Magolor

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「全部知っていたのか!?」


怒声が鼓膜に突き刺さり、少年は目を覚ました。
しかし目に映る風景は水に滲んだ水彩画のように朧気だった。
鮮やかな赤と黒が溶け合っていて、どこか臓器を連想させる。


「まあまあラン、落ち着いてくだサイ」

「質問に答えろ!
全部知っていて放っておいたのか!?」

「全部……は知りマセンデシた。
だから“知りたかった”のデスよ」


一方はかなり怒っているが、もう一方は楽しそうだった。
嬉しくて嬉しくて堪らないようにも聞こえる。


「だからって……!」

「過去に2人に起きた現象が彼にも起きるのか、知りたかったのデス!
3人目デスから、流石に確信しマシタよ!」

「だからって……いくらなんでも酷過ぎる……もし助からなかったらどうするつもりだった!?」

「その時は仕方がないデスよ、糧になってもらいマス」

「……この外道がっ……!」

「お褒めにあずかり光栄デス」


誰が何を話しているのだろう、と少年は懸命に目を凝らした。
ようやくはっきりしてきた彼の視界に映ったのは、怒りに震える青年の姿だった。
ランと呼ばれた橙色の瞳は怒りに燃えていた。


「あ、お目覚めデスかー?」


青年に対峙していたらしき黒髪の人物が、少年を振り返ってにっこりと笑った。
人懐こい笑みに少しだけ安堵する。
この人が助けてくれたのだろうかと思いながら起き上がろうとした。
が、身体が全く動かなかった。


「無理に動かない方がいいデスよー崩れちゃいマスから」


恐ろしい言葉に悲鳴が漏れそうになるが、実際は声すらも出なかった。
青年はいまだニコニコと笑っている。
途端にその笑みが胡散臭く、不気味なものに見えてきてしまった。


「ユーは今ギリギリで生きていマスからネェ……突けば死ぬレベルデスよ?」

「ウィズ、脅かすのは止めなさい」


『ラン』が厳しい顔で咎めると、『ウィズ』は楽しそうに笑った。
まるで玩具で遊ぶ子供のような顔をしていた。
その表情に悪意はなく、純粋だった。

「そうデスね、身体にも悪いし……
と言うわけでノヴァ、頼んでもいいデスか?」


もう一人いたんだ、と少年はウィズの視線をたどる。
彼らに隠れるようにして金髪の女性がそこに佇んでいた。
女性の表情は酷く強張っている。
それにもかかわらず、彼には彼女の雰囲気がどこか懐かしく感じられた。


「……ノヴァ?
聞いてマスか?」

「嫌です」


ピシ、と空気が凍りついた。
ウィズの笑顔もそのまま固まってしまう。
ランプキンはやれやれと首を横に振るばかり。
重たい沈黙が降りた。
固まった笑顔のままのウィズが、おそるおそる口を開く。


「あの、ノヴァ、さん……?」

「絶対に嫌です」


これ以上無いくらいの、ハッキリとした拒絶の意だった。
普段は眠たそうなはずの彼女の青い瞳は、真っ直ぐに彼を睨んでいた。


「その・ヒトは・ローアを・めちゃくちゃに……!」

「一瞬口調が変わるほど嫌なんデスか!?
さっき流暢デシタよね!?
彼は貴方のシスター?ブラザー?をリカバリーしてくれたのデスよ?」

「それ・でも……まだ・・ゆるしたく・ありま・せん!
ウィズ・だって・サイセイ・できるでしょう!?」


睨んでいるノヴァの瞳に涙が溜まっていく。
なぜ彼女がこんなにも自分を敵視していたのかを理解し、少年は衝撃を受けた。
同時に「そう思われても仕方がない」と納得する。
大切に思っていた者をメチャクチャにされる気持ちは彼にも痛いほどわかる。
そしてローアがそうなってしまったことにショックを受けた。

憎しみと復讐の中で生きていた彼だったが、ローアに対してだけは本当の真心を以て接していた。
不思議なことに、ローアの整備をしているときだけは心安らかにいられる気がした。

