夢を読む騎士
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「……珍しいな、お前が小説なんて」
熱心に本を読んでいた後姿に声をかけると、ブレイドの肩が大きく跳ねた。
「なんだ、そんな疚しいモンでも読んでるのか?」と軽い気持ちでからかってみたら目を逸らされた。
なんだその反応は?
まさか本当に?いやそれはそれで興奮するんだが……などとフリーズしていると、エロ本を読んでいると誤解されるよりはマシと判断したのか、本を閉じてそれを差し出して来た。
「こ、これは貰い物だ!
村の女の子になぜか渡されて……し、市井の人の娯楽を嗜むのも騎士としての努めだろう……!?」
印字されたタイトルを見てああ、と納得する。
詳しい内容までは知らないが俺も知っているものだ。
可愛らしい装丁のそれは、最近若い女性の間で話題になっている恋愛小説だった。
一般層向けのそれは決して疚しいものでは無いのだが、彼女にとっては如何わしい本に負けず劣らず恥ずかしいのだろう。
「いいんじゃないか?別に好きなの読めば」
「べ、別に好きとか興味あるとかじゃなくてな!?
騎士が出るというし、一般人の目には騎士がどう映っているのかの参考になるかなって……!」
必死な顔で弁明するブレイド。
あくまで大義名分らしきものが欲しいらしい……かなり無理矢理だが。
いかにも女の子が好みそうなものを素直に手に取れないのは相変わらずなんだよな。
そういうところも可愛いんだが、それを言うと拗ねて読まなくなってしまうかもしれないから、ちゃんと彼女の言い分に乗っておこう。
「へえ、騎士が出るのか?」
「あ、ああ。
3人の騎士がいて、誰派なのかとか、そういう話題でも盛り上がっているらしくてな」
ああよくあるよな派閥争い、と思いつつも3人の騎士というワードに妙に引っかかった。
いやまさか気にし過ぎだろうと思いつつも、もう少し突っ込んでみることにする。
「へえそれは面白そうだな。
どんな奴がいるんだ?」
「意外と食いつくな?
俺もまだ序盤しか読めてないんだけど……まあいっか。
えっと……まず“アイオ”っていうのがいて、主人公の好きな人。
3人の中では一番年上で上官でもあるんだと。
落ち着きと気品があって、新人の主人公を支えてくれる存在だな」
「へえ……」
「2人目の“ネフラ”はめちゃくちゃ良い奴。
主人公の恋を応援してて、何かとくっつけようとしてくるムードメーカー的なポジション。
爽やかで国民人気も高いんだってよ」
「……ほう?」
「最後の“ルベラ”は……さっきのとは逆で、ことある事に主人公の邪魔をする嫌な奴。
たとえば……ほら」
ブレイドは本をパラパラと捲り、ページを見せてきた。
そこには『「立場を弁えなさい。」赤い瞳はその炎にも似た色に反して、冷たく私を見下ろしてくる。心はまるで氷の槍に突き刺されたように痛み』云々と書いてある。
へえ、赤い瞳か……ふぅん……。
「ああ、アイオは騎士だけど貴族でもあってな。
主人公は庶民の出だから釣り合わない~ってやつだ。」
「身分違いの恋ってやつか」
「そうそう。
他にも物理的に邪魔したりパシったりしてくる嫌な奴だよ。
なんでか人気キャラっぽいけど俺はネフラ派なんだよな」
まあ、よくいるおじゃま虫ポジションなんだろう。
そういうキャラが好きって人結構いそうだしな。
……それよりも、俺にはこの本について色々と気になることができてしまった。
とはいえこの可愛い本を書店で買い求めるのも流石に勇気がいる――あ、良い手があるじゃないか。
ブレイドが読み終わったら借りよう。
「なあブレイド、後でこれ貸してくれないか?」
「ん、別に今でもいいぞ。
俺早く寝るし、今日の夜番の時にでも読めば?」
「いいのか?
