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「マインド様いマスか~?」
ムーンライトマンションの一室にある大鏡がゆらゆら揺らぎ、ウィズがにゅっと顔を出した。
鏡から人の顔が突き出ている絵面は、なかなかシュールである。
煎餅を齧りながら本を読んでいたシャドーは顔を上げると、愛想のいい笑みを浮かべた。
「マインドなら今実家にいるよ」
「そうデスか……」
ウィズは目に見えて落胆する。
まるで捨てられた子犬のようだ、とシャドーはクスリと笑みを漏らした。
表情がコロコロと変わる彼を見ているのはとても楽しい。
マインドの恋人を、シャドーはなかなかに気に入っていた。
「もうすぐ帰ってくると思うし、ここで待っていけば?」
「そうしマス!」
シャドーの言葉に甘え、ウィズは鏡から這い出た。
ちなみにマインドの実家とは暗黒物質たちの家の事である。
普段はムーンライトマンションで生活しているが、頻繁に帰省しているらしい。
といっても、彼女ならば一瞬で行き来することができるのだが。
「何かマインドに用でもあるの?」
「いえ、なんとなく会いたくなっただけデス」
「ラブラブなんだね」
「ヘヘ……」
ウィズは照れたように相好を崩すと、シャドーからちょうど一人分ほど間を開けてソファに座った。
そしてチラ、と彼女が持っている本へと目を向けた。
「……随分厚い本デスね、何を読んでいるのデスか?」
「ああ、拷問大全だよ」
「……前マインド様も読んでいマシたが面白いのデスか?」
「ううん、あんまり」
『世界の拷問』やら『拷問大全』やら、いったいサディスト向けの本はどれだけあるのだろうか。
そういえばランも似たような本を読んでいたっけな……とウィズは遠い目をしていた。
サディストの心は複雑怪奇である。
「キミも読んでみる?」
「……遠慮しマス」
そう言いながらも怖いもの見たさで恐る恐る本を覗き込んでみると、見るのも憚られるほど陰惨な光景が広がっていた。
これを読みながら煎餅を齧れるシャドーの神経もなかなかである。
「意外だね、ウィズもこういうの好きかと思ってた」
「Oh……拷問具はまだちょっと守備範囲外デスね……」
ウィズは苦笑しながら否定する。
“まだ”という言葉にシャドーは一瞬引っ掛かったが、深く考えないようにした。
……というか、聞いてはいけない気がした。
「でもマインドが相手じゃ大変でしょー?
い・ろ・い・ろ・と!」
「フフ、何のことデスか?」
「またまた、わかってるくせにィ……」
「はて?
ミーにはまーったくわかりマセンねぇ……」
あくまでも空とぼけるウィズ。
シャドーは空いていた距離を詰めて、彼にしなだれかかった。
そのまま上目遣いで、誘惑するようにウィズを見つめる。
「ね……ボクとはダメかな?」
「駄目デスね、マインド様にもダーク君にも嫌われてしまいマス」
即答だった。
笑顔でシャドーを押し退ける様は、いっそ爽やかだ。
さっきとは打って変わって、シャドーは不満そうに頬を膨らませた。
「え~?
ちょっとくらい遊んでみない?
マインドだって遊んでるかもよ?」
「それはありマセンね」
断言するウィズに、シャドーは一瞬だけ絶句した。
しかしすぐに笑みを取り戻す。
「ウィズって一途だね……。
でもマインド、なんだかんだでファン多いんだよ?