瞳から大粒の涙を零しながら主張するノヴァに、流石のウィズもお手上げのようだった。
大げさに肩をすくめると、困ったように笑った。


「Oh……ミーはリカバリーするより一回デリートしてクリエイトした方が楽なのデスが……」


『直すよりも、新しく創る方が楽』……そう語る彼は、先ほどとは雰囲気ががらりと変わっていた。
黄色い瞳に一瞬だけ残忍な光が垣間見える。


「まあ、この子はローアを発掘してくれマシタしね、これくらいはやりマスか」


へらっと笑いながらそう言うと、シルクハットからステッキを取り出した。
ノヴァはプイと背を向け、ランプキンの影に隠れてしまう。

「でもこれだけ大掛かりだとなぁ……うん、やっぱりサークル使いまショウか。
ラン、お願いしマス」


ランプキンが頷くと、ウィズの足元に橙色の魔方陣が浮かび上がった。
それを見た少年がハッと目を見開く。


「ハル、カンド、ラ……?」

「That's Right!
そのことについてはこのあと話しマスよ」


ウィズがステッキで地面と叩くと、魔方陣が橙から赤へ変わった。
更にステッキの先から炎のように赤い光が放たれたかと思うと、たちまち少年の身体を包み込んだ。
そのまま身体は宙に浮かび、ふわふわと揺れる。
戸惑いを隠せず、唯一動く目だけを動かして辺りを見渡した。


「ちょっとザクッとしマスよ~」


ウィズが笑いを含む声でそう言ったとき、身を焼くような痛みに襲われた。
叫び声さえ出ない衝撃に意識が遠のきそうになるが、痛みによって強制的に覚醒させられる。
いっそ気を失えてしまえれば楽であろう。

しかしあえてそれをさせず、痛みを味あわせ続ける。
ランプキンは眉を顰めながらその光景を見つめていた。


「ン?どうしマシタか?」

「……時々、私より貴方の方がサディストだと思うんです」

「えへへ、そんなことはありマセンよ?」


ウィズはニコニコしたまま、まるでからくり人形でも鑑賞しているかのようにその光景を眺めている。
その笑顔に悪意は見当たらない。
純粋にこの状況を楽しんでいるかのようだった。


「それに、クラウンを壊したんデス。
これくらいの仕打ちは当然デスよ~」


ニイィッと唇が弧を描く。
軽い口調で紡がれる重い言葉が、少年の心に突き刺さった。
マスタークラウン――彼が求めてやまなかったそれは、カービィと戦った末に砕け散った。
それなのに自分はよく生きていたものだと、どこか頭の冷静な部分で考える。

しかし現在進行形で、死にそうな痛みに襲われているのだが。
しばらくしてようやく炎は収まった。
それと同時に宙に浮いていた身体が、地面に吸い込まれるように落ちていく。
彼は咄嗟に自分の頭部を守った。
しかし地面に叩きつけられる直前に橙色の光が爆ぜた。
夕暮れ時の空に浮かぶ雲のようなモノが現れ、彼の身体をぽすんと受け止める。


「いっ、いきて……る……?」


少年はおそるおそる自分の身体を動かしてみた。
まだ少し痛みは走るが、意識も随分とハッキリしていた。


「ウィズ……貴方って人は……!
また彼に怪我をさせるつもりですか!?」

「さてさて、自己紹介でもしまショウか。
ミーはウィズ、こちらはランプキン」


憤慨するランプキンをサラッと無視して、ウィズは愛想の良い笑みを浮かべた。
ランプキンは諦めたのか一度溜め息をついて、少年の方に微笑みかける。


「ボクは……」

「知ってマスよ、マホロア」


少年――マホロアは息を呑んだ。
ランプキンもゆっくりと頷く。
驚く彼をよそに、ウィズは朗々と語っていく。


「単刀直入に言うと、ミーたちはハルカンドラの力を受け継ぎし者。
……わざわざローアを発掘したくらいデスからね、ハルカンドラのこと、多少は知ってるデショウ?」


問われた彼は小さく頷いた。
彼はある日から、ずっと“魔法”というものについて調べていた。
そうして滅ぼされた古の魔法使い族“ハルカンドラ”の存在を知った。
それから夢の泉のこと、ハルカンドラの火山に埋められているというローアのこと……そして、無限の力を持つマスタークラウンの存在に辿り着いたのだ。


