祭囃子と夢花火

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「ね、フームって浴衣の着付けとかできる……?」

「一応できるけど……あ、わかった。
ドロッチェとお祭りに行くのね?」


まさに図星で、顔が熱くなった。

今夜に、ププビレッジの隣町で夏祭りが開催される。
ボクはドロッチェに誘われていた。
嬉しくて、衝動的に浴衣を買ってみたはいいけど……着方がわからなかった。
衝動買いにも程がある、と自分に呆れ果てた。
どうしようかと途方に暮れていたとき、思い浮かんだのがフームの存在だった。

いくらフームでも、ちょっと恥ずかしい気もしたけど、やっぱり背に腹はかえられなかった。
どうせ買ったんだから着ないのはもったいない……というのも本心だけど、一番は着たところをドロッチェに見てもらいたかったんだ。


「ど、どうせだから浴衣とか着てみようかなって……ちょっと思っただけで……」

「うんうん、カービィったら可愛いんだから!」

「ちょっと、からかわないでよ!」


案の定からかわれて、更にボクは顔が赤くなった。
冷やかされるのにはやっぱり慣れない。


「やってあげるわ、もってきていらっしゃい」

「……もう持ってきてるよ」

「あら、着る気満々ね」


ほら、またからかう……心の中で溜め息をつきながら、浴衣を差出した。
濃紺の布地に、薄紫色の蝶が舞っているデザイン。
ボクが選んだにしては随分大人っぽいだろう。
案の定、フームも驚いた顔をしていた。


「随分大人っぽいのね」

「ドロッチェが歳上だから……」


ピンクのとかも可愛かったけど、少しでも彼と釣り合いたかった。
フームはニコニコと笑いながら、着付けてくれる。
更に浴衣に似合う髪のセットや化粧もしてくれた。


「こんな感じで良いかしら?」


鏡に映ったボクは、すごく大人びて見えた。
一瞬自分なのかどうかすらわからなくなる。
これなら釣り合うだろう、とわくわくする気持ちが胸を満たした。


「うん、ありがとう!
それじゃ、行ってくるね!」

「着崩れしないようにね!」


フームは笑顔で見送ってくれた
お礼にベビーカステラとか買ってこようかな……。

***
待合場所に着いたときは、もうギリギリの時間だった。
普段はドロッチェがボクの家に迎えに来てくれることが多いけど、今日はあえて待ち合わせにした。
家に来てもらって浴衣姿を見られるよりも、他にもたくさんの人が浴衣を着ている雰囲気の中で会った方が、なんとなく気恥ずかしくなかったんだ。


「晴れてよかった……」


ここ最近は暑いくせにずっと雨だったから、今日晴れてくれるか心配だった。
晴れてくれて本当によかった。

ボクはドキドキしながらドロッチェを待つ。
が、時間になっても彼はなかなか来ない。
職業柄時間にはきっちりしている(犯行予告的な意味で)ドロッチェが遅れるなんて珍しいことだった。


「珍しいな……」


何もすることがないから、祭りに向かう人たちを観察する。
みんな笑顔で、祭りが楽しみという気持ちが伝わってきて、なんだかボクもワクワクしてきた。
早く来ないかな……と待ち続けていると、不意に視界が真っ暗に閉ざされた。


「お嬢さん、オレと回りませんか?」


耳元で囁かれる低い声。
待ち続けていた大好きな声だ。
振り返って見ると、やっぱり彼がいた。


「あ、ドロッチェも浴衣だ!」


彼は濃いグレーの浴衣を着ていた。
普段の彼ともまた違った、何とも言えない色気を醸し出している。
いつもスーツのイメージがあったけど、和服も似合うんだなぁ……。


「……カービィ、綺麗だな。
よく似合っている」

「ドロッチェもすっごく似合ってる!
大人の色気が凄いよ!」

「ハハッ、ありがとな」


ドロッチェは自然にスッと手を差し伸べた。
ボクがその手を取ると、並んで歩き出す。
いつもよりその歩調は幾分ゆっくりで、そういった小さな気遣いが嬉しかった。


「少し遅くなってすまないな」

「ううん、全然大丈夫!」


祭りの喧騒の方へ、ボクらは進んでいく。
ドロッチェが隣にいることが、なんだか誇らしかった。
祭はたくさんの人の騒ぎ声で満たされていた。
そこにさまざまな屋台の匂いと少しのお酒の匂いが交じり合って、独特な祭の雰囲気を形成している。

この騒がしい雰囲気が、結構好きだったりする。

しばらく歩いていると、1つの屋台に視線を奪われた。


「あ!リンゴ飴!」


大好きなリンゴ飴が売っていた。
他にもあんずとかいちごとかいろいろあるけど、やっぱりリンゴに惹かれちゃう。
赤い飴が屋台の照明を受けてキラキラと輝いていた。
それと同じくらいかそれ以上に、ボクの目はキラキラと輝いているだろう。


