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クラクラ、する…。
まだ背丈の低い草原。
気休めとばかりに辺りを見回せば、少し離れたところに王都メルトキオ。
そんな草原の上で普段と違う体調に悩まされながら、少女‐よりは少し大人びている‐彼女は、額を伝う冷や汗を、服の袖で乱暴に拭った。
目の前には、少数の魔物の群れ。
この距離では詠唱ができない…。
その上に、この眩暈。
腰から身の細い剣こそ抜いてはみるものの、当たる確率などほとんど低かった。
目を背けたら最後、死は目前まで迫っている。
八方塞がりとはこの事かと、彼女が仕方なくも剣を両手に構えた、その時。
「なーにやっちゃってんの」
笑ったような声。
実際、振り向いてその人が笑ってると分かった時には、その青年はすでに魔物へと一直線に向かっていた。
素早く抜かれた両刃剣。
真っ直ぐに振り下ろされた軌跡が弧を描く。
ふわり、と。
赤くてウェーブのかかった髪が、魔物の結末を知らせるように大気を舞った。
そして証明するかのように、その直後、横たわった魔物は血を止め処なく流して間もなく死を迎えた。
「……!」
「救世主ゼロス様参上。へーき?シュアちゃん」
その紅はまさに華麗。
振り向きざま、口元だけを緩めた彼は、彼女に向かってそう笑った。
それは青年。
紅くて長い髪、そして紫の瞳を持った…顔の整った青年。
しばらく彼を見つめた後、先程何気なく自分を呼んだ彼の言葉に、彼女は訝しげに眉をひそめる。
「シュア…ちゃん?」
「?何、俺様なんか変な事言った?」
「私の…名前?」
聴き慣れない言葉。呼ばれなれない言葉。
いや、それじゃぁ自分の呼ばれなれた名前は?
ぞわぞわと、シュアと呼ばれた彼女に寒気が走る。
呼ばれなれた名前?それどころじゃない。自分に掛けられた言葉、何一つ思い出せない。
自分の事、自分の周りの事。
そもそも、ここはどこなんだろう…
それは、全てから放り出された感覚。
今すぐにでも、目の前の彼に縋り付いて全ての助けを請いたくなるような。
空っぽの自分。
シュアは懸命に自分の中の引き出しを、片っ端から開き続けた。
そうして俯いたまま微かに震える彼女に、目の前の紅い青年は歩み寄ってその顔を覗き込む。
「…確かに、シュアだよな?」
「…あ、」
「んあぁ、悪い。冗談とかじゃないよな?本気で言ってんの?」
「…分から、ない。もしかしたらあなたをからかう為に、こうなってるのかもしれない。でも…!」
そんな事は、もうどうだっていい。
なんでなんて分からない。
たった一つ分かるのは、自分が何も、“分からない”事、だけ。
沈黙して考え始めてしまったシュアに、ゼロスは困ったように頭を掻いた。
確かに見知ったシュアは、自分にも周りにももっと底抜けに明るかったはず。
記憶喪失?
見た目は本人。けれどやはり少し違う気がするのは…そうなれば、辻褄が合うのかもしれない。
ゼロスは自分の中でそう区切りをつけると、考えこんでいるシュアの名前を教え込むように呼びかけた。
「シュア」
「…あ、」
「シュア。ハニーの名前。それから俺様はゼロス・ワイルダー。シュアちゃんのお友達」
「ゼロス…」
「なになに、質問?」
「…ううん」
「じゃ、とりあえずメルトキオ帰りますか。どうせ、行く宛も帰る宛もないんだろ?何か思い出すかも知んないし」
メルトキオ?
そう訝しげに尋ねたシュアに、ゼロスが遠くを指差しながら答える。
「あれだよ」
ゼロスの示す、先程も見た大きな街。
シュアが黙ってそれを見つめると、ゼロスはそんなシュアをそっと、伺うように見つめていた。
「…ねぇ、」
「んー?」
「ゼロス…は…。ゼロスと私って、どんな思い出があるの?」
「思い出…ねぇ…」
自分の少し先を歩くゼロスに、散々躊躇してからシュアがようやく声を掛ける頃。
メルトキオはもう、そのほとんど眼前に迫ってきていた。
友達などというものの記憶はないシュア。
そもそも自分さえ記憶になかったのだから、誰かの事など微塵にも思い出せるはずがない。
ずっと黙ったまま前を歩き続けていたゼロスをシュアは見つめる。
彼自身は、悲しくないのだろうか。
自分の事を、すっかりと忘れられてしまう事なんて。
けれど、背中しか見えない彼の表情を伺うことは、シュアにはもちろん出来るはずのない事だった。
「俺とシュアが最初に会ったのは、しいなと一緒に居たシュアを見た時」
「…しいな?」
「あぁー…ミズホの…も分かんねぇか。シュアのお友達っつーかな。しいなが怪我して危機一髪だったところを、シュアが助けたって」
「しいな…」
「んでしいなは知ってたから、それで俺様はシュアちゃんと知り合ったわけ」
なんだか不思議な感覚がしたのを、ゼロスは今でも覚えていた。
初めてシュアと会った時。初めてシュアを目にした時。
他の誰かに抱くような、男としての興味なんかじゃなくてもっと、こう…
心から、泣いたり、笑ったり。そんな事をしてもいないのに、した後のような。
疲れがどっと溢れて、けれどそれは嫌な疲労なんかじゃなくて。
自分の感じた感覚なのに、ゼロスはそれが認めたくなくも無性に羨ましくて。
「…思い出って程の事は無ぇかな」
「そう…なんだ」
「……記憶無ぇのって、やっぱ不安?」
「うん……うん。でも…こうも無いと、きっとかえって楽…なんじゃないかな。先入観とかが無くて、新鮮で…飲み込みやすい」
「…ふーん」
「でも…不安は不安。自分さえ頼れないのは…すごく」
「……それでも、俺は…羨ましいけどな」
「…え?」
ボソッと、呟いたゼロスの言葉。
聞き取れてはいたものの、その自信の無かったシュアはそっとゼロスに聞き返す。
「…いやいや、頼るなら俺様に頼っちゃえばいーんでない?ゼロス様にドンと任せとけ」
振り返ったゼロスはそう言って笑う。
さっき言った言葉とは違う、明らかに取り繕った言葉とともに。
さっき彼の呟いた言葉はどういう意味だったのだろう。
…羨ましいけどな
記憶が消える事が?何かを忘れてしまう事が?