「ユーの行動力には感服しマシタ。
そしてユーは……どうやら治癒能力に優れているらしい。
正直ローアはもう使えないと思ってマシタ。
だからミーもわざわざ封印を解かなかったのデスが」


「まだ意思があったとは……」と、感慨深そうに頷くウィズ。
マホロアもそう思っていた。
彼は初めてローアを見た日のことを思い返す。

火山に埋もれていたそれは、朽ち果てかけていたにもかかわらず美しかった。

そして長い封印の時を経ても、ローアの意思は失われていなかった。
意思の内容はわからずとも、その存在を認めることはできた。

「それにしても、ランディアをフルボッコするやらクラウンを壊すやら……ユーはとんだお茶目さんデスね。
キッツいお仕置をしてやりたいデス」


ウィズはマホロアを見下ろすと唇を尖らせた。
実際にランディアと闘ったのはマホロアではないのだが、仕向けたのは彼だから反論できない。


「でもその前にやることがありマスからね……
お仕置はまたの機会にデスね。
ラン、彼らを連れてきてくだサイな」

「……わかりました」


ランプキンは神妙な顔で頷くと、フッとどこかへ消えてしまった。
残された二人の間に沈黙が降りる。
値踏みするような目で見られ、マホロアは妙な居心地の悪さを感じてしまう。


「……そうそう、ユーはまだ気付いていないようデスね」

「何が?」


マホロアは小首を傾げる。
ウィズはもったいぶるように口を噤み……楽しそうににっこりと笑った。


「平たく言うと、ユーも仲間デスよ?」


マホロアは絶句した。
何も言うことができず、彼の言葉を数回脳内で反芻してからやっと「エ……?」と声を漏らした。


「ユーはハルカンドラの血を引いた選ばれし者デス」


自分が魔法を使えるということはわかっていた。
しかし魔法使いと一口に言ってもその力の源や流派は多々ある。
故に、自分が何に属するかなんて知る由もなかった。


「ソ、ソンナまさか……」

「意外と血を引く人はそこらじゅうにいマスよ?
散り散りになった国民が子孫を残してくれマシタからね。
ユーのご先祖様に、ハルカンドラの魔法使いがいたはずデス。
普通は血を引いても目覚めない人がほとんどデスが」


マホロアは呆然と彼の話を聞いていた。
信じがたい話だった。
たしかにハルカンドラの存在は知っていたが、それは神話レベルでの話だ。
現代にもこうして存在していることを、今さっき知って驚いたばかりなのに。

今度は自分がそうだなんて言われて、その事実をすぐに受け止めることができなかった。

「どうして、ボクだったノォ……?」


尤もとすら言える彼の問いに、ウィズは苦笑しながら両手を広げて肩をすくめた。


「こればっかりは……ミーにもよくわかりマセン。
本当に偶然なのか、それとも何かルールがあるのか……魂の相性とか、色々仮説はあるんデスけどね……」


ウィズがそこまで言ったとき、南瓜を思わせる橙色の扉が現れた。
色のイメージからランプキンが帰って来たのかと思いきや、扉を開けたのは可憐な少女だった。
少し不機嫌そうな緑の瞳がウィズの顔を睨む。


「なんだよー!せっかくぷよ○よフィーバーしてたのに!」


え、とマホロアは思わず脱力した。
シリアスな空気が一気に消える。
ウィズは大げさに溜め息をつくと、彼女の頭に手のひらをポンと載せた。


「まーたぷ○ぷよデスか……飽きマセンねぇ。
仮にもハ○研、任○堂のゲームに出てるんデスからテト○スしなサイ、テ○リス」

「テトリ○は遊びつくしちゃったよ。
CPU弱すぎるし」

「グリルったらすごいのよー、大連鎖からの全消し!もう感動!」


彼女に続いて、美しい大人の女性が目をキラキラとさせながらやってきた。
突然の彼女らの登場にマホロアは目を白黒させるばかりだ。
彼女らの後に続いて、ランプキンも帰ってきた。
きちんとドアを閉めると、小さく溜め息をつく。
どうやら彼は苦労人枠らしい、とマホロアは認識した。


