貫く想い
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※伝わる想いと繋がる想いの間のお話
「ふふ、そろそろいらっしゃる頃かと思いました」
小雪がちらつく、とある日のペパーミントパレスの一室。
ボクを迎えたランプキンはいつものように穏やかな笑みを浮かべていた。でも橙色の瞳の奥にあるのは隠しきれない愉悦――まるで演劇でも観ているかのような目。その無駄に綺麗な顔を切り裂いてやりたい衝動に駆られるけど、とっても大人なボクはニコリと笑った。ちゃんと笑えてる気がしないけれども。
ランプキンは座るよう促すと紅茶の準備を始めた。魔法で出せば簡単だけどあえて自分で手ずから淹れる、そういうこだわりを持ったヤツだ。
「お茶菓子は何がいいですか?」
「……いらない」
ご丁寧にカップが温められていた時点でボクがここに来ることなどお見通しだったのだろうと思うと、芳しい香気を立てる茶を素直に飲む気にはなれない。
ランプキンはボクの正面の席に着くとこちらを顔をじっと見つめてきた。
お互いに黙ったまま、湯気だけがゆるりと二人の間に浮かぶ。
ランプキンが人差し指をゆっくり振るとそれがハートの形になって、ピンと弾くとあっさりと霧散した。
「……おちょくってる?」
ボクの喉から出た声は自分でも驚く程に低かった。
でもランプキンにとっては想定内だったみたいで「何のことですか?」と空惚ける。こっちの言いたいことなんてわかってるくせに、クスクスと笑って……ああ、八つ裂きにしてやりたい。
でも今は落ち着け。ペースに呑まれてはいけない。コイツには聞きたい、話したいことがある。
だから恥を忍んでここに来たんだから。
「そういえばグリルって最近来てる?」
「ええ。昨日も来てましたし、元気そうでしたよ」
眉間にシワが寄ったのを自覚した。元気なのはなによりだけど。
……バレンタイン以来グリルとは会っていない。
何となく気まずくて会わないようにしていたのは確かだけど、それにしても会わないな、忙しいのかなと思っていたけど……多分あっちもボクとの接触を避けているのだろう。
そりゃそうかと思う反面、ボクを避けるのにコイツとは会ってたのかと思うと無性に腹が立つ。
それが顔に出てしまっていたのかランプキンの唇が微かに弧を描いた。
……本当にムカつく。
「忙しいのも嘘じゃありませんよ、試験があるとか何とかで嘆いてましたし」
「ボク何も言ってないけど」
「……ほら、冷めてしまいますよ」
笑みを浮かべながら紅茶にミルクを注ぎ、金色のスプーンをくるりと回す。
無駄に絵になる、余裕たっぷりで優雅な所作が憎らしくてたまらない。
「ミルクは先の方が良いとかいいますけどね。なんでも、熱による変性を防げるとか?」
「どっちでも似たようなもんだろ?最終的にミルクティーになるんだし」
「そうはいかないのです。熱い熱いものは少しずつ、ね」
ミルクが白い渦を描きながら解けていく。なんてことはないことなのに、まるでなにかの儀式か魔法でも見せられているような感覚がして……本能的に危険を感じ、慌てて目を逸らしてボクも自分の紅茶にミルクを注ぐ。
勢い余っていつもより入れ過ぎてしまったそれを掻き混ぜれば、くるくる回る度に大きく強くなって。
「……どうしたらいいんだろう」
テーブルクロスに茶色い染み。
ああ、なんでこんなことを口走ってしまったんだろう。
殺意に似たものを抱いた相手にこんなことを問うのはものすごく情けなくて、あんまりにも恥ずかしいからもっと遠回しに聞こうと思っていたのに。
……でも、ボクだけで考えてももうどうにもならなかったのも事実。
グリルのことを考えただけで頭がぐるぐるしてきて、呼吸が苦しくなる。
でもこんなこと誰にも話せないんだ……あの日のことを知っているランプキン以外には。
いや、本当はコイツにも話したくないけど。消去法だよ、消去法。
「ていうか、なんでボクなのサ?アイツ学校行ってるじゃん。
フツーはそういう身近な人の方が好きになるもんなんじゃないの?」
いつだって、一度決壊してしまったものを抑えるのは難しくて。
でも吐き出した疑問は、ボク自身もまったく答えがわからないものではなかった。
身近な年上男性に憧れること自体はあれくらいの子にはありがちだと思う。
うまく魔法を扱えなくなっていたあの子にいろいろ教えてあげたのもボクだし、今でも特訓に付き合ってるし、慕われてることそれ自体は理解できる。
……問題は、本当にそれが“恋”と呼べるものかということ。
ずっとボクが抱いていた懸念。
もしボクに抱く感情が恋心に似ただけのものだとしたら?