じゃあ遠慮なく……」
「でも意外だな、お前こういうのに興味あるんだ?」
差し出された本を危うく取り落としてしまいそうになる。
まずいまずい、不覚にも動揺してしまった。
「や、別にそういう訳ではなくてだな。
流行を知るのもたまには良いかなと」
たしかに興味があるのに違いは無いのだが。
だが俺が恋愛小説に興味があると思われるのもそれはそれで複雑な心境で……いや今の時代、そんなことを言うのもどうなんだという気持ちが無い訳ではないが。
なんとなく、こう、俺のイメージというかなんというか。
……ああなるほど、図らずも恥ずかしいと思うブレイドの気持ちがよくわかってしまった。
「ふーん、別にいいけど」
そんな俺の心境も露知らず「ネタバレはするなよ!」と真剣な顔の彼女。
なんだ、やっぱり結構楽しんでるじゃないか。
……絶対、言わないけど。
***
夜番はあくまで有事の時にすぐに動けるように体制を整えておくためであり、何事もなければ基本的には好きなことをしていて良い。
といっても、生活リズムのためにも素直に寝る者がほとんどだが。
今回も例外ではなかったようで、隊員が全員が寝静まったのを確認した後、こっそりと本を開いた。
静かな部屋には紙をめくる音だけ。
明日は非番だ、少しくらい夜更かししても問題ないだろう。
「……ふむ」
よくある三文小説かと侮っていたが、意外と面白い。
イケメン騎士目当てというあまりにも不純な動機で救護隊に入隊した主人公“クリス”が、仕事を通じてだんだんと成長していくのは王道で、だからこそ“良い”。
死にかけた少年の救助に成功したのをきっかけに真剣に仕事に向き合うようになったのは素直に賞賛したし、隊内で対立していた派閥を和解させようと奔走する姿は応援したくなる。
「絶対に死なせません!私たちが全員助けてみせます!」と啖呵を切って、救護隊が団結していく姿は一種の青春ドラマにも見えるだろう。
なるほど、恋愛要素以外にも魅力があるからこその人気なのか。
だが、やはりメインはラブストーリーだ。
3人の騎士はそれぞれ違った魅力を持っていて、だからこそ好みが分かれるのだろう。
ひたすらに高みを目指し続ける高潔な青の騎士“アイオ”。
国民の信頼が厚く、爽やかで朗らかな緑の騎士“ネフラ”。
そして、主人公にキツく当たるように見せかけて、時折優しさを滲ませるツンデレな赤の騎士“ルベラ”。
なかなか個性的な面々だ。
うんうん、なるほど。
思った通りだ。
ど う 見 て も 俺 た ち が モ デ ル だ !
騎士団のトップの3人が青赤緑って。
青ストイック赤ツンデレ緑爽やかって。
どう見ても俺たち……というか、周囲から見た俺たち以外の何物でもないんだよ。
いや自分で爽やかとか朗らかとかいなうのどうなんだって話だが実際そう言われてるし……。
それは厳しい卿とブレイドとのバランスを考えた結果なんだが今はそんな事どうでもいい。
この本の存在の方が問題だ。
正直、ブレイドから話を聞いた時から怪しいとは思っていた。
思ってはいたが俺の自意識過剰で、偶然一致しただけという可能性も否定できない。
だが、読めば読むほど俺たちなんだ。
アイオ卿もといメタナイト卿とかかなり夢入ってるけど!
普段は厳しいのに「よく頑張ってるな」って主人公にだけ微笑んで頭を撫でるとか想像するとギャグにしかならないけど!
ていうか他にもよく見るとイタズラ好きな魔法使いとかその妹分の魔法少女とか作者の趣味がかなり漏れてるように見えるんだが……?
某コンビ?カップル?を彷彿とさせられながらページをめくり、そして脱力する。
『「えっ、ルベラ様これはいったい……?」
ルベラ様に渡されたのは籠いっぱいの焼菓子。甘い匂いがふわりと香って、ついお腹が鳴ってしまいそう。
「べっ、別に貴女の為に用意したわけではありませんよ。たまたま買出しに行ったら以前貴女が好きと言っていたものがたまたまあったから……」
「それってつまり私の為では……?」
「っ……!よ、用は済みましたから帰ります!さようなら!」
足早に去ろうとする彼の腕を咄嗟に掴む。
驚いた顔で振り返る彼に、考えるよりも先に声をかけていた。
「せっかくですし、一緒に食べましょう?」』
もうこれなんて俺とブレイドのやり取りなんだよな。
もうクリスという名のソードなんだよ。俺が夢女なんだよ。
ブレイドが言ってた物理的な邪魔って、たしかに最初は上司に纏まりついてくる痴れ者を排除してるように見えたけど、途中からはデートに連れ出してるんだよな。
なんだよ訓練の途中に見つけた希少な花の群生地に連れてくって。
希少な花なら秘密にしないで環境保護しろ保護。
しかも『「事務室に花を活けたのはクリスですか?」「は、はい!ご迷惑でしたか?」「……迷惑だったらわざわざこんな所に連れて来ませんよ」』ってクリスのことめちゃくちゃ見てる上に頑張って褒めようとしてる。
まあよくある話で、当の鈍感主人公は全く気付いてないんだが……。
平たく言うとルベラの言動は、本当はクリスのこと大好きなのに素直になれなくて、アイオしか見てないことに嫉妬してキツいこと言ってしまっているようにしか見えない。
……しかし、世間から見てブレイドってこんなにドSツンデレに見えているのか?