「紹介しマショウ、この子はマホロア。
ミーたちの新たな仲間デス!
マホロア、ガールの方がグリルで、バ…レディの方がドロシアデス」

「今ババアって言いかけなかったかしら?」


ドロシアと呼ばれた女性がウィズの首をきりきりと締め付け始める。
グリルと呼ばれた少女がそれを必死に宥め、ランプキンは再び盛大に溜め息をついた。


「ええと、この二人もハルカンドラの力を持つ人たちです。
……まったく、ウィズもいい加減学習しなさい。
ドロシアもそんなことをしては第一印象が最悪ですよ?」


ドロシアはようやくウィズから手を離すと、マホロアに向かってニッコリと優しく微笑んだ。
しかし先程の首絞めシーンを見てしまったからか、彼はぎこちない笑みを返すことしかできない。
第一印象が最悪とかそんなチャチな話ではない。
恐怖の対象にも等しいと言えるだろう。

「……で、ラン。
肝心の彼は?」

「どうしても探したいものがあるようで……すぐに来るとは言っていたのですが」


ちょうど彼がそう言ったとき、バン!と扉が開かれた。
あまりの勢いに、何事かと全員の視線がそちらの方へ向く。


「グリル!
今度はDr. マ○オで勝負なのサ!」


マルクは少し年季の入ったゲームカセットを片手に、グリルにぴしっと指を突きつけた。
何をそんなに意気込んでいるのか、帽子の先のポンポンが踊るように揺れている。
挑戦状を叩きつけられたグリルは口を開こうとした。
しかしその前に、彼女ではない者が口を開いた。


「マル、ク?」


そう呟いたのはマホロアだった。
その表情は驚愕に満ちている。
グリルしか目に入っていなかったらしいマルクはマホロアの存在に気付き――あんぐりと口を開けた。


「は……?マホロ、ア?」


しばらく間が空いた。
グリルとドロシアはあまり状況を把握できていないようだったが、どうやら彼らが知り合いだということは理解できたらしい。
ランプキンは不安そうに見守り、ウィズは含みのある笑みを浮かべていた。


「なんで!?
マルクって死んだんジャなかったノォ!?」


沈黙を破ったのはマホロアの方だった。
それに対しマルクは「ハァ!?」と素っ頓狂な声を上げる。


「ちょ、勝手に殺すな!
生きてるのサ!よく見ろ足もあるだろ!?」

「え……ダッテ、マルクはカービィに殺サレタって!」

「は?何それ?
あ~……たしかに前アイツと闘って死にかけたけど、ノヴァに……っていうかカービィに?助けてもらったし……。
闘ったのもボクの自業自得というか、ぶっちゃけボクが悪かったし。
何より死んでないのサ」


マルクの言葉に、マホロアはただただ呆然としていた。
しかしそれはすぐに動揺に変わる。
他の者は皆固唾を飲んで見守っているが、ただ一人ウィズはクスクスと笑っていた。


「オヤオヤ?
どうやら何か勘違いしていたようデスね?」

「嘘……ジャア、ボクは……」


マホロアはわなわなと身体を震わせた。
そんな彼には構わず、マルクは訝しげな視線をウィズに送った。


「で、なに?なんでここにマホロアがいるのサ?」

「実は彼も仲間なんデス」

「へーそうな……は!?」


あまりにもナチュラルに告げられた衝撃の事実に、マルクは一瞬スルーしてしまいそうになった。


「ユーはさっきから驚きっぱなしデスね~」

「いや普通驚くだろ!
だって、マホロアは魔法なんか使えなかったし……あの時だって……」


マルクの声が段々と小さくなっていく。
一瞬泣きそうに表情を歪むのを堪え、キッとマホロアの方を睨む。

「マルク、ボクは……“アレ”の後に、魔力が目覚めたんだヨォ」


ピク、とマルクの身体が反応した。
グリルが不安そうに彼の顔を見上げる。


「あの後も“アレ”は続いたヨォ。
むしろ、どんどん激しくなってたネェ。
毎日のように人が殺サレたヨォ」


マルクの表情が歪んだ。
今度こそ隠すことができない。
ギリ、と音が鳴りそうなほどに奥歯を噛み締める。

あの忌まわしい悪習は、彼がいなくなってからも続いていたらしい。
マルクという“本物”がいたことも、拍車をかけてしまったのだろう。
その風習のせいで彼がどんなに苦しんだことか。
封じたはずの怒りや憎しみがこみ上げて来そうになるのを、すんでのところで呑み込んだ。


