嘘と希望と自己犠牲
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ピチャ、と音をたてて水を踏む。
靴の中に染み込んでいく水は、わずかに温かかった。
普段ならば心地よいそれも、今は嫌悪感しか抱けない。
夢の泉がおかしいと気付いたときには、もう遅かった。
まさか“奴”が復活するとは思わなかった。
しかも、よりによって夢の泉を利用するとは。
奴の目的はこの星を手に入れることか壊すことか……それは定かではないが、我らにとっての災厄を呼ぶだろうと言うことはあまりにもわかりきっている。
応急処置として、奴を夢の泉の内部に封印した。
聖なる力の満ちる泉の中は、きっと奴にとっては毒ガス室と変わりないだろう。
弱ったところを俺が叩ければ良い。
しかし、弱るにも時間がかかるだろう。
その間に汚染された水を出し続けるわけにもいかない。
やむ無く、力の源スターロッドを分割し、部下に預けることにした。
しばらくは泉を見張らなくてはならない。
俺の封印は完璧ではないから、解かれてしまう可能性もある。
だからエスカルゴンに「大王は泉で遊んでいる」と噂を流すように命じた。
そうすれば俺が城から離れ、泉にしばらく居たとしても、遊んでいるということで不自然なことは無いだろう。
(いや、本来ならば不自然極まりないが)
夢の泉がおかしいこととも矛盾はしない。
村人はきっと面白いくらい簡単に信じるだろう。
「また馬鹿なことをしている」
「これだから大王は……」
そう影で言う村人たちの声が今にも聞こえてきそうだ。
というか、それくらいの反応がなければむしろ心配なのだが。
だがそれくらいの対価など、夢の泉を守れるのならば安いものだ。
そもそも夢の泉の管理は、元来我々の一族に課せられた第一級任務。
代々の王は冠の継承と共に、その責任を負うことになっている。
古の初代様から続く矜持であり規則らしい。
だから俺は、夢の泉をなんとしても守らなくてはならない。
それは強迫観念にも似た形で俺の心を侵食していた。
……真に国を、ひいては夢の泉のことを思うのならば、躊躇わずにカービィに助けを求めるべきなのだろう。
彼女だったら、こんなまどろっこしいことなんてせずに奴を倒すことができる力がある。
しかし彼女には戦ってほしくなかった。
それは『泉は俺が守りたい』という自尊心も少なからずある。
それは認める。
しかし、それ以上に……俺には守りたいものがあった。
彼女は星の戦士、それは周知のことである。
生まれながらにして強い力を持ち、それ故に周囲から頼りにされる。
『力のある者は頼りにされる』
それは世の摂理であるし、力を持たざるものは力を持つものに頼らざるを得ないこともある。
力があるのならばそれを有効活用するべきという言い分もわかる。
それに、頼りにされることそれ自体に関しては彼女も喜んでいる。
だが、彼女が戦うことが当然と見なされているのはどうなのだろう?
敵が現れたらカービィに助けを求める。
それがこの村では当たり前になっていた。
そうさせてしまった一因は自分にもあるということは、嫌というほどに自覚している。
まだ彼女が幼い時にたくさんの魔獣と戦わせたのは、紛れもなく俺だ。
それが村人に彼女の力を知らしめることになった。
反省してもしきれない。
夢を失った今もカービィが駆り出されているらしい。
力を持たざる者は、やはりカービィに頼らざるを得なかったのだ。
ウィスピー、クラッコたちからスターロッドを持って行かれてしまったと連絡があった。
流石、というべきか。
ここに辿り着くのも時間の問題かもしれない。
彼女は確かに力を持つ星の戦士だ。
たが、それ以前に一人の少女である。
本当は戦いなどには関与せずに平穏に過ごすことを願っている。
それにあいつは優しすぎるんだ。
敵を倒すのにも、罪悪感や申し訳なさを捨てきれていない。
だが『みんなを守るため』と戦っているんだ。
……俺は彼女をずっと見てきたんだ、それくらい容易にわかる。
しかし、彼女には力があったから。
戦い続けることを余儀無くされた。
だからせめて俺だけは、彼女が戦うのが当然であるというようには見たくなかった。
星の戦士としてではなく、一人の人として、一人の少女として彼女を見たかった。
結局は自分勝手な自己満足。
力もないくせに、自分のプライドだけは守ろうとする。
我ながら馬ピーだ。
それでも戦ってほしくなかった。
それに、奴……ナイトメアは、彼女の――
「デデデ」
いつもより幾分ひんやりしたカービィの声がして、ハッと我に返っる。
振り返ってみると、剣を持ちこちらに向かって歩いてくる彼女が見えた。
深く考え事をしていたからか、日が暮れていたことにすら気づかなかった。
やはり思ったよりも到着が速い。
……それも、村人たちの為なのだろう。
その事に少しの嫉妬を感じたが、顔には決して出さない。
カービィは俯いていた。
さすがに連戦に次ぐ連戦で疲れているのだろうか。
むしろ都合がいい。
俺の勝率が上がるし、最悪時間稼ぎ程度にはなるだろう。
「ガッハッハ!何しに来たぞい?
ワシはバカンス真っ只中ぞい!
バカンスなう!」
計画通り、ここで明るく振る舞う。
きっとここで彼女は呆れるか怒るかするだろう。
そうして戦闘になったところをなんとか押さえて――
「……嘘でしょ?」
「は?」
カービィが顔を上げる。
いつも笑顔な彼女らしからぬ、悲しそうな目をしていた。
「みんな言ってた。
『デデデは夢の泉で遊んでる、駄目な王様だ』って。
でも違うんでしょ?そういうフリをしているだけなんでしょ?」
「……何のことぞい?」
我ながら声が震えなかったことを讃えたい。
カービィは俺の思惑を知っているのか?
エスカルゴンかクラッコ辺りがうっかり口走ったのか?
だがあいつらがそんなヘマを犯すようには思えない……ならば何故?
「もうやめてよ……ボク知ってるんだよ?
ボクにまで嘘をつかないでよ!」
カービィの声はひどく悲痛で、胸がきつく締め付けられる。
だが俺も今さら引き返さない。
ここで見過ごして、また傷つく彼女を見るのはもうごめんだ!
「……ここはワシの遊び場ゾイ、絶対に邪魔させないゾイ!
邪魔するなら強制的に追い出すゾイ!」
カービィの顔に急速に何かの感情が広まっていく。
それは怒りなのか、悲しみなのか、憐れみなのか……それとも全てなのか。
その顔を、俺は引き裂かれるような痛みを感じながら見つめていた。
はぁ……と一度俯いて溜め息をつく。
再び顔をあげた彼女の瞳には闘志が宿っていた。
聞かなくてもわかる、闘えということだろう。
言葉はもう要らない。
俺はハンマーを、カービィは剣をそれぞれに構えた。
***
「っく……」
俺は濁った泉の水の中に倒れ付した。
生暖かい水が服に染み込んで気持ち悪い。
正直、疲れているだろうと高を括っていた。
俺も本気だったのに、全く歯が立たなかった……自分の力の無さが不甲斐なくて、泣きたくなる。
カービィは俺の身体を水の無いところまで引き摺っていった。
星空を背景に、彼女は悲しそうに俺を見下ろしている。
「……スターロッド、もらってくよ」
カービィは俺のマントの中にある星の欠片……スターロッドを取り出す。
そのまま歩き出そうとする彼女の腕を、咄嗟に掴んでいた。
こうなったら、今起こっている真実を伝えるしかない。
言わないよりはマシだろう。
「ちょっと、離してよ」
「待て!実は「知ってるよ!」
悲鳴にも近い声でカービィが答える。
思わず動きが止まった。
唇を噛み締める彼女は何かに必死に耐えているようで、それがまた痛々しかった。
胸が詰まって何も言えなくなってしまう。
周りの音が全て無くなったかのように、しんと静まり返っていた。
しばらく静寂が続き、カービィはおもむろに口を開いた。
「夢の泉にいるのは、ナイトメアでしょ?
ボク知ってたよ」
カービィの青い目が、真っ直ぐに俺をとらえた。
しっかりとした光を湛えている瞳。
決して逸らさないで、目を見てボクと話して、そう訴えかけてくる瞳。
「だが……おまえ……本当は……」
声は掠れ、痰が絡んだように言葉に詰まってしまう。
カービィの顔がまともに見れなくて、俺は俯いてしまった。
「デデデ」
降ってきた優しい声に顔を上げると、彼女は声と違わず優しく微笑んでいた。
「大丈夫だよ、ボクをそういう風に思ってくれる人がいるなら。
……ううん、違うね。
キミがそう思ってくれているのなら、ボクは大丈夫だよ」
何も答えることができなかった。
ただ、ひたすらに涙が溢れだした。
何故涙が出てくるのかもわからず、それでいて止めることもできない。
情けない、そう思うがどうしても止まらない。
カービィは少し困ったように笑うと、しゃがみこんで幼子のように泣きじゃくる俺の頭を撫でた。
その手は剣を握って戦えるのか不安なるほどに、年相応に小さく、優しかった。
「それに、ボクがやらなきゃキミが……」
呟く彼女が何を言っているのかうまく聞き取れない。
聞き返そうとした時、カービィは立ち上がって泉に向かって駆け出した。
「でもボクだって……!」
カービィは夢の泉に完全体となったスターロッドを射し込んだ。
すると澄んだ泉の水と、封印を解かれた禍々しい黒い煙――ナイトメアが一気に溢れだした。
「フハハハハ!遂に来たか……!
この日を待っていたぞ……!」
「よくも……っ!
キミはボクが倒す!」
「よかろう、決着をつけようじゃないか!」
ナイトメアはそのまま空へと昇っていく。
邪悪な色が夜空へ溶けていった。
「ッ、コレ借りてくよ!」
カービィが泉からスターロッドを引き抜くと、泉の水も止まった。
そのままナイトメアを追って飛び立とうとし、ふとこちらを振り返った。
「ねえ、キミの気持ちがあればボクは戦えるよ。
だから心配しないで?」
「……っ!だが……っ」
いろいろ言いたいことがあるのに、上手く言葉に言い表せない。
涙はこんなにも溢れてくるのに。
カービィは再び困ったように笑うと、不意に目を輝かせた。
「じゃあこうしよう!
美味しいもの用意して、ボクを待ってて!
そしたら、もっと頑張れるから!」
鮮やかな笑顔で言い切る彼女は、どの星にも負けないほどに美しかった。
「カービィッ!」
空に浮かび上がりかけた彼女が再び振り返る。
「スイカ用意して待ってるから!だから!早く帰ってこいよ!」
声を裏返しながら俺は叫ぶ。
彼女は一瞬目を見開き――満面の笑みを浮かべた。
「絶対だよ!約束だからね!」
飛び立っていく彼女が、涙で滲んで夜空に溶けていく。
俺は力は無いけれど、それでも彼女の支えになりたい。
彼女が帰ってきたら、「おかえり」と「ありがとう」を伝えよう。
――どうか、彼女が無事に帰ってきますように。
NEXT
→あとがき
靴の中に染み込んでいく水は、わずかに温かかった。
普段ならば心地よいそれも、今は嫌悪感しか抱けない。
夢の泉がおかしいと気付いたときには、もう遅かった。
まさか“奴”が復活するとは思わなかった。
しかも、よりによって夢の泉を利用するとは。
奴の目的はこの星を手に入れることか壊すことか……それは定かではないが、我らにとっての災厄を呼ぶだろうと言うことはあまりにもわかりきっている。
応急処置として、奴を夢の泉の内部に封印した。
聖なる力の満ちる泉の中は、きっと奴にとっては毒ガス室と変わりないだろう。
弱ったところを俺が叩ければ良い。
しかし、弱るにも時間がかかるだろう。
その間に汚染された水を出し続けるわけにもいかない。
やむ無く、力の源スターロッドを分割し、部下に預けることにした。
しばらくは泉を見張らなくてはならない。
俺の封印は完璧ではないから、解かれてしまう可能性もある。
だからエスカルゴンに「大王は泉で遊んでいる」と噂を流すように命じた。
そうすれば俺が城から離れ、泉にしばらく居たとしても、遊んでいるということで不自然なことは無いだろう。
(いや、本来ならば不自然極まりないが)
夢の泉がおかしいこととも矛盾はしない。
村人はきっと面白いくらい簡単に信じるだろう。
「また馬鹿なことをしている」
「これだから大王は……」
そう影で言う村人たちの声が今にも聞こえてきそうだ。
というか、それくらいの反応がなければむしろ心配なのだが。
だがそれくらいの対価など、夢の泉を守れるのならば安いものだ。
そもそも夢の泉の管理は、元来我々の一族に課せられた第一級任務。
代々の王は冠の継承と共に、その責任を負うことになっている。
古の初代様から続く矜持であり規則らしい。
だから俺は、夢の泉をなんとしても守らなくてはならない。
それは強迫観念にも似た形で俺の心を侵食していた。
……真に国を、ひいては夢の泉のことを思うのならば、躊躇わずにカービィに助けを求めるべきなのだろう。
彼女だったら、こんなまどろっこしいことなんてせずに奴を倒すことができる力がある。
しかし彼女には戦ってほしくなかった。
それは『泉は俺が守りたい』という自尊心も少なからずある。
それは認める。
しかし、それ以上に……俺には守りたいものがあった。
彼女は星の戦士、それは周知のことである。
生まれながらにして強い力を持ち、それ故に周囲から頼りにされる。
『力のある者は頼りにされる』
それは世の摂理であるし、力を持たざるものは力を持つものに頼らざるを得ないこともある。
力があるのならばそれを有効活用するべきという言い分もわかる。
それに、頼りにされることそれ自体に関しては彼女も喜んでいる。
だが、彼女が戦うことが当然と見なされているのはどうなのだろう?
敵が現れたらカービィに助けを求める。
それがこの村では当たり前になっていた。
そうさせてしまった一因は自分にもあるということは、嫌というほどに自覚している。
まだ彼女が幼い時にたくさんの魔獣と戦わせたのは、紛れもなく俺だ。
それが村人に彼女の力を知らしめることになった。
反省してもしきれない。
夢を失った今もカービィが駆り出されているらしい。
力を持たざる者は、やはりカービィに頼らざるを得なかったのだ。
ウィスピー、クラッコたちからスターロッドを持って行かれてしまったと連絡があった。
流石、というべきか。
ここに辿り着くのも時間の問題かもしれない。
彼女は確かに力を持つ星の戦士だ。
たが、それ以前に一人の少女である。
本当は戦いなどには関与せずに平穏に過ごすことを願っている。
それにあいつは優しすぎるんだ。
敵を倒すのにも、罪悪感や申し訳なさを捨てきれていない。
だが『みんなを守るため』と戦っているんだ。
……俺は彼女をずっと見てきたんだ、それくらい容易にわかる。
しかし、彼女には力があったから。
戦い続けることを余儀無くされた。
だからせめて俺だけは、彼女が戦うのが当然であるというようには見たくなかった。
星の戦士としてではなく、一人の人として、一人の少女として彼女を見たかった。
結局は自分勝手な自己満足。
力もないくせに、自分のプライドだけは守ろうとする。
我ながら馬ピーだ。
それでも戦ってほしくなかった。
それに、奴……ナイトメアは、彼女の――
「デデデ」
いつもより幾分ひんやりしたカービィの声がして、ハッと我に返っる。
振り返ってみると、剣を持ちこちらに向かって歩いてくる彼女が見えた。
深く考え事をしていたからか、日が暮れていたことにすら気づかなかった。
やはり思ったよりも到着が速い。
……それも、村人たちの為なのだろう。
その事に少しの嫉妬を感じたが、顔には決して出さない。
カービィは俯いていた。
さすがに連戦に次ぐ連戦で疲れているのだろうか。
むしろ都合がいい。
俺の勝率が上がるし、最悪時間稼ぎ程度にはなるだろう。
「ガッハッハ!何しに来たぞい?
ワシはバカンス真っ只中ぞい!
バカンスなう!」
計画通り、ここで明るく振る舞う。
きっとここで彼女は呆れるか怒るかするだろう。
そうして戦闘になったところをなんとか押さえて――
「……嘘でしょ?」
「は?」
カービィが顔を上げる。
いつも笑顔な彼女らしからぬ、悲しそうな目をしていた。
「みんな言ってた。
『デデデは夢の泉で遊んでる、駄目な王様だ』って。
でも違うんでしょ?そういうフリをしているだけなんでしょ?」
「……何のことぞい?」
我ながら声が震えなかったことを讃えたい。
カービィは俺の思惑を知っているのか?
エスカルゴンかクラッコ辺りがうっかり口走ったのか?
だがあいつらがそんなヘマを犯すようには思えない……ならば何故?
「もうやめてよ……ボク知ってるんだよ?
ボクにまで嘘をつかないでよ!」
カービィの声はひどく悲痛で、胸がきつく締め付けられる。
だが俺も今さら引き返さない。
ここで見過ごして、また傷つく彼女を見るのはもうごめんだ!
「……ここはワシの遊び場ゾイ、絶対に邪魔させないゾイ!
邪魔するなら強制的に追い出すゾイ!」
カービィの顔に急速に何かの感情が広まっていく。
それは怒りなのか、悲しみなのか、憐れみなのか……それとも全てなのか。
その顔を、俺は引き裂かれるような痛みを感じながら見つめていた。
はぁ……と一度俯いて溜め息をつく。
再び顔をあげた彼女の瞳には闘志が宿っていた。
聞かなくてもわかる、闘えということだろう。
言葉はもう要らない。
俺はハンマーを、カービィは剣をそれぞれに構えた。
***
「っく……」
俺は濁った泉の水の中に倒れ付した。
生暖かい水が服に染み込んで気持ち悪い。
正直、疲れているだろうと高を括っていた。
俺も本気だったのに、全く歯が立たなかった……自分の力の無さが不甲斐なくて、泣きたくなる。
カービィは俺の身体を水の無いところまで引き摺っていった。
星空を背景に、彼女は悲しそうに俺を見下ろしている。
「……スターロッド、もらってくよ」
カービィは俺のマントの中にある星の欠片……スターロッドを取り出す。
そのまま歩き出そうとする彼女の腕を、咄嗟に掴んでいた。
こうなったら、今起こっている真実を伝えるしかない。
言わないよりはマシだろう。
「ちょっと、離してよ」
「待て!実は「知ってるよ!」
悲鳴にも近い声でカービィが答える。
思わず動きが止まった。
唇を噛み締める彼女は何かに必死に耐えているようで、それがまた痛々しかった。
胸が詰まって何も言えなくなってしまう。
周りの音が全て無くなったかのように、しんと静まり返っていた。
しばらく静寂が続き、カービィはおもむろに口を開いた。
「夢の泉にいるのは、ナイトメアでしょ?
ボク知ってたよ」
カービィの青い目が、真っ直ぐに俺をとらえた。
しっかりとした光を湛えている瞳。
決して逸らさないで、目を見てボクと話して、そう訴えかけてくる瞳。
「だが……おまえ……本当は……」
声は掠れ、痰が絡んだように言葉に詰まってしまう。
カービィの顔がまともに見れなくて、俺は俯いてしまった。
「デデデ」
降ってきた優しい声に顔を上げると、彼女は声と違わず優しく微笑んでいた。
「大丈夫だよ、ボクをそういう風に思ってくれる人がいるなら。
……ううん、違うね。
キミがそう思ってくれているのなら、ボクは大丈夫だよ」
何も答えることができなかった。
ただ、ひたすらに涙が溢れだした。
何故涙が出てくるのかもわからず、それでいて止めることもできない。
情けない、そう思うがどうしても止まらない。
カービィは少し困ったように笑うと、しゃがみこんで幼子のように泣きじゃくる俺の頭を撫でた。
その手は剣を握って戦えるのか不安なるほどに、年相応に小さく、優しかった。
「それに、ボクがやらなきゃキミが……」
呟く彼女が何を言っているのかうまく聞き取れない。
聞き返そうとした時、カービィは立ち上がって泉に向かって駆け出した。
「でもボクだって……!」
カービィは夢の泉に完全体となったスターロッドを射し込んだ。
すると澄んだ泉の水と、封印を解かれた禍々しい黒い煙――ナイトメアが一気に溢れだした。
「フハハハハ!遂に来たか……!
この日を待っていたぞ……!」
「よくも……っ!
キミはボクが倒す!」
「よかろう、決着をつけようじゃないか!」
ナイトメアはそのまま空へと昇っていく。
邪悪な色が夜空へ溶けていった。
「ッ、コレ借りてくよ!」
カービィが泉からスターロッドを引き抜くと、泉の水も止まった。
そのままナイトメアを追って飛び立とうとし、ふとこちらを振り返った。
「ねえ、キミの気持ちがあればボクは戦えるよ。
だから心配しないで?」
「……っ!だが……っ」
いろいろ言いたいことがあるのに、上手く言葉に言い表せない。
涙はこんなにも溢れてくるのに。
カービィは再び困ったように笑うと、不意に目を輝かせた。
「じゃあこうしよう!
美味しいもの用意して、ボクを待ってて!
そしたら、もっと頑張れるから!」
鮮やかな笑顔で言い切る彼女は、どの星にも負けないほどに美しかった。
「カービィッ!」
空に浮かび上がりかけた彼女が再び振り返る。
「スイカ用意して待ってるから!だから!早く帰ってこいよ!」
声を裏返しながら俺は叫ぶ。
彼女は一瞬目を見開き――満面の笑みを浮かべた。
「絶対だよ!約束だからね!」
飛び立っていく彼女が、涙で滲んで夜空に溶けていく。
俺は力は無いけれど、それでも彼女の支えになりたい。
彼女が帰ってきたら、「おかえり」と「ありがとう」を伝えよう。
――どうか、彼女が無事に帰ってきますように。
NEXT
→あとがき
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