まあ部下からもドS教官と思われているらしいしな……ちょっと、いやかなり厳しいがそれは部下の無事を思う故であってだな……。
そんな感想を抱きながらページを捲り、また力が抜けた。
『「クリスちゃんアイオ卿とはどう?」
ネフラ様に声をかけられた。
最近彼はよく進捗を尋ねてくる。
ルベラ様と違ってちゃんと応援してくれているの。
まったく、あの人ったら邪魔ばっかりしてくるんだから!
「うーん……仲間としては大事にしてもらっていると思うんですけど……」
そう答えながらふと気付く。
前よりもアイオ様のことを考える時間が減った。
あんなに夢中だったはずなのに?
その代わりに考えている人は……?と考えていると、急に顔に影がかかった。
驚いて顔を上げると、ネフラ様の綺麗なエメラルドと視線がかち合った。
「ははっ、じゃあ俺なんてどう?」』
「ネフラ……お前もか……」
予想はしていたがネフラも堕ちてた。
所謂逆ハーモノだった。
あー、結局ありがちな方向に行ってしまったなと少しばかり残念に思いながら読み進めると、話の流れが変わってきた。
『「そんな……アイオ様に婚約者が……?」
ショックだった。
婚約者は遠い星からやってきた、桃色の髪のかわいらしいお姫様。それなのにアイオ様と負けず劣らずの強さを持っているらしい。一瞬で負けを悟った。勝てる気がしない。』
まさかの新キャラ!?
いやでも確かにそんな伏線あったような……戻って戻ってああああこれか!
『「アイオ卿、どうしたら貴方様のように強くなれるのですか?」「理由はいろいろあるだろうが……一番は、負けたくない、勝ちたいと思える者がいることだな」』ってところか!
っていうか桃色の髪のお姫様ってどう見ても某ピンクの悪魔……。
推しCPのダダ漏れが過ぎるんだよさっきから!
……っと、どこまで読んだっけ?
ああ、ここからか。
『「……だから、貴女にはアイオ卿には近付いて欲しくなかったのです。最初から実らないとわかっていたから……。貴女の泣く姿を、どうしても見たくなかった。私は卑怯な男です。」
悲しげに伏せられたルベラ様の赤い瞳は見たことがないくらい弱々しくて、思わずキュンとしてしまう。』
あっこれルベラエンドだわ。
アイオ卿への気持ちは憧れだったってやつだわ。
よかったよかったハッピーエンドだ。
……ん、となるとネフラとはどうなる?
なんとなく口説いたのは本気じゃなくて冗談だった~お幸せにな~オチな気がするが。
などと思いつつ先が気になり読み進める。
『目の前には綺麗な緑。
宝石のようなそれは無邪気とすら言えて、手首に感じる鉄の冷たさとはあまりにも乖離している。
「ネフラ様……っ!?」
「お前には絶対ルベラを渡さない。ルベラは俺のものだ。ずっと俺たちは一緒だったんだ。今更お前なんかに邪魔されてたまるか。だがお前がいなくなるとそれはそれでルベラが悲しむ。ルベラは本当に優しいからな。俺もルベラの悲しむ顔は見たくない。だから考えた……お前を壊して、人形にしてしまえばいいって。俺とルベラの人形として3人で仲良く暮らそう。そうだそうすればみんな幸せになれる。なんて素晴らしい案なんだ!お前もそう思うだろう?ハハハッ、ハハハハハハッ!」
何を言っているのか理解ができない……いや、理解することを脳が拒絶した。
ただ彼が狂っていることだけはわかった。
それなのに緑の瞳は純粋な善意に満ちていて、却って恐ろしくて堪らない。
ゴツゴツした手が私の首に伸びて』
ラスボスがネフラだった。
流石の俺もこれにはビックリ……ってちょっと待った俺極悪人!?