「魔力が目覚めたボクは、自主的にあの世界から飛び出した」


隠すこともできただろう。
子どもの頃よりも上手くやれるはずだ。
しかし裏を返せば、彼はもう一人でも生活できる年齢に成長していた。
嫌気が差した彼は星を飛び出し、旅を始めたという。


「それカラボクはキミを探したヨォ……」


あの日……マルクが消えた日に最後まで目を凝らして見ていた彼にだけは、白い光に包まれた彼が空へ飛び立っていくのが見えていたから。
きっと生きていると信じて、彼は探し回った。

しかし広い宇宙の中で一人の人物を探すなんて、不可能に近い。
ようやくそれらしい情報を持つ人物に会えたときは、飛び上がるほどに嬉しかった。

しかしそこで聞いたのは、「マルクは星の戦士カービィに殺された」ということだった。


「……そしたら……カービィへの殺意とか我慢してたあの国への怒りが一気に芽生エテきて……」


マルクの敵を討ちたい。
しかし相手はピンクの悪魔の異名を持つ星の戦士。
どうしようかと途方に暮れていたところ、無限の力を持つという「マスタークラウン」のことに知ったのだ。

力があれば、彼女に勝てる――その一心でローアを発掘し、マスタークラウンを求めてランディアと闘った。

最初は友のための敵討ちだった。
しかしその憎しみはどこかで致命的な齟齬をきたし、宇宙征服を目論むようになってしまった。

そこまで聞いたウィズはしばらく考え込み、どこか含みのある笑みを浮かべた。


「やはり、それらが原因デスね」

「原、因?」

「……以前、魔力が暴走する原因がわかりかけた、と言いマシタよね?」


そういえば……とマホロアを除く3人は思い出す。
あれはドロシアを助けに行った時の話だった。

『“今は”語れマセン。
参考資料が少ないので確証が……そうデスね、あと一人くらい同じ現象が起きたら説明しマショウね』

そう語った彼は酷く楽しそうだった。
そして今、おあつらえ向きに“資料”が目の前にいる。

「今から話すのはただの仮説デス。

マルクが『魂が削られている感じ』と言ってマシタが……多分それデショウ。
なんとなく、そんな感じがしマス。
術者のエナジーを吸って、魔力に昇華してるのデス。
これを仮に、ソウル化と呼ぶことにしマショウ」


「なんかカッコいいデスね!」とウィズは独りハイテンションだが、他の者は皆しんと静まり返っている。
ウィズは気を取り直すかのように一度咳払いをすると、表情をキュッと引き締めた。


「ソウル化の原因は……おそらく『感情』と『本能』デス。
3人ともポップスターを狙いマシタよね?
あれも『本能』的なものなのデス」


三人ともあの黄色に輝く星を狙った過去がある。
たしかにあの美しい星は目を引くが、偶然にしてはできすぎている。


「ミーたちは『本能』的に、あの星に惹かれるようになっているのデス。
特に夢の泉があるプププランドにはね」


夢の泉はハルカンドラ族が造ったものだ。
自分たちの祖先が造った魔法の道具に惹かれる、というのも確かにありそうな話ではある。
しかしそれを根拠にするにはおかしな点があった。


「夢の泉はミルキーウェイの星々にもあるはずです。
それなのに狙われたのは揃ってポップスター。
ハルカンドラとポップスターに何か特別な関係があるのですか?」


ノヴァに繋がっている点を考えたら、むしろミルキーウェイの星々の方に惹かれるのが自然だろう。
ランプキンの鋭い問いに、彼は「大いにありマスよ!」と大きく頷いた。
そしてすぐに、少しほろ苦い顔をした。


「ハルカンドラ族はナイトメアとの銀河戦争で滅ぼされマシタが……もし無事に戦争が終わったら、あの星に移り住む予定だったのデス」


女王が愛した者の民と共に、と続ける。
しかしそれは叶わなかった。
その前に王国は滅ぼされ、人々は散り散りになったのだ。
グリルが何かを思い出したように、あっと声を漏らした。


