伝わる想い
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「ラ、ランプキン……ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
寒いある日のこと、グリルは緊張した面持ちでランプキンにそう聞いた。
その頬は少しだけ紅潮していて、視線もどこか泳いでいる。
「私でよければどうぞ、どうしました?」
「あ、あのね……チョコレートのお菓子の作り方、教えてもらってもいいかな?」
そう言われた彼はほんの少しだけ目を見張った。
しかしすぐにその理由に思い至り、微笑を浮かべる。
もう少しでバレンタインデーだ。
彼女(ついでに彼)の故郷ではその日は恋人同士が贈り物をし合う日。
しかしある地域――例えばポップスターには違う風習がある。
恋人同士でなくとも、例えば友達同士で贈りあったり、想い人に気持ちを込めたチョコレートをプレゼントしたりするらしい。
「なるほど、ポップスター方式ですね」
「うん、アイツ普段はポップスターにいるから……って、あっ!
そ、その……っ、なんでもないの!
気にしないでっ!」
グリルの顔が恥じらいに真っ赤に染まる。
でも誰に渡そうと思ってるかなんて最初から明らかで。
むしろバレていないとでも思っていたのか、そちらの方がランプキンにしてみれば疑問である。
「もちろん喜んでお受けしましょう。
でも私でいいのですか?」
「ママに聞こうと思ったけど……誰に渡すのかうるさそうだし、友達はボクちんがそういうキャラじゃないって思ってるし……ドロシアはほら、ちょっと個性的なお料理だから」
彼女の地元でこの時期に「チョコのお菓子の作り方教えてくれ」なんて言えば、彼女にチョコレート好きの恋人がいると思われるだろう。
説明すれば尚更興味を引いてしまう。
自ら墓穴をドリルで掘るようなものだ。
そして大きな声では言えないが、ドロシアに頼らないにも賢明な判断だ。
「それにボクが知ってる中で一番料理上手なの、ランプキンだから!」
満面の笑みでそう答える彼女に、思わずランプキンも笑みをこぼした。
元々料理には自信があるが、まっすぐに誉められて悪い気はしない。
「おやおや、持ち上げても何も出ませんよ?
……さてと、さっそく準備しましょうか。
お菓子に使えそうな材料はだいたいストックしてますからね」
「ありがとう!」
気を良くしてキッチンに向かうランプキンの後ろを、グリルが嬉しそうについていった。
「とりあえず、一度一緒に作ってみましょうか。
グリルにはその方が早いでしょう。
何か作りたいものはありますか?」
「まだ具体的には決めてないけど、強いて言うなら大人っぽいのかな……。
そりゃカップに溶かしたチョコ流すとかトリュフとかはボクちんにも作れるよ?
でも、そういうのじゃなくて……」
「それでも十分可愛らしいし彼は喜ぶだろうに」とは思うものの、背伸びしたい彼女の気持ちも理解できる。
だからこそ今回は、彼女の気持ちを汲むことにした。
簡単だが手が込んでいるように見えるもの――。
「なら、ブラウニーはどうでしょう?
洋酒を少し入れればグッと大人っぽくなりますよ」
洋酒入りのお菓子は彼も好きだったはずだ。
そう思い出しながら彼が言えば、グリルの目がぱぁっと輝いた。
「うん!それがいい!
……でも、ボクちんにも作れるかなぁ?」
「グリルなら楽勝ですよ。
ええと、材料は薄力粉にココアパウダーに……」
レシピは頭に入っているのだろう、何も見ずに材料を次々に並べていくランプキン。
……が、洋酒を手に取ろうとしたところで彼の手が止まった。
「洋酒は……無難なラム?
……いや待てグランマルニエも捨てがたいな。
でもやっぱりブランデーの方が……ううん迷うなぁ」
うーん、と考え込み始めるランプキン。
その表情はひどく真剣で、グリルそっちのけになっている。
最早目的と手段が入れ替わっているらしい。
「ラ、ランプキン……?」
「あ、すみません、つい。
どれかご希望とかありますか?」
「えええ……じゃあブランデーかなぁ?