しかもとんだサイコパスじゃないか!
ブレイドのためなら人も殺すと思われてんの!?
殺すけどな!?
まあ後は王道で、すんでのところでルベルが助けに来て、ネフラを説得して和解して、目出度くルベクリは結ばれる……という結末だった。
めでたしめでたし。
「なんだったんだ……」
本を閉じて天を仰ぐ。
窓から見える空はすっかり白んでいて、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてきた。
酷使した目頭を解しながら思案する。
これは実質ブレイド夢小説だ。
本人に読ませても良いものだろうか?
……率直に言って、マズイ気がする。
作者もまさか本人の手に渡るとは思っていなかっただろう。
彼女は村人に渡されたと言っていたがその人は何を考えているのだろうか。
公式(?)への突撃はあまり歓迎されることでは無いだろうに。
別に俺は嫌な思いはしなかったが、人によっては抵抗があってもおかしくない。
卿なんかは「フフ、いよいよ私もモデルか」なんて笑うかもしれないが。
結構いい役だしな……。
ブレイドも、おそらく怒りはしない。
その代わり「なっ、なんだこれは!?」「俺はそういう風に見えているのか?」「騎士と言うより王子様じみている」などと百面相を見せてくれるだろうな。
……それ以前にこれが明らかに俺たちを模してるってことに気付くのかも怪しいか?
ブレイド、俺たちにそこそこ人気があるって自覚無いみたいだし。
そもそもこれは彼女からの借り物だから、結局は読ませない訳にはいかないんだよな。
ああもう思考が上手く纏まらない。
徹夜なんて久々にしたからだな……もう寝よう、考えるのは起きてからでも十分だよな。
色々考えることを放棄して、それでも一つだけ残った気持ち。
それを叫んでから眠りにつくとしよう。
「俺の扱い、悪過ぎる!」
夢を読む騎士
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→あとがき
熱心に本を読んでいた後姿に声をかけると、ブレイドの肩が大きく跳ねた。
「なんだ、そんな疚しいモンでも読んでるのか?」と軽い気持ちでからかってみたら目を逸らされた。
なんだその反応は?
まさか本当に?いやそれはそれで興奮するんだが……などとフリーズしていると、エロ本を読んでいると誤解されるよりはマシと判断したのか、本を閉じてそれを差し出して来た。
「こ、これは貰い物だ!
村の女の子になぜか渡されて……し、市井の人の娯楽を嗜むのも騎士としての努めだろう……!?」
印字されたタイトルを見てああ、と納得する。
詳しい内容までは知らないが俺も知っているものだ。
可愛らしい装丁のそれは、最近若い女性の間で話題になっている恋愛小説だった。
一般層向けのそれは決して疚しいものでは無いのだが、彼女にとっては如何わしい本に負けず劣らず恥ずかしいのだろう。
「いいんじゃないか?別に好きなの読めば」
「べ、別に好きとか興味あるとかじゃなくてな!?
騎士が出るというし、一般人の目には騎士がどう映っているのかの参考になるかなって……!」
必死な顔で弁明するブレイド。
あくまで大義名分らしきものが欲しいらしい……かなり無理矢理だが。
いかにも女の子が好みそうなものを素直に手に取れないのは相変わらずなんだよな。
そういうところも可愛いんだが、それを言うと拗ねて読まなくなってしまうかもしれないから、ちゃんと彼女の言い分に乗っておこう。
「へえ、騎士が出るのか?」
「あ、ああ。
3人の騎士がいて、誰派なのかとか、そういう話題でも盛り上がっているらしくてな」
ああよくあるよな派閥争い、と思いつつも3人の騎士というワードに妙に引っかかった。
いやまさか気にし過ぎだろうと思いつつも、もう少し突っ込んでみることにする。
「へえそれは面白そうだな。
どんな奴がいるんだ?」
「意外と食いつくな?