勘違いのまま突き進んで、間違いに気付いたその時、後悔してしまうのでは?
そう思うとあの子の気持ちを受け入れるのは、間違っているんじゃないか?
曖昧な兄妹のような関係でいるのが一番いいのでは?と思ってしまう。
そうすればあの子は傷つかないから……。
そんなところまでは話したくなかったから、紅茶ごとそれを飲み込んだ。
やっぱりミルクを入れ過ぎたのかやけに甘ったるくて、グリルが好きそうな味だった。
「そうですねぇ、彼女は当面はあのままで過ごしてもらいますし、そこで同年代の人と新しく恋をするかもしれませんねぇ。
貴方が明確に答えを出さなければ、彼女は貴方のことなんてスッパリ諦めて、他の素敵な人と幸せになるでしょう」
ズグリと胸が膿むように痛む。
あの子は敏いからボクが答えを出さなかった時点できっとボクを見限る。
アレを義理チョコ扱いし、彼女がそれに同意すれば「そういうこと」になる。合意に勝る魔法など無いのだから。
そしていつの日か、グリルの隣にはボクじゃない別の男が並ぶのだろう。
反吐が出るほど素敵なハッピーエンド。
何度も想像して、何度も息が詰まりそうになった結末。
無邪気に懐いてくる可愛い妹の独り立ちは、そりゃ寂しいはず。
だからこのじわじわと広がる胸の痛みは兄心のようなもの、時間が経てば収まる類のもの……そうでなくてはならない。
「……逆に聞きますけど、あなたは“どうしたい”んですか?」
「そ、れは……っ」
顔が熱くなっていくのに、頭は妙に冴えていく。
何も言えないボクに大きな溜息をついたランプキンは、唇の端を吊り上げた。
でも目は全く笑ってなくて――顔を背けたくてたまらないのに彼の視線がそれを許さない。
橙色の瞳に映るボクは酷く情けない顔をしていた。
頼むから何も言わないでくれ、暴かないでくれと懇願する意気地無しの顔。
だけどこのサディストがそんな希望を叶えてくれるはずがない。
まるで狩人のようにボクに狙いを定めて……。
「いい加減、逃げるのはもうやめなさい」
低く、鋭く、容赦なく言葉を刺してきた。
……いつだって、もう逃げられないと悟ったときには手遅れなんだ。
ボクは、恋とは何ぞと聞かれてもわからない。
でも世界で一番大切なのは誰かと問われれば、迷わずグリルの名前を挙げる。
この気持ちを恋や愛と呼ぶならばきっとそれが答えなんだろう。
あの子には常に笑っていてほしいし、幸せでいてほしい。
数少ない守りたい、守らなきゃと思う存在。
ボクにとっての光。
でもボクは破壊の魔を持つ存在で。
もしあの子を他の誰でもない自分が傷付けてしまったらと考えただけで気が狂いそうになる。
だから、年齢差は憎らしいけど少しだけ感謝もしている。
あの子が幼く未熟な存在である限りは、絶対に手を出してはいけないという束の間の安寧を得られるから。
あの子の為だと思っているのも、半分は本当だ。
でももう半分は怖かったから。
……何よりも大切な存在を傷付けてしまうのが、なによりも恐ろしかったから。
それをハッキリと自覚したら死にたくなるかと思ったけど、案外ホッとしている自分に驚いた。何も解決していないのに不思議と少しだけ呼吸が楽になった気がする。
……そうか、ボクが認めようが否定しようが、世界のあり方は最初から何も変わらなかったんだ……。
「傷付けたくないなら、傷付くようなことをしなければいいんですよ」
簡単に言ってくれるけど、それができれば苦労はしない。
というかなんでバレてるんだろう。
読心術を使われた形跡はないし、誰にも話していないはずなのにと訝しんでいると「見ていればわかりますよ」と言われて思わず睨んだ。
感情を悟られるのは、魔法使いとしてはあまり気分は良くない。
「それに、普通の人とでは幸せになれませんよ。いつかはあの子も故郷を離れなければならない……いえ、自分から離れることになるでしょうし」
「それは……まあ」
目を伏せるランプキンにボクも頷いた。
特殊な魔力に蝕まれたボクらの身体は正常な成長や老化を遂げなくなる。
現にボクの身体はちょっと前から全く変わらなくなったし、マホロアも多分そう。
ランプキンも本当の見た目はもっと若くて、何もしなければ今のボクと同年代くらいのはず。
でも実年齢は……見た目とかけ離れている、らしい。
それをウィズは祝福と、ランプキンは呪いと呼んでいたっけ。
きっとグリルも同じ道を辿るだろう。
不老に似た身体になった者が、元の寿命の種と共に居られるだろうか?