男の人にいっぱいいっぱいいーっぱい口説かれてるんだよ!」
実際、マインドにはたくさんの男性が仕えている。
マインドコントロールせずとも、彼女に魅せられた男たちが(時には女性も)自然と集まってくるのだ。
「知ってマスよ、ミーも鼻が高いデス。
でもアイツらはせいぜいマインド様の靴が踏んだ地面を舐めるくらいしかできマセン」
「靴すら舐めさせてもらえないの!?」
「Yes、ミーは奴隷の中でも気に入られてる方デシタが、舐めようとしたら『は?私の靴をあなたの舌なんかで穢されたくないわ』って言われて蹴られマシタし」
「そ、それでよく今付き合ってられるね……」
「まあ、われわれの業界ではご褒美デスから」
「そ、そっかぁ……世界って広いなぁ……あはは……」
あまり聞きたくはなかった過去を聞かされて、シャドーは引き攣った笑顔でウィズから距離を取った。
「……じゃあ万が一!万が一されてたらどうする?」
気を取り直したシャドーは小悪魔のような表情を浮かべながら問う。
明らかに彼の反応を楽しみにしている笑みだ。
一方ウィズは一瞬だけ考えるように真剣な表情を浮かべると、いつものようにニッコリと笑った。
しかしその笑みは、どことなく黒い。
「そのときは……一生ミーから離れられないボディにしてさしあげマスよ」
その声は心なしか冷え冷えとしている。
ゾクリ、と彼女の背筋に寒気が走った。
「……それって……どういう……」
「……さぁ?」
ウィズはへらへらと笑っている。
しかしシャドーはそこに、うすら寒さすら感じていた。
底の見えない穴を覗き込むような、不思議な気持ちに襲われる。
……が、それ以上の寒気を感じて振り返り、そのまま固まってしまった。
「……あっ」
ダークマインドが部屋の入口のところに立っていた。
笑ってこそいるものの、その目は酷く冷たい。
まずい所を見られてしまったとシャドーは心の中で舌打ちをした。
「お、おかえりマインド。
いつからそこに?」
「ついさっきよ。
で、貴女は私の奴隷に何をしているのかしら?」
答えによっては容赦しない――彼女の目はそう語っていた。
背には般若を背負っている。
「……ボクはパパに甘えてただけだよ?」
そう言いながらすぐさま彼から離れて、立ち上がる。
とりあえずここは逃げるが勝ち、と悟った。
そうすればきっと矛先はウィズへ向かう――内心で彼に謝りながら隣の部屋へと逃げていった。
「まったく……油断も隙もありゃしないわ」
シャドーが出ていくのを見送ると、マインドは貼り付いた笑顔でウィズを振り返った。
しかしその目はまるで氷のように冷たくて、彼の肩が怯えるようにビクンと跳ねる。
実は彼の背骨には、ゾクゾクと被虐の快感が駆け巡っているのだが。
マインドはそのまま彼の隣に腰掛けると、先ほどのシャドーのようにしなだれかかった。
「……やっぱり、貴方には首輪をかけなくちゃかしら?
それとも手錠がいーい?」
彼の頬に細い指先を滑らせ、顎をクイッと持ち上げる。
女神のような微笑みを湛えてこそいるが、内心では嫉妬や独占欲が燻っている。
氷の瞳の冷たさの奥には、嫉妬の炎が燃えていた。
ウィズは自分に向けられたその烈しい感情に、ゾクゾクとした快感と被虐感を感じずにはいられなかった。
それはあえて隠し、ニッコリと笑う。
「それは首輪の方がいいデスね……だって手錠をしてしまったら、ユーを抱き締められない」
「ユーを抱き締められないなんて、腕の存在価値が無いようなものデス」と言いながら右手で左腕を斬り捨てるような仕草をすると、左肩から下がすうっと消えた。
「ああ、でも手錠をされても、こうすれば抱き締められマスね」
失われていた彼の左腕がフッと現れた。
更に手を縛られた時のように手首をくっつけたまま腕で輪を作ると、上から彼女をすっぽりと囲んでしまった。
まるで抱き締められるような形になって、マインドは苦笑を漏らした。
「これじゃあ貴方から逃れられないわ」
「逃げようとしなければいいのデスよ」
「……逃がして、と言ったら?」
「その時は首輪の出番デスね」