よく聞くし……」
何となくでブランデーを選ぶ。
ようやく材料が揃ったところで、早速作業に取りかかった。
ランプキンが作るのを見ながら、グリルも同じように作ってみる。
その光景は少し年の離れた兄妹にも見える。
普段から家やランプキンの手伝いをしているだけあって、年の割に手付きは安定している。
飲み込みも早いし、この分なら心配は要らなそうだ……と彼は安堵した。
程なくして、ブラウニーが完成した。
初めて作った割には見た目も綺麗な仕上がりだ。
「……グリルは料理上手ですね……それにちゃんと私の教えた通りにやってくれるから、改めて感激してしまいました……」
「彼女もこうならいいのに」とエキセントリックなカラーリングの料理を思い出しながら呟くランプキンの横顔は、どことなく哀愁が漂っている。
「……疲れてるんだね?」
「そうですね……。
コホン、食べてみましょうか」
気を取り直し、切り分けたそれを早速味見してみることにした。
せっかくだからと紅茶も淹れて、ちょっとしたティータイム。
ちなみに紅茶は、グリルの為にいつもより少しミルクは多めのものだ。
「甘くておいしいけど、ちょっとお酒が効いてて大人の味って感じだね」
「全部食べてはいけませんよ。
冷めてからの味も確かめないと。
あ、私が作ったのもどうぞ」
「うん、もらうね!
あ、ランプキンのはボクちんとは違うお酒?」
「比較できればいいと思ったので私はグランマルニエを」
「へぇ、オレンジの香りがするんだねぇ!」
そんなことを言いながら美味しそうにモグモグと食べる。
それを微笑ましそうに見ながら、彼もグリルが作ったものの方を食べてみた。
初回とは思えないほどに文句なしの出来だ。
この分なら1人で作っても上手くいくだろう。
「告白、上手くいくと良いですねぇ。
マルクは幸せ者だ」
「!?ゲホゲホゲホッ!」
グリルは盛大にむせて、胸をバンバンと叩いた。
更にミルクティーを一気飲みする。
熱かったのかヒーヒー言ったのち、背中をポンポンと叩いてくれるランプキンを半ば涙目で睨みつけた。
「ひ、人が食べてる時に変なこと言わないでよ!
ビックリしちゃうじゃん!」
「すみません、まさかそこまで驚くとは思わなかったので。
驚かれた私が驚いたというかなんというか」
「告白なんてしないよっ!な、何言ってるの!
そんなの無理無理!
絶対そんな対象に思われてないし!
っていうか、なんで渡すのマルクって知ってるの……!?」
グリルは真っ赤な顔でそう捲し立てた。
本当にバレていないと思っていたのか。
彼にしてみればそちらの方が不思議で仕方がない。
「チョコだって義理だと思われるだろうし……うん、それでもいいんだ。
とりあえず喜んでくれればいいの!」
「……絶対に喜んでくれますよ」
そう言いながらランプキンはチラ、と扉の方を見た。
薄く開いたドアの隙間から覗いた、赤色の瞳と目が合う。
しかし次の瞬間、すぐにサッと消えてしまった。
「どうしたの?」
「いえ、グリルはきっといい奥さんになると思っただけですよ」
「そ、そんなことないよ!
その前にけ、結婚なんて……!」
「ではもし誰も良い人が見つからなかったら、ぜひ私と」
「えぇっ!」
再びランプキンが扉の方を見てみると、今度は青色の瞳が覗いていた。
しかしまたすぐにサッと消える。
思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、彼はグリルに向き直った。
「ふふ、冗談ですよ。
グリルから見たら私なんてオジサンですしね」
「オジサンとか絶対ないから!まだお兄ちゃんだから!