もちろん不可能ではない。
でも、きっとそれはいろんな意味で辛い歩みになるだろう。
「だったら最初から、永く一緒にいられる人と居た方があの子にとっても幸せなんじゃないか……そう思うんですよ。無理に周りに合わせて身体を変えるのもそれなりに労力がかかりますし」
わざとらしく肩を揉んでいるけどその割にキミは常に逆サバ読んでるよね?と思っていると「まあ私は得意分野ですので」と笑う。やっぱり心読んでない?
まあ確かに身体の構造を毛糸にできるくらいだし年齢操作くらい造作もないだろう。
逆にボクは苦手だ。変身魔法自体は簡単にできるけど、常にそれを保つというのは結構難しいんだ。みんな結構勘違いしているけど魔法はそこまで万能じゃない。得手不得手はあるし、物事を根本から変える力は普通は有り得ない。
「正直、想い合ってるあなたたちがくっつくのが最適解です」
「いや最適解て。まあ理屈はわかるけどサ?だったら……」
「だからといって『グリルが大人になってもボクのこと好きだったら本当に付き合おうね〜』はナシですからね」
図星を突かれて危うくティーカップをひっくり返しそうになった。
なんなんだコイツ特技:読心術だろ!?
「オッケーじゃあくっつくのサ!」と言えるほど流石のボクも倫理が欠けてるつもりはないんだが。ボクを何だと思っているんだ!?グリル相手にはなるべく誠実に真摯に接してきたつもりなんだけど何故なのか。
グリルの気持ちはちゃんと正面から受け取って、ボクの気持ちは伝えずにきちんと説明して、その上で然るべき時を待つのがいいんじゃ……?
「ヘタレですねぇ」
「うっせぇ」
「あんまり手をこまねいていると私が攫いますよ?」
「冗談。それこそ事案だろ?」
「……へぇ?」
……突然、部屋の空気がサッと冷えた。
何事かとあたりを見渡すと、どこからかカチカチと時計の針の音が聞こえてきた。
ランプキンが首に下げた懐中時計を取り出す。
その針は恐ろしい速度で反時計回りに回っていた。橙色の眩い光がランプキンを渦巻き、光が掠めるた度にその身体が削れ、みるみるうちに顔立ちが幼いものに変貌していく。
「ふふ……この姿なら、“僕”とあの子は対等かな?」
グリルとほぼ同年代の少年が嗤う。
幼くても憎たらしいほどに綺麗な少年は、あの子と並べばそれはそれはお似合いだろう。
……そんなこと、絶対にさせないけど。
全身の血管が沸騰したのを感じると同時に、パリンと派手な音を立ててティーカップが砕けた。
ボクの身体から溢れ出した魔力が鋭い刃の形を伴ってランプキンに向かって飛んでいくのがまるでスローモーションのように見えて。
あっと我に返って手を伸ばした瞬間、赤い閃光が爆ぜた。
「……そんな顔をするくらいならさっさと捕まえてしまいなさい」
刃はランプキンに届いていなかった。
彼の片眼鏡から放たれる光が彼を包んで守っていた。
よかったと安堵の息を吐けば刃が霧散して、赤い光と共に消える。
……久々に魔力が暴走しかけて肝が冷えた。
腹は立ったし想像の中でちょっとだけ裂いてみたけれども、流石にこんな攻撃をするつもりはなかった。
暴走の原因は急激な感情の揺れだろう。
揺れた理由を考えればボクは、もう。
「あー………………うん、なんか諦めついた」
グリルの為とか言って無理に身を引いても駄目だ。
もしあの子に恋人でもできようものなら絶対にソイツを殺すし、最悪本人すら手に掛けかねない。
どんなにあの子の幸せを願っていても、その隣にいるのが自分じゃないと気が済まない。
……気付けばもう、引き返せないところまで来てしまったんだ。
だったらもう、ボクがとれる選択肢はただ一つ。
腹を括って、ボクがグリルを幸せにするしかない。
「やっと観念しましたか?」
「うるせぇ。……まあ、攻撃したのは悪かったのサ」
指を一振りしていつもの格好に戻るランプキンにひとまず詫びを入れる。
いや、何割かはこの男も悪いとは思うけど。
でもこのボクの攻撃を防御するなんてなかなかできた結界だ。
「赤い光ってことはウィズだろ?仕込んでたのサ?」
「いえ、昔に護身用に付与してもらってたもので、もうとっくに消えたはずで。あの姿だからか……?いやまさか……今も?」
ランプキンは虫でも見るみたいな顔をしているけど、ウィズも変なところで過保護だし基本的にちょっと気持ち悪いから普通に今も付いていそう。
……片眼鏡辺りに仕掛けているなら、ボクもなにかアクセサリーにでも仕込めばできるかな?