俺もまだ序盤しか読めてないんだけど……まあいっか。
えっと……まず“アイオ”っていうのがいて、主人公の好きな人。
3人の中では一番年上で上官でもあるんだと。
落ち着きと気品があって、新人の主人公を支えてくれる存在だな」
「へえ……」
「2人目の“ネフラ”はめちゃくちゃ良い奴。
主人公の恋を応援してて、何かとくっつけようとしてくるムードメーカー的なポジション。
爽やかで国民人気も高いんだってよ」
「……ほう?」
「最後の“ルベラ”は……さっきのとは逆で、ことある事に主人公の邪魔をする嫌な奴。
たとえば……ほら」
ブレイドは本をパラパラと捲り、ページを見せてきた。
そこには『「立場を弁えなさい。」赤い瞳はその炎にも似た色に反して、冷たく私を見下ろしてくる。心はまるで氷の槍に突き刺されたように痛み』云々と書いてある。
へえ、赤い瞳か……ふぅん……。
「ああ、アイオは騎士だけど貴族でもあってな。
主人公は庶民の出だから釣り合わない~ってやつだ。」
「身分違いの恋ってやつか」
「そうそう。
他にも物理的に邪魔したりパシったりしてくる嫌な奴だよ。
なんでか人気キャラっぽいけど俺はネフラ派なんだよな」
まあ、よくいるおじゃま虫ポジションなんだろう。
そういうキャラが好きって人結構いそうだしな。
……それよりも、俺にはこの本について色々と気になることができてしまった。
とはいえこの可愛い本を書店で買い求めるのも流石に勇気がいる――あ、良い手があるじゃないか。
ブレイドが読み終わったら借りよう。
「なあブレイド、後でこれ貸してくれないか?」
「ん、別に今でもいいぞ。
俺早く寝るし、今日の夜番の時にでも読めば?」
「いいのか?
じゃあ遠慮なく……」
「でも意外だな、お前こういうのに興味あるんだ?」
差し出された本を危うく取り落としてしまいそうになる。
まずいまずい、不覚にも動揺してしまった。
「や、別にそういう訳ではなくてだな。
流行を知るのもたまには良いかなと」
たしかに興味があるのに違いは無いのだが。
だが俺が恋愛小説に興味があると思われるのもそれはそれで複雑な心境で……いや今の時代、そんなことを言うのもどうなんだという気持ちが無い訳ではないが。
なんとなく、こう、俺のイメージというかなんというか。
……ああなるほど、図らずも恥ずかしいと思うブレイドの気持ちがよくわかってしまった。
「ふーん、別にいいけど」
そんな俺の心境も露知らず「ネタバレはするなよ!」と真剣な顔の彼女。
なんだ、やっぱり結構楽しんでるじゃないか。
……絶対、言わないけど。
***
夜番はあくまで有事の時にすぐに動けるように体制を整えておくためであり、何事もなければ基本的には好きなことをしていて良い。
といっても、生活リズムのためにも素直に寝る者がほとんどだが。
今回も例外ではなかったようで、隊員が全員が寝静まったのを確認した後、こっそりと本を開いた。
静かな部屋には紙をめくる音だけ。
明日は非番だ、少しくらい夜更かししても問題ないだろう。
「……ふむ」
よくある三文小説かと侮っていたが、意外と面白い。
イケメン騎士目当てというあまりにも不純な動機で救護隊に入隊した主人公“クリス”が、仕事を通じてだんだんと成長していくのは王道で、だからこそ“良い”。
死にかけた少年の救助に成功したのをきっかけに真剣に仕事に向き合うようになったのは素直に賞賛したし、隊内で対立していた派閥を和解させようと奔走する姿は応援したくなる。
「絶対に死なせません!私たちが全員助けてみせます!」と啖呵を切って、救護隊が団結していく姿は一種の青春ドラマにも見えるだろう。
なるほど、恋愛要素以外にも魅力があるからこその人気なのか。
だが、やはりメインはラブストーリーだ。
3人の騎士はそれぞれ違った魅力を持っていて、だからこそ好みが分かれるのだろう。
ひたすらに高みを目指し続ける高潔な青の騎士“アイオ”。
国民の信頼が厚く、爽やかで朗らかな緑の騎士“ネフラ”。
そして、主人公にキツく当たるように見せかけて、時折優しさを滲ませるツンデレな赤の騎士“ルベラ”。
なかなか個性的な面々だ。
うんうん、なるほど。
思った通りだ。
ど う 見 て も 俺 た ち が モ デ ル だ !