「ボクちん、それおばあ様聞いたことある!
もし滅ぼされていなかったら、私達はこの世で一番美しい世界にいたのにって!
まさかそれが……?」

「そうデショウね。
ハルカンドラの血を引く者は、ポップスターへの執念を受け継いでいるのデス。
でも普段はそんな欲求はありマセン。
だって今、ポップスター欲しいと思いマスか?」


その問いに皆は首を横に振る。
そうデスよね!とウィズは朗らかに笑った。

「ちなみにそれだけではなく、滅ぼされた怨みや憎しみ、悲しみも受け継げられてマス。
デスが、それも表面に出マセン。
トリガーを引かなければ、弾丸は出マセンからね」


ウィズのその言葉に、ドロシアが何かに思い至ったようだ。
彼女の反応を楽しむように彼はニヤっと笑う。


「そのトリガーが、『感情』……?」

「そう、本人の『負の感情』とリンクしたとき……魔力が暴走するのデス。
例えば孤独への恐怖、悲しみ、怒り、嫉妬、劣等感、そして絶望……身に覚えがあるデショウ?」


本人たちも気づいていない、奥に隠された受け継がれし負の感情。
それを本人の負の感情で突けば一気に共鳴し、弾けてしまう。
そしてその末路を、三人は身をもって知っている。


「それが重なって、結果的に『ポップスターを狙った末のソウル化』になるのだと思いマス。
……まだ、予想に過ぎマセン……が?」


不意にウィズがきょとんとした顔をした。
彼に集まっていた皆の視線が、彼の視線を辿る。
そして誰もが驚愕の表情を浮かべた。

マホロアが呆然とした顔で涙を流していた。
自分が泣いていると気付いているのかどうかでさえ怪しい。


「マ、マホロア!?どうしたのサ!?」


マルクがそう問えば更に涙が溢れてきて、自身を抱き締めた。
マルクが背中を摩って宥めると、ようやく少しずつ今までのことを話し始めた。


「ボク、最初は本気でカービィを殺ソウと思っていたんダヨォ……キミの敵を討とうと、思ってたんダ……」


それから彼は時間をかけながらゆっくりと語った。
不時着とはいえカービィがいるというポップスターに辿り着いて、どんなに彼が嬉しかったかということ。
しかしローアが壊れてしまい、パーツやスフィアは散らばってしまったのは予定外だったこと。
カービィ達がスフィア集めを手伝ってくれると申し出たこと。
恨んでいる人物に世話になるのは少し複雑な気持ちだったが、一人で集めるにはなかなかの重労働だ。
殺すのはそれからでも構わないだろう――そう考えながら、彼はカービィ達を利用していたこと。

「デモ、カービィ達……すごく優しカッタんだヨォ……一生懸命、スフィアを集めテクレテ……」


ほんの少しの期間とはいえ、彼女と過ごしたから。
あの人柄に触れたから。
カービィがマルクを殺したということに、疑問を持ち始めてしまった。
本当は何回か問おうとしたこともあった。
しかし、マルクがもし本当に死んでいたらと思うと恐くて聞けなかった。


「……そうしたら余計に訳が分からなくなっチャッて、でもマスタークラウンは欲しカッタから……ポップスターも、でも、クラウンを手に入れたら、モウ、わかんないヨォ……」


もう彼の言っていることは滅茶苦茶だ。
自分で何を言っているのか、何が言いたいのかがわかっていないのかもしれない。

それでもそこにいた皆、彼が“後悔”していることは理解できた。
重い沈黙が流れる中、ドロシアが重々しく口を開く。


「……もしかしたら、ローアが壊れたのは偶然ではなかったのかもしれないわね。
もしパーツやスフィアを集める必要が無かったら――貴方はすぐにでもカービィを利用してクラウンを手に入れて、殺してしまっていたのでしょう?」


マホロアは小さく頷いた。
ローアには“心”があるという。
その心が、マホロアの復讐心を少しでも喰い止めようとしたのかもしれない。

彼をカービィという人柄に触れさせ、復讐を思い直すように望んでいたのかもしれない。


「わたくしはそう思うわ。
わたくしも……この子に助けられたから」


ドロシアは懐から一本の絵筆――魔法の絵筆を取り出した。
彼女も、絵筆に救われた過去を持っている。
絵筆を愛おしそうに見つめる彼女をしばらく見つめ、マホロアは決意のこもった表情を浮かべた。