「これから先グリルは掠り傷一つ負わなそうですね」
「ボク、そんな過保護に見える?」
「ええ、とっても」
そこまで言い切られてしまうと少し決まりが悪い。
でも実際のところ、あの子を脅かすすべてのものを排除したいか否かを聞かれれば喜んで殲滅する。
そんなことをすれば「もう、ボクちんだって自分でやれるもん!」と頬を膨らませそうだけど。
想像したら少し笑ってしまって、呆れた目で見られた。
「あーもうほら、解決したならさっさとグリルんところ行きなさい」
「いや、それはちょっと……」
「なんですか、まだ気がかりなことでもあるんですか」
「どうせなら……ホワイトデーがいいかななんて……」
バレンタインデーの返事なら、ホワイトデーにした方がそれっぽいし記念にもなる。
……我ながらロマンチストだなとは思うけど、捩じ込んだ予定を使わない手はない。
今思えば、咄嗟にホワイトデーに誘った時点でボクの心は決まっていたのだろう、認めたくなかっただけで。
そう思ってのことだったけど、何故か目の前の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
なんだよ、そんな反応をされるとこっちまで顔が熱くなるじゃないか!
「ああもう、やっとくっつくかと思ったら……!なんなんですか貴方たちどこの少女漫画ですか?どうせ結婚式も『ジューンブライドがいい!』とか言って6月に挙げるんでしょ?知ってますよもう招待してくださいね?」
「そ、それはいくらなんでも気が早すぎるだろ!?」
まああの子が望むなら……と考えてる時点でボクも大概ではある。
あまりにも自然に将来のことを考えている自分に気付いて、もう完全に手遅れなんだと悟った。
絶対にボクなしでは生きていけないようにしたいのも、不幸になんてさせたくないのも、全部ボクのわがままだ。
それはわかってるけど、だからといって譲るつもりもない。
望みを叶えるのはボクでありたいからと願うこの気持ちはもしかしたら恋でも愛でもないのかもしれない。
ただ深くて醜い執着心があるだけなのかもしれない。
こんな打算まみれの気持ちだけど、あの子は喜んでくれるだろうか?
「……泣かせたら承知しませんからね」
そんなボクに向けられる橙の瞳は怖いくらいに真剣だった。もし彼女を泣せたらボクの首は間違いなく飛ぶ。
でもそれでいいとも思っている。
あの子を泣かせるものは、ボク自身であっても許せないから。
……それにしてもランプキンってやけにグリルに肩入れしているよね?まさか……
「勘違いしないでくださいね。“僕”はただ、あの子に幸せになってほしいだけですから。あの子を幸せにするのが君であることを祈ってるよ」
ボクの考えを見透かすように、ランプキンはそう不敵に笑った。魔力の込められた言葉がボクを縛る鎖に、そして祝福になる。
それが少しばかりくすぐったくて、でもなんだかとても心地いいなんてらしくないことを思ってしまう。
憎まれ口を叩こうとしたけど、思い直して素直に頷くと彼は少し意外そうな顔をした。なんだよその顔。
「ふふ、いい顔してるじゃないですか」
「うっせ」
「あ、あともう一つ。とりあえず彼女が大人になるまでは手を繋ぐまでしか許しませんからね」
……なんかもう一つ鎖が増えた気がする。
まあおこちゃまのあの子に手を出すほど節操なしではないし、ボクの自制心もそこまで弱くはない。
「わかってるよ!ボクはロリコンじゃないから!」
だから堂々と頷いたのだけれども……その約束を守れたかどうかは、神のみぞ知る。
「ふふ、そろそろいらっしゃる頃かと思いました」
小雪がちらつく、とある日のペパーミントパレスの一室。
ボクを迎えたランプキンはいつものように穏やかな笑みを浮かべていた。でも橙色の瞳の奥にあるのは隠しきれない愉悦――まるで演劇でも観ているかのような目。その無駄に綺麗な顔を切り裂いてやりたい衝動に駆られるけど、とっても大人なボクはニコリと笑った。ちゃんと笑えてる気がしないけれども。