ウィズがマインドの首筋に口付けを落とすと、彼女の身体が小さく跳ねた。
更に小さく吸い、残った痕を確認するかのようにペロリと舐め上げた。
「貴方に首輪をされるなんて冗談じゃないわ」
そう言う彼女は不満そうな目をしている。
ウィズはクス、と笑うと彼女の腕をとった。
「……でしたら、二人で一つの手錠を嵌めてしまいマショウか?」
そう囁く声はやけに楽しそうに聞こえる。
彼は掴んだ彼女の手首に口付けを落とした。
そのまま指を絡ませ、きゅっと握る。
マインドは少しだけ困ったように笑った。
「本格的に離れられなくなるわね」
「離れなければいいのデス」
「……貴方って、そんなに独占欲強い人だった?」
「さあ?誰がそうさせてしまったのデショウ?」
黄色の瞳に、ほんの少しだけ批難の色が見え隠れする。
彼が言わんとすることを察したのか、マインドは小さく肩をすくめた。
自身の過去を振り返り、嗜虐的な瞳で彼を見つめる。
「ええ、私の過去の行いのせいね。
だって楽しかったんだもの、貴方だって楽しかったでしょう?」
マインドには数多の男を誘惑し、調教し、奴隷にした過去がある。
彼女の色香に魅せられ、囚われ、悪戯に弄ばれ、奉仕させられ、身も心も捧げ、それなのに彼女の純潔は得られず、飢餓感を抱え渇望し続けた哀れな男ども――かつてはウィズもその一人だった。
「……否定はしマセンよ。
過去のことはともかく、もうしてマセンよね?」
「気になるの?」
マインドは手を振り払うと、彼の頬に触れた。
挑発するような視線を向けながら、痛くない程度に爪を立てる。
ウィズはその手に自らの手を重ねると、少しだけ切なさのにじむ笑みを浮かべた。
「……ええ、気になりマスよ」
壊したくなる程度にはね、と続ける。
その答えに満足したのか、マインドは幾分優しい笑みを浮かべた。
触れるだけのキスをして、可愛らしく小首を傾げる。
「フフ……もうしてないわよ、流石に。
私のこの身を捧げたのは貴方だけ。
だからそんな顔しないで頂戴?」
「……とりあえずは信じておきマショウ」
「あら、随分と信用ないのね?」
「マインド様がその気じゃなくても、馬鹿な男は寄ってくるんデスよ。
まったく、ユーの色気に幾人の男共が酔わされているのデショウかね……」
低く囁きながら、彼女の肩をトンッと押す。
予想外の彼の行動に、マインドはポスッと背中から倒れ込んでしまった。
彼女の柳眉が怪訝そうに顰められるが、ウィズはへらりと笑っている。
「ちょっと……こんな昼間から何するつもり?」
「何って……そりゃナニデスよ。
簡単に言えばご主人サマに御奉仕を」
当然のことのようにしれっというウィズを、マインドは押し退けようとした。
しかし純粋な腕力では彼に勝つことはできない。
「待って!シャドーいるんじゃっ」
「いいデスよ、そんなこと」
「よくないから!教育上よくない!」
「そんなこと言って……あの子たちも多分毎晩お楽しみデスよ。
エブリナイト♂パコパコデスよ」
「やめて!わかってるけどやめて!」
「それに、見たいなら見せてやればいいのデスよ。
男ならマインド様のボディを見せるなんてありえマセンが、幸いにも彼女は女性デスから気にしマセン」
「そういう問題じゃないわ!
せめてシャワーッ……!」
憤慨するマインドに、ウィズは顔を近づけた。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離で、見つめあう。
黄色の瞳がスッと細められた。
「他の事なんて気にしないで、ミーだけ見てくだサイ」
懇願するような声に、思わず力が抜ける。
そんな風に言われてしまったら、断りづらいにも程がある。
そもそも本当に彼女が嫌ならば逃れる方法はいくらでもあるわけで、多分彼はそれをわかっていて――まるで普段の彼らとは逆だった。
「たまにはミーが上でもいいデショ?」
楽しそうに笑うウィズにマインドは苦笑を漏らす。
その上が精神的な意味なのか肉体的な意味なのかは不明だが、もう仕方ないと観念したのだろう。
彼の身体に腕を回し、受け入れの合図をした。