「ボク、謝ラナきゃ……カービィと、ローアに……許シテもらえナクテも、ちゃんと、謝ラナきゃ……」


乾燥した地面に落ちた彼の涙が吸い込まれる。
ランプキンはちら、と興味なさそうにそっぽを向いていたノヴァの方に目を向けた。


「……ノヴァ、そろそろ許してあげたらどうですか?
それに、“本人”の意思も尊重してやらないと」


彼の言葉にノヴァは苦々しそうな顔をする。
マホロアのことを思いっきり睨み、少し考えるように目を伏せ……小さく溜め息をついた。


「ワタシ・は・嫌・ですが……“本人”が・・願う・なら・仕方・ありマセン・ね」

ノヴァが祈るようなポーズをとると、彼女を中心に星のような光が集まり始めた。
それは空へ登り、一つの塊になり、1つの船を形成していく。


「ローア……!?」


マホロアは驚いて空を仰いだ。
そこには今にも崩壊してしまいそうなローアがあった。
ボロボロになっているものの、ローアはまだ“生きて”いた。
鈍い光を放ちながら、宙に浮かんでいる。
それはゆっくりと下降すると、まるで“乗れ”と言わんばかりにマホロアの前に着地し、扉を開いた。


「ローア……ボクを……許してくレルノォ……?」


驚きで涙が止まったマホロアが呆然と問う。
それに応えるように折れたオールがユラユラと空を泳いだ。


「……ローアは貴方の命を助けるために、自分を犠牲にしたのですよ」


ランプキンの言葉に、マホロアの目が大きく開かれた。
ローアはカービィ達を元の世界に送り届けた後、彼を助けに行ったという。
宇宙の果てで消えかけた彼を見つけたとき、ローアは自分の持つ魔力のほとんどを注ぎ込んで彼を助けたのだ。
もしローアの助けが無かったら、彼は死んでいたらしい。
許されるどころか、自分は助けられていたなんて――マホロアの瞳からまた涙がポロポロと溢れる。


「ローアがボロボロになったのはユーのせい。
だからちゃんとユーが直してくだサイね?」


おどけた口調と裏腹にその言葉は重い。
しかし彼はその言葉をしっかりと受け止めて、涙を拭って立ち上がった。


「ありがとう……ローア……」


この船がボクを助けてくれたなら、今度はボクが助けなければ――そう心の中で決意する。
魔力の消耗が原因ならば、魔力を注入すれば良いはずだとマホロアが手を伸ばそうとすると、黄色い魔方陣が彼の下に現れた。
先程ランプキンが使っていたものと同じ文様が描かれている。
驚いた彼がマルクの方を見ると、彼はプイッとそっぽを向いた。


「し……仕方ないから手伝ってやるのサ」


マホロアが何かを言おうとすると、魔方陣に緑色と紫色が加わった。
二人が彼女たちの方を見てみると、グリルは笑いながらタクトを、ドロシアも魔法の絵筆を構えていた。


「他人事だと思えないしわたくしも手伝うわ。
……この子も、助けたいって言ってるし」

「ボクちんも手伝う!
だってキミ……マホロアはマルクの友達なんでしょ?
だったらボクちんとも友達だよ!」


グリルが無邪気に笑うと、マルクとマホロアは少しだけ泣きそうな顔をして、すぐに笑った。
そして照れくさそうに、小さく頷く。
その返答に満足したように、グリルはニッコリと笑った。


「アレー?ランも手伝うのデスか?」

「……貴方はお黙りなさい」


気付いたらそこには橙色も加わっていた。
ウィズはへらっと笑うと、ステッキを大きく振り上げた。

「ランが手伝うなら、仕方がありマセンね!」


魔方陣に、赤い色が加わる。
5色の光が渦巻くそれは、まるで虹で描いたかのようだった。


「ローア……」


マホロアが念じると魔方陣が優しい藍色に変わった。
彼が手を伸ばすと、眩い光がローアを包み込む。
腕を広げて抱き着くと青い光が炸裂した。
目を覆いたくなるような閃光の中、しかし彼らは一瞬も眼を逸らさず見つめ続ける。