騎士団のトップの3人が青赤緑って。
青ストイック赤ツンデレ緑爽やかって。
どう見ても俺たち……というか、周囲から見た俺たち以外の何物でもないんだよ。
いや自分で爽やかとか朗らかとかいなうのどうなんだって話だが実際そう言われてるし……。
それは厳しい卿とブレイドとのバランスを考えた結果なんだが今はそんな事どうでもいい。
この本の存在の方が問題だ。
正直、ブレイドから話を聞いた時から怪しいとは思っていた。
思ってはいたが俺の自意識過剰で、偶然一致しただけという可能性も否定できない。
だが、読めば読むほど俺たちなんだ。
アイオ卿もといメタナイト卿とかかなり夢入ってるけど!
普段は厳しいのに「よく頑張ってるな」って主人公にだけ微笑んで頭を撫でるとか想像するとギャグにしかならないけど!
ていうか他にもよく見るとイタズラ好きな魔法使いとかその妹分の魔法少女とか作者の趣味がかなり漏れてるように見えるんだが……?
某コンビ?カップル?を彷彿とさせられながらページをめくり、そして脱力する。
『「えっ、ルベラ様これはいったい……?」
ルベラ様に渡されたのは籠いっぱいの焼菓子。甘い匂いがふわりと香って、ついお腹が鳴ってしまいそう。
「べっ、別に貴女の為に用意したわけではありませんよ。たまたま買出しに行ったら以前貴女が好きと言っていたものがたまたまあったから……」
「それってつまり私の為では……?」
「っ……!よ、用は済みましたから帰ります!さようなら!」
足早に去ろうとする彼の腕を咄嗟に掴む。
驚いた顔で振り返る彼に、考えるよりも先に声をかけていた。
「せっかくですし、一緒に食べましょう?」』
もうこれなんて俺とブレイドのやり取りなんだよな。
もうクリスという名のソードなんだよ。俺が夢女なんだよ。
ブレイドが言ってた物理的な邪魔って、たしかに最初は上司に纏まりついてくる痴れ者を排除してるように見えたけど、途中からはデートに連れ出してるんだよな。
なんだよ訓練の途中に見つけた希少な花の群生地に連れてくって。
希少な花なら秘密にしないで環境保護しろ保護。
しかも『「事務室に花を活けたのはクリスですか?」「は、はい!ご迷惑でしたか?」「……迷惑だったらわざわざこんな所に連れて来ませんよ」』ってクリスのことめちゃくちゃ見てる上に頑張って褒めようとしてる。
まあよくある話で、当の鈍感主人公は全く気付いてないんだが……。
平たく言うとルベラの言動は、本当はクリスのこと大好きなのに素直になれなくて、アイオしか見てないことに嫉妬してキツいこと言ってしまっているようにしか見えない。
……しかし、世間から見てブレイドってこんなにドSツンデレに見えているのか?
まあ部下からもドS教官と思われているらしいしな……ちょっと、いやかなり厳しいがそれは部下の無事を思う故であってだな……。
そんな感想を抱きながらページを捲り、また力が抜けた。
『「クリスちゃんアイオ卿とはどう?」
ネフラ様に声をかけられた。
最近彼はよく進捗を尋ねてくる。
ルベラ様と違ってちゃんと応援してくれているの。
まったく、あの人ったら邪魔ばっかりしてくるんだから!
「うーん……仲間としては大事にしてもらっていると思うんですけど……」
そう答えながらふと気付く。
前よりもアイオ様のことを考える時間が減った。
あんなに夢中だったはずなのに?
その代わりに考えている人は……?と考えていると、急に顔に影がかかった。
驚いて顔を上げると、ネフラ様の綺麗なエメラルドと視線がかち合った。
「ははっ、じゃあ俺なんてどう?」』
「ネフラ……お前もか……」
予想はしていたがネフラも堕ちてた。
所謂逆ハーモノだった。
あー、結局ありがちな方向に行ってしまったなと少しばかり残念に思いながら読み進めると、話の流れが変わってきた。
『「そんな……アイオ様に婚約者が……?」
ショックだった。
婚約者は遠い星からやってきた、桃色の髪のかわいらしいお姫様。それなのにアイオ様と負けず劣らずの強さを持っているらしい。一瞬で負けを悟った。勝てる気がしない。』
まさかの新キャラ!?