それに応えるかのように、彼は彼女の唇に口付ける。
甘くねっとりとした濃厚な口付けの後、マインドは熱っぽい目で彼を見つめた。
「ね……私が帰ってきたとき、シャドーと何を話していたの?」
「……ミーはユーを一生離したくないくらい愛してるって話デス」
へらっと笑いながらウィズはそう答えた。
マインドは満足そうな笑みを浮かべ、彼の唇に喰い付く。
細く開いたドアの隙間から黒い瞳が覗いている。
彼女はそれに気付かず、彼はそれを知りながら、熱に溺れていった。
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(鎖の端を、互いに持って)
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→あとがき
ムーンライトマンションの一室にある大鏡がゆらゆら揺らぎ、ウィズがにゅっと顔を出した。
鏡から人の顔が突き出ている絵面は、なかなかシュールである。
煎餅を齧りながら本を読んでいたシャドーは顔を上げると、愛想のいい笑みを浮かべた。
「マインドなら今実家にいるよ」
「そうデスか……」
ウィズは目に見えて落胆する。
まるで捨てられた子犬のようだ、とシャドーはクスリと笑みを漏らした。
表情がコロコロと変わる彼を見ているのはとても楽しい。
マインドの恋人を、シャドーはなかなかに気に入っていた。
「もうすぐ帰ってくると思うし、ここで待っていけば?」
「そうしマス!」
シャドーの言葉に甘え、ウィズは鏡から這い出た。
ちなみにマインドの実家とは暗黒物質たちの家の事である。
普段はムーンライトマンションで生活しているが、頻繁に帰省しているらしい。
といっても、彼女ならば一瞬で行き来することができるのだが。
「何かマインドに用でもあるの?」
「いえ、なんとなく会いたくなっただけデス」
「ラブラブなんだね」
「ヘヘ……」
ウィズは照れたように相好を崩すと、シャドーからちょうど一人分ほど間を開けてソファに座った。
そしてチラ、と彼女が持っている本へと目を向けた。
「……随分厚い本デスね、何を読んでいるのデスか?」
「ああ、拷問大全だよ」
「……前マインド様も読んでいマシたが面白いのデスか?」
「ううん、あんまり」
『世界の拷問』やら『拷問大全』やら、いったいサディスト向けの本はどれだけあるのだろうか。
そういえばランも似たような本を読んでいたっけな……とウィズは遠い目をしていた。
サディストの心は複雑怪奇である。
「キミも読んでみる?」
「……遠慮しマス」
そう言いながらも怖いもの見たさで恐る恐る本を覗き込んでみると、見るのも憚られるほど陰惨な光景が広がっていた。
これを読みながら煎餅を齧れるシャドーの神経もなかなかである。
「意外だね、ウィズもこういうの好きかと思ってた」
「Oh……拷問具はまだちょっと守備範囲外デスね……」
ウィズは苦笑しながら否定する。
“まだ”という言葉にシャドーは一瞬引っ掛かったが、深く考えないようにした。
……というか、聞いてはいけない気がした。
「でもマインドが相手じゃ大変でしょー?
い・ろ・い・ろ・と!」
「フフ、何のことデスか?」
「またまた、わかってるくせにィ……」
「はて?
ミーにはまーったくわかりマセンねぇ……」
あくまでも空とぼけるウィズ。
シャドーは空いていた距離を詰めて、彼にしなだれかかった。
そのまま上目遣いで、誘惑するようにウィズを見つめる。
「ね……ボクとはダメかな?」
「駄目デスね、マインド様にもダーク君にも嫌われてしまいマス」
即答だった。
笑顔でシャドーを押し退ける様は、いっそ爽やかだ。
さっきとは打って変わって、シャドーは不満そうに頬を膨らませた。
「え~?
ちょっとくらい遊んでみない?
マインドだって遊んでるかもよ?」
「それはありマセンね」
断言するウィズに、シャドーは一瞬だけ絶句した。
しかしすぐに笑みを取り戻す。
「ウィズって一途だね……。
でもマインド、なんだかんだでファン多いんだよ?