ていうかランプキンって本当はいくつなの?」
「秘密です」
「えー!?」
無邪気に笑うグリル。
ランプキンはそんな彼女を見ながら、一瞬だけ何か企むように笑った。
が、すぐに優しい笑みに戻る。
そしてどこか上機嫌に、もう一つ菓子をつまむのであった。
***
そして時は流れ、バレンタイン当日。
グリルは精一杯の気持ちを込めて、ブラウニーを作った。
あれから毎日練習してきたのもあって、自分でも満足できる仕上がりになった。
余談だがしばらく彼女の家のおやつはブラウニーで、家族は首をかしげていたらしい。
普通に一口サイズに切ったけれども、たった1つだけハートの型にくりぬいた。
……それが彼女の精一杯の気持ちだった。
受け取るのを断られたらどうしよう、という不安ももちろんある。
恋人はいないと言うが、好きな人がいないとも限らない。
彼とは所謂恋話をしたことがなかったから。
だからいつものように軽い感じに渡そうとしていた。
そうすれば義理だと思ってくれるだろうから。
それに、それくらいの気持ちでいた方が拒否された時のダメージも小さいと理解していたから。
ペパーミントパレスのリビングで、彼女は一人緊張と闘っていた。
よりにもよって今日は誰もいないらしい。
……いや、むしろ好都合なのだが。
辺りがシンと静まり返っているせいで、余計に緊張感が増していた。
急激な喉の乾きを感じて、とりあえず水を飲む。
溜め息をつきながらコップを置き、決心したように頷いた。
「……今、呼んじゃおう」
そう呟いて携帯電話を手に取ると、誰かが帰ってきたような物音がした。
別に特にやましいこともないのに、ビクンと身体を強張らせて携帯をバッとしまった。
ありがたいようなありがたくないような……複雑な心境だ。
事情を知っているランプキン以外にチョコを見られるのは厄介なため、とりあえず後ろ手に隠す。
ちょうどそれと同時に扉が開いた。
「あ、あれ、ウィズとかいないのサ?」
部屋に入ってきたのはマルクだった。
まさかの本人君臨で、思わずチョコを取り落しそうになってしまう。
慌てて持ち直すと、バッと彼から視線を逸らせた。
ただでさえうるさいくらいに高鳴っていた鼓動が、更に速度を増してしまう。
「せ、せーっかく資料渡してやろうと思ったのに、とっても、残念なのサ」
どうやらウィズか誰かに用があったらしい。
しかしやけにそわそわしていて、落ち着きがない。
もしかして急いでいるのだろうか、なら渡すなら今だ、今を逃したら今日渡せないかもしれない!そんなの嫌だ!
――そう決意した彼女は、隠していた箱をズイッとマルクの方へ突き出した。
「あ、あのねっ……!」
さっき水を飲んだばかりなのに、もう喉がカラカラになってしまっていた。
心臓が破裂しそうなくらいにバクバクしているのを必死に抑える。
「マルク、これあげる!」
努めて冷静を装ってそう言う。
声が上擦りそうになるのは何とか堪えたものの、顔が熱くなっていくのは止められなかった。
まともに彼の方を見ることができず、あらぬ方向へ視線をやる。
「あ、ありがと……」
マルクはそう言うと箱を受け取った。
なんだかあっさり受け取られて、グリルは逆に拍子抜けしてしまった。
しかしそのまま、沈黙が降りた。
なんで、という気持ちがグリルの胸を占める。
てっきり何かからかわれるとも思っていたのに。
そうしたら『義理だよ!』って言う準備もイメトレもしていたのに。
空気の重さに耐えきれなくなって、グリルは口を開いた。
「……し、資料はその辺置いておけばいいと思うよ!
じゃあボクちんは帰るね!」
「グリルッ!」
あまりの気まずさに逃げ出そうとしたが、呼び止められてビクッと立ち止まった。
もしかしてつき返されるのでは、と不安に思いながら振り返る。
「な、なに?」
この時ばかりは少しだけ声が震えてしまった。
マルクは一瞬彼女の方に手を伸ばそうとし――すぐに引っ込めた。
何度か目を泳がせて放たれる言葉は「あー」とか「えっと……」とか意味を成さないものばかり。
「あのサ、来月の14日空けといてくれる?」
そっぽを向いて、それだけ呟いた。
何故1ヶ月後?と疑問を覚える。
そんなにマルクの予定は詰まっているのだろうかとも思ったが、まずは一刻も早くここを立ち去りたかった。
「う、うん!わかった!じゃあね!」
勢いよくペパーミントパレスを飛び出す。
このエリア特有のひんやりとした空気が、火照った頬に突き刺さる。
外はまだかなり寒いはずだが、全身が熱い彼女にはちょうどいいくらいだ。
