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「ねぇランプキン、ちょっと紹介したいヤツがいるんだけど」
ある日のペパーミントパレス。
マルクにそう問われたランプキンは眉根を寄せながら頷いた。
誰が来るのかを訪ねようとしたが、彼は「オッケー、んじゃ連れて来るのサ!」と威勢よく言うと飛び出していってしまった。
「……うーん」
ひとまず新しい紅茶の準備だけすることにしたが、客人がわからないとティーセットを選びようがない。
せめて性別だけでもわかれば、と思案していると、思いの外早くマルクは帰ってきた。
「連れてきたのサー」
「……お、お邪魔します」
彼の隣にいる人物を見て、ランプキンは目を見開いた。
そこにいたのは、いささか緊張した面持ちの女性……ブレイドナイトだった。
気を遣ったのかマルクは出掛けてくると言う。
正直ランプキンにしてみれば、居てもらった方がまだよかったのだが。
とりあえず客間に通し、紅茶を出す。
「……貴女とこうしてお会いするのは初めてですね」
ブレイドは小さな花があしらわれたティーカップを傾けると、小さく頷いた。
彼女は色んな意味で有名人だ。
性別の件もそうだが、この若さで王国騎士団のTOP2である。
その名前は王国外にも通じるほど有名だった。
しかし鏡の世界や毛糸の世界に居るランプキンとは、ほとんど関わりがない。
そもそも外部の人間を鏡の世界に連れてくること自体があまり良いことではないことは、マルクもわかっているはずだ。
だからこそこの状況は理解に苦しむ。
「すみません……アポイントメントも取らず急に押し掛けてしまいまして」
「いえいえ、そんなことお気になさらないでください。
私も暇を持て余していましたので嬉しいくらいですよ」
とはいえ、彼女に罪はない。
こうしてわざわざ連れてくるのだから、よっぽど大事な話があるのだろう。
「……それで、本日はどのようなご用件で?」
彼女はティーカップを置くと、ただでさえ緊張した面持ちを更に引き締めた。
ランプキンの表情もつられて引き締まる。
「……実は、個人的に貴方に相談したいことがありまして」
「……ほう?」
「どうか、私に鞭の振るい方をご教授願いたい!」
ブレイドはガバッと頭を下げる。
ポニーテールが激しく揺れた。
「……いや、あの、すみません。
少しおっしゃる意味がわからないといいますか……」
正確に言うと彼女が『鞭の振るい方を教えてほしい』と言ったのはわかった。
が、何故それを自分に言うのかがわからない。
「ランプキン殿は鞭を振るうのが得意だと伺いまして……」
「すみませんそれ誰情報ですか?」
「マルク殿ですが」
ピキッとこめかみに青筋が立ちそうになるが客人の手前、なんとか耐える。
よし、後でお仕置きしようと心に決めたランプキンだった。
今は目の前の問題をどうにかしなければならない。
鞭といっても、何も拷問だけに使うわけではあるまい。
人によっては武器にしている者もいる。
……騎士である彼女が鞭を武器に……というのはいささか考えにくいが。
それでも一縷の望みを賭け、一応訪ねてみることにする。
「ちなみに戦闘用ですか?拷問用ですか?」
「ええと……どちらかというと拷問用です」
僅かな望みは呆気なく潰えた。
戦闘用だったらまだ救いがあったものを……。
しかも彼女は大真面目だ、真顔だ。
彼の頭がズキズキと痛み出す。
「ブレイドじょ……コホン、ブレイド殿。
恋人の望みを叶えてあげたい気持ちはわかりますが、間違った……とまでは言い過ぎかもしれませんが、ヒトとしてちょっとアレな道に進もうとするのを止めるのも恋人の務めであると思いまして……いえいえ、そういう嗜好を否定するつもりは毛頭ありませんよ?
ソード殿と仲がよろしいのはとても素晴らしいことですし、飽く無き探究心は尊敬に値するものだとは思いますが……。
いやしかしですね、その、私が言うのも差し出がましいですが、一度立ち止まってみて初心に帰るというのも……」
「ちょ、ちょっと待ってください!
何故そこでソードが出てくるのですか!?」
「えっ」
「えっ」
二人はしばらく顔を見合わせた。
ランプキンは意味を理解したのか、ほんの少しだけ頬を染めた。
「……ええと、私は何か大きな勘違いをしてしまっていたようですね……」
「わ、私も説明不足で!
え、ええと、拷問用と言いましても、訓練の一貫としてなんです!」
そのままブレイドは趣旨の説明を始めた。
彼女曰く、王国騎士団の者は拷問に耐性をつけるための訓練を受けるらしい。
団員は有事の際の避難ルートや、隊列の編成、救援物資の倉庫などをよく知っている。
むしろ知らなければ、いざという時に国民の安全を守ることができない情報だ。
逆にもし敵に捕らわれたときにあっさり口を割ってしまうようでは、国民を守ることができない。
そこまで聞いてランプキンは安堵しつつ「なるほど」と頷いた。
というか、ファンタジーランドで門番をしている彼は侵入者に対して“そういうこと”をすることがあった。
ちなみに彼女曰く、国の重要機密に関わる幹部クラスの者は更に厳しい訓練を受けるとか。
「……ということは、貴女もその訓練を受けたのですか?」
「はい、メタナイト卿に振るっていただきました」
「卿の拷問に耐えられたのはいまだに私とソードだけなんです」と嬉しそうに語るのを、ランプキンは感心しながら見ていた。
チートレベルの力を持つ星の戦士の鞭を耐えられるのは、純粋に称賛に値する。
……二人しか耐えられていない時点で、メタナイトは自重など全くしていないのだろうと窺えるがあえてスルーすることにする。
「ですが、今度は私が部下に鞭を振るう立場になりまして……これがどうにもこうにもうまく行かないのです……」
「ああ、なるほど……」
拷問にももちろん向き不向きがあるが、こうして頼まれた以上、力になりたいと思うのがランプキンという男である。
しかし割と好き勝手にやっている結果が拷問になる自分が人にどう教えればいいのだろうか、『世界の拷問』シリーズの本でも与えてみようかなどと思案していると、玄関の扉がガチャリと開かれた。
「たっだいまー!
……おや、お客サマ?
珍しい顔デスね?」
ほんの少しの冷気とともに部屋に入ってきたのはウィズだった。
ブレイドが慌てて立ち上がる。
「御邪魔しています、プププランド王国騎士団副団長のブレイドと申します」
「Oh!そんな固くならずに!
いつもマルクがお世話になってマス!」
ニコニコと話す彼を見て、ランプキンはピンと閃いた。
「ウィズ、ちょうどいいところに。
ちょっとそこに四つん這いになってくれますか?」
「……?いいデスけど……」
「えっ」
ウィズはサッとその場に四つん這いになった。
ブレイドは色々なことに対して驚きを隠せなかった。
まず帰ってきた者に対して「おかえり」よりも先に「四つん這いになれ」と言い放つランプキンに驚く。
更に若干の疑問を抱きながらも、躊躇いなく四つん這いになるウィズに対しても驚きを隠せなかった。
「さあ、どうぞ?」
「何がですか!?」
「何がデスか!?」
ブレイドはもちろん、素直に四つん這いになっていたウィズも流石に驚きを隠せなかった。
無様な格好をしたまま、ランプキンの方を見上げる。
一方ランプキンは2人の視線を、キョトンとした顔で受け止めていた。
「いや……実演していただいた方がアドバイスしやすいですし?」
「なっ、何のアドバイスデスか!?
ユーたち何の話してたんデスか!?
ていうか、ユーもそういう趣味があったのデスか!?」
「違います誤解です!」
ブレイドは慌てて事の状況を説明し始めた。
なおウィズは四つん這いのままである。
「……なるほど、話は分かりマシた」
「ちょうど良いところに貴方が帰ってきたものですから、是非実験だ……ではなく、協力していただけたらありがたいのですが」
「実験台って言いかけてマスよね!?
本音が駄々漏れデスよ!?
それに自他共に認めるドドドドドMのミーだって鞭持ってれば誰でも良いワケじゃありマセン!!」
若干引きつつも「ですよねー」とブレイドは苦笑する。
一方ランプキンは酷く不満そうだった。
しかし唐突に口許に笑みを浮かべると、ウィズの耳にそっと口を近づけ、何かを囁いた。
その瞬間、ウィズの黄色い瞳が揺らめいた。
そのまま目を泳がせ、一瞬俯き――バッとブレイドの方に目を向けた。
その瞳には覚悟のような光が宿っている。
「~ッ、仕方ありマセンね……!
さあデイム・ブレイド!
好きなだけ鞭打ちナサイ!」
「アレレさっきと話が違いますが!?」
「ええ、あとで“おやつ”を差し上げると言ったらこのザマです」
「エサに釣られたんですか……」
ブレイドは呆れたような顔でそう言いながらも、持っていた鞄から鞭を取り出した。
先端が9つに分かれたバラ鞭……俗に言う九尾鞭だ。
「演出上、心にもないことを言わざるを得ないこともありますが……気に障ったら申し訳ございません」
「いえいえ、遠慮なくヤっちゃってください」
「ねぇそれランの台詞じゃないから、ミーのだから。
まあでもホントに遠慮いりマセンからね!
せっかくデスし思いっきりヤってクダサイ!」
彼らは優しくそう言うが、彼女の表情は不安と躊躇いに満ちている。
こんなに真面目で思いやりのある娘では、拷問はさぞかし難しいだろうと2人とも考えていた。
「い、いきますよ……!」
ブレイドがスッと鞭を構える。
その瞬間、彼女の纏っている雰囲気が一変した。
それはまるで、スイッチを切り換えたかのようで。
氷のごとく冷たい雰囲気に、ランプキンも思わず小さく息を呑む。
――ヒュッ、ピシィッ!
「ヒイィッ!」
「……おい、貴様のボスはどこに匿われている?」
ドスの効いている声は、先程までと同一人物の声なのかさえ疑わしい。
細められた緋色の瞳はどこか嗜虐的な光を宿していた。
しなる鞭は風を切り裂き、彼の身体に幾度となく打ち込まれていく。
角度やキレがいい、とランプキンは冷静に鞭の軌跡を分析していた。
「お、お許しくださっ……」
「許しを乞う前に言うことがあるだろう?」
「ひっ……!あ、あうっ……!」
鋭く鞭を打たれるたび、彼は体を震わせた。
しかしそれは痛みに対してではない――もちろん全くそれが無いというわけではないが、震えの原因は“快感”だった。
その証拠に、ウィズの声はが少しずつ蕩けていく。
「吐かないともっと痛くするぞ……?」
「も、もっと……」
「もっとだと?
とんだド変態野郎……いや、淫獣か?
まあいい、そんなに欲しけりゃもっと強くしてやるよ!」
「あひぃぃんっ!」
まるで汚いものを見るかのような目で彼を見下ろすブレイド。
その光景を見ながらランプキンは「そういえば彼女の訓練はかなりスパルタだと聞いたことがある」と今更ながら思い出していた。
これは思った以上の逸材だ。
育てたらとんでもないものに成長するかもしれない……と冷静に眺めていた。
もう少しこの光景を見ていたい気もするが、これ以上ウィズのあられもない姿を客人に見せてしまうのは気が引ける。
「ブレイド殿、一旦止めましょうか」
「はい。
ウィズ殿、ご協力ありがとうございました。
本当に遠慮なくやらせていただいてしまいましたが、お怪我はありませんか……?」
雰囲気があっさりと元に戻った。
なんだこの人は二重人格なのか、と思いながらランプキンはうずくまったままのウィズに手を差し伸べる。
「ウィズ、大丈夫ですか?」
「……う、あぅぅ……はぅぅ……」
「客人の前で気持ち悪い声出さないでくださいよ」
手を借りながらウィズはゆっくりと立ち上がる。
その頬は紅潮していた。
「……ユーはマインド様の娘か何かですか?」
「はい?」
「彼のことは気にしないでください」
すかさずランプキンがフォローを入れるものの、ブレイドは怪訝そうな顔をし続けている。
ウィズはまだ後に引いているのか、時々ビクンと身体を震わせていた。
「ええと……もしかして、部下の方々もあのような感じになってたり……しませんか……?」
そう問いながら、ランプキンは頭痛が酷くなっているのを感じていた。
ウィズへ鞭を振るう姿を見て、彼は一つの可能性を見出していた。
「ウィズ殿のようにはなりませんが、皆ろくに耐えられなくて……。
皆すぐに情報を話してしまうんです。
これでは国を守ることができません!
この訓練に入る者は肉体的にも精神的にも鍛えられた者のはずなのに……。
どうしたら耐えられるように指導できるでしょうか……?」
ブレイドは頭を振って嘆くが、なるほどその答えで彼は確信した。
彼女は鞭を振るうのが下手なわけではない。
むしろ巧すぎたからこそ問題があったのだ。
「メタナイト殿やソード殿に相談したことは?」
「相談ではありませんが、練習相手になって頂いたことはあります。
ですが『何かに目覚めてしまいそうだ』『そなたとは健全な関係でいたい』などと理解に苦しむ評価をいただきまして……」
ランプキンは理解した。
彼女は天然ドSだと。
とんでもないドMホイホイだと。
「……私は、どうしたらいいのでしょう」
本人はそんな自覚は全くなく、己の不甲斐なさを嘆いているようだが。
「デイム・ブレイド。
あえて『話したらこれを止めてやる』と言ってみたらどうデスか?」
ようやく現実に戻ってこられたウィズが、そう提案する。
団員たちはドMに目覚めつつあるが、完全には目覚めていない。
故にただ快楽を受け止めつつも彼女の言葉に従うのみに留まっている。
しかし「話したら止める」と言うことで、逆に「話さなければ続く」ということがわかる。
屈服させられる快感を選ぶことも否めないが、団員たちは腐っても王国騎士団、しかもこれまでにも訓練を受けてきた者だ。
そういった選択肢を与えられれば口を割らない方に転びやすいはずだ。
それに逆らうことでより長く苦痛――彼らにとっては快楽を得られることがわかってしまえば、沈黙を守りとおすだろう。
彼女から見ればきちんと訓練できているように見えるし、兵士たちの鞭への耐性も一応はつく。
利害の一致はできている――彼はそう考えていた。
その代わり、団員は人として少々間違った道に進んでしまうかもしれないが。
しかし流石に彼女にそこまでを言う勇気はなかった。
「え……?
それでは尚更喋ってしまうのでは?」
「いいや、そうでもありませんよ。
ほら、押しちゃ駄目と言われると押したくなるでしょう?
それと似たようなものです」
ランプキンもその意図を察したのか、それっぽい理論を展開する。
ブレイドは「へえ……」と唸りながらメモを取っていた。
「なるほど……わかりました!
実行してみます!」
ありがとうございます!助かりました!と大きく頭を下げるブレイド。
浮かべられた笑みは心からの感謝を表していて、二人は若干の罪悪感を感じずにはいられなかった。
後日、王国騎士団にドMが量産されてしまったのは言うまでもない。
その扉を、開くのは
(生真面目な騎士だった)
NEXT
→あとがき
ある日のペパーミントパレス。
マルクにそう問われたランプキンは眉根を寄せながら頷いた。
誰が来るのかを訪ねようとしたが、彼は「オッケー、んじゃ連れて来るのサ!」と威勢よく言うと飛び出していってしまった。
「……うーん」
ひとまず新しい紅茶の準備だけすることにしたが、客人がわからないとティーセットを選びようがない。
せめて性別だけでもわかれば、と思案していると、思いの外早くマルクは帰ってきた。
「連れてきたのサー」
「……お、お邪魔します」
彼の隣にいる人物を見て、ランプキンは目を見開いた。
そこにいたのは、いささか緊張した面持ちの女性……ブレイドナイトだった。
気を遣ったのかマルクは出掛けてくると言う。
正直ランプキンにしてみれば、居てもらった方がまだよかったのだが。
とりあえず客間に通し、紅茶を出す。
「……貴女とこうしてお会いするのは初めてですね」
ブレイドは小さな花があしらわれたティーカップを傾けると、小さく頷いた。
彼女は色んな意味で有名人だ。
性別の件もそうだが、この若さで王国騎士団のTOP2である。
その名前は王国外にも通じるほど有名だった。
しかし鏡の世界や毛糸の世界に居るランプキンとは、ほとんど関わりがない。
そもそも外部の人間を鏡の世界に連れてくること自体があまり良いことではないことは、マルクもわかっているはずだ。
だからこそこの状況は理解に苦しむ。
「すみません……アポイントメントも取らず急に押し掛けてしまいまして」
「いえいえ、そんなことお気になさらないでください。
私も暇を持て余していましたので嬉しいくらいですよ」
とはいえ、彼女に罪はない。
こうしてわざわざ連れてくるのだから、よっぽど大事な話があるのだろう。
「……それで、本日はどのようなご用件で?」
彼女はティーカップを置くと、ただでさえ緊張した面持ちを更に引き締めた。
ランプキンの表情もつられて引き締まる。
「……実は、個人的に貴方に相談したいことがありまして」
「……ほう?」
「どうか、私に鞭の振るい方をご教授願いたい!」
ブレイドはガバッと頭を下げる。
ポニーテールが激しく揺れた。
「……いや、あの、すみません。
少しおっしゃる意味がわからないといいますか……」
正確に言うと彼女が『鞭の振るい方を教えてほしい』と言ったのはわかった。
が、何故それを自分に言うのかがわからない。
「ランプキン殿は鞭を振るうのが得意だと伺いまして……」
「すみませんそれ誰情報ですか?」
「マルク殿ですが」
ピキッとこめかみに青筋が立ちそうになるが客人の手前、なんとか耐える。
よし、後でお仕置きしようと心に決めたランプキンだった。
今は目の前の問題をどうにかしなければならない。
鞭といっても、何も拷問だけに使うわけではあるまい。
人によっては武器にしている者もいる。
……騎士である彼女が鞭を武器に……というのはいささか考えにくいが。
それでも一縷の望みを賭け、一応訪ねてみることにする。
「ちなみに戦闘用ですか?拷問用ですか?」
「ええと……どちらかというと拷問用です」
僅かな望みは呆気なく潰えた。
戦闘用だったらまだ救いがあったものを……。
しかも彼女は大真面目だ、真顔だ。
彼の頭がズキズキと痛み出す。
「ブレイドじょ……コホン、ブレイド殿。
恋人の望みを叶えてあげたい気持ちはわかりますが、間違った……とまでは言い過ぎかもしれませんが、ヒトとしてちょっとアレな道に進もうとするのを止めるのも恋人の務めであると思いまして……いえいえ、そういう嗜好を否定するつもりは毛頭ありませんよ?
ソード殿と仲がよろしいのはとても素晴らしいことですし、飽く無き探究心は尊敬に値するものだとは思いますが……。
いやしかしですね、その、私が言うのも差し出がましいですが、一度立ち止まってみて初心に帰るというのも……」
「ちょ、ちょっと待ってください!
何故そこでソードが出てくるのですか!?」
「えっ」
「えっ」
二人はしばらく顔を見合わせた。
ランプキンは意味を理解したのか、ほんの少しだけ頬を染めた。
「……ええと、私は何か大きな勘違いをしてしまっていたようですね……」
「わ、私も説明不足で!
え、ええと、拷問用と言いましても、訓練の一貫としてなんです!」
そのままブレイドは趣旨の説明を始めた。
彼女曰く、王国騎士団の者は拷問に耐性をつけるための訓練を受けるらしい。
団員は有事の際の避難ルートや、隊列の編成、救援物資の倉庫などをよく知っている。
むしろ知らなければ、いざという時に国民の安全を守ることができない情報だ。
逆にもし敵に捕らわれたときにあっさり口を割ってしまうようでは、国民を守ることができない。
そこまで聞いてランプキンは安堵しつつ「なるほど」と頷いた。
というか、ファンタジーランドで門番をしている彼は侵入者に対して“そういうこと”をすることがあった。
ちなみに彼女曰く、国の重要機密に関わる幹部クラスの者は更に厳しい訓練を受けるとか。
「……ということは、貴女もその訓練を受けたのですか?」
「はい、メタナイト卿に振るっていただきました」
「卿の拷問に耐えられたのはいまだに私とソードだけなんです」と嬉しそうに語るのを、ランプキンは感心しながら見ていた。
チートレベルの力を持つ星の戦士の鞭を耐えられるのは、純粋に称賛に値する。
……二人しか耐えられていない時点で、メタナイトは自重など全くしていないのだろうと窺えるがあえてスルーすることにする。
「ですが、今度は私が部下に鞭を振るう立場になりまして……これがどうにもこうにもうまく行かないのです……」
「ああ、なるほど……」
拷問にももちろん向き不向きがあるが、こうして頼まれた以上、力になりたいと思うのがランプキンという男である。
しかし割と好き勝手にやっている結果が拷問になる自分が人にどう教えればいいのだろうか、『世界の拷問』シリーズの本でも与えてみようかなどと思案していると、玄関の扉がガチャリと開かれた。
「たっだいまー!
……おや、お客サマ?
珍しい顔デスね?」
ほんの少しの冷気とともに部屋に入ってきたのはウィズだった。
ブレイドが慌てて立ち上がる。
「御邪魔しています、プププランド王国騎士団副団長のブレイドと申します」
「Oh!そんな固くならずに!
いつもマルクがお世話になってマス!」
ニコニコと話す彼を見て、ランプキンはピンと閃いた。
「ウィズ、ちょうどいいところに。
ちょっとそこに四つん這いになってくれますか?」
「……?いいデスけど……」
「えっ」
ウィズはサッとその場に四つん這いになった。
ブレイドは色々なことに対して驚きを隠せなかった。
まず帰ってきた者に対して「おかえり」よりも先に「四つん這いになれ」と言い放つランプキンに驚く。
更に若干の疑問を抱きながらも、躊躇いなく四つん這いになるウィズに対しても驚きを隠せなかった。
「さあ、どうぞ?」
「何がですか!?」
「何がデスか!?」
ブレイドはもちろん、素直に四つん這いになっていたウィズも流石に驚きを隠せなかった。
無様な格好をしたまま、ランプキンの方を見上げる。
一方ランプキンは2人の視線を、キョトンとした顔で受け止めていた。
「いや……実演していただいた方がアドバイスしやすいですし?」
「なっ、何のアドバイスデスか!?
ユーたち何の話してたんデスか!?
ていうか、ユーもそういう趣味があったのデスか!?」
「違います誤解です!」
ブレイドは慌てて事の状況を説明し始めた。
なおウィズは四つん這いのままである。
「……なるほど、話は分かりマシた」
「ちょうど良いところに貴方が帰ってきたものですから、是非実験だ……ではなく、協力していただけたらありがたいのですが」
「実験台って言いかけてマスよね!?
本音が駄々漏れデスよ!?
それに自他共に認めるドドドドドMのミーだって鞭持ってれば誰でも良いワケじゃありマセン!!」
若干引きつつも「ですよねー」とブレイドは苦笑する。
一方ランプキンは酷く不満そうだった。
しかし唐突に口許に笑みを浮かべると、ウィズの耳にそっと口を近づけ、何かを囁いた。
その瞬間、ウィズの黄色い瞳が揺らめいた。
そのまま目を泳がせ、一瞬俯き――バッとブレイドの方に目を向けた。
その瞳には覚悟のような光が宿っている。
「~ッ、仕方ありマセンね……!
さあデイム・ブレイド!
好きなだけ鞭打ちナサイ!」
「アレレさっきと話が違いますが!?」
「ええ、あとで“おやつ”を差し上げると言ったらこのザマです」
「エサに釣られたんですか……」
ブレイドは呆れたような顔でそう言いながらも、持っていた鞄から鞭を取り出した。
先端が9つに分かれたバラ鞭……俗に言う九尾鞭だ。
「演出上、心にもないことを言わざるを得ないこともありますが……気に障ったら申し訳ございません」
「いえいえ、遠慮なくヤっちゃってください」
「ねぇそれランの台詞じゃないから、ミーのだから。
まあでもホントに遠慮いりマセンからね!
せっかくデスし思いっきりヤってクダサイ!」
彼らは優しくそう言うが、彼女の表情は不安と躊躇いに満ちている。
こんなに真面目で思いやりのある娘では、拷問はさぞかし難しいだろうと2人とも考えていた。
「い、いきますよ……!」
ブレイドがスッと鞭を構える。
その瞬間、彼女の纏っている雰囲気が一変した。
それはまるで、スイッチを切り換えたかのようで。
氷のごとく冷たい雰囲気に、ランプキンも思わず小さく息を呑む。
――ヒュッ、ピシィッ!
「ヒイィッ!」
「……おい、貴様のボスはどこに匿われている?」
ドスの効いている声は、先程までと同一人物の声なのかさえ疑わしい。
細められた緋色の瞳はどこか嗜虐的な光を宿していた。
しなる鞭は風を切り裂き、彼の身体に幾度となく打ち込まれていく。
角度やキレがいい、とランプキンは冷静に鞭の軌跡を分析していた。
「お、お許しくださっ……」
「許しを乞う前に言うことがあるだろう?」
「ひっ……!あ、あうっ……!」
鋭く鞭を打たれるたび、彼は体を震わせた。
しかしそれは痛みに対してではない――もちろん全くそれが無いというわけではないが、震えの原因は“快感”だった。
その証拠に、ウィズの声はが少しずつ蕩けていく。
「吐かないともっと痛くするぞ……?」
「も、もっと……」
「もっとだと?
とんだド変態野郎……いや、淫獣か?
まあいい、そんなに欲しけりゃもっと強くしてやるよ!」
「あひぃぃんっ!」
まるで汚いものを見るかのような目で彼を見下ろすブレイド。
その光景を見ながらランプキンは「そういえば彼女の訓練はかなりスパルタだと聞いたことがある」と今更ながら思い出していた。
これは思った以上の逸材だ。
育てたらとんでもないものに成長するかもしれない……と冷静に眺めていた。
もう少しこの光景を見ていたい気もするが、これ以上ウィズのあられもない姿を客人に見せてしまうのは気が引ける。
「ブレイド殿、一旦止めましょうか」
「はい。
ウィズ殿、ご協力ありがとうございました。
本当に遠慮なくやらせていただいてしまいましたが、お怪我はありませんか……?」
雰囲気があっさりと元に戻った。
なんだこの人は二重人格なのか、と思いながらランプキンはうずくまったままのウィズに手を差し伸べる。
「ウィズ、大丈夫ですか?」
「……う、あぅぅ……はぅぅ……」
「客人の前で気持ち悪い声出さないでくださいよ」
手を借りながらウィズはゆっくりと立ち上がる。
その頬は紅潮していた。
「……ユーはマインド様の娘か何かですか?」
「はい?」
「彼のことは気にしないでください」
すかさずランプキンがフォローを入れるものの、ブレイドは怪訝そうな顔をし続けている。
ウィズはまだ後に引いているのか、時々ビクンと身体を震わせていた。
「ええと……もしかして、部下の方々もあのような感じになってたり……しませんか……?」
そう問いながら、ランプキンは頭痛が酷くなっているのを感じていた。
ウィズへ鞭を振るう姿を見て、彼は一つの可能性を見出していた。
「ウィズ殿のようにはなりませんが、皆ろくに耐えられなくて……。
皆すぐに情報を話してしまうんです。
これでは国を守ることができません!
この訓練に入る者は肉体的にも精神的にも鍛えられた者のはずなのに……。
どうしたら耐えられるように指導できるでしょうか……?」
ブレイドは頭を振って嘆くが、なるほどその答えで彼は確信した。
彼女は鞭を振るうのが下手なわけではない。
むしろ巧すぎたからこそ問題があったのだ。
「メタナイト殿やソード殿に相談したことは?」
「相談ではありませんが、練習相手になって頂いたことはあります。
ですが『何かに目覚めてしまいそうだ』『そなたとは健全な関係でいたい』などと理解に苦しむ評価をいただきまして……」
ランプキンは理解した。
彼女は天然ドSだと。
とんでもないドMホイホイだと。
「……私は、どうしたらいいのでしょう」
本人はそんな自覚は全くなく、己の不甲斐なさを嘆いているようだが。
「デイム・ブレイド。
あえて『話したらこれを止めてやる』と言ってみたらどうデスか?」
ようやく現実に戻ってこられたウィズが、そう提案する。
団員たちはドMに目覚めつつあるが、完全には目覚めていない。
故にただ快楽を受け止めつつも彼女の言葉に従うのみに留まっている。
しかし「話したら止める」と言うことで、逆に「話さなければ続く」ということがわかる。
屈服させられる快感を選ぶことも否めないが、団員たちは腐っても王国騎士団、しかもこれまでにも訓練を受けてきた者だ。
そういった選択肢を与えられれば口を割らない方に転びやすいはずだ。
それに逆らうことでより長く苦痛――彼らにとっては快楽を得られることがわかってしまえば、沈黙を守りとおすだろう。
彼女から見ればきちんと訓練できているように見えるし、兵士たちの鞭への耐性も一応はつく。
利害の一致はできている――彼はそう考えていた。
その代わり、団員は人として少々間違った道に進んでしまうかもしれないが。
しかし流石に彼女にそこまでを言う勇気はなかった。
「え……?
それでは尚更喋ってしまうのでは?」
「いいや、そうでもありませんよ。
ほら、押しちゃ駄目と言われると押したくなるでしょう?
それと似たようなものです」
ランプキンもその意図を察したのか、それっぽい理論を展開する。
ブレイドは「へえ……」と唸りながらメモを取っていた。
「なるほど……わかりました!
実行してみます!」
ありがとうございます!助かりました!と大きく頭を下げるブレイド。
浮かべられた笑みは心からの感謝を表していて、二人は若干の罪悪感を感じずにはいられなかった。
後日、王国騎士団にドMが量産されてしまったのは言うまでもない。
その扉を、開くのは
(生真面目な騎士だった)
NEXT
→あとがき
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