男の人にいっぱいいっぱいいーっぱい口説かれてるんだよ!」
実際、マインドにはたくさんの男性が仕えている。
マインドコントロールせずとも、彼女に魅せられた男たちが(時には女性も)自然と集まってくるのだ。
「知ってマスよ、ミーも鼻が高いデス。
でもアイツらはせいぜいマインド様の靴が踏んだ地面を舐めるくらいしかできマセン」
「靴すら舐めさせてもらえないの!?」
「Yes、ミーは奴隷の中でも気に入られてる方デシタが、舐めようとしたら『は?私の靴をあなたの舌なんかで穢されたくないわ』って言われて蹴られマシタし」
「そ、それでよく今付き合ってられるね……」
「まあ、われわれの業界ではご褒美デスから」
「そ、そっかぁ……世界って広いなぁ……あはは……」
あまり聞きたくはなかった過去を聞かされて、シャドーは引き攣った笑顔でウィズから距離を取った。
「……じゃあ万が一!万が一されてたらどうする?」
気を取り直したシャドーは小悪魔のような表情を浮かべながら問う。
明らかに彼の反応を楽しみにしている笑みだ。
一方ウィズは一瞬だけ考えるように真剣な表情を浮かべると、いつものようにニッコリと笑った。
しかしその笑みは、どことなく黒い。
「そのときは……一生ミーから離れられないボディにしてさしあげマスよ」
その声は心なしか冷え冷えとしている。
ゾクリ、と彼女の背筋に寒気が走った。
「……それって……どういう……」
「……さぁ?」
ウィズはへらへらと笑っている。
しかしシャドーはそこに、うすら寒さすら感じていた。
底の見えない穴を覗き込むような、不思議な気持ちに襲われる。
……が、それ以上の寒気を感じて振り返り、そのまま固まってしまった。
「……あっ」
ダークマインドが部屋の入口のところに立っていた。
笑ってこそいるものの、その目は酷く冷たい。
まずい所を見られてしまったとシャドーは心の中で舌打ちをした。
「お、おかえりマインド。
いつからそこに?」
「ついさっきよ。
で、貴女は私の奴隷に何をしているのかしら?」
答えによっては容赦しない――彼女の目はそう語っていた。
背には般若を背負っている。
「……ボクはパパに甘えてただけだよ?」
そう言いながらすぐさま彼から離れて、立ち上がる。
とりあえずここは逃げるが勝ち、と悟った。
そうすればきっと矛先はウィズへ向かう――内心で彼に謝りながら隣の部屋へと逃げていった。
「まったく……油断も隙もありゃしないわ」
シャドーが出ていくのを見送ると、マインドは貼り付いた笑顔でウィズを振り返った。
しかしその目はまるで氷のように冷たくて、彼の肩が怯えるようにビクンと跳ねる。
実は彼の背骨には、ゾクゾクと被虐の快感が駆け巡っているのだが。
マインドはそのまま彼の隣に腰掛けると、先ほどのシャドーのようにしなだれかかった。
「……やっぱり、貴方には首輪をかけなくちゃかしら?
それとも手錠がいーい?」
彼の頬に細い指先を滑らせ、顎をクイッと持ち上げる。
女神のような微笑みを湛えてこそいるが、内心では嫉妬や独占欲が燻っている。
氷の瞳の冷たさの奥には、嫉妬の炎が燃えていた。
ウィズは自分に向けられたその烈しい感情に、ゾクゾクとした快感と被虐感を感じずにはいられなかった。
それはあえて隠し、ニッコリと笑う。
「それは首輪の方がいいデスね……だって手錠をしてしまったら、ユーを抱き締められない」
「ユーを抱き締められないなんて、腕の存在価値が無いようなものデス」と言いながら右手で左腕を斬り捨てるような仕草をすると、左肩から下がすうっと消えた。
「ああ、でも手錠をされても、こうすれば抱き締められマスね」
失われていた彼の左腕がフッと現れた。
更に手を縛られた時のように手首をくっつけたまま腕で輪を作ると、上から彼女をすっぽりと囲んでしまった。
まるで抱き締められるような形になって、マインドは苦笑を漏らした。
「これじゃあ貴方から逃れられないわ」
「逃げようとしなければいいのデスよ」
「……逃がして、と言ったら?」
「その時は首輪の出番デスね」
ウィズがマインドの首筋に口付けを落とすと、彼女の身体が小さく跳ねた。
更に小さく吸い、残った痕を確認するかのようにペロリと舐め上げた。
「貴方に首輪をされるなんて冗談じゃないわ」
そう言う彼女は不満そうな目をしている。
ウィズはクス、と笑うと彼女の腕をとった。
「……でしたら、二人で一つの手錠を嵌めてしまいマショウか?」
