさえ感じられる。
なにをそんなに…怖がっている?
「…なにがあったんだよ?」
「…なにもない!いいから、すぐに…」
「なんで消えたのか。聞くまで、俺さま帰んねぇよ」
「…っ!」
ただ、そうやってなんとか吐かせようとしているだけじゃない。
本当に、心の底から聞きたいと思う自分がいる。
「なんで…っ!」
「…聞いて欲しそうな顔して、よく言うぜ」
「な…」
思わずと言ったようにこちらを見上げたシュアに、ほほ笑む。
そうだ。少しずつ、いつものシュアが戻ってきた。
おまえは、やっぱりそうじゃないと。…調子狂うだろ?
何度も何度も話さないと自分に言い聞かせながら、それでもただじっと自分を見つめて待っているゼロスに、段々とシュアの口が、喉が、そしてそのずっと奥が、開いていく。
観念したように一層俯くと、シュアはそのままでポツポツと言葉を零し始めた。
「だって私と…関わると……、みんな、不幸になる」
「…は…?」
「今までは良かった。でももう…私は何も知らない、じゃいられない。わたしと関わって死んだ人がいるの…知ってるでしょ?」
「…そんなことかよ」
「そんな…っ?」
「自分だけだと、思うなよ」
思わず声を張り上げた先で、暗い表情のゼロスがそう吐き捨てる。
「ゼロス…?」
「その日、メルトキオは記録的な大雪だった」
「え…?」
「俺は初めて見る雪に大興奮して、お袋と一緒に庭で雪だるまを作ってた。したら、いきなり雪だるまが崩れてよ。何が何だか分からないうちに、今度は赤い雪が降ってきた」
「…赤い…雪?」
「お袋の血だよ。殺されたんだ」
「…!?」
もうずっとその場に立ち尽くしているというのに、地面に座り込むこともなくゼロスはそのまま話を続ける。
「お袋はさ、倒れ込んできて俺の肩を掴むんだ。おまえなんか生まなければよかったって。お袋には好きな相手がいたんだろうな。でもクルシスからの神託で、当時の神子…俺の親父と結婚しなくちゃならなくなって。しかも親父には別の女がいたしな」
「…クル、シス…」
「俺は次代の神子として…命を狙われた。お袋を殺した魔法は、俺を狙ってたんだよ。お袋は…巻き込まれて死んだんだ」
「……」
「俺を殺そうとしたのは、セレスの母親でな。母親は処刑されて、セレスは修道院に軟禁された」
「…セレス、ちゃんが…」
「あぁ。俺は…生まれなければよかったんだ」
「…!」
だから、ゼロスは…
自分だけだと、思うなよ。
それでも俺は…羨ましいけどな
そう言っていたのだ。
自分云々の話より、今はゼロスの話に聞き入るシュアは、そう思った。
「どう思うよ?」
「…そんな、ことない。ゼロスが生まれたから…私は…」
「……」
「ゼロスが生まれてきてくれて、良かったよ」
「シュア…」
もうみんなのそばにいることは出来ない。
でも、今までの時間を、後悔も忘れることもしたくない。
あの頃の時間は、ゼロスがいたからそこにあったんだ。
「…別に今も思ってるわけじゃねぇよ」
「…ゼロス…」
「自分のせいで誰かが死んだ…それでおまえはもう、誰とも関わらないわけだ。じゃあ俺にも、誰にも関わるなって言うか?」
「そんな…!」
「それも正論か」
「ちがう…!」
必死になって否定しようとするシュアに、ふっとゼロスは小さく笑う。
「それが本心なんだろ?」
「…え…?」
「おまえが離れたいわけじゃねーんだろ?」
「……」
「シュア、こっち、来れるか?」
「え?」
「いいから」
草葉の上に座り込んだままのシュアは、こんな話をしているというのに、不思議と穏やかな表情を浮かべているゼロスを見上げた。
離れた場所から届く、温かな視線。
居た堪れなくなることも、その視線に気圧されることもない。
傍らの地面を少しだけ眺めると、シュアはそのままふらりと立ち上がってゼロスの前まで歩み寄っていく。
「ここ、結界あんでしょ?」
「…うん」
「シュア、こうだ」
跳ね返されるぎりぎりまで近付けて、ゼロスがその両手の平を結界に添える。
言われるままに、結界越しにシュアの手の平がゼロスの両手に重ねられる。
ヴン、と例の音が響いて、結界に留められることもないシュアの手の平が、ゼロスの手の平に触れる。
瞬間、ゼロスはそのまま自分の体重を圧し込むように、シュアの両手の平を押した。
突然のことに耐えきれないシュアの身体ごと、二人の影が地面に倒れ込む。
さっきまでゼロスの居たそことは違う、青草の茂る地面の上。
重ねていた手の、その指をいつのまに絡ませて、ゼロスがシュアに覆いかぶさる状態で二人は地面と平行になっていた。
至近距離に映るシュアの視界の中で、ゼロスはしてやったというように笑んでいる。
「シュアに触れてれば入れることは、もう分かってたからな」
「…な…」
