3章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
闇の帝王の信頼を、彼はあっという間に取り戻した。
それは奇跡というより、もはや“現象”に近かった。
ヴォルデモートが再びレギュラス・ブラックの名を呼んだとき、
その響きにはかつての冷笑も疑念もなく、
むしろ王が忠実なる臣下を迎えるような響きがあった。
デスイーターたちは皆、驚愕した。
ほんの少し前まで、彼は堕落した男として語られていたのだ。
妻アラン・ブラックが拷問を受けた――
それは、彼の失脚を意味するはずだった。
誰もがそう信じていた。
だが今や、レギュラスは堂々と闇の帝王の右側に立ち、
あの忌まわしきナギニをも従えている。
その蛇の瞳は、もはやヴォルデモートではなく、
レギュラスの足元を追っていた。
「……さすがだよ、君は。」
静かなざわめきの中、
バーテミウス・クラウチ・ジュニアが低く笑った。
感嘆と嫉妬が入り混じった声音だった。
彼はその場にいた誰よりも冷静に見えたが、
内心の波は穏やかではなかった。
実際、あの“赦し”の儀の時、
自分は別の任務で留守にしていた。
それが今になって、悔やんでも悔やみきれない。
闇の帝王に赦しを乞い、
あのレギュラス・ブラックが膝を折ったという――
そんな光景、そう何度も見られるものではない。
もう二度と、ないかもしれない。
レギュラス・ブラックという男。
ホグワーツの頃から完璧の代名詞だった。
頭脳、技量、血筋、容姿――すべてを兼ね備えた男。
だが一つだけ、彼には致命的な弱点があった。
アラン・セシールという女。
バーテミウスはそれを学生時代から見抜いていた。
その名を耳にするだけで、彼の瞳の奥がわずかに揺れる。
完璧な人間ほど、弱点を一つ抱くと脆い。
アランはまさしく、彼を人間たらしめる唯一の“隙”だった。
だがその女が――
よりによって闇の帝王を裏切り、
騎士団側へと情報を漏らしたという。
予言の子を狙った襲撃を、未然に知らせたのだ。
それがどれほどの愚行で、命知らずな行為であるか、
考えるまでもない。
あの女のせいで、
レギュラスは築き上げた地位をすべて失った。
信頼も、名誉も、誇りも――一度に瓦解した。
それでもなお、彼はその女のために立ち上がり、
許しを乞うた。
跪き、己の誇りを捨ててまでも。
「……君はいったい、どんな取引をしたんだい?」
バーテミウスの声は柔らかい。
だが、その奥に潜む興味は鋭利だった。
レギュラスは視線を動かさず、書類の束に目を落とす。
「教えられるわけがないでしょう。」
その声音には冷たさも、誇示もない。
ただ、すべてを受け入れた者だけが持つ静けさがあった。
「……なるほど。君らしい。」
バーテミウスは乾いた笑みを浮かべた。
レギュラスの手元では、
ナギニがゆるやかに体をくねらせている。
その鱗が光を反射して、
まるで彼の忠誠そのものを象徴しているようだった。
“あの男は、もう薄氷の上を歩いている。”
バーテミウスはそう感じていた。
表面上は完璧に立ち回っているように見えても、
その一歩下には闇の帝王という氷の刃が潜んでいる。
一つでも踏み外せば、全てが終わる。
それでもレギュラスは歩く。
まっすぐに、恐れも見せず、ただ前だけを見て。
――あの男は、もう人間の域を超えてしまったのかもしれない。
忠誠でも愛でもない。
その狭間にある、何か別の狂気のようなものに導かれて。
そしてバーテミウスは悟った。
これこそが、レギュラス・ブラックという存在の真骨頂なのだと。
冷徹な美しさを纏いながら、
その足元はいつだって、硝子のように脆く危うい。
レギュラス・ブラックの年月は、凍りついた静寂の中で流れていった。
かつて命を賭して行った取引の果てに得た地位は、今や確固たるものとなっていた。
闇の帝王からの信頼は完全に回復し、
彼はその信頼を一身に受ける最側近として、新たな命を担っていた。
その任は――闇の帝王に託された数個のホークラックスを、
新たな地へと移し、封印を施すこと。
どの呪物も、それぞれが独自の禍々しい波動を放っていた。
魂の欠片が宿るそれらは、生き物のように微かに脈打ち、
触れた瞬間に心の奥底へと冷たく侵食してくる。
数年にわたり、彼は一つ、また一つとその隠し場所を変えていった。
雪に閉ざされた古城、朽ちた海底の洞窟、
そして誰も知らぬ地下墓地。
どの場所も、血と呪いの契約によって守られ、
もはや彼自身でさえ再び辿れるかどうか分からないほどに封印されている。
だが、レギュラスには確信があった。
――これがすべてではない。
闇の帝王ほどの男が、
己の不死をたった数個の器に委ねるなどありえない。
きっと、誰にも知られぬ場所に、
さらなる“魂の器”を潜ませているはずだ。
どんな命を代償にして生み出されたのか、
想像するだけで胸の奥が冷たく軋んだ。
最初のうちは、犠牲者たちへの哀れみも確かにあった。
しかし年月とともに、その感情はすり減っていった。
不死という愚かな夢に群がる者たちを見続け、
その果てに待つものが虚無であることを悟った時、
哀しみはただの灰に変わった。
かつて感じた“理想”――
純血主義とは、ただの政治思想ではなかった。
それは支配のための檻だ。
血を誇りにすることで他者を鎖に繋ぎ、
闇の帝王が不死の王として君臨するための偽りの道具。
その構図に気づいた瞬間の絶望も、今ではもう遠い。
心の底で何かが凍りつき、
悲しむことすら忘れてしまったのだ。
屋敷では、時間だけが穏やかに流れていた。
十歳になったアルタイルは、背丈も伸び、
もう幼い少年の面影を残しながらも、どこか凛とした気配を纏い始めていた。
彼の傍にはいつも、小さな妹――リディア・ロズィエ=ブラックの姿があった。
黒曜石のような瞳に、淡く金の光を含んだ栗色の髪。
笑えば、母カサンドラ譲りの華やかさが一瞬で花開く。
まだ六歳になったばかりの少女は、
兄に手を引かれながら庭を走り回るのが何より好きだった。
「アルタイル兄さま、待って!」
透きとおる声が春風の中で弾む。
レギュラスはその光景を、窓辺から黙って見ていた。
アランの子ではない――
だが、血筋など関係ない。
彼女は間違いなく“我が家の子”だった。
アルタイルがリディアを抱き上げて笑うその姿を見ていると、
心の奥の暗闇がほんの少しだけ緩んでいく気がした。
どれほど血が穢れた世を望もうと、
この子たちの笑顔だけは、決して穢れてほしくなかった。
レギュラスはゆっくりとカーテンを閉じ、
机の上の文書に目を落とす。
ロズィエ家の名に恥じぬよう、
リディアには相応の未来を与えねばならない。
この子は男子ではない。
ゆえにブラック家を継ぐことはできない。
だが――彼女が歩む道には、
最高の栄誉と安全を約束してやりたい。
そのためならば、どんな手でも使おう。
たとえ、また新たな取引を闇の底で交わすことになろうとも。
蝋燭の炎が揺らめき、
レギュラスの横顔に一瞬、柔らかな光を落とした。
その瞳は、父としての温もりと、
同時に、闇の中で生き続ける覚悟の冷たさを宿していた。
冬の陽が斜めに差し込み、広間の石床に淡い光を落としていた。
静けさの中に、暖炉の薪がぱちりと音を立てては消える。
アランは椅子に腰を下ろしたまま、指先をぎゅっと握り締めていた。
焦りが胸の奥にこびりついて離れない。
このままではいけない――。
アルタイルがこのブラック家のすべてを背負うことになる。
彼の肩には、あまりにも重すぎる血の重圧と、
ロズィエ家をはじめとする純血の名家たちの敵意が
降りかかる未来が、手に取るように見えていた。
アルタイルはまだ十歳。
柔らかな心を持つ、優しい子だ。
純血の誇りを説かれても、誰かを見下すことを知らない。
その優しさが、いつか毒のように彼を蝕む。
その想像だけで、アランは息苦しくなった。
母親である自分――
出自は確かにブラック家ほどの格式を誇るものではない。
だからこそ、息子に課される試練は苛烈なものになるだろう。
純血の世界において、“弱き血”の母を持つことは、
それだけで傷のように扱われる。
アランは目を閉じ、静かに口を開いた。
「……レギュラス、リディアをこの家の未来の当主に据えるべきです。」
その言葉は、冬の空気を切り裂くように鋭かった。
暖炉の炎がわずかに揺れ、
レギュラスは手にしていた書簡から視線を上げる。
その灰色の瞳には、ほんの一瞬だけ迷いが浮かんだ。
だが、すぐにいつもの冷たい理性が戻る。
「またその話ですか。」
低く抑えられた声が部屋の空気を締めつけた。
「この家の規律は破れません。」
アランの唇がかすかに震えた。
息を吸う音さえ痛かった。
分かっている――この男の言葉はいつだって正論だ。
だが、正しさが人を救うとは限らない。
「レギュラス……あなたが背負ってきた闇を、
アルタイルにまで継がせたくないのです。」
そう言いたかった。
けれど、声にはならなかった。
言葉にした瞬間、彼がどれほど傷つくか分かっていたから。
レギュラスは何も言わずに席を立つ。
背筋は凛として、どこまでも孤高。
それでいて、どこか遠くに行ってしまうような背中だった。
彼にとって「家」とは、誇りであり呪縛であり、
血よりも重い鎖なのだ。
アランは静かにため息をついた。
この数年、二人の間の距離は
気づかぬうちに少しずつ広がっていた。
もはや愛では埋められないほどの溝。
アルタイルを守りたいアランと、
ブラック家の伝統を貫こうとするレギュラス。
その想いは、根の部分で決して交わらなかった。
同じ方向を見ているようでいて、
見ている未来はまるで違う。
窓の外では、リディアが雪の庭を駆け回っていた。
その笑い声が、遠くからわずかに響く。
アランはそっとその音に耳を傾けながら、
胸の奥に芽生える決意を隠すように、静かに目を閉じた。
――たとえこの家が許さなくとも、
母として、自分だけはアルタイルを自由にしてみせる。
その祈りだけが、
彼女をまだこの屋敷に繋ぎとめていた。
レギュラス・ブラックには、決して譲れぬものがあった。
――アルタイルを、この王座から下ろすわけにはいかない。
それは、ただ「唯一の男児だから」という理由ではなかった。
もっと深いところで、彼にとってはこの家の秩序の問題でも、
血統の誇りのためでもなかった。
それは、アランを――彼女をこの屋敷に、
正式な“ブラック夫人”として留めておくための、唯一の方法だった。
アルタイルがこの家の後継ぎである限り、
アランは「当主の母」としての地位を保てる。
誰も彼女を追放することはできない。
ロズィエ家からの冷たい視線も、
純血主義の貴族たちの侮蔑も、
王家の血を継ぐアルタイルという存在がすべてを黙らせる。
だからこそ――息子の立場を失わせるわけにはいかなかった。
それは同時に、アランを守るための鎖でもあった。
十年前。
レギュラスはその事実を受け入れた。
アルタイルはアランとシリウス・ブラックの子である。
あの夜、すべてを知ったとき、
胸をえぐられるような痛みが走った。
だが、不思議なことに、憎しみは一度も湧かなかった。
初めてその小さな体を腕に抱いたとき、恐れていた嫉妬も怒りも、あの無垢な赤子の前では意味を成さなかった。
――愛おしい。
それだけが真実だった。
あの日、アランの手の中で産声をあげたこの子は、
彼にとってまぎれもなく“我が子”だった。
父としての感情が、血の理屈を簡単に越えていった。
夕暮れ。
屋敷の中庭に、少年の呪文の声が響いていた。
風に揺れる木々のあいだから、
小さく光の粒が浮かび上がる。
アルタイルが杖を振り、再び唱えた。
「ウィンガーディアム・レビオーサ――!」
石片がふわりと宙に浮く。
失敗したかに見えて、空気の中で静止した。
息を詰めて見守るレギュラスの目に、
その一瞬が確かに映る。
「浮遊呪文ですか。呪文学の基礎ですね。」
声をかけると、アルタイルはぱっと振り返り、
嬉しそうに笑った。
「はい。僕と同じ歳の頃には、
父さんはこの本の呪文を全部覚えていたそうですね。」
少年の手にあるのは、古びた教本――
レギュラスがホグワーツで使っていた、
手書きの補筆まで残る分厚い一冊だった。
「父を越そうとしてくれているんですか?」
レギュラスが問うと、
アルタイルは一瞬だけ考え込むように眉を寄せ、
それから穏やかに笑った。
「越せるとは思ってません。
でも、並べるようになりたいです。」
その無垢な言葉に、レギュラスの胸が熱くなった。
燃えるような誇りと、どうしようもない愛しさが
同時に胸を満たしていく。
――この子を守りたい。
それが、己のすべてを賭けて守るべき唯一の理由。
夕暮れの光がアルタイルの横顔を照らす。
その姿は、若き日のシリウスに似ていた。
だが、同時にアランの優しさと、
レギュラスの沈黙の強さも宿していた。
血がどうあろうと関係ない。
この少年こそ、ブラック家の未来なのだ。
そしてその未来を守ることこそが――
彼がまだ生き続ける意味そのものだった。
アランは、机に向かうアルタイルの背中を静かに見つめていた。
ランプの淡い灯りが少年の横顔を照らし、光を受けた髪が銀の糸のように揺れる。
杖を握る細い指が、慎重に魔法陣の線をなぞり、時折低く呪文を唱える。
古代ルーン語、魔法史、呪文学――
どの分野も、アルタイルは驚くほどの熱意と集中で取り組んでいた。
家庭教師が口をそろえて褒めるほどに、彼は才気あふれる少年に育っていた。
アランは、そんな息子を誇らしく思いながらも、
その胸の奥には拭えぬ不安が渦を巻いていた。
――この子は、あまりにもレギュラスに似てきている。
背筋の伸びた姿勢、控えめで品のある物腰、
理知的で感情を表に出さないところ。
どれもが、父を模して作られたようだった。
けれど、完璧に整いすぎたその姿の奥で、
少しずつ何かが削られていっているような気がした。
それは――自由。
かつてシリウス・ブラックが持っていた太陽のような光。
誰よりも明るく、誰よりも真っ直ぐで、
どんな暗闇の中でも自分の道を笑って進む強さ。
アルタイルは、その光の名残を確かに受け継いでいる。
銀灰色の瞳がそうだった。
シリウスとまったく同じ色――
曇りのない金属の輝きのようで、
どこか遠くを映すような、自由の象徴だった。
けれど、その瞳が今では少しずつ翳りを帯びているように思えてならなかった。
まるで屋敷という檻の中で、
レギュラスの理想という名の影に包まれていくようで。
アランは唇を噛んだ。
アルタイルの実の父は、シリウス・ブラック。
永遠に愛した男。
命を賭して産んだ、愛の証そのものの子。
その事実は、誰にも告げることはできない。
けれど――だからこそ。
せめて彼には、父の光を宿したまま生きてほしいと願っている。
束縛されず、誇り高く、何にも従わずに。
自由と強さを、恐れずに追い求めてほしかった。
その夜、暖炉の火が穏やかに揺れる書斎で、
家族三人が集まっていた。
アルタイルは魔法史の一節をすらすらと読み上げ、
レギュラスは書類から視線を上げ、微かに目を細める。
「アルタイルは本当に優秀です。」
誇りと満足がにじむ声。
「腕のいい家庭教師をつけていただいていますから。」
アランは微笑みで応える。
「僕たちの育て方がよかったんでしょう。」
軽く笑うレギュラスの横顔には、
父としての自負が滲んでいた。
アランは静かに微笑んだまま、
何も言わなかった。
胸の奥に、言葉にできない違和感が広がる。
――導くことと、縛ることは違うのに。
レギュラスが信じる「正しさ」は、従順と秩序の中にある。
それはアルタイルにとって鎖になりかねない。
その思いが、喉元までこみ上げてきたが、
言葉にすればきっと彼の誇りを傷つけてしまう。
沈黙のまま、アランは紅茶を口に含んだ。
小さな音を立ててカップを置くと、
暖炉の火がぱちりと弾け、静寂が広間を包んだ。
窓の外、冬空に瞬く星。
そのひとつ――アルタイルの名を持つ星が、
澄んだ銀の光を放っている。
どうか、その光を失わないで。
あなたの中に流れる“彼”の血が、
どうかいつまでも、自由の色を忘れさせませんように。
アランはそっと目を閉じ、
祈るように息を吐いた。
彼の銀灰の瞳が、
再び夜空の星のように輝く日を願いながら。
薄く白い光が冬の窓硝子をなぞる午後だった。
魔法書の染みついた頁の匂い、松脂のような暖炉の残り香、廊下を渡る使用人の靴音——
ブラック家の重々しい静けさの中で、カサンドラはゆっくりと息を吐いた。
彼女の瞳は、机の向こうに座る少年を追っている。
アルタイルはまだ幼い肩を震わせながら、指先に呪文の流れを確かめていた。
その動作は丁寧で、訓練の跡がひとつひとつ刻まれている。
まるで儀式のように緩やかに、しかし確実に。
カサンドラは近づくと、床に柔らかく膝を落とした。
「なかなかの腕ね」——声は低く、磨かれた銀貨のように光る。
その称賛の裏には、計算と策が潜んでいた。表裏を巧みに折り重ねた微笑みが、彼女の口元を薄く引き上げる。
アルタイルはすぐに礼をして、きちんとした所作で頭を下げた。
その瞬間、カサンドラの胸には小さな満足が宿る。
練習の一端を肯定された少年の反応は、周到に用意された台本の一ページのようにぴたりと嵌まった。
「アルタイル、あなたは本当に賢い」——言葉は甘く、だが刃を隠している。
カサンドラの手が、無意識のうちに少年の肩に触れる。触れ方は母性に似ているけれど、決してその温度で満たされるものではない。
彼女は続ける。
「だからね、少しだけ考えてほしいの。あなたの母を、なるべく苦しめない選択を」
その「お願い」は、いやらしくも慎ましい砲火のようにアルタイルの胸に落ちる。
言葉は柔らかく整えられている。しかしその含意は痛いほど鋭い。
この屋敷で日々浴びる視線、囁き、仄めかし——
それらを知る者にとっては、カサンドラの言葉は灯のような慰めでもあり、刃のような突きである。
アルタイルの瞳が一瞬曇る。
銀灰の光を湛えたその瞳は、シリウスの面影を宿している。だが今は、その光が迷いを含み、揺れていた。
母のために何を選ぶべきか──その問いは純粋さを奪い、幼い胸に重く沈んでいく。
カサンドラは、まるで慈しむように少年を見下ろした。
「この屋敷に留まれば、母は息をするだけで攻撃を浴びる。あなたがここにいることで、どれほどの矢が彼女に向くか、想像してごらんなさい」
言葉に含まれたのは同情ではない。策略だ。母を守るためではなく、母を弱らせ去勢するための道具として、アルタイルを仕立て上げようという意図。
周囲の空気は急に冷たくなる。
暖炉の火が踊り、紙の糸が微かに震える。壁にかけられた肖像画の眼差しがどこか遠くを向いたように見えた。
アルタイルの指先が呪文書の頁を強く押さえる。小さな手に宿る力は、まだ制御されてはいるが、確かに存在する。
カサンドラは立ち上がり、少年の耳元でそっと囁くように告げる。
「あなたが少しでも賢くあれば、母は苦しまない。あなたが選べるのよ」
その声に、優しさと冷たさが同居している。天秤の片側に慈悲、もう片側に野心。彼女は確実に後者に重心を置いていた。
アルタイルは答えなかった。
だがその静けさが、彼女の勝ちを告げる鐘のように鳴り響いた。
少年の胸の奥で、何かが折れ、何かが固まる音がした。
カサンドラはゆっくりとその場を離れる。背中を押すように一度だけ振り返る。
そこに残されたのは、呪文書と静謐な息遣いと、少年の瞳に差す薄い影。
廊下に戻った彼女の足取りは軽い。
内なる計算が一つ進められた安堵と、未来を描く高慢な満足感が胸を満たしている。
夜になれば、客人たちの祝辞が流れるだろう。宴の中で、誰が次の当主にふさわしいか——その物語をそっと紡いでいくのは、カサンドラの思惑の種である。
窓の外、冬の風が庭木を震わせる。
星は冷たく、遠く、無情に瞬いていた。
屋敷の中で、ひとつの子の宿っていた自由の灯が、まだ静かに揺れている。
だがカサンドラの耳にはもう、その灯を消すための細やかな手順が、計算された速さで響いていた。
銀の燭台が、静かな食卓に柔らかい灯を落としていた。
長いテーブルの中央では、温かなスープの湯気がゆらめいている。
けれどその温もりとは裏腹に、空気はどこか張りつめていた。
アルタイルは、手元の皿に視線を落としたまま、ほとんど食べていなかった。
フォークを持つ指先が小刻みに震え、スープの表面に映る自分の顔が、ひどく遠く感じられた。
かすかな物音も立てず、静寂の中に沈んでいく。
アランがその様子に気づく。
「アルタイル、どうしました? 食欲がありませんか?」
その声は、まるで冬の冷たい空気にひとすじの陽が射すように優しかった。
母の声音には、どこか心を撫でる力がある。
その響きだけで、胸が詰まる。
レギュラスもゆるやかに顔を上げた。
「どこか悪いのですか、アルタイル。」
低く落ち着いた声。
誇り高く、厳格でありながらも、確かにそこには息子を案じる色があった。
アルタイルは俯いたまま、小さく息を吐いた。
――こんなにも優しくて、こんなにも立派な二人のもとに生まれて。
自分は幸福な子どもなのだと、心のどこかでわかっていた。
それでも。
父の背負うものを、母の苦しみを。
この家の重さを、まだ少年である自分が受け継ぐことなどできるのだろうか。
自分が継げば、母は――
この屋敷で最も力を持てぬ者として、これから先も無数の蔑みを浴び続ける。
カサンドラの言葉が、あの日の午後の声が、脳裏をよぎる。
「あなたの母を苦しめない選択を」
アルタイルは息を吸った。
胸の奥に溜めた言葉を、ようやく押し出すように。
「……父さん。僕……」
「どうしました?」
レギュラスの声が、静かに響く。
その声の穏やかさが、逆に息苦しかった。
アルタイルは唇を噛んで、俯いたまま絞り出す。
「当主の座は……リディアにするべきだと思うんです。」
一瞬で、空気が変わった。
室内の温度が、目に見えて下がったようだった。
ナイフが皿に触れる微かな音が、不自然なほどに響く。
「……なぜです、お兄様?」
リディアが驚きの声を上げる。
年若い彼女の瞳には純粋な動揺が滲んでいた。
その問いのあと、テーブルの上に広がった沈黙は重たかった。
レギュラスは静かに匙を置いた。
金属の軽い音が、やけに冷たく響く。
「アルタイル。」
父の声が低く、凍えるほど静かだった。
その静けさの中に、怒りでも失望でもなく――
ただ「恐れ」のようなものが潜んでいた。
「誰に何を言われたのかは知りませんが……」
視線がゆっくりとアルタイルを貫く。
「軽率な発言を人前でしてはいけません。言葉は、時に命を奪います。失言は、命取りになります。」
その言葉のひとつひとつが、深く沈む刃のように胸に刺さった。
アルタイルは何も返せなかった。
ただ、膝の上で握りしめた拳が震えていた。
レギュラスは立ち上がる。
椅子の脚が床を擦る音が、やけに鋭く響いた。
食卓に残されたのは、冷めていく料理と、互いに顔を見合わせられない家族の沈黙。
アランはそっと息を呑み、微笑もうとしたが、唇が震えてうまく形を作れなかった。
母の心には、ただひとつの思いが浮かんでいた。
――この子は、私のために傷ついた。
テーブルの上で、スープの湯気がゆっくりと消えていく。
それはまるで、この家族を包んでいたぬくもりまでも、
静かに溶かしていくかのようだった。
寝室の扉が静かに閉じられた。
厚い絨毯が足音を吸い込み、空気は重く、沈黙が漂っている。
ランプの炎が壁に淡い影を落とし、そこに立つ二人の姿を細くゆらめかせた。
レギュラスは椅子の背に片手をかけ、深く息を吐いた。
その瞳は静かに、しかしどこか刺すようにアランを見据えている。
「……アルタイルと、何を話したんです?」
穏やかに抑えた声の奥には、冷えた非難の色があった。
それを聞いたアランは一瞬だけ眉を寄せたが、何も言わなかった。
ランプの明かりが、彼女の頬を淡く照らしている。
無表情に見えるその横顔の奥で、何を思っているのか。
レギュラスには、それが恐ろしくもあり、知りたくてたまらなかった。
「何も」――アランの声は小さく、けれどはっきりとしていた。
レギュラスの眉がわずかに動く。
「では、なぜリディアを当主に……などと急に言い出すのです?」
声の端に苛立ちが滲む。
アルタイルの優しさを、レギュラスは誰よりも知っていた。
幼い頃から、母のそばにいられないことをひどく寂しがり、
それでも母を思って我慢する姿を幾度も見てきた。
あの子は、母を泣かせるくらいなら自分が傷つく道を選ぶ。
――そのくらいに、アランを愛している。
だからこそ、アルタイルが「当主を辞退する」などという愚かな考えに至る理由は一つしかない。
アランが何かを吹き込んだ。
その想像が、胸を焼くように熱く広がっていく。
「レギュラス、ブラック家の当主には……」
アランはゆっくりと言葉を紡いだ。
「あなたの血を正当に継ぐ、正妻の子であるリディアがふさわしいと思います。」
その言葉が、空気を切り裂いた。
「……正当に、ですか。」
レギュラスの声が低く、重く響く。
その一言が意味することを、彼は痛いほど理解していた。
正妻の子。
つまり――アルタイルは、シリウスの子。
その真実を、十年。
彼はただ一人で抱えてきた。
アランの名誉を守るために、アルタイルの未来を守るために。
その秘密を、この屋敷の誰一人にも漏らしたことはない。
それを、彼女が今、この口であっさりと壊した。
レギュラスはゆっくりと近づき、アランの前に立った。
ランプの灯が、彼の顔に深い陰影を落とす。
「この十年、僕がどんな思いでその事実を伏せてきたか、あなたにわかりますか、アラン。」
静かな声だった。
怒鳴ることも、詰ることもない。
けれどその静けさの奥には、深い悲しみと怒りと、愛しさの残滓が入り混じっていた。
アランは言葉を返さなかった。
ただ、伏せた睫毛が小さく震えた。
レギュラスは目を閉じた。
胸の奥で、過去の記憶がじわりと蘇る。
――アルタイルという存在そのものが、アランをこの屋敷に繋ぎとめるための鎖だった。
それを分かっていても、手放せなかった。
あの頃、シリウスがアランを抱きしめていた夜を思い出すたびに、
彼女の笑顔が、自分の知らぬ誰かのために咲いていた現実を突きつけられるたびに、
何度、嫉妬で息を詰まらせたことだろう。
アランを奪うには、愛だけでは足りなかった。
運命を、血を、家の力を、あらゆるものを使って、彼女をこの手に閉じ込めるしかなかった。
その象徴がアルタイル。
彼女が屋敷に留まる理由であり、レギュラスが生きる意味になった子。
――それでも、彼女の瞳の奥にシリウスが棲みついたままなのを、
十年経っても、見抜けてしまう自分が一番哀しかった。
レギュラスは目を開ける。
ランプの光が、アランの白い頬を照らしていた。
その顔を、触れたくてたまらないのに、触れられなかった。
「……アルタイルを手放すということは、あなたまで失うということです。」
それだけを告げ、レギュラスは背を向けた。
部屋には、微かに火のはぜる音だけが残った。
ふたりの間を隔てる沈黙は、まるで氷の壁のように、
冷たく、透明で、壊れそうなほど薄く張りつめていた。
それは奇跡というより、もはや“現象”に近かった。
ヴォルデモートが再びレギュラス・ブラックの名を呼んだとき、
その響きにはかつての冷笑も疑念もなく、
むしろ王が忠実なる臣下を迎えるような響きがあった。
デスイーターたちは皆、驚愕した。
ほんの少し前まで、彼は堕落した男として語られていたのだ。
妻アラン・ブラックが拷問を受けた――
それは、彼の失脚を意味するはずだった。
誰もがそう信じていた。
だが今や、レギュラスは堂々と闇の帝王の右側に立ち、
あの忌まわしきナギニをも従えている。
その蛇の瞳は、もはやヴォルデモートではなく、
レギュラスの足元を追っていた。
「……さすがだよ、君は。」
静かなざわめきの中、
バーテミウス・クラウチ・ジュニアが低く笑った。
感嘆と嫉妬が入り混じった声音だった。
彼はその場にいた誰よりも冷静に見えたが、
内心の波は穏やかではなかった。
実際、あの“赦し”の儀の時、
自分は別の任務で留守にしていた。
それが今になって、悔やんでも悔やみきれない。
闇の帝王に赦しを乞い、
あのレギュラス・ブラックが膝を折ったという――
そんな光景、そう何度も見られるものではない。
もう二度と、ないかもしれない。
レギュラス・ブラックという男。
ホグワーツの頃から完璧の代名詞だった。
頭脳、技量、血筋、容姿――すべてを兼ね備えた男。
だが一つだけ、彼には致命的な弱点があった。
アラン・セシールという女。
バーテミウスはそれを学生時代から見抜いていた。
その名を耳にするだけで、彼の瞳の奥がわずかに揺れる。
完璧な人間ほど、弱点を一つ抱くと脆い。
アランはまさしく、彼を人間たらしめる唯一の“隙”だった。
だがその女が――
よりによって闇の帝王を裏切り、
騎士団側へと情報を漏らしたという。
予言の子を狙った襲撃を、未然に知らせたのだ。
それがどれほどの愚行で、命知らずな行為であるか、
考えるまでもない。
あの女のせいで、
レギュラスは築き上げた地位をすべて失った。
信頼も、名誉も、誇りも――一度に瓦解した。
それでもなお、彼はその女のために立ち上がり、
許しを乞うた。
跪き、己の誇りを捨ててまでも。
「……君はいったい、どんな取引をしたんだい?」
バーテミウスの声は柔らかい。
だが、その奥に潜む興味は鋭利だった。
レギュラスは視線を動かさず、書類の束に目を落とす。
「教えられるわけがないでしょう。」
その声音には冷たさも、誇示もない。
ただ、すべてを受け入れた者だけが持つ静けさがあった。
「……なるほど。君らしい。」
バーテミウスは乾いた笑みを浮かべた。
レギュラスの手元では、
ナギニがゆるやかに体をくねらせている。
その鱗が光を反射して、
まるで彼の忠誠そのものを象徴しているようだった。
“あの男は、もう薄氷の上を歩いている。”
バーテミウスはそう感じていた。
表面上は完璧に立ち回っているように見えても、
その一歩下には闇の帝王という氷の刃が潜んでいる。
一つでも踏み外せば、全てが終わる。
それでもレギュラスは歩く。
まっすぐに、恐れも見せず、ただ前だけを見て。
――あの男は、もう人間の域を超えてしまったのかもしれない。
忠誠でも愛でもない。
その狭間にある、何か別の狂気のようなものに導かれて。
そしてバーテミウスは悟った。
これこそが、レギュラス・ブラックという存在の真骨頂なのだと。
冷徹な美しさを纏いながら、
その足元はいつだって、硝子のように脆く危うい。
レギュラス・ブラックの年月は、凍りついた静寂の中で流れていった。
かつて命を賭して行った取引の果てに得た地位は、今や確固たるものとなっていた。
闇の帝王からの信頼は完全に回復し、
彼はその信頼を一身に受ける最側近として、新たな命を担っていた。
その任は――闇の帝王に託された数個のホークラックスを、
新たな地へと移し、封印を施すこと。
どの呪物も、それぞれが独自の禍々しい波動を放っていた。
魂の欠片が宿るそれらは、生き物のように微かに脈打ち、
触れた瞬間に心の奥底へと冷たく侵食してくる。
数年にわたり、彼は一つ、また一つとその隠し場所を変えていった。
雪に閉ざされた古城、朽ちた海底の洞窟、
そして誰も知らぬ地下墓地。
どの場所も、血と呪いの契約によって守られ、
もはや彼自身でさえ再び辿れるかどうか分からないほどに封印されている。
だが、レギュラスには確信があった。
――これがすべてではない。
闇の帝王ほどの男が、
己の不死をたった数個の器に委ねるなどありえない。
きっと、誰にも知られぬ場所に、
さらなる“魂の器”を潜ませているはずだ。
どんな命を代償にして生み出されたのか、
想像するだけで胸の奥が冷たく軋んだ。
最初のうちは、犠牲者たちへの哀れみも確かにあった。
しかし年月とともに、その感情はすり減っていった。
不死という愚かな夢に群がる者たちを見続け、
その果てに待つものが虚無であることを悟った時、
哀しみはただの灰に変わった。
かつて感じた“理想”――
純血主義とは、ただの政治思想ではなかった。
それは支配のための檻だ。
血を誇りにすることで他者を鎖に繋ぎ、
闇の帝王が不死の王として君臨するための偽りの道具。
その構図に気づいた瞬間の絶望も、今ではもう遠い。
心の底で何かが凍りつき、
悲しむことすら忘れてしまったのだ。
屋敷では、時間だけが穏やかに流れていた。
十歳になったアルタイルは、背丈も伸び、
もう幼い少年の面影を残しながらも、どこか凛とした気配を纏い始めていた。
彼の傍にはいつも、小さな妹――リディア・ロズィエ=ブラックの姿があった。
黒曜石のような瞳に、淡く金の光を含んだ栗色の髪。
笑えば、母カサンドラ譲りの華やかさが一瞬で花開く。
まだ六歳になったばかりの少女は、
兄に手を引かれながら庭を走り回るのが何より好きだった。
「アルタイル兄さま、待って!」
透きとおる声が春風の中で弾む。
レギュラスはその光景を、窓辺から黙って見ていた。
アランの子ではない――
だが、血筋など関係ない。
彼女は間違いなく“我が家の子”だった。
アルタイルがリディアを抱き上げて笑うその姿を見ていると、
心の奥の暗闇がほんの少しだけ緩んでいく気がした。
どれほど血が穢れた世を望もうと、
この子たちの笑顔だけは、決して穢れてほしくなかった。
レギュラスはゆっくりとカーテンを閉じ、
机の上の文書に目を落とす。
ロズィエ家の名に恥じぬよう、
リディアには相応の未来を与えねばならない。
この子は男子ではない。
ゆえにブラック家を継ぐことはできない。
だが――彼女が歩む道には、
最高の栄誉と安全を約束してやりたい。
そのためならば、どんな手でも使おう。
たとえ、また新たな取引を闇の底で交わすことになろうとも。
蝋燭の炎が揺らめき、
レギュラスの横顔に一瞬、柔らかな光を落とした。
その瞳は、父としての温もりと、
同時に、闇の中で生き続ける覚悟の冷たさを宿していた。
冬の陽が斜めに差し込み、広間の石床に淡い光を落としていた。
静けさの中に、暖炉の薪がぱちりと音を立てては消える。
アランは椅子に腰を下ろしたまま、指先をぎゅっと握り締めていた。
焦りが胸の奥にこびりついて離れない。
このままではいけない――。
アルタイルがこのブラック家のすべてを背負うことになる。
彼の肩には、あまりにも重すぎる血の重圧と、
ロズィエ家をはじめとする純血の名家たちの敵意が
降りかかる未来が、手に取るように見えていた。
アルタイルはまだ十歳。
柔らかな心を持つ、優しい子だ。
純血の誇りを説かれても、誰かを見下すことを知らない。
その優しさが、いつか毒のように彼を蝕む。
その想像だけで、アランは息苦しくなった。
母親である自分――
出自は確かにブラック家ほどの格式を誇るものではない。
だからこそ、息子に課される試練は苛烈なものになるだろう。
純血の世界において、“弱き血”の母を持つことは、
それだけで傷のように扱われる。
アランは目を閉じ、静かに口を開いた。
「……レギュラス、リディアをこの家の未来の当主に据えるべきです。」
その言葉は、冬の空気を切り裂くように鋭かった。
暖炉の炎がわずかに揺れ、
レギュラスは手にしていた書簡から視線を上げる。
その灰色の瞳には、ほんの一瞬だけ迷いが浮かんだ。
だが、すぐにいつもの冷たい理性が戻る。
「またその話ですか。」
低く抑えられた声が部屋の空気を締めつけた。
「この家の規律は破れません。」
アランの唇がかすかに震えた。
息を吸う音さえ痛かった。
分かっている――この男の言葉はいつだって正論だ。
だが、正しさが人を救うとは限らない。
「レギュラス……あなたが背負ってきた闇を、
アルタイルにまで継がせたくないのです。」
そう言いたかった。
けれど、声にはならなかった。
言葉にした瞬間、彼がどれほど傷つくか分かっていたから。
レギュラスは何も言わずに席を立つ。
背筋は凛として、どこまでも孤高。
それでいて、どこか遠くに行ってしまうような背中だった。
彼にとって「家」とは、誇りであり呪縛であり、
血よりも重い鎖なのだ。
アランは静かにため息をついた。
この数年、二人の間の距離は
気づかぬうちに少しずつ広がっていた。
もはや愛では埋められないほどの溝。
アルタイルを守りたいアランと、
ブラック家の伝統を貫こうとするレギュラス。
その想いは、根の部分で決して交わらなかった。
同じ方向を見ているようでいて、
見ている未来はまるで違う。
窓の外では、リディアが雪の庭を駆け回っていた。
その笑い声が、遠くからわずかに響く。
アランはそっとその音に耳を傾けながら、
胸の奥に芽生える決意を隠すように、静かに目を閉じた。
――たとえこの家が許さなくとも、
母として、自分だけはアルタイルを自由にしてみせる。
その祈りだけが、
彼女をまだこの屋敷に繋ぎとめていた。
レギュラス・ブラックには、決して譲れぬものがあった。
――アルタイルを、この王座から下ろすわけにはいかない。
それは、ただ「唯一の男児だから」という理由ではなかった。
もっと深いところで、彼にとってはこの家の秩序の問題でも、
血統の誇りのためでもなかった。
それは、アランを――彼女をこの屋敷に、
正式な“ブラック夫人”として留めておくための、唯一の方法だった。
アルタイルがこの家の後継ぎである限り、
アランは「当主の母」としての地位を保てる。
誰も彼女を追放することはできない。
ロズィエ家からの冷たい視線も、
純血主義の貴族たちの侮蔑も、
王家の血を継ぐアルタイルという存在がすべてを黙らせる。
だからこそ――息子の立場を失わせるわけにはいかなかった。
それは同時に、アランを守るための鎖でもあった。
十年前。
レギュラスはその事実を受け入れた。
アルタイルはアランとシリウス・ブラックの子である。
あの夜、すべてを知ったとき、
胸をえぐられるような痛みが走った。
だが、不思議なことに、憎しみは一度も湧かなかった。
初めてその小さな体を腕に抱いたとき、恐れていた嫉妬も怒りも、あの無垢な赤子の前では意味を成さなかった。
――愛おしい。
それだけが真実だった。
あの日、アランの手の中で産声をあげたこの子は、
彼にとってまぎれもなく“我が子”だった。
父としての感情が、血の理屈を簡単に越えていった。
夕暮れ。
屋敷の中庭に、少年の呪文の声が響いていた。
風に揺れる木々のあいだから、
小さく光の粒が浮かび上がる。
アルタイルが杖を振り、再び唱えた。
「ウィンガーディアム・レビオーサ――!」
石片がふわりと宙に浮く。
