Marx
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「ん…………」
温かいベッドの中から、モゾモゾと頭を出す。
ぼんやり開いた赤と青の瞳が、卓上に置かれた時計を視界に捉えた。
しかし次の瞬間、少年……マルクの目は大きく見開かれた。
「っあああぁぁああっ!!!!
遅刻ぅぅぅぅっ!?」
マルクは部屋中……否、家中に響き渡る声をあげると、光の速さで着替え、鞄を掴んで階段を駆け降りた。
そのままリビングに駆け込むと、家族が声をかけるのも構わず、卓上の食パンを掴んで家を飛び出す。
朝特有の爽やかな空気の中、食パンをかじりながら走る。
いつもの場所へ向かうと、同じくらいの背丈の少年が葉桜の木下でマルクを待ち構えていた。
「ご、ごめんなのサ!」
「遅刻ダヨォ!」
待っていた少年……マホロアが不満そうな顔でマルクを睨む。
マルクはキョロキョロと回りを見渡し、誰もいないことを確認するとマホロアの手を取った。
「っ……ワープ!」
金色の光がふわりと二人を包む。
次の瞬間、二人は学校の裏にいた。
一瞬だけよろけたマルクを、マホロアは慌てて支えた。
「はぁっ、はぁっ……遅刻回避」
「ネェ、あと10分位早く起キテくれないカナァ?」
「いいだろ!?間に合ったんだからサ!
誰のお陰で免れたと思ってるのサ!」
「誰のせいで遅刻しかけたんだろうネェ?」
「……っ、ほら、早く行くのサ!
チャイムなっちゃうのサ!」
二人は急いで正門に回り、校舎の中へと駆け込んだ。
そのまま廊下をダッシュし、教室に駆け込むと同時にチャイムが鳴る。
「おはよう、二人ともまたギリギリかよ!」
クラスメイトが笑いながら話しかけてくる。
曖昧に簿かして席につくと、真面目そうな担任が教室に入ってきた。
先生が無表情のまま、一人ひとりの出席をとる。
端から見たらありきたりな日常風景である。
しかし、いつもと違うところがあった。
1つだけ空いた席。
1つだけ飛ばされた名前。
休みだったら、先生はそう言うはずである。
教室の空気が少しずつ緊張感で満たされていく。
点呼が最後まで終わったあと、先生は無表情だった瞳の奥に悲しそうな色を滲ませながら呟いた。
「ダミアン・イェリネク君が先日諸事情により転校しました」
教室内の緊張が最高潮に達した。
凍り付いた、と表現してもいいかもしれない。
嘘だ、とマルクは叫びそうになった……が、すんでのところで飲み込む。
静まり返っていた教室が、少しづずつさざめき始めた。
「……魔女狩りだろ、絶対」
「魔女裁判されてたらしいからな、アイツ」
後ろの席の二人の会話が、マルクの心臓をギュッと縮こませた。
俯いて机の木目を凝視してしまう。
微かに聞こえてくるすすり泣きが、心の重さを更に増させた。
彼らの済む国には、特殊な風習があった。
『魔女狩り』である。
疑いのある人物を魔女裁判にかけ、魔女と判定されれば処刑されてしまうという、なんとも歪んだ風習だ。
ちなみに魔『女』と言っても、男もしっかり狩られてしまう。
彼らの国では、魔の類いが忌み嫌われていた。
その中で本物の魔法使いが暮らすためには、自らの力を隠すしかなかった。
だからマルクは、幼少期に自分に魔力があると悟ってから、力を知られてしまわないように細心の注意を払っていた。
家族でさえもそれを知らなかったのである。
唯一無二の親友、マホロア以外は誰も。
だから無事に、平穏に暮らすことができていたのだ。
しかしこうして友人が狩られても、彼には何もできないし、次狩られるのは自分かもしれない。
彼の生活は常に危険や恐怖と隣り合わせだった。
クラスメイトが一人いなくなっても、その日は何事もなかったように平穏に過ぎた。
ダミアンがどうなったかは、誰も話題にしない。
否、誰もがわかっているからあえて口に出さなかったのだ。
その日の帰り、マルクとマホロアはいつものように一緒に帰っていた。
いつもはアホみたいに騒ぎながら帰っていたが、その日はどうしてもそんな気になれなかった。
会話も途切れ途切れになってしまう。
「ダミアン、魔女だったのカナァ?」
信号待ちをしているとき、不意にマホロアがポツリと漏らした。
問われたマルクは首を力無く振る。
「……違うと思う、そんな感じはしなかったのサ。
……魔力がある人なら、多分感覚でわかる」
「フウン……」
よくわかんないや、とマホロアが呟く。
赤信号が青に変わり、二人は歩き始めた。
不意にキー!とけたたましいブレーキ音が鳴り響いた。
マルクが驚いてそちらの方を見ると、信号無視をした黒い車が、マホロアの方へ突っ込んできた。
一歩遅れて気付いたマホロアの表情が驚愕に見開かれる。
マルクにはその光景がスローモーションのように見えていた。
「マホロアアアアアッ!!」
咄嗟にマルクは動いていた。
彼の両手から黄色い光が放たれる。
車がマホロアにぶつかる寸前、彼の前に光の壁ができていた。
壁がエネルギーを吸収すると、車は安全に停止した。
役目を終えた壁は、光の粒子になって消える。
気が抜けたのか、マホロアがペタンと尻餅をついた。
全ては一瞬の出来事だった。
「マホロア!大丈夫なのサ!?」
「マル、ク……」
マホロアが何かを言おうと口を開いたとき、そこらじゅうから悲鳴が上がった。
「うわあああああ!魔女だ!魔女だあああああ!」「ひっ捕らえろ!」「殺せ!殺せ!」
マルクを見ていた者たちが、一斉に悲鳴をあげたのだ。
逃げ出すものがほとんどであったが、一部の者が駆けつけて彼の身体を押さえ付ける。