ランプキンは座るよう促すと紅茶の準備を始めた。魔法で出せば簡単だけどあえて自分で手ずから淹れる、そういうこだわりを持ったヤツだ。
「お茶菓子は何がいいですか?」
「……いらない」
ご丁寧にカップが温められていた時点でボクがここに来ることなどお見通しだったのだろうと思うと、芳しい香気を立てる茶を素直に飲む気にはなれない。
ランプキンはボクの正面の席に着くとこちらを顔をじっと見つめてきた。
お互いに黙ったまま、湯気だけがゆるりと二人の間に浮かぶ。
ランプキンが人差し指をゆっくり振るとそれがハートの形になって、ピンと弾くとあっさりと霧散した。
「……おちょくってる?」
ボクの喉から出た声は自分でも驚く程に低かった。
でもランプキンにとっては想定内だったみたいで「何のことですか?」と空惚ける。こっちの言いたいことなんてわかってるくせに、クスクスと笑って……ああ、八つ裂きにしてやりたい。
でも今は落ち着け。ペースに呑まれてはいけない。コイツには聞きたい、話したいことがある。
だから恥を忍んでここに来たんだから。
「そういえばグリルって最近来てる?」
「ええ。昨日も来てましたし、元気そうでしたよ」
眉間にシワが寄ったのを自覚した。元気なのはなによりだけど。
……バレンタイン以来グリルとは会っていない。
何となく気まずくて会わないようにしていたのは確かだけど、それにしても会わないな、忙しいのかなと思っていたけど……多分あっちもボクとの接触を避けているのだろう。
そりゃそうかと思う反面、ボクを避けるのにコイツとは会ってたのかと思うと無性に腹が立つ。
それが顔に出てしまっていたのかランプキンの唇が微かに弧を描いた。
……本当にムカつく。
「忙しいのも嘘じゃありませんよ、試験があるとか何とかで嘆いてましたし」
「ボク何も言ってないけど」
「……ほら、冷めてしまいますよ」
笑みを浮かべながら紅茶にミルクを注ぎ、金色のスプーンをくるりと回す。
無駄に絵になる、余裕たっぷりで優雅な所作が憎らしくてたまらない。
「ミルクは先の方が良いとかいいますけどね。なんでも、熱による変性を防げるとか?」
「どっちでも似たようなもんだろ?最終的にミルクティーになるんだし」
「そうはいかないのです。熱い熱いものは少しずつ、ね」
ミルクが白い渦を描きながら解けていく。なんてことはないことなのに、まるでなにかの儀式か魔法でも見せられているような感覚がして……本能的に危険を感じ、慌てて目を逸らしてボクも自分の紅茶にミルクを注ぐ。
勢い余っていつもより入れ過ぎてしまったそれを掻き混ぜれば、くるくる回る度に大きく強くなって。
「……どうしたらいいんだろう」
テーブルクロスに茶色い染み。
ああ、なんでこんなことを口走ってしまったんだろう。
殺意に似たものを抱いた相手にこんなことを問うのはものすごく情けなくて、あんまりにも恥ずかしいからもっと遠回しに聞こうと思っていたのに。
……でも、ボクだけで考えてももうどうにもならなかったのも事実。
グリルのことを考えただけで頭がぐるぐるしてきて、呼吸が苦しくなる。
でもこんなこと誰にも話せないんだ……あの日のことを知っているランプキン以外には。
いや、本当はコイツにも話したくないけど。消去法だよ、消去法。
「ていうか、なんでボクなのサ?アイツ学校行ってるじゃん。
フツーはそういう身近な人の方が好きになるもんなんじゃないの?」
いつだって、一度決壊してしまったものを抑えるのは難しくて。
でも吐き出した疑問は、ボク自身もまったく答えがわからないものではなかった。
身近な年上男性に憧れること自体はあれくらいの子にはありがちだと思う。
うまく魔法を扱えなくなっていたあの子にいろいろ教えてあげたのもボクだし、今でも特訓に付き合ってるし、慕われてることそれ自体は理解できる。
……問題は、本当にそれが“恋”と呼べるものかということ。
ずっとボクが抱いていた懸念。
もしボクに抱く感情が恋心に似ただけのものだとしたら?