そう囁く声はやけに楽しそうに聞こえる。
彼は掴んだ彼女の手首に口付けを落とした。
そのまま指を絡ませ、きゅっと握る。
マインドは少しだけ困ったように笑った。
「本格的に離れられなくなるわね」
「離れなければいいのデス」
「……貴方って、そんなに独占欲強い人だった?」
「さあ?誰がそうさせてしまったのデショウ?」
黄色の瞳に、ほんの少しだけ批難の色が見え隠れする。
彼が言わんとすることを察したのか、マインドは小さく肩をすくめた。
自身の過去を振り返り、嗜虐的な瞳で彼を見つめる。
「ええ、私の過去の行いのせいね。
だって楽しかったんだもの、貴方だって楽しかったでしょう?」
マインドには数多の男を誘惑し、調教し、奴隷にした過去がある。
彼女の色香に魅せられ、囚われ、悪戯に弄ばれ、奉仕させられ、身も心も捧げ、それなのに彼女の純潔は得られず、飢餓感を抱え渇望し続けた哀れな男ども――かつてはウィズもその一人だった。
「……否定はしマセンよ。
過去のことはともかく、もうしてマセンよね?」
「気になるの?」
マインドは手を振り払うと、彼の頬に触れた。
挑発するような視線を向けながら、痛くない程度に爪を立てる。
ウィズはその手に自らの手を重ねると、少しだけ切なさのにじむ笑みを浮かべた。
「……ええ、気になりマスよ」
壊したくなる程度にはね、と続ける。
その答えに満足したのか、マインドは幾分優しい笑みを浮かべた。
触れるだけのキスをして、可愛らしく小首を傾げる。
「フフ……もうしてないわよ、流石に。
私のこの身を捧げたのは貴方だけ。
だからそんな顔しないで頂戴?」
「……とりあえずは信じておきマショウ」
「あら、随分と信用ないのね?」
「マインド様がその気じゃなくても、馬鹿な男は寄ってくるんデスよ。
まったく、ユーの色気に幾人の男共が酔わされているのデショウかね……」
低く囁きながら、彼女の肩をトンッと押す。
予想外の彼の行動に、マインドはポスッと背中から倒れ込んでしまった。
彼女の柳眉が怪訝そうに顰められるが、ウィズはへらりと笑っている。
「ちょっと……こんな昼間から何するつもり?」
「何って……そりゃナニデスよ。
簡単に言えばご主人サマに御奉仕を」
当然のことのようにしれっというウィズを、マインドは押し退けようとした。
しかし純粋な腕力では彼に勝つことはできない。
「待って!シャドーいるんじゃっ」
「いいデスよ、そんなこと」
「よくないから!教育上よくない!」
「そんなこと言って……あの子たちも多分毎晩お楽しみデスよ。
エブリナイト♂パコパコデスよ」
「やめて!わかってるけどやめて!」
「それに、見たいなら見せてやればいいのデスよ。
男ならマインド様のボディを見せるなんてありえマセンが、幸いにも彼女は女性デスから気にしマセン」
「そういう問題じゃないわ!
せめてシャワーッ……!」
憤慨するマインドに、ウィズは顔を近づけた。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離で、見つめあう。
黄色の瞳がスッと細められた。
「他の事なんて気にしないで、ミーだけ見てくだサイ」
懇願するような声に、思わず力が抜ける。
そんな風に言われてしまったら、断りづらいにも程がある。
そもそも本当に彼女が嫌ならば逃れる方法はいくらでもあるわけで、多分彼はそれをわかっていて――まるで普段の彼らとは逆だった。
「たまにはミーが上でもいいデショ?」
楽しそうに笑うウィズにマインドは苦笑を漏らす。
その上が精神的な意味なのか肉体的な意味なのかは不明だが、もう仕方ないと観念したのだろう。
彼の身体に腕を回し、受け入れの合図をした。
それに応えるかのように、彼は彼女の唇に口付ける。
甘くねっとりとした濃厚な口付けの後、マインドは熱っぽい目で彼を見つめた。
「ね……私が帰ってきたとき、シャドーと何を話していたの?」
「……ミーはユーを一生離したくないくらい愛してるって話デス」
へらっと笑いながらウィズはそう答えた。
マインドは満足そうな笑みを浮かべ、彼の唇に喰い付く。
細く開いたドアの隙間から黒い瞳が覗いている。
彼女はそれに気付かず、彼はそれを知りながら、熱に溺れていった。
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