「離……っ!」
抵抗しようにも地面に押し付けられてしまっては、まともな抵抗ができるはずもない。
「やめテ!ヤメロヨォ!」
マホロアが男たちを止めようと必死に掴み掛る。
が、強く突き飛ばされて地面に倒れ伏してしまった。
「マホロッ……!」
マルクはマホロアの方へ手を伸ばしかける。
その瞬間、首の後ろに手刀が叩き込まれた。
ガクン、とマルクの身体から力が抜けて崩れ落ちる。
「マルクッ……!」
マホロアの声が遠く聞こえる中、彼は意識を手放した。
***
カツン、カツン、と石畳を踏む靴音が聞こえてきてマルクは目を覚ました。
ガチャガチャと何重にも施された鍵を解除する音がして、ギィィィと牢の扉が開いた。
「おい、飯の時間だ」
厳つい大男が入ってきたからか、黴臭い空気にほんの少しだけ清浄な空気が入り込んできた。
まともな具の入っていない粗末な粥を、マルクの前に乱暴に置く。
「ほら、食え」
マルクは麻痺して動かない右手を必死に動かして、お世辞にも美味しいとは言えない粥を口に運ぶ。
その様子を大男は汚いものを見る目で見ていた。
その視線が気になったマルクは、チラリと彼の方を見た。
「何見てんだよ!」
刹那、拳がとんでくる。
みぞおちに拳がめり込んで、胃に入ったばかりの物が逆流しかけた。
地面に倒れたマルクを、大男は容赦なく踏みつけにする。
「ムカつくんだよその目が!魔女のくせに!」
続け様に何度も何度も蹴りを食らわす。
その目にはは怒りというよりも、歪んだ優越感が浮かんでいた。
ボキッ、ゴキッと鈍い音がするたびに、強烈な痛みがマルクの全身に駆け巡った。
どうにか頭部を庇おうと、小さく縮こまる。
魔法で対抗しようとしても、痺れる手のせいであろうか、あの日から魔法は使えなくなっていた。
それでも彼は必死に耐えていた。
きっと両親が助けてくれる。
マホロアだってフォローしてくれるに違いない。
いつか、必ず救われる。
そう思うことで、この惨めな生活を何とか乗り越えてきていた。
そうしなければ、彼は耐えることができなかった。
蹴ることに飽きたのか、ようやく男は足を降ろした。
ペッと痰を吐き捨てて、再び汚いものを見る目でマルクを見下ろす。
「親にも友達にも捨てられちまったんだ。
もうお前死ねよ」
ピシン、と何かが罅割れる音がした。
全身がぶるぶると震えるのを、まともに動かない両手で抱き締めようとする。
「嘘だ……」と呟いて顔を上げると、男の顔が下卑た笑みを浮かべた。
他人の不幸を喜ぶ醜い笑みだ。
「嘘じゃねえよ。
おまえの母ちゃんなんて『あんなの息子じゃありません』だってよ。
傑作だな!」
「嘘……だ……」
見開かれたマルクの瞳から涙が零れた。
何度殴られ蹴られても、決して流れなかった涙が。
ガラガラと音を立てて、彼の世界が崩壊していく。
約10年、培ってきたものが一瞬にして消え去っていく。
信じていたのに。
世界中から拒絶されても、彼らだけは彼を受け入れてくれると、何の根拠もなく信じていたのに。
それは見事なまでに、裏切られていたのだ。
『バケモノ!バケモノ!』
『オマエハイラナイコダ!』
『デテイケ!』
罵声と共に、嘲笑がケタケタと頭の中に響く。
記憶に残っている大切な人たちの笑顔が、醜く歪んでいく。
信じたくない。
受け入れたくない。
認めたくない。
「嘘だ……」
「……嘘じゃねえって」
男の目が、一瞬だけ憐れむように伏せられた。
かえってそれが、口から出任せの嘘ではないということを暗に示している。
「嘘だああああああああああああ!」
獣のような絶叫が、古ぼけた牢屋に反響する。
自分の味方はもう誰もいない。
彼はそう悟った。
***
暗い牢屋の中で、壊れた人形が座っている。
いや違う……それは少年だった。
「おい、こっちに来い」
果たしてあれから何日経ったのだろうか。
大男が、マルクを引き摺るように何処かへ連れ出した。
無理やり引っ張られ首が痛んだが、今更抵抗する気もない。
遠くから民衆のざわめきが聞こえてきて、マルクは遂に運命の日がやってきたのだと理解した。
それでも彼は、大した反応を返せなかった。
いずれこのような日が来るのだとわかりきっていたからだ。
処刑が行われる広場にはたくさんの人々が集まってた。
普段は処刑にはあまり人が集まらない。
しかし今回は『本物』が処刑されるのだ。
野次馬根性が旺盛な民衆は、我先にと前の方の席を陣取っていた。
マルクは逆十字にくくりつけられた。
鎖に繋がれていた腕は、すっかり細くなっていた。
松明に火が灯されたのか、焦げた臭いが漂っている。
騒ぐ民衆を見下ろしながら彼は、ああもう自分は死ぬのだとやけに冷静に現実を受け止めていた。
松明はぱちぱちと音を立てながら、段々と彼に近づいていく。
足元に熱を感じると、生存本能のせいか逃げようと勝手に足が動く。
だが身体に力は入らず、指先を動かすのさえままならない。
彼はもう、精神的には何もかもを諦めていた。
さんざん蔑まれて、今も見世物にされていて、もう疲れてしまっていた。
この世界と早く決別したいとさえ思っていた。
『――ユーは、それでいいのデスか?』
不意に、頭の中に誰かの声が響いてきた。
誰の声だなんて疑問を持たず、マルクはぼんやりと返す。
「知るかよ……こんな世界、もう……ボクは平和に過ごしたかっただけなのに。
なんでこんな力を持っていたんだ」
血が滲むほどに唇を噛み締める。
炎が目前に迫る。
彼はギュッと目を閉じた。
『本当に?