勘違いのまま突き進んで、間違いに気付いたその時、後悔してしまうのでは?
そう思うとあの子の気持ちを受け入れるのは、間違っているんじゃないか?
曖昧な兄妹のような関係でいるのが一番いいのでは?と思ってしまう。
そうすればあの子は傷つかないから……。
そんなところまでは話したくなかったから、紅茶ごとそれを飲み込んだ。
やっぱりミルクを入れ過ぎたのかやけに甘ったるくて、グリルが好きそうな味だった。
「そうですねぇ、彼女は当面はあのままで過ごしてもらいますし、そこで同年代の人と新しく恋をするかもしれませんねぇ。
貴方が明確に答えを出さなければ、彼女は貴方のことなんてスッパリ諦めて、他の素敵な人と幸せになるでしょう」
ズグリと胸が膿むように痛む。
あの子は敏いからボクが答えを出さなかった時点できっとボクを見限る。
アレを義理チョコ扱いし、彼女がそれに同意すれば「そういうこと」になる。合意に勝る魔法など無いのだから。
そしていつの日か、グリルの隣にはボクじゃない別の男が並ぶのだろう。
反吐が出るほど素敵なハッピーエンド。
何度も想像して、何度も息が詰まりそうになった結末。
無邪気に懐いてくる可愛い妹の独り立ちは、そりゃ寂しいはず。
だからこのじわじわと広がる胸の痛みは兄心のようなもの、時間が経てば収まる類のもの……そうでなくてはならない。
「……逆に聞きますけど、あなたは“どうしたい”んですか?」
「そ、れは……っ」
顔が熱くなっていくのに、頭は妙に冴えていく。
何も言えないボクに大きな溜息をついたランプキンは、唇の端を吊り上げた。
でも目は全く笑ってなくて――顔を背けたくてたまらないのに彼の視線がそれを許さない。
橙色の瞳に映るボクは酷く情けない顔をしていた。
頼むから何も言わないでくれ、暴かないでくれと懇願する意気地無しの顔。
だけどこのサディストがそんな希望を叶えてくれるはずがない。
まるで狩人のようにボクに狙いを定めて……。
「いい加減、逃げるのはもうやめなさい」
低く、鋭く、容赦なく言葉を刺してきた。
……いつだって、もう逃げられないと悟ったときには手遅れなんだ。
ボクは、恋とは何ぞと聞かれてもわからない。
でも世界で一番大切なのは誰かと問われれば、迷わずグリルの名前を挙げる。
この気持ちを恋や愛と呼ぶならばきっとそれが答えなんだろう。
あの子には常に笑っていてほしいし、幸せでいてほしい。
数少ない守りたい、守らなきゃと思う存在。
ボクにとっての光。
でもボクは破壊の魔を持つ存在で。
もしあの子を他の誰でもない自分が傷付けてしまったらと考えただけで気が狂いそうになる。
だから、年齢差は憎らしいけど少しだけ感謝もしている。
あの子が幼く未熟な存在である限りは、絶対に手を出してはいけないという束の間の安寧を得られるから。
あの子の為だと思っているのも、半分は本当だ。
でももう半分は怖かったから。
……何よりも大切な存在を傷付けてしまうのが、なによりも恐ろしかったから。
それをハッキリと自覚したら死にたくなるかと思ったけど、案外ホッとしている自分に驚いた。何も解決していないのに不思議と少しだけ呼吸が楽になった気がする。
……そうか、ボクが認めようが否定しようが、世界のあり方は最初から何も変わらなかったんだ……。
「傷付けたくないなら、傷付くようなことをしなければいいんですよ」
簡単に言ってくれるけど、それができれば苦労はしない。
というかなんでバレてるんだろう。
読心術を使われた形跡はないし、誰にも話していないはずなのにと訝しんでいると「見ていればわかりますよ」と言われて思わず睨んだ。
感情を悟られるのは、魔法使いとしてはあまり気分は良くない。
「それに、普通の人とでは幸せになれませんよ。いつかはあの子も故郷を離れなければならない……いえ、自分から離れることになるでしょうし」
「それは……まあ」
目を伏せるランプキンにボクも頷いた。
特殊な魔力に蝕まれたボクらの身体は正常な成長や老化を遂げなくなる。
現にボクの身体はちょっと前から全く変わらなくなったし、マホロアも多分そう。
ランプキンも本当の見た目はもっと若くて、何もしなければ今のボクと同年代くらいのはず。
でも実年齢は……見た目とかけ離れている、らしい。
それをウィズは祝福と、ランプキンは呪いと呼んでいたっけ。
きっとグリルも同じ道を辿るだろう。
不老に似た身体になった者が、元の寿命の種と共に居られるだろうか?