「結界越しじゃー、話になんねぇだろ」
「あ…」
「侵入成功」
ゼロスの長い髪が自分にかかっていることが、分かる。
いつものように、いつもよりも鋭く、にやりと笑うゼロスに自然と視界がにじんでいくのが、シュアには分かった。
喉に何かが詰まったようになって、苦しい。
鼻の奥がつんとして、ゼロスに握られた手が、震える。
その手で瞼から零れようとするものを拭いたいのに、地面に強く押しつけられた手を動かすことも許されない。
ぐしゃぐしゃになっていく自分の顔を意識しながら、ようやく絞り出した声でシュアは小さく呟いた。
「…見ないで…っ」
「…泣けよ」
「やだ…っ」
「もっと、泣けよ」
その泣き顔に少しだけ自分を重ねながら、預けながら、ゼロスはそう言った。
泣くことなんて、もうどれほどしていないだろう。
だからこそ俺の分も、好きなだけ泣けばいい。
誰を責めたらいいか分からなくて、自分を責めて。その答えすらどこか納得できずに周りからも違うと慰められ。
なにがなんだか分からなくなって、いつしか…いっそ何もかも滅べばいいとすら思っていた。
なのに、今は滅んでほしくない何かが自分にはある。
そこで生まれる葛藤に、また自分の中がごちゃごちゃし始めているのなら。
「私は…っ」
「…ん?」
「私のせいで死んだ…は、ルビ、ナス…だけじゃないっ」
「……」
「もっともっとたくさんの…母さんも、ルビナスも…その周りの人も、みんなみんな私のせいで…っ」
「シュアのせいじゃない」
「そんなことないっ!」
「シュアのせいじゃねぇよ」
うっ、と苦しそうに嗚咽を漏らすシュアの涙を拭うこともせずに、ゼロスはその涙を一滴残らず、目を逸らすことなく見つめ続けた。
やがてその空間が、結界に囲まれた…時間の止まるその空間が、静寂に包まれるまで、ずっと二人はそのままでいた。
泣き止んだシュアがふと、その顔を横に向けてどこか一点を見つめていることに気がついたゼロスは、そしてすぐにそれがさっきまでシュアの座り込んでいた場所であることに気付く。
それと同時にその地面を、柔らかに撫でていたシュアの姿を思い出す。
「あそこで…」
少しだけ掠れた声でシュアがぼそりと呟いて、自分の下にあるシュアの顔を見下ろす。
「あそこで、ルビナスは死んだの…。その日、母さんが死んだその日、ここに戻ってきた私が家に入ろうとしたら、それに気づいたルビナスが中から叫んできたの」
そう、つい少し前、自分が目覚めたときにシュアがアルテスタの家で聞いた声。
「『シュア!入るな!』…そう、聞こえた」
「……」
「そんな切羽詰まった声で言われて、入らないわけないのに…。それでも入ろうとした私を無理矢理追い出すようにして、ルビナスが出てきた。私を守ろうとして。結局、そのままルビナスはあそこで…死んだの。どうしてか…すっごく柔らかな表情を残して」
「……へえ」
「うん…。ルビナスが死んでからなの、ここに結界を張ったのは。形あるものはいつか失われるでしょ?だからお墓も、全部含めて色あせないように。自然災害からも…人の手からも守れるように」
そして、またルビナスは自分を守ろうとしてくれた。
あの時、ロイドの危険を感じたあの時、起きるな、行くなと止めてくれた声。
あれもまたきっとルビナスだったんだろう。ミトスから私を守ろうとして。
そしてまた私は、その声を無視してしまった。
遠く、地面だけでなく、その時間を眺めるようにしているシュアを見下ろして、ゼロスは少しだけもやもやとした何かが自分の腹に浮かんでくるのを感じていた。
遠くの時間ばっかり見てんじゃねーよ!
そんな、言葉が出そうになるのを必死でこらえて。
「…シュア」
「ん…」
ゆっくりと、その首が自分の方に向き直ったことに少しだけ安堵しながら、ゼロスはようやくシュアの上から身体を退けて、立ち上がるなり手を差し出す。
「ほら、行こーぜ」
「…え」
「まーだ言うのか?自分と関わると不幸になるって?」
「……」
「同じこと、俺に言わせたくなかったら…ほれ、はーやーく」
起こした身体の、その目の前に差し出された手の平をじっと見つめて…シュアはそっと、ゼロスの手を取った。
引っ張りあげられて立ち上がると、よろけた身体がゼロスに胸の収まるようにして支えられる。
「…っ、」
「はいはい照れてないで行きましょーか?」
「て…っ、照れてないよ!」
今までの自分たちと変わらない、何気ない会話。
記憶があろうとなかろうと、やはりシュアはシュアなのだと、自然と自分の口元が緩むのを感じながら、ゼロスはそう思った。
ゆっくりと結界を抜けた二人が、一人分のレアバードに乗り込む。
そしてフラノールへと向かうその機体が残す軌跡は、涙で濡れた草葉の茂るその空間に少しの間残って、消えた。
Next.