死んでもいいのデスか?』
「だって、ボクはもう死ぬじゃないかっ……」
マルクが叫ぶように返すと、執行人は怪訝な顔をしながら松明を更に近づけた。
ジリジリとした熱が彼の皮膚を侵食していく。
心臓がギュッと縮み上がった。
もうその感覚は失くしたと思っていた。
生きる気力なんて、もう失くしたと思っていた。
そう思い込まなければ、心が壊れてしまいそうだった。
ただでさえ拒絶された痛みがあるのに、死の恐怖なんて彼に抱えきれるはずがなかった。
死の恐怖から逃げるには、死に怯える自分自身から逃げるしかなかったのだ。
でも本当は
『もう一度聞きマス。
ユーはそれでいいのデスか?』
もう一度問われ、彼は喉の奥から絞り出すように声を出した。
「……シニタク、ナイ」
生きていたい……それが彼の本音だった。
マルクの瞳から涙が一粒零れ落ちる。
透明な雫が地面に落ち、波紋を作った。
『それならば望みなサイ。
そうすれば道は開かれマス』
脳内に笑いを含む声が響く。
その瞬間、何かが彼の中で弾けた。
「うあぁぁぁぁぁああああっあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!!!!!!」
大男に殴られたときよりも遥かに鮮烈な痛みに、マルクは叫んでいた。
背には松明とは比べ物にならない熱を感じている。
彼を中心に白に近い黄の光が炸裂し、空へ突き上げていく。
閃光に目が眩んだ民衆は一斉に目を覆った。
ようやく光が消えた時、彼の姿はどこにもなかった。
火にくべられた十字架の残骸が、虚しく黒煙を上げている。
ざわめく民衆の中から、彼の名を呼びながらすすり泣く声が聞こえた気がした。
―――――――
―――――
―――
「やった!
ちゃんと覚醒できマシタよ!」
「あれほどの力を持っていて、よく身体が壊れませんでしたね……」
「相当死にたくなかったのデスよ。
しかも翼持ちだなんてレアデスよ!」
どこからか声が聞こえてきて、マルクはおぼろ気に意識を取り戻し始めた。
ひどくひょうきんな声と、冷静な声。
どちらも男のそれだ。
「それにしても……なんだかユーと出会った頃を思い出しマスね……」
「そんな昔の話を出さないでください。
……思い出したくもない」
「……ソーリー、言わないって約束デシたネ」
「……この子も、辛い思いをしたのでしょう……まだ幼いのに、可哀想に……」
頬に布の感触と、それを通り越して温かさを感じる。
マルクはうっすらと目を開けた。
「……お目覚めですか?」
「Good morning!
名前的にGuten morgenの方があってマスか?」
視界に飛び込んできたのは、橙色の髪と瞳の中性的な少年と、黒髪で黄の瞳の青年だった。
どちらも美形の部類に入るであろう男性である。
「っく……!」
「まだ動かない方がいいですよ」
全身を貫く痛みに呻くマルクを、橙色の少年が制した。
そのまま手を翳すと、柔らかい橙色の光が放たれ、マルクの身体をふわりと包み込んだ。
痛みがすっと和らいでいき、傷は完全でないものの治っていった。
「……まほ、う?」
「そうです。
私達は、貴方の仲間です」
少年は優しく微笑む。
その瞳には、優しさと同じくらいに悲しみが浮かんでいた。
「それってどういうっ……!」
起き上がろうとして、彼は背中に大きな違和感を覚えた。
恐る恐る背中に視線をやると、思わずヒッ!と悲鳴が漏れてしまった。
彼の背中には翼が生えていた。
黄色い骨格に、キラキラと光る七色の羽のようなモノ。
それは明らかにヒトが持つモノではなかった。
かといって鳥類が持つような翼ではない。
「なに、これ……」
心臓がバクバクと脈を打っていた。
異形の翼は、それほど彼に衝撃をもたらしたのだ。
「ねぇ、コレは何なのサ?
ボクはどうしちゃったっていうのサ?」
マルクは今にも泣きだしそうだった。
それも当然だ。
突然翼が生えてきたら、誰だって自分の心配をするだろう。
少年は目を伏せ、意を決したように口を開きかけた。
「ああ、本当に素晴らしい!」
少年の言葉を遮って、その場に似合わぬ楽しそうな声がした。
黒髪の青年の声である。
「ユーは選ばれし存在!