もちろん不可能ではない。
でも、きっとそれはいろんな意味で辛い歩みになるだろう。
「だったら最初から、永く一緒にいられる人と居た方があの子にとっても幸せなんじゃないか……そう思うんですよ。無理に周りに合わせて身体を変えるのもそれなりに労力がかかりますし」
わざとらしく肩を揉んでいるけどその割にキミは常に逆サバ読んでるよね?と思っていると「まあ私は得意分野ですので」と笑う。やっぱり心読んでない?
まあ確かに身体の構造を毛糸にできるくらいだし年齢操作くらい造作もないだろう。
逆にボクは苦手だ。変身魔法自体は簡単にできるけど、常にそれを保つというのは結構難しいんだ。みんな結構勘違いしているけど魔法はそこまで万能じゃない。得手不得手はあるし、物事を根本から変える力は普通は有り得ない。
「正直、想い合ってるあなたたちがくっつくのが最適解です」
「いや最適解て。まあ理屈はわかるけどサ?だったら……」
「だからといって『グリルが大人になってもボクのこと好きだったら本当に付き合おうね〜』はナシですからね」
図星を突かれて危うくティーカップをひっくり返しそうになった。
なんなんだコイツ特技:読心術だろ!?
「オッケーじゃあくっつくのサ!」と言えるほど流石のボクも倫理が欠けてるつもりはないんだが。ボクを何だと思っているんだ!?グリル相手にはなるべく誠実に真摯に接してきたつもりなんだけど何故なのか。
グリルの気持ちはちゃんと正面から受け取って、ボクの気持ちは伝えずにきちんと説明して、その上で然るべき時を待つのがいいんじゃ……?
「ヘタレですねぇ」
「うっせぇ」
「あんまり手をこまねいていると私が攫いますよ?」
「冗談。それこそ事案だろ?」
「……へぇ?」
……突然、部屋の空気がサッと冷えた。
何事かとあたりを見渡すと、どこからかカチカチと時計の針の音が聞こえてきた。
ランプキンが首に下げた懐中時計を取り出す。
その針は恐ろしい速度で反時計回りに回っていた。橙色の眩い光がランプキンを渦巻き、光が掠めるた度にその身体が削れ、みるみるうちに顔立ちが幼いものに変貌していく。
「ふふ……この姿なら、“僕”とあの子は対等かな?」
グリルとほぼ同年代の少年が嗤う。
幼くても憎たらしいほどに綺麗な少年は、あの子と並べばそれはそれはお似合いだろう。
……そんなこと、絶対にさせないけど。
全身の血管が沸騰したのを感じると同時に、パリンと派手な音を立ててティーカップが砕けた。
ボクの身体から溢れ出した魔力が鋭い刃の形を伴ってランプキンに向かって飛んでいくのがまるでスローモーションのように見えて。
あっと我に返って手を伸ばした瞬間、赤い閃光が爆ぜた。
「……そんな顔をするくらいならさっさと捕まえてしまいなさい」
刃はランプキンに届いていなかった。
彼の片眼鏡から放たれる光が彼を包んで守っていた。
よかったと安堵の息を吐けば刃が霧散して、赤い光と共に消える。
……久々に魔力が暴走しかけて肝が冷えた。
腹は立ったし想像の中でちょっとだけ裂いてみたけれども、流石にこんな攻撃をするつもりはなかった。
暴走の原因は急激な感情の揺れだろう。
揺れた理由を考えればボクは、もう。
「あー………………うん、なんか諦めついた」
グリルの為とか言って無理に身を引いても駄目だ。
もしあの子に恋人でもできようものなら絶対にソイツを殺すし、最悪本人すら手に掛けかねない。
どんなにあの子の幸せを願っていても、その隣にいるのが自分じゃないと気が済まない。
……気付けばもう、引き返せないところまで来てしまったんだ。
だったらもう、ボクがとれる選択肢はただ一つ。
腹を括って、ボクがグリルを幸せにするしかない。
「やっと観念しましたか?」
「うるせぇ。……まあ、攻撃したのは悪かったのサ」
指を一振りしていつもの格好に戻るランプキンにひとまず詫びを入れる。
いや、何割かはこの男も悪いとは思うけど。
でもこのボクの攻撃を防御するなんてなかなかできた結界だ。
「赤い光ってことはウィズだろ?仕込んでたのサ?」
「いえ、昔に護身用に付与してもらってたもので、もうとっくに消えたはずで。あの姿だからか……?いやまさか……今も?」
ランプキンは虫でも見るみたいな顔をしているけど、ウィズも変なところで過保護だし基本的にちょっと気持ち悪いから普通に今も付いていそう。
……片眼鏡辺りに仕掛けているなら、ボクもなにかアクセサリーにでも仕込めばできるかな?