「本当にリンゴ好きだな」


ドロッチェはそう言って笑うと、財布を取り出して屋台のおじさんにお金を渡した。
そして一本取り、驚いた表情のボクに差し出す。


「お金……」

「いいって、オレの奢り」


ドロッチェは普通にそう言うけど、やっぱり申し訳無い。


「……じゃあボクもドロッチェに何か買う!」

「なんだよ、それじゃ意味ないじゃないか」

「意味なくない!」

「まったく……なら、あんず飴がいい」

「チョイスが可愛いね」

「……好きなんだよ、悪いか」


ちょっと照れてるドロッチェに「べっつにー」と笑いながら屋台のおじさんにお金を渡して、あんず飴をもらう。
屋台のおじさんは、目を細めて微笑ましそうにボクらを見ていた。

そのまま飴を舐めながら二人で歩き続ける。
買ってもらったリンゴ飴は、去年までのよりも甘く感じた。
祭りの中心に向かうにつれて、どんどん人が増えていく。
人ごみに流されそうになるのを、ドロッチェはしっかりと捕まえていてくれる。


「しっかりつかまってろよ。
まあ、オレが離さないけどな」


照れもせずこういうことを言っちゃうドロッチェは凄いと思う。
言われた方のボクは恥ずかしくて、でも嬉しくてついニヤけてしまった。


「あれ、カービィにドロッチェ?」

「奇遇ダネェ」


二人に声をかけてきたのはマルクとマホロアだった。
彼らも夏らしく甚平を着てはいるが、しっかりと帽子とフードは被っていた。
わざわざ甚平に色を合わせている辺りに、彼らのこだわりを感じる。


「へぇ、キミ達も来てたのか」

「こういうの嫌いじゃないのサ」


そう言いながらも右手には焼きそば、左手には綿飴と、祭りを満喫している。
そうか、マルクは祭りに対してもツンデレなのか。
二人はボクの姿を見て、ニヤニヤと笑っている。


「カービィったら随分張りきっちゃてるんじゃないのサ?」

「恋する乙女ッテ凄いネェ」

「う、うるさいよっ!」


ヒューヒューと露骨にからかわれて、顔が赤くなるのを感じた。
思わず手に持っていた巾着を振り回そうとしたとき、ドロッチェがボクの腰元を抱き寄せた。


「かっわいーだろ?
本当に自慢の彼女」


その瞬間、二人の笑顔が凍ったのが鮮明にわかった。


「ノロケ乙」

「うっわー爆発すればいいのに」

「カービィとなら……爆発してもいいな」

「ねえシメてイイ?」

「ウン!ボクが許すヨォ!」


真っ黒い笑みを浮かべる二人と、楽しそうに笑うドロッチェ。

「せいぜい楽しめヨォ」「野外はほどほどにしろよ」と余計なお世話なことを言いながら、二人は行ってしまった。

「それにしても、二人とも色々買ってたね……」


両手に食べ物を持っていた二人の姿を思い出し、小さく笑いが漏れる。
ドロッチェもクスリと笑い、目元を和ませた。


「不思議だよな……割高ってわかってるけど、この雰囲気だからつい買っちまうんだよな」


たしかに、とボクは大きく頷いた。
長年の謎だけど、お祭りには人々の財布の紐を緩ませるパワーでもあるのかな……?


「今さらだけどドロッチェって、お祭りとか好きなの?」


ボクの問いに、ドロッチェは少し照れ臭そうに頷いた。
その表情がいつもより少しだけ幼くて、なんだか意外で可愛いと思ってしまった。


「オレ、あんまり祭りとか行かせてもらったことなかったんだ。
たまに許可が出るといっつもはしゃぎ回ってた。
ストロンとどっちが多く焼きもろこし食べれるかとかもやったな……」


懐かしそうに語るドロッチェ。
小さい頃の二人が焼きもろこしを頬張っている姿を思い浮かべて、思わずボクは吹き出した。


「で、どっちが勝ったの?」

「フッ……お察しください」


彼は苦笑しながら肩をすくめた。
まあ、だいたい予想はつくよね。
ストロンとじゃあ勝負にならないよね。


「じゃあボクと勝負する?」

「勝てる気がしないな」

「えーっ、ひどーい!」

「ハハッ、悪い悪い。
でもオレ、たくさん食べる子好きだぞ。
だから、変に気にするなよ?」


ドキッとボクの心臓が跳ねる。
本当はいろいろな食べ物に心惹かれていたけど、控えていたんだ。
……一応乙女心、だよ。


「……わかってたんだ」

「そりゃわかるさ」


何もかも見透かされているようで悔しい。
でもちょっと嬉しいのも確かで。


「……じゃあ遠慮なく食べるよ!」

「上等だ、オレの本気を見せてやろう!」


……ドロッチェはありのままのボクが好きって言ってくれてるんだもん。
変な意地張らなくてもいいんだよね。
それから二人ボクたちはいろいろと食べ回った。
じゃがバターや焼きそば、チョコバナナにお好み焼き……お祭りの定番を制覇したと言っても過言じゃない。
流石のボクのお腹も、かなり満たされていた。
もちろんフームへのお土産も忘れずに買ったよ。