「渡しちゃった」という高揚感と不思議な解放感を感じながら、彼女は自宅へと走っていった。
ポップスターの3月14日の意味を知り、グリルが真っ赤になるのはもう少し先の話だった。
***
「……ッ」
グリルが帰っていった後、マルクはその場にズルズルとしゃがみこんだ。
いまだに心臓は狂ったように高鳴っている。
「ボクのバカ……不自然にもほどがあるだろ……」
自然に振る舞おうとすればするほど、挙動不審になってしまって。
得意の口から出任せもスムーズに出て来てくれなくて。
幸い彼女は気にしていなかった……というか、それどころではなかったと言った方が正しいだろう。
彼にとって彼女は妹みたいな存在だった。
一緒にゲームしたり、魔法を教えてやったり、遊びに行ったり。
確かになついてくる彼女をかわいいと思っていたけれども、恋愛対象だとは思っていなかった……はずだった。
実のところ彼も、彼女から向けられていた感情を全く知らなかったわけではない。
でもそれはほんの一時の、少女によくある『恋に恋している』ようなものだと思っていた。
いつかは自然に無くなるものだろうと思っていて、だからあえて触れることもなかった。
その方がお互いの為だと思っていたから。
でもそれも、数日前までの話。
「あんなん見ちゃったら……」
先日見た光景を思いだしてしまい、顔が熱くなっていくのを止めることができなかった。
彼女があんな風に笑うなんて思わなかった。
あんなに優しく、愛らしく笑うとは思わなかった。
そして、こんなに彼女に惹きつけられている自分がいるとは思わなかった。
ランプキンには全てお見通しだったのだろう。
露骨に煽られてると解っていたのに、嫉妬心を感じずにはいられなかった。
嘘だと思いたかった。
今はまだ思いっ切り歳下で、子どもで。
それなのに思い浮かぶのは彼女のことばかりで。
でも会えばきっと違うとわかると思っていた。
一時の、熱病に浮かされているようなものだと思っていた。
しかし実際に会ってみて、彼は理解しすぎるほどに理解してしまった。
もう彼は完全に堕ちていた。
それが悔しくて、でもそれよりも胸の高鳴りの方が勝っていて……あの時だって、思わず手が伸びそうになってしまった。
もしあのとき止まれなかったら、いったいボクは何をしていたのだろう?と自問し、自分の中の衝動を嫌悪し大きく溜息をつく。
「~っ、ボク、ロリコンじゃないのに……っ!」
箱を小さく抱きしめながら、マルクは呻いていた。
伝わる想い
後日彼はランプキンに相談を持ちかけることになるが、それはまた別のお話。
NEXT
→あとがき
寒いある日のこと、グリルは緊張した面持ちでランプキンにそう聞いた。
その頬は少しだけ紅潮していて、視線もどこか泳いでいる。
「私でよければどうぞ、どうしました?」
「あ、あのね……チョコレートのお菓子の作り方、教えてもらってもいいかな?」
そう言われた彼はほんの少しだけ目を見張った。
しかしすぐにその理由に思い至り、微笑を浮かべる。
もう少しでバレンタインデーだ。
彼女(ついでに彼)の故郷ではその日は恋人同士が贈り物をし合う日。
しかしある地域――例えばポップスターには違う風習がある。
恋人同士でなくとも、例えば友達同士で贈りあったり、想い人に気持ちを込めたチョコレートをプレゼントしたりするらしい。
「なるほど、ポップスター方式ですね」
「うん、アイツ普段はポップスターにいるから……って、あっ!
そ、その……っ、なんでもないの!
気にしないでっ!」
グリルの顔が恥じらいに真っ赤に染まる。
でも誰に渡そうと思ってるかなんて最初から明らかで。
むしろバレていないとでも思っていたのか、そちらの方がランプキンにしてみれば疑問である。
「もちろん喜んでお受けしましょう。
でも私でいいのですか?」
「ママに聞こうと思ったけど……誰に渡すのかうるさそうだし、友達はボクちんがそういうキャラじゃないって思ってるし……ドロシアはほら、ちょっと個性的なお料理だから」
彼女の地元でこの時期に「チョコのお菓子の作り方教えてくれ」なんて言えば、彼女にチョコレート好きの恋人がいると思われるだろう。
説明すれば尚更興味を引いてしまう。
自ら墓穴をドリルで掘るようなものだ。
そして大きな声では言えないが、ドロシアに頼らないにも賢明な判断だ。
「それにボクが知ってる中で一番料理上手なの、ランプキンだから!」
満面の笑みでそう答える彼女に、思わずランプキンも笑みをこぼした。
元々料理には自信があるが、まっすぐに誉められて悪い気はしない。
「おやおや、持ち上げても何も出ませんよ?