偉大なるハルカンドラの血を引く者!
古の女王の力を継ぐ者なのデス!」
両手を広げ、やや芝居がかった口調で語る彼はどこかピエロじみている。
彼は恍惚とした笑みを浮かべていた。
一方黄の瞳は、無邪気とも呼べる輝きを宿している。
酔ったようにも見えるその姿は、一種の狂気すら感じさせた。
「さぁ、ミーたちとトゥゲザーするのデス!
ハルカンドラを復活させるのデス!
古の魔力と共に!」
白い手袋に包まれた青年の手が、マルクに差し伸べられる。
しかしマルクはそれをパンと大きな音をたてて振り払った。
「要らない!そんなの要らない!
ハルカンドラとか……そんなの知らない!
ボクはただ、普通でいたかっただけだ!
なんで……なんでこんな力持ってたんだよ!?」
声を裏返しながら訴えるマルク。
その2色の瞳からは、涙がとめどなく溢れていた。
橙色の少年は悲しそうに表情を歪めた。
しかし黒髪の青年は、先ほどの笑顔からは想像もつかないような硬い表情をしていた。
軽蔑するような眼差しで、泣くじゃくるマルクを見下ろしている。
「まったく、面倒デスね……力さえ得られればいいから喰い殺してしまいまショウか?」
黄色い瞳が陰惨な光を宿す。
口元は笑みを刻んでいるものの、彼の目は確実に笑っていなかった。
本能的な恐怖を感じ、マルクは全身を震わせる。
先程の松明の火の直接的な恐怖でなく、身体の奥から沸き起こるような、底が見えない恐怖だった。
青年がマルクの方に手を伸ばそうとしたとき、彼の目の前に黒い背中が立ち塞がった。
「……やめてください、彼は少し混乱しているだけでしょう」
庇うように立っている彼の声は少し震えていた。
心なしか身体も震えているように見える。
少年に向けられた黄色い瞳が、楽しそうな色を宿した。
「やけに庇うのデスね。
やはり重ね合わせてる」
「……否定はしません。
それに、彼は羽翼持ち……ただの魔力の糧にするには勿体無いはずです」
しばらく重い沈黙が続き……唐突に青年が噴き出した。
さっきと打って変わって本当に楽しそうに笑うと、少年の頭をぐりぐりと撫でた。
「ハハッ、ランも大人になりマシタね~!
ミーは嬉しいデス、ユーが立派に育ってくれて!」
「なっ……!
いつまで子ども扱いするつもりですか!?
そういうのいい加減止めてください!」
唐突に和んだ空気に、マルクはどうしたらいいのかわからなくなった。
とりあえず助けてくれた彼にお礼を言おうとしたが、声が喉に絡んで出てこない。
「まあ、ランの気持ちに免じて生かしてあげマス。
放っておきマショ。
覚醒済みでパワーセーヴも必要もないデスしね」
「え、放置ですか……?」
「来たくないというのだから仕方ないデショ?
それに……一つ気になることもありマスし」
さ、行きまショウ!と言うや否や、青年はあっさりと消えてしまった。
彼に「ラン」と呼ばれていた少年は、悲しそうな笑みを浮かべながらマルクの頭を撫でる。
「……いつかまた会いましょうね。
そのときまでどうかお元気で」
彼もフッと消えていく。
取り残されたマルクは、大きく溜め息をついた。
「……なんで、生き残っちゃったんだろ」
誰に問いかけるともなく呟く。
自分に対する問いかけだとしても、彼はその答えを自覚していなかった。
「これからどうしよ……」
先程の二人はいなくなってしまったから、自分でどうにかするしかない。
しかし彼は、自分の現在位置すらわかっていなかった。
彼の周りに広がるのは、荒廃しきった世界だった。
マグマが宙に浮いていたりと、妙に現実味がない。
何故か、懐かしさも感じられた。
その懐かしさから、思わず家族や友人のことを思い出してしまった。
裏切った彼らの事なんて、思い出したくもなかったはずなのに。
それでも頭の中には次々と懐かしい顔や声が浮かんでくる。
いくら魔法が使えるとしても、彼はまだ子供だ。
彼らを思い出すと、自然と涙が溢れてしまいそうだった。
慌てて袖口で目を擦ると、キッと目の前を睨んだ。
もう彼らの為に涙を流したくはなかったのだ。
無理矢理悲しみを抑え付けようとすると、別の感情が彼の心にむくむくと沸き起こってきた。
ちょうど暗雲が立ち込めていくように、黒い感情が彼の心を満たしていく。
そしてそれは刃の形になり、彼の心を突き刺した。
どうしようもないほどの破壊欲と征服欲が、彼の心に渦巻いていた。
薄い唇が歪み、弧を描く。
二色の瞳が獣じみた光を宿した。
「……もういい
ボクは自分勝手に生きる。
モラルも倫理も糞喰らえ」
行く当ても帰る場所もどこにもない彼は、星空を見上げながらそう吐き捨てた。
そのまま背に携えた翼を広げ、空に向かって跳躍する。
銀河はどこまでもキラキラと輝いていた。
「……ぜーんぶ、ボクだけのモノにしたいなぁ……そうすれば、もう二度とボクから離れていかない……裏切られない……」
うわごとのように呟くその言葉は、誰にも伝わらずに消えていく。
彼がポップスターに目をつけ、魔の衝動に呑み込まれるのは、それから少し先の話――。
NEXT
→あとがき
温かいベッドの中から、モゾモゾと頭を出す。
ぼんやり開いた赤と青の瞳が、卓上に置かれた時計を視界に捉えた。
しかし次の瞬間、少年……マルクの目は大きく見開かれた。
「っあああぁぁああっ!!!!