「あ……」


ふと気が付くと、胸元がはだけて危ういことになってしまっていた。
長い時間歩いていたからかな……慌てて押さえたはいいけど、直さないとちょっと大変かな。
ボクの異変に気付いたのか、ドロッチェが立ち止った。


「どうした?」

「く、崩れちゃった……」

「あー……そのまま押さえとけ」


ボクは襟元を更にぎゅっと握りしめた。
それを確認したドロッチェは、ボクをひょいっと抱え上げた。
ビックリするボクのことなんて気にせず、そのままお姫様抱っこで少し暗がりの方へ歩いて行く。
周りの好奇の視線が突き刺さって、心臓が激しく脈打った。

人目の付かないところへ行くと、そっと降ろされた。


「一人で直せるか?」

「え……あ、うん!」


周りに自分たち以外がいないか確認し、手早く直した。
フームにもしものときのためにって、応急処置法を教わっててよかった。


「も、もう平気!」

「お、早いな。
……なんだ?やけに不思議そうな顔してるじゃないか」

「え……」


正直、人目につかない暗い場所に連れて行かれた時点で、ボクは艶っぽい想像をしていた。
そしてそうなることを満更でもなく思っていた。
そんなボクの心境を見透かすかのように、ドロッチェはニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「なんだ?
やらしーことされるとでも考えてたのか?
残念ながら今はしないぞ」

「そ、そんなこと……っ」


ムキになって否定するボクを、ドロッチェは笑いながらなだめる。
なんだかボクばっかりが盛り上がっていたのが悔しくて、ドロッチェに背を向けた。

「まぁ、正直結構クるよな、浴衣って。
最初見たとき『あ、やばいな』って思ったし。
めちゃくちゃ大人っぽくて驚いた」


まさに計算通りだ。
ボクは心の中でガッツポーズを決めた。
フームにもあとでお礼を言っておこうかな。


「それに……色っぽい」


柔らかな感触が押し当てられて、肩が跳ね上がった。
ドロッチェがボクのうなじに口付けていた。
吐息が触れて、ぞくっと身体に電流が走る。


「やっ……やらしいことはしないんじゃなかったの?」

「やらしくないやらしくない。
ただ少しそそられるだけ」


十分やらしい上に、誰か人が見ていないかすごく心配だよ……。

そんな気持ちを察したのかどうかは定かじゃないけど、ドロッチェはうなじから唇を離した。


「……でも今はここまで。
せっかく綺麗なの新調したんだから、汚しちゃもったいないだろ?」

「な、なんで知ってるの!?」


驚いたボクはバッと振り返った。
新しい浴衣とは一言も言ってないのに!


「実は出る前にフーム嬢から電話あったんだ。
『カービィが浴衣で行くからあなたも浴衣着ていきなさい!』ってね。
その時に『せっかくあなたのために新しいの買ったんだから!』ってな」


フームが気を遣ってくれたのだろう。
それにしても、前半部分はともかく後半部分は恥ずかしすぎるよ……。


「オレのためなのかと思うと、本当に嬉しかった。
本当によく似合っている、綺麗だ」


真っ直ぐな目でそう言われて、全身が熱くなる。
普段ドロッチェに「可愛い」とはよく言われているけど、「綺麗」とはあんまり言われてないから余計に恥ずかしかった。

「あっ…ありがと……。
あ、もしかして今日遅かったのってその電話……?」

「まあ、それも一つだな」

「……?他にもあるの?」


そう聞いたとき、ドーン!という音と同時に、夜空が一瞬明るく染まった。
ハッとして振り返ってみると、黒いキャンバスのような夜空に大輪の光の花が咲いていた。

そうだ、ここのお祭りは最後に花火が上がるんだ。
続け様に何発も花が開いていく。
たくさんの花火が鮮やかに夜空を彩っていく。
ボクはその光景を、惚けた顔で見上げていた。


「いい場所見つけただろ?
ここからだとよく見えるんだ」


ドロッチェがちょっと得意そうに笑う。
そこでボクはハッと気づいた。

いつもはしっかり時間を守るはずのドロッチェが、珍しく遅刻してきたのは……


「そっかぁ……このためか……」


明るい場所から少し離れたここからは、より一層花火は綺麗に見える。
きっとドロッチェはこの場所を探していたのだろう。

ボクのために、見付けてくれたんだ……そう思うと胸が熱くなった。


「ドロッチェ」

「なんだ?」


花火を見ていたドロッチェが、うんと優しい目でボクを見る。
色素の薄い銀の髪が花火の光に透けて、とっても綺麗だった。


「ありがとう!」

「ああ、オレも喜んでもらえて嬉しいよ」


今日は本当にありがとう、お互いにそう言い合って笑い合う。


「お祭り、もうすぐ終わっちゃうのか……」

「来年もまた来ような」

「うん!」


遠くから聞こえてくる人々の歓声を聞きながら、ボク達は寄り添って空を見上げていた。

祭囃子と夢花火
(最高の夏の思い出)


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