……さてと、さっそく準備しましょうか。
お菓子に使えそうな材料はだいたいストックしてますからね」
「ありがとう!」
気を良くしてキッチンに向かうランプキンの後ろを、グリルが嬉しそうについていった。
「とりあえず、一度一緒に作ってみましょうか。
グリルにはその方が早いでしょう。
何か作りたいものはありますか?」
「まだ具体的には決めてないけど、強いて言うなら大人っぽいのかな……。
そりゃカップに溶かしたチョコ流すとかトリュフとかはボクちんにも作れるよ?
でも、そういうのじゃなくて……」
「それでも十分可愛らしいし彼は喜ぶだろうに」とは思うものの、背伸びしたい彼女の気持ちも理解できる。
だからこそ今回は、彼女の気持ちを汲むことにした。
簡単だが手が込んでいるように見えるもの――。
「なら、ブラウニーはどうでしょう?
洋酒を少し入れればグッと大人っぽくなりますよ」
洋酒入りのお菓子は彼も好きだったはずだ。
そう思い出しながら彼が言えば、グリルの目がぱぁっと輝いた。
「うん!それがいい!
……でも、ボクちんにも作れるかなぁ?」
「グリルなら楽勝ですよ。
ええと、材料は薄力粉にココアパウダーに……」
レシピは頭に入っているのだろう、何も見ずに材料を次々に並べていくランプキン。
……が、洋酒を手に取ろうとしたところで彼の手が止まった。
「洋酒は……無難なラム?
……いや待てグランマルニエも捨てがたいな。
でもやっぱりブランデーの方が……ううん迷うなぁ」
うーん、と考え込み始めるランプキン。
その表情はひどく真剣で、グリルそっちのけになっている。
最早目的と手段が入れ替わっているらしい。
「ラ、ランプキン……?」
「あ、すみません、つい。
どれかご希望とかありますか?」
「えええ……じゃあブランデーかなぁ?
よく聞くし……」
何となくでブランデーを選ぶ。
ようやく材料が揃ったところで、早速作業に取りかかった。
ランプキンが作るのを見ながら、グリルも同じように作ってみる。
その光景は少し年の離れた兄妹にも見える。
普段から家やランプキンの手伝いをしているだけあって、年の割に手付きは安定している。
飲み込みも早いし、この分なら心配は要らなそうだ……と彼は安堵した。
程なくして、ブラウニーが完成した。
初めて作った割には見た目も綺麗な仕上がりだ。
「……グリルは料理上手ですね……それにちゃんと私の教えた通りにやってくれるから、改めて感激してしまいました……」
「彼女もこうならいいのに」とエキセントリックなカラーリングの料理を思い出しながら呟くランプキンの横顔は、どことなく哀愁が漂っている。
「……疲れてるんだね?」
「そうですね……。
コホン、食べてみましょうか」
気を取り直し、切り分けたそれを早速味見してみることにした。
せっかくだからと紅茶も淹れて、ちょっとしたティータイム。
ちなみに紅茶は、グリルの為にいつもより少しミルクは多めのものだ。
「甘くておいしいけど、ちょっとお酒が効いてて大人の味って感じだね」
「全部食べてはいけませんよ。
冷めてからの味も確かめないと。
あ、私が作ったのもどうぞ」
「うん、もらうね!
あ、ランプキンのはボクちんとは違うお酒?」
「比較できればいいと思ったので私はグランマルニエを」
「へぇ、オレンジの香りがするんだねぇ!」
そんなことを言いながら美味しそうにモグモグと食べる。
それを微笑ましそうに見ながら、彼もグリルが作ったものの方を食べてみた。
初回とは思えないほどに文句なしの出来だ。
この分なら1人で作っても上手くいくだろう。
「告白、上手くいくと良いですねぇ。
マルクは幸せ者だ」
「!?ゲホゲホゲホッ!」
グリルは盛大にむせて、胸をバンバンと叩いた。
更にミルクティーを一気飲みする。
熱かったのかヒーヒー言ったのち、背中をポンポンと叩いてくれるランプキンを半ば涙目で睨みつけた。
「ひ、人が食べてる時に変なこと言わないでよ!
ビックリしちゃうじゃん!」
「すみません、まさかそこまで驚くとは思わなかったので。
驚かれた私が驚いたというかなんというか」
「告白なんてしないよっ!な、何言ってるの!