一体、何を隠したかったのだろう。
考える事は尽きなかったけれど、再び前を歩き始めたゼロスに我に帰ると、シュアは黙ってその後に続いた。
ゼロスもまた、シュアの前を黙々と、足を止めることもなく歩き続けた。
それはとても賑わった都会。
初めて目にするシュアの中に刻まれたメルトキオの印象は、単純にそれだった。
王都メルトキオ。門をくぐれば、目線より遥か高い位置に、テセアラ王の住む豪華な城が望める。
ゼロスと知り合いということは、自分はここに来たことがあるのだろうか。
自分の視界にあるものを片っ端から眺めてみるが、シュアの記憶を刺激するものは何一つとして見つからなかった。
「とりあえず。俺様の家でいっか」
「え?あ…うん」
ずんずんと先を行くゼロス。
それに慌ててついて歩くが、キョロキョロして歩けば歩くほど、シュアには不可解な光景ばかりが飛び込んでくる。
通り過ぎる人々、老若男女問わずが一々ゼロスに向かって声を掛けている。
挨拶程度しかないものでも、そのほとんどがまるで知り合いかのように。
「こんにちは、神子さま」
「あー、神子さまだー」
「…神子様?」
「へ?……!もしかしてシュア…神子も、わかんねぇの?」
「あ、う、うん…?みこって、巫女…さん、なら…?」
「…俺様が巫女さんに見えるか?」
「…見えない」
立ち止まるや否や、戸惑ったようにそわそわとするゼロスに首を傾げるが、ゼロスはシュアのそんな様子には気づきそうもない。
結局、最後にボソッと、そうか…と呟いたと思えば、ゼロスはすぐにシュアに向き直って困ったように笑った。
「そんなら追々、教えてやるよ」
「追々って…」
「どーでもいいことだからな」
この人はどうしてそのほとんどを隠そうとするんだろう。
それがシュアの単純な感想だった。
だからといって、軽蔑をするわけではない。
なぜこんなにも不安定で、無性に心配になるんだろうと、シュアの中では不思議な感情に自分が動かされるのが分かっていた。
だからといって、再び先を歩く彼に何が出来るわけではないけれど。
「置いてかれたら迷子決定」
「い、今行く!」
突然振り返ったゼロスに言われて、シュアはすぐさまゼロスの元へと小走りに駆けていった。
「着いたぜー」
ゼロスがそう声を上げたもので、ようやくシュアはキョロキョロと彷徨わせていた視線を目の前の建物へと移した。
気づけば回りの建物も、もちろんこの目の前の建物もやたらと豪華で、先程まで歩いていた道は下方に伺える。
ここは上流区域だろうか。
ということは、きっとどこか見えない隅のほうにはスラム街が存在するのだろう。
「まぁ、入って入って」
「…お邪魔、します」
当然と、言うべきなのだろうか。
招かれたその豪邸の中は、外観と同じ程の豪華さであふれていた。
キラキラと輝くシャンデリア。床も天井も、全てが高級そのものだ。
思わず感嘆の声を漏らすシュアに、振り返ったゼロスはさして嬉しくもなさそうに笑う。
と、
「お帰りなさいませ、ゼロス様」
シュアの側方から突然現れた老年の男性に、シュアは一瞬ビクリと身体を揺らした。
年を取っている割に姿勢もよく、綺麗に整えられた髭をもつその男性は、ゼロスに向かって頭を下げるとシュアを見る事もなく微動だにせず立っている。
「ごくろーさん。あー、そうだ、シュアちゃん。俺様これからちょーっと出かけなきゃなんねぇんだ。…だろ?」
「はい。王の寝所にて祈祷式が行われます。ゼロス様も参加されるようにと…」
「っつーわけで。ちょいと行ってくるから、てけとーに寛いどいて」
ゼロスがそう確認してからそう笑って、シュアを振り返る事もなく再び入ってきたばかりの扉に手をかける。
「っちょ…っ、待って!寛いどいてって…!」
「分からない事は、そこのおじさんに聞けよ?じゃ、また」
「っ、ゼロス…!」
パタン、とその大きさの割に控えめなドアの音が響いて、ゼロスの姿はもうこの家の中にはない。
伸ばしかけた手を慌てて引っ込めると、シュアはどうしようもなく隣の使用人らしき老年の男に目を向ける。
「シュア様、でしたね。ゼロス様はこれから祈祷式なのです」
「きと…、…はあ」
言われても何がなんだか分からない。
とりあえずとばかりにきょろきょと周りを見回してみるが、これといって時間を潰せそうな物も見つからない。
いっそ待つ事もなく、どことも分からない場所へ1人旅立ってしまおうか。
思うだけ思って、けれど実行には移そうとも思えなかったシュアは、仕方なく荷物を足元に置いて溜息を吐いた。
さぁ、これからゼロスが戻るまで、どうして時間を過ごそうか…。
Next.
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