遅刻ぅぅぅぅっ!?」
マルクは部屋中……否、家中に響き渡る声をあげると、光の速さで着替え、鞄を掴んで階段を駆け降りた。
そのままリビングに駆け込むと、家族が声をかけるのも構わず、卓上の食パンを掴んで家を飛び出す。
朝特有の爽やかな空気の中、食パンをかじりながら走る。
いつもの場所へ向かうと、同じくらいの背丈の少年が葉桜の木下でマルクを待ち構えていた。
「ご、ごめんなのサ!」
「遅刻ダヨォ!」
待っていた少年……マホロアが不満そうな顔でマルクを睨む。
マルクはキョロキョロと回りを見渡し、誰もいないことを確認するとマホロアの手を取った。
「っ……ワープ!」
金色の光がふわりと二人を包む。
次の瞬間、二人は学校の裏にいた。
一瞬だけよろけたマルクを、マホロアは慌てて支えた。
「はぁっ、はぁっ……遅刻回避」
「ネェ、あと10分位早く起キテくれないカナァ?」
「いいだろ!?間に合ったんだからサ!
誰のお陰で免れたと思ってるのサ!」
「誰のせいで遅刻しかけたんだろうネェ?」
「……っ、ほら、早く行くのサ!
チャイムなっちゃうのサ!」
二人は急いで正門に回り、校舎の中へと駆け込んだ。
そのまま廊下をダッシュし、教室に駆け込むと同時にチャイムが鳴る。
「おはよう、二人ともまたギリギリかよ!」
クラスメイトが笑いながら話しかけてくる。
曖昧に簿かして席につくと、真面目そうな担任が教室に入ってきた。
先生が無表情のまま、一人ひとりの出席をとる。
端から見たらありきたりな日常風景である。
しかし、いつもと違うところがあった。
1つだけ空いた席。
1つだけ飛ばされた名前。
休みだったら、先生はそう言うはずである。
教室の空気が少しずつ緊張感で満たされていく。
点呼が最後まで終わったあと、先生は無表情だった瞳の奥に悲しそうな色を滲ませながら呟いた。
「ダミアン・イェリネク君が先日諸事情により転校しました」
教室内の緊張が最高潮に達した。
凍り付いた、と表現してもいいかもしれない。
嘘だ、とマルクは叫びそうになった……が、すんでのところで飲み込む。
静まり返っていた教室が、少しづずつさざめき始めた。
「……魔女狩りだろ、絶対」
「魔女裁判されてたらしいからな、アイツ」
後ろの席の二人の会話が、マルクの心臓をギュッと縮こませた。
俯いて机の木目を凝視してしまう。
微かに聞こえてくるすすり泣きが、心の重さを更に増させた。
彼らの済む国には、特殊な風習があった。
『魔女狩り』である。
疑いのある人物を魔女裁判にかけ、魔女と判定されれば処刑されてしまうという、なんとも歪んだ風習だ。
ちなみに魔『女』と言っても、男もしっかり狩られてしまう。
彼らの国では、魔の類いが忌み嫌われていた。
その中で本物の魔法使いが暮らすためには、自らの力を隠すしかなかった。
だからマルクは、幼少期に自分に魔力があると悟ってから、力を知られてしまわないように細心の注意を払っていた。
家族でさえもそれを知らなかったのである。
唯一無二の親友、マホロア以外は誰も。
だから無事に、平穏に暮らすことができていたのだ。
しかしこうして友人が狩られても、彼には何もできないし、次狩られるのは自分かもしれない。
彼の生活は常に危険や恐怖と隣り合わせだった。
クラスメイトが一人いなくなっても、その日は何事もなかったように平穏に過ぎた。
ダミアンがどうなったかは、誰も話題にしない。
否、誰もがわかっているからあえて口に出さなかったのだ。
その日の帰り、マルクとマホロアはいつものように一緒に帰っていた。
いつもはアホみたいに騒ぎながら帰っていたが、その日はどうしてもそんな気になれなかった。
会話も途切れ途切れになってしまう。
「ダミアン、魔女だったのカナァ?」
信号待ちをしているとき、不意にマホロアがポツリと漏らした。
問われたマルクは首を力無く振る。
「……違うと思う、そんな感じはしなかったのサ。
……魔力がある人なら、多分感覚でわかる」
「フウン……」
よくわかんないや、とマホロアが呟く。
赤信号が青に変わり、二人は歩き始めた。
不意にキー!とけたたましいブレーキ音が鳴り響いた。
マルクが驚いてそちらの方を見ると、信号無視をした黒い車が、マホロアの方へ突っ込んできた。
一歩遅れて気付いたマホロアの表情が驚愕に見開かれる。
マルクにはその光景がスローモーションのように見えていた。
「マホロアアアアアッ!!」
咄嗟にマルクは動いていた。
彼の両手から黄色い光が放たれる。
車がマホロアにぶつかる寸前、彼の前に光の壁ができていた。
壁がエネルギーを吸収すると、車は安全に停止した。
役目を終えた壁は、光の粒子になって消える。
気が抜けたのか、マホロアがペタンと尻餅をついた。
全ては一瞬の出来事だった。
「マホロア!大丈夫なのサ!?」
「マル、ク……」
マホロアが何かを言おうと口を開いたとき、そこらじゅうから悲鳴が上がった。
「うわあああああ!魔女だ!魔女だあああああ!」「ひっ捕らえろ!」「殺せ!殺せ!」
マルクを見ていた者たちが、一斉に悲鳴をあげたのだ。
逃げ出すものがほとんどであったが、一部の者が駆けつけて彼の身体を押さえ付ける。
「離……っ!」
抵抗しようにも地面に押し付けられてしまっては、まともな抵抗ができるはずもない。
「やめテ!ヤメロヨォ!」