いやでも確かにそんな伏線あったような……戻って戻ってああああこれか!
『「アイオ卿、どうしたら貴方様のように強くなれるのですか?」「理由はいろいろあるだろうが……一番は、負けたくない、勝ちたいと思える者がいることだな」』ってところか!
っていうか桃色の髪のお姫様ってどう見ても某ピンクの悪魔……。
推しCPのダダ漏れが過ぎるんだよさっきから!
……っと、どこまで読んだっけ?
ああ、ここからか。
『「……だから、貴女にはアイオ卿には近付いて欲しくなかったのです。最初から実らないとわかっていたから……。貴女の泣く姿を、どうしても見たくなかった。私は卑怯な男です。」
悲しげに伏せられたルベラ様の赤い瞳は見たことがないくらい弱々しくて、思わずキュンとしてしまう。』
あっこれルベラエンドだわ。
アイオ卿への気持ちは憧れだったってやつだわ。
よかったよかったハッピーエンドだ。
……ん、となるとネフラとはどうなる?
なんとなく口説いたのは本気じゃなくて冗談だった~お幸せにな~オチな気がするが。
などと思いつつ先が気になり読み進める。
『目の前には綺麗な緑。
宝石のようなそれは無邪気とすら言えて、手首に感じる鉄の冷たさとはあまりにも乖離している。
「ネフラ様……っ!?」
「お前には絶対ルベラを渡さない。ルベラは俺のものだ。ずっと俺たちは一緒だったんだ。今更お前なんかに邪魔されてたまるか。だがお前がいなくなるとそれはそれでルベラが悲しむ。ルベラは本当に優しいからな。俺もルベラの悲しむ顔は見たくない。だから考えた……お前を壊して、人形にしてしまえばいいって。俺とルベラの人形として3人で仲良く暮らそう。そうだそうすればみんな幸せになれる。なんて素晴らしい案なんだ!お前もそう思うだろう?ハハハッ、ハハハハハハッ!」
何を言っているのか理解ができない……いや、理解することを脳が拒絶した。
ただ彼が狂っていることだけはわかった。
それなのに緑の瞳は純粋な善意に満ちていて、却って恐ろしくて堪らない。
ゴツゴツした手が私の首に伸びて』
ラスボスがネフラだった。
流石の俺もこれにはビックリ……ってちょっと待った俺極悪人!?
しかもとんだサイコパスじゃないか!
ブレイドのためなら人も殺すと思われてんの!?
殺すけどな!?
まあ後は王道で、すんでのところでルベルが助けに来て、ネフラを説得して和解して、目出度くルベクリは結ばれる……という結末だった。
めでたしめでたし。
「なんだったんだ……」
本を閉じて天を仰ぐ。
窓から見える空はすっかり白んでいて、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてきた。
酷使した目頭を解しながら思案する。
これは実質ブレイド夢小説だ。
本人に読ませても良いものだろうか?
……率直に言って、マズイ気がする。
作者もまさか本人の手に渡るとは思っていなかっただろう。
彼女は村人に渡されたと言っていたがその人は何を考えているのだろうか。
公式(?)への突撃はあまり歓迎されることでは無いだろうに。
別に俺は嫌な思いはしなかったが、人によっては抵抗があってもおかしくない。
卿なんかは「フフ、いよいよ私もモデルか」なんて笑うかもしれないが。
結構いい役だしな……。
ブレイドも、おそらく怒りはしない。
その代わり「なっ、なんだこれは!?」「俺はそういう風に見えているのか?」「騎士と言うより王子様じみている」などと百面相を見せてくれるだろうな。
……それ以前にこれが明らかに俺たちを模してるってことに気付くのかも怪しいか?
ブレイド、俺たちにそこそこ人気があるって自覚無いみたいだし。
そもそもこれは彼女からの借り物だから、結局は読ませない訳にはいかないんだよな。
ああもう思考が上手く纏まらない。
徹夜なんて久々にしたからだな……もう寝よう、考えるのは起きてからでも十分だよな。
色々考えることを放棄して、それでも一つだけ残った気持ち。
それを叫んでから眠りにつくとしよう。
「俺の扱い、悪過ぎる!」
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