そんなの無理無理!
絶対そんな対象に思われてないし!
っていうか、なんで渡すのマルクって知ってるの……!?」
グリルは真っ赤な顔でそう捲し立てた。
本当にバレていないと思っていたのか。
彼にしてみればそちらの方が不思議で仕方がない。
「チョコだって義理だと思われるだろうし……うん、それでもいいんだ。
とりあえず喜んでくれればいいの!」
「……絶対に喜んでくれますよ」
そう言いながらランプキンはチラ、と扉の方を見た。
薄く開いたドアの隙間から覗いた、赤色の瞳と目が合う。
しかし次の瞬間、すぐにサッと消えてしまった。
「どうしたの?」
「いえ、グリルはきっといい奥さんになると思っただけですよ」
「そ、そんなことないよ!
その前にけ、結婚なんて……!」
「ではもし誰も良い人が見つからなかったら、ぜひ私と」
「えぇっ!」
再びランプキンが扉の方を見てみると、今度は青色の瞳が覗いていた。
しかしまたすぐにサッと消える。
思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、彼はグリルに向き直った。
「ふふ、冗談ですよ。
グリルから見たら私なんてオジサンですしね」
「オジサンとか絶対ないから!まだお兄ちゃんだから!
ていうかランプキンって本当はいくつなの?」
「秘密です」
「えー!?」
無邪気に笑うグリル。
ランプキンはそんな彼女を見ながら、一瞬だけ何か企むように笑った。
が、すぐに優しい笑みに戻る。
そしてどこか上機嫌に、もう一つ菓子をつまむのであった。
***
そして時は流れ、バレンタイン当日。
グリルは精一杯の気持ちを込めて、ブラウニーを作った。
あれから毎日練習してきたのもあって、自分でも満足できる仕上がりになった。
余談だがしばらく彼女の家のおやつはブラウニーで、家族は首をかしげていたらしい。
普通に一口サイズに切ったけれども、たった1つだけハートの型にくりぬいた。
……それが彼女の精一杯の気持ちだった。
受け取るのを断られたらどうしよう、という不安ももちろんある。
恋人はいないと言うが、好きな人がいないとも限らない。
彼とは所謂恋話をしたことがなかったから。
だからいつものように軽い感じに渡そうとしていた。
そうすれば義理だと思ってくれるだろうから。
それに、それくらいの気持ちでいた方が拒否された時のダメージも小さいと理解していたから。
ペパーミントパレスのリビングで、彼女は一人緊張と闘っていた。
よりにもよって今日は誰もいないらしい。
……いや、むしろ好都合なのだが。
辺りがシンと静まり返っているせいで、余計に緊張感が増していた。
急激な喉の乾きを感じて、とりあえず水を飲む。
溜め息をつきながらコップを置き、決心したように頷いた。
「……今、呼んじゃおう」
そう呟いて携帯電話を手に取ると、誰かが帰ってきたような物音がした。
別に特にやましいこともないのに、ビクンと身体を強張らせて携帯をバッとしまった。
ありがたいようなありがたくないような……複雑な心境だ。
事情を知っているランプキン以外にチョコを見られるのは厄介なため、とりあえず後ろ手に隠す。
ちょうどそれと同時に扉が開いた。
「あ、あれ、ウィズとかいないのサ?」
部屋に入ってきたのはマルクだった。
まさかの本人君臨で、思わずチョコを取り落しそうになってしまう。
慌てて持ち直すと、バッと彼から視線を逸らせた。
ただでさえうるさいくらいに高鳴っていた鼓動が、更に速度を増してしまう。
「せ、せーっかく資料渡してやろうと思ったのに、とっても、残念なのサ」
どうやらウィズか誰かに用があったらしい。
しかしやけにそわそわしていて、落ち着きがない。
もしかして急いでいるのだろうか、なら渡すなら今だ、今を逃したら今日渡せないかもしれない!そんなの嫌だ!
――そう決意した彼女は、隠していた箱をズイッとマルクの方へ突き出した。
「あ、あのねっ……!」
さっき水を飲んだばかりなのに、もう喉がカラカラになってしまっていた。
心臓が破裂しそうなくらいにバクバクしているのを必死に抑える。
「マルク、これあげる!」
努めて冷静を装ってそう言う。
声が上擦りそうになるのは何とか堪えたものの、顔が熱くなっていくのは止められなかった。
まともに彼の方を見ることができず、あらぬ方向へ視線をやる。
「あ、ありがと……」
マルクはそう言うと箱を受け取った。
なんだかあっさり受け取られて、グリルは逆に拍子抜けしてしまった。
しかしそのまま、沈黙が降りた。
なんで、という気持ちがグリルの胸を占める。
てっきり何かからかわれるとも思っていたのに。
そうしたら『義理だよ!』って言う準備もイメトレもしていたのに。
空気の重さに耐えきれなくなって、グリルは口を開いた。
「……し、資料はその辺置いておけばいいと思うよ!
じゃあボクちんは帰るね!」
「グリルッ!」
あまりの気まずさに逃げ出そうとしたが、呼び止められてビクッと立ち止まった。
もしかしてつき返されるのでは、と不安に思いながら振り返る。
「な、なに?」
この時ばかりは少しだけ声が震えてしまった。
マルクは一瞬彼女の方に手を伸ばそうとし――すぐに引っ込めた。
何度か目を泳がせて放たれる言葉は「あー」とか「えっと……」とか意味を成さないものばかり。
「あのサ、来月の14日空けといてくれる?」
そっぽを向いて、それだけ呟いた。
何故1ヶ月後?と疑問を覚える。
そんなにマルクの予定は詰まっているのだろうかとも思ったが、まずは一刻も早くここを立ち去りたかった。
「う、うん!わかった!じゃあね!」
勢いよくペパーミントパレスを飛び出す。
このエリア特有のひんやりとした空気が、火照った頬に突き刺さる。
外はまだかなり寒いはずだが、全身が熱い彼女にはちょうどいいくらいだ。
「渡しちゃった」という高揚感と不思議な解放感を感じながら、彼女は自宅へと走っていった。
ポップスターの3月14日の意味を知り、グリルが真っ赤になるのはもう少し先の話だった。
***
「……ッ」
グリルが帰っていった後、マルクはその場にズルズルとしゃがみこんだ。
いまだに心臓は狂ったように高鳴っている。
「ボクのバカ……不自然にもほどがあるだろ……」
自然に振る舞おうとすればするほど、挙動不審になってしまって。
得意の口から出任せもスムーズに出て来てくれなくて。
幸い彼女は気にしていなかった……というか、それどころではなかったと言った方が正しいだろう。
彼にとって彼女は妹みたいな存在だった。
一緒にゲームしたり、魔法を教えてやったり、遊びに行ったり。
確かになついてくる彼女をかわいいと思っていたけれども、恋愛対象だとは思っていなかった……はずだった。
実のところ彼も、彼女から向けられていた感情を全く知らなかったわけではない。
でもそれはほんの一時の、少女によくある『恋に恋している』ようなものだと思っていた。
いつかは自然に無くなるものだろうと思っていて、だからあえて触れることもなかった。
その方がお互いの為だと思っていたから。
でもそれも、数日前までの話。
「あんなん見ちゃったら……」
先日見た光景を思いだしてしまい、顔が熱くなっていくのを止めることができなかった。
彼女があんな風に笑うなんて思わなかった。
あんなに優しく、愛らしく笑うとは思わなかった。
そして、こんなに彼女に惹きつけられている自分がいるとは思わなかった。
ランプキンには全てお見通しだったのだろう。
露骨に煽られてると解っていたのに、嫉妬心を感じずにはいられなかった。
嘘だと思いたかった。
今はまだ思いっ切り歳下で、子どもで。
それなのに思い浮かぶのは彼女のことばかりで。
でも会えばきっと違うとわかると思っていた。
一時の、熱病に浮かされているようなものだと思っていた。
しかし実際に会ってみて、彼は理解しすぎるほどに理解してしまった。
もう彼は完全に堕ちていた。
それが悔しくて、でもそれよりも胸の高鳴りの方が勝っていて……あの時だって、思わず手が伸びそうになってしまった。
もしあのとき止まれなかったら、いったいボクは何をしていたのだろう?と自問し、自分の中の衝動を嫌悪し大きく溜息をつく。
「~っ、ボク、ロリコンじゃないのに……っ!」
箱を小さく抱きしめながら、マルクは呻いていた。
伝わる想い
後日彼はランプキンに相談を持ちかけることになるが、それはまた別のお話。
NEXT
→あとがき
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