マホロアが男たちを止めようと必死に掴み掛る。
が、強く突き飛ばされて地面に倒れ伏してしまった。
「マホロッ……!」
マルクはマホロアの方へ手を伸ばしかける。
その瞬間、首の後ろに手刀が叩き込まれた。
ガクン、とマルクの身体から力が抜けて崩れ落ちる。
「マルクッ……!」
マホロアの声が遠く聞こえる中、彼は意識を手放した。
***
カツン、カツン、と石畳を踏む靴音が聞こえてきてマルクは目を覚ました。
ガチャガチャと何重にも施された鍵を解除する音がして、ギィィィと牢の扉が開いた。
「おい、飯の時間だ」
厳つい大男が入ってきたからか、黴臭い空気にほんの少しだけ清浄な空気が入り込んできた。
まともな具の入っていない粗末な粥を、マルクの前に乱暴に置く。
「ほら、食え」
マルクは麻痺して動かない右手を必死に動かして、お世辞にも美味しいとは言えない粥を口に運ぶ。
その様子を大男は汚いものを見る目で見ていた。
その視線が気になったマルクは、チラリと彼の方を見た。
「何見てんだよ!」
刹那、拳がとんでくる。
みぞおちに拳がめり込んで、胃に入ったばかりの物が逆流しかけた。
地面に倒れたマルクを、大男は容赦なく踏みつけにする。
「ムカつくんだよその目が!魔女のくせに!」
続け様に何度も何度も蹴りを食らわす。
その目にはは怒りというよりも、歪んだ優越感が浮かんでいた。
ボキッ、ゴキッと鈍い音がするたびに、強烈な痛みがマルクの全身に駆け巡った。
どうにか頭部を庇おうと、小さく縮こまる。
魔法で対抗しようとしても、痺れる手のせいであろうか、あの日から魔法は使えなくなっていた。
それでも彼は必死に耐えていた。
きっと両親が助けてくれる。
マホロアだってフォローしてくれるに違いない。
いつか、必ず救われる。
そう思うことで、この惨めな生活を何とか乗り越えてきていた。
そうしなければ、彼は耐えることができなかった。
蹴ることに飽きたのか、ようやく男は足を降ろした。
ペッと痰を吐き捨てて、再び汚いものを見る目でマルクを見下ろす。
「親にも友達にも捨てられちまったんだ。
もうお前死ねよ」
ピシン、と何かが罅割れる音がした。
全身がぶるぶると震えるのを、まともに動かない両手で抱き締めようとする。
「嘘だ……」と呟いて顔を上げると、男の顔が下卑た笑みを浮かべた。
他人の不幸を喜ぶ醜い笑みだ。
「嘘じゃねえよ。
おまえの母ちゃんなんて『あんなの息子じゃありません』だってよ。
傑作だな!」
「嘘……だ……」
見開かれたマルクの瞳から涙が零れた。
何度殴られ蹴られても、決して流れなかった涙が。
ガラガラと音を立てて、彼の世界が崩壊していく。
約10年、培ってきたものが一瞬にして消え去っていく。
信じていたのに。
世界中から拒絶されても、彼らだけは彼を受け入れてくれると、何の根拠もなく信じていたのに。
それは見事なまでに、裏切られていたのだ。
『バケモノ!バケモノ!』
『オマエハイラナイコダ!』
『デテイケ!』
罵声と共に、嘲笑がケタケタと頭の中に響く。
記憶に残っている大切な人たちの笑顔が、醜く歪んでいく。
信じたくない。
受け入れたくない。
認めたくない。
「嘘だ……」
「……嘘じゃねえって」
男の目が、一瞬だけ憐れむように伏せられた。
かえってそれが、口から出任せの嘘ではないということを暗に示している。
「嘘だああああああああああああ!」
獣のような絶叫が、古ぼけた牢屋に反響する。
自分の味方はもう誰もいない。
彼はそう悟った。
***
暗い牢屋の中で、壊れた人形が座っている。
いや違う……それは少年だった。
「おい、こっちに来い」
果たしてあれから何日経ったのだろうか。
大男が、マルクを引き摺るように何処かへ連れ出した。
無理やり引っ張られ首が痛んだが、今更抵抗する気もない。
遠くから民衆のざわめきが聞こえてきて、マルクは遂に運命の日がやってきたのだと理解した。
それでも彼は、大した反応を返せなかった。
いずれこのような日が来るのだとわかりきっていたからだ。
処刑が行われる広場にはたくさんの人々が集まってた。
普段は処刑にはあまり人が集まらない。
しかし今回は『本物』が処刑されるのだ。
野次馬根性が旺盛な民衆は、我先にと前の方の席を陣取っていた。
マルクは逆十字にくくりつけられた。
鎖に繋がれていた腕は、すっかり細くなっていた。
松明に火が灯されたのか、焦げた臭いが漂っている。
騒ぐ民衆を見下ろしながら彼は、ああもう自分は死ぬのだとやけに冷静に現実を受け止めていた。
松明はぱちぱちと音を立てながら、段々と彼に近づいていく。
足元に熱を感じると、生存本能のせいか逃げようと勝手に足が動く。
だが身体に力は入らず、指先を動かすのさえままならない。
彼はもう、精神的には何もかもを諦めていた。
さんざん蔑まれて、今も見世物にされていて、もう疲れてしまっていた。
この世界と早く決別したいとさえ思っていた。
『――ユーは、それでいいのデスか?』
不意に、頭の中に誰かの声が響いてきた。
誰の声だなんて疑問を持たず、マルクはぼんやりと返す。
「知るかよ……こんな世界、もう……ボクは平和に過ごしたかっただけなのに。
なんでこんな力を持っていたんだ」
血が滲むほどに唇を噛み締める。
炎が目前に迫る。
彼はギュッと目を閉じた。
『本当に?