「これから先グリルは掠り傷一つ負わなそうですね」
「ボク、そんな過保護に見える?」
「ええ、とっても」
そこまで言い切られてしまうと少し決まりが悪い。
でも実際のところ、あの子を脅かすすべてのものを排除したいか否かを聞かれれば喜んで殲滅する。
そんなことをすれば「もう、ボクちんだって自分でやれるもん!」と頬を膨らませそうだけど。
想像したら少し笑ってしまって、呆れた目で見られた。
「あーもうほら、解決したならさっさとグリルんところ行きなさい」
「いや、それはちょっと……」
「なんですか、まだ気がかりなことでもあるんですか」
「どうせなら……ホワイトデーがいいかななんて……」
バレンタインデーの返事なら、ホワイトデーにした方がそれっぽいし記念にもなる。
……我ながらロマンチストだなとは思うけど、捩じ込んだ予定を使わない手はない。
今思えば、咄嗟にホワイトデーに誘った時点でボクの心は決まっていたのだろう、認めたくなかっただけで。
そう思ってのことだったけど、何故か目の前の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
なんだよ、そんな反応をされるとこっちまで顔が熱くなるじゃないか!
「ああもう、やっとくっつくかと思ったら……!なんなんですか貴方たちどこの少女漫画ですか?どうせ結婚式も『ジューンブライドがいい!』とか言って6月に挙げるんでしょ?知ってますよもう招待してくださいね?」
「そ、それはいくらなんでも気が早すぎるだろ!?」
まああの子が望むなら……と考えてる時点でボクも大概ではある。
あまりにも自然に将来のことを考えている自分に気付いて、もう完全に手遅れなんだと悟った。
絶対にボクなしでは生きていけないようにしたいのも、不幸になんてさせたくないのも、全部ボクのわがままだ。
それはわかってるけど、だからといって譲るつもりもない。
望みを叶えるのはボクでありたいからと願うこの気持ちはもしかしたら恋でも愛でもないのかもしれない。
ただ深くて醜い執着心があるだけなのかもしれない。
こんな打算まみれの気持ちだけど、あの子は喜んでくれるだろうか?
「……泣かせたら承知しませんからね」
そんなボクに向けられる橙の瞳は怖いくらいに真剣だった。もし彼女を泣せたらボクの首は間違いなく飛ぶ。
でもそれでいいとも思っている。
あの子を泣かせるものは、ボク自身であっても許せないから。
……それにしてもランプキンってやけにグリルに肩入れしているよね?まさか……
「勘違いしないでくださいね。“僕”はただ、あの子に幸せになってほしいだけですから。あの子を幸せにするのが君であることを祈ってるよ」
ボクの考えを見透かすように、ランプキンはそう不敵に笑った。魔力の込められた言葉がボクを縛る鎖に、そして祝福になる。
それが少しばかりくすぐったくて、でもなんだかとても心地いいなんてらしくないことを思ってしまう。
憎まれ口を叩こうとしたけど、思い直して素直に頷くと彼は少し意外そうな顔をした。なんだよその顔。
「ふふ、いい顔してるじゃないですか」
「うっせ」
「あ、あともう一つ。とりあえず彼女が大人になるまでは手を繋ぐまでしか許しませんからね」
……なんかもう一つ鎖が増えた気がする。
まあおこちゃまのあの子に手を出すほど節操なしではないし、ボクの自制心もそこまで弱くはない。
「わかってるよ!ボクはロリコンじゃないから!」
だから堂々と頷いたのだけれども……その約束を守れたかどうかは、神のみぞ知る。
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