「……ローア」


マホロアの顔に、柔らかな笑みが刻まれた。
光の粒子がキラキラと舞う中、ボロボロだったローアは見違えるように修復されていた。
帆はピンと張られ、エンブレムはピカピカと輝いている。


「すごーい……」


グリルは目をキラキラと輝かせてそれを見つめていた。
他の皆も声には出さないものの、その船の美しさに見惚れていた。


「やっぱりユーは治癒魔法が得意みたいデスね、大したものデス」


ウィズは感心したように頷いていた。
が、当のマホロアはへなへなと地面に座り込んでしまう。
5人のサポートがあったとはいえ、ローアの修復のために相当魔力を消耗したらしい。


「な、なんかメッチャ疲れたヨォ……」

「だろうね。
まぁ、でもそんくらいローアも大変だったって事だろ?」


恩返しになったんじゃないのサ?というマルクの言葉にマホロアは頷いた。
たしかに身体は疲れ切っていた。
しかしそれでも、ローアを元に戻せてよかったという充足感が満ちていた。
そういえばこんな感覚は何年振りだろう――と考えて小さく苦笑する。
しかしその表情はどこか晴れやかで、優しかった。


「……ところでノヴァ、ミルキーウェイはどんな感じデスか?」

「今・・5つ目の・星が・繋がった・ところ・デス。
ルート・は・最短・デス」


ミルキーウェイ、星、繋がった……マルクはハッとした表情を浮かべた。


「へぇ、流石カービィ。
仕事が早いデス」

「……まさかカービィ嬢が、ノヴァを呼び出そうと……?」


ランプキンの問いに、ウィズは答えない。
しかし彼の浮かべている笑みが、暗に肯定の意を示していた。
グリルが「へぇ!」と感嘆の声を漏らす。
ドロシアはうんうんと何かに納得したように頷いた。
一人、マホロアだけが困惑の表情を浮かべている。


「行先変更、というわけね」

「最短ルートで6つ目の星ということはメックアイですね。
どうかお気をつけて」

「エ?エ?どういうことナノォ?
ポップスターじゃないノォ?」


勝手に生き先の変更を告げられて混乱するマホロアに、マルクは呆れたように溜め息をついた。

「マホロア、ノヴァってなんだか知ってるのサ?」

「ウン、星を繋くと一つ願いを叶えてくれるって伝説彗星?」


呑気にそう言うマホロアに、マルクはもう一つ溜め息をついた。
ドロシアは呆れ返っているし、グリルも苦笑を隠せていない。


「バーカ、まだわかんないのサ?
カービィはキミを助けようとしてるんだよ」


マホロアは目を丸くした。
「信じられない」と小さく呟く。


「ナンデ……?
ボク、アンナコトしたのに……」

「さぁ?
強いて言うなら、アイツがビックリするほどのお人好しだから……ってじゃないのサ?」


口調はぶっきらぼうだが、その二色の瞳には優しさが滲んでいた。
マホロアは改めて自分の愚かさを思い知らされた。
いつだってカービィは純粋に、必死に、彼の船のパーツを集めてくれていたのに。

彼女は今、七つの星を駆けずり回っているところだろう。
きっと、いつかカービィがノヴァに願ってマルクを救ったように。


「だからほら、早く行くぞ。
完全に繋がってからじゃ、いくらなんでもアイツが可哀想だろ?
……まあそのときはバカでかいケーキでも願えばいいんだろうけど」


マルクが淡く黄色に光る手を差し伸べる。
マホロアがその手を取ると、彼は乱暴に引き上げた。


「あ……」


その光に触れると、彼の身体に力が戻ってきた。
柔らかな光が体を満たしていく。


「マルク……ありがとう……」


マルクはその言葉には答えず、プイと顔を逸らした。


「ったく、すぐヘバるのは昔から変わらないのサ。
どーせ機械ばっか弄ってたんだろ?」

「なッ……!
マルクも口の悪さはゼーンゼン変わらないネェ!」


軽口を叩きながら、二人はローアに乗り込んだ。
エンブレムから放たれた光が空間を切り裂き、ローアが異空間へと吸い込まれていく。
あの分ならすぐにでもカービィに会えるだろう。


「フフ、友達って良いものデスね」


新たな船出を見ながら、彼は小さく呟いた。
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