死んでもいいのデスか?』
「だって、ボクはもう死ぬじゃないかっ……」
マルクが叫ぶように返すと、執行人は怪訝な顔をしながら松明を更に近づけた。
ジリジリとした熱が彼の皮膚を侵食していく。
心臓がギュッと縮み上がった。
もうその感覚は失くしたと思っていた。
生きる気力なんて、もう失くしたと思っていた。
そう思い込まなければ、心が壊れてしまいそうだった。
ただでさえ拒絶された痛みがあるのに、死の恐怖なんて彼に抱えきれるはずがなかった。
死の恐怖から逃げるには、死に怯える自分自身から逃げるしかなかったのだ。
でも本当は
『もう一度聞きマス。
ユーはそれでいいのデスか?』
もう一度問われ、彼は喉の奥から絞り出すように声を出した。
「……シニタク、ナイ」
生きていたい……それが彼の本音だった。
マルクの瞳から涙が一粒零れ落ちる。
透明な雫が地面に落ち、波紋を作った。
『それならば望みなサイ。
そうすれば道は開かれマス』
脳内に笑いを含む声が響く。
その瞬間、何かが彼の中で弾けた。
「うあぁぁぁぁぁああああっあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!!!!!!」
大男に殴られたときよりも遥かに鮮烈な痛みに、マルクは叫んでいた。
背には松明とは比べ物にならない熱を感じている。
彼を中心に白に近い黄の光が炸裂し、空へ突き上げていく。
閃光に目が眩んだ民衆は一斉に目を覆った。
ようやく光が消えた時、彼の姿はどこにもなかった。
火にくべられた十字架の残骸が、虚しく黒煙を上げている。
ざわめく民衆の中から、彼の名を呼びながらすすり泣く声が聞こえた気がした。
―――――――
―――――
―――
「やった!
ちゃんと覚醒できマシタよ!」
「あれほどの力を持っていて、よく身体が壊れませんでしたね……」
「相当死にたくなかったのデスよ。
しかも翼持ちだなんてレアデスよ!」
どこからか声が聞こえてきて、マルクはおぼろ気に意識を取り戻し始めた。
ひどくひょうきんな声と、冷静な声。
どちらも男のそれだ。
「それにしても……なんだかユーと出会った頃を思い出しマスね……」
「そんな昔の話を出さないでください。
……思い出したくもない」
「……ソーリー、言わないって約束デシたネ」
「……この子も、辛い思いをしたのでしょう……まだ幼いのに、可哀想に……」
頬に布の感触と、それを通り越して温かさを感じる。
マルクはうっすらと目を開けた。
「……お目覚めですか?」
「Good morning!
名前的にGuten morgenの方があってマスか?」
視界に飛び込んできたのは、橙色の髪と瞳の中性的な少年と、黒髪で黄の瞳の青年だった。
どちらも美形の部類に入るであろう男性である。
「っく……!」
「まだ動かない方がいいですよ」
全身を貫く痛みに呻くマルクを、橙色の少年が制した。
そのまま手を翳すと、柔らかい橙色の光が放たれ、マルクの身体をふわりと包み込んだ。
痛みがすっと和らいでいき、傷は完全でないものの治っていった。
「……まほ、う?」
「そうです。
私達は、貴方の仲間です」
少年は優しく微笑む。
その瞳には、優しさと同じくらいに悲しみが浮かんでいた。
「それってどういうっ……!」
起き上がろうとして、彼は背中に大きな違和感を覚えた。
恐る恐る背中に視線をやると、思わずヒッ!と悲鳴が漏れてしまった。
彼の背中には翼が生えていた。
黄色い骨格に、キラキラと光る七色の羽のようなモノ。
それは明らかにヒトが持つモノではなかった。
かといって鳥類が持つような翼ではない。
「なに、これ……」
心臓がバクバクと脈を打っていた。
異形の翼は、それほど彼に衝撃をもたらしたのだ。
「ねぇ、コレは何なのサ?
ボクはどうしちゃったっていうのサ?」
マルクは今にも泣きだしそうだった。
それも当然だ。
突然翼が生えてきたら、誰だって自分の心配をするだろう。
少年は目を伏せ、意を決したように口を開きかけた。
「ああ、本当に素晴らしい!」
少年の言葉を遮って、その場に似合わぬ楽しそうな声がした。
黒髪の青年の声である。
「ユーは選ばれし存在!
偉大なるハルカンドラの血を引く者!
古の女王の力を継ぐ者なのデス!」
両手を広げ、やや芝居がかった口調で語る彼はどこかピエロじみている。
彼は恍惚とした笑みを浮かべていた。
一方黄の瞳は、無邪気とも呼べる輝きを宿している。
酔ったようにも見えるその姿は、一種の狂気すら感じさせた。
「さぁ、ミーたちとトゥゲザーするのデス!
ハルカンドラを復活させるのデス!
古の魔力と共に!」
白い手袋に包まれた青年の手が、マルクに差し伸べられる。
しかしマルクはそれをパンと大きな音をたてて振り払った。
「要らない!そんなの要らない!
ハルカンドラとか……そんなの知らない!
ボクはただ、普通でいたかっただけだ!
なんで……なんでこんな力持ってたんだよ!?」
声を裏返しながら訴えるマルク。
その2色の瞳からは、涙がとめどなく溢れていた。
橙色の少年は悲しそうに表情を歪めた。
しかし黒髪の青年は、先ほどの笑顔からは想像もつかないような硬い表情をしていた。
軽蔑するような眼差しで、泣くじゃくるマルクを見下ろしている。
「まったく、面倒デスね……力さえ得られればいいから喰い殺してしまいまショウか?」
黄色い瞳が陰惨な光を宿す。
口元は笑みを刻んでいるものの、彼の目は確実に笑っていなかった。
本能的な恐怖を感じ、マルクは全身を震わせる。
先程の松明の火の直接的な恐怖でなく、身体の奥から沸き起こるような、底が見えない恐怖だった。
青年がマルクの方に手を伸ばそうとしたとき、彼の目の前に黒い背中が立ち塞がった。
「……やめてください、彼は少し混乱しているだけでしょう」
庇うように立っている彼の声は少し震えていた。
心なしか身体も震えているように見える。
少年に向けられた黄色い瞳が、楽しそうな色を宿した。
「やけに庇うのデスね。
やはり重ね合わせてる」
「……否定はしません。
それに、彼は羽翼持ち……ただの魔力の糧にするには勿体無いはずです」
しばらく重い沈黙が続き……唐突に青年が噴き出した。
さっきと打って変わって本当に楽しそうに笑うと、少年の頭をぐりぐりと撫でた。
「ハハッ、ランも大人になりマシタね~!
ミーは嬉しいデス、ユーが立派に育ってくれて!」
「なっ……!
いつまで子ども扱いするつもりですか!?
そういうのいい加減止めてください!」
唐突に和んだ空気に、マルクはどうしたらいいのかわからなくなった。
とりあえず助けてくれた彼にお礼を言おうとしたが、声が喉に絡んで出てこない。
「まあ、ランの気持ちに免じて生かしてあげマス。
放っておきマショ。
覚醒済みでパワーセーヴも必要もないデスしね」
「え、放置ですか……?」
「来たくないというのだから仕方ないデショ?
それに……一つ気になることもありマスし」
さ、行きまショウ!と言うや否や、青年はあっさりと消えてしまった。
彼に「ラン」と呼ばれていた少年は、悲しそうな笑みを浮かべながらマルクの頭を撫でる。
「……いつかまた会いましょうね。
そのときまでどうかお元気で」
彼もフッと消えていく。
取り残されたマルクは、大きく溜め息をついた。
「……なんで、生き残っちゃったんだろ」
誰に問いかけるともなく呟く。
自分に対する問いかけだとしても、彼はその答えを自覚していなかった。
「これからどうしよ……」
先程の二人はいなくなってしまったから、自分でどうにかするしかない。
しかし彼は、自分の現在位置すらわかっていなかった。
彼の周りに広がるのは、荒廃しきった世界だった。
マグマが宙に浮いていたりと、妙に現実味がない。
何故か、懐かしさも感じられた。
その懐かしさから、思わず家族や友人のことを思い出してしまった。
裏切った彼らの事なんて、思い出したくもなかったはずなのに。
それでも頭の中には次々と懐かしい顔や声が浮かんでくる。
いくら魔法が使えるとしても、彼はまだ子供だ。
彼らを思い出すと、自然と涙が溢れてしまいそうだった。
慌てて袖口で目を擦ると、キッと目の前を睨んだ。
もう彼らの為に涙を流したくはなかったのだ。
無理矢理悲しみを抑え付けようとすると、別の感情が彼の心にむくむくと沸き起こってきた。
ちょうど暗雲が立ち込めていくように、黒い感情が彼の心を満たしていく。
そしてそれは刃の形になり、彼の心を突き刺した。
どうしようもないほどの破壊欲と征服欲が、彼の心に渦巻いていた。
薄い唇が歪み、弧を描く。
二色の瞳が獣じみた光を宿した。
「……もういい
ボクは自分勝手に生きる。
モラルも倫理も糞喰らえ」
行く当ても帰る場所もどこにもない彼は、星空を見上げながらそう吐き捨てた。
そのまま背に携えた翼を広げ、空に向かって跳躍する。
銀河はどこまでもキラキラと輝いていた。
「……ぜーんぶ、ボクだけのモノにしたいなぁ……そうすれば、もう二度とボクから離れていかない……裏切られない……」
うわごとのように呟くその言葉は、誰にも伝わらずに消えていく。
彼がポップスターに目をつけ、魔の衝動に呑み込まれるのは、それから少し先の話――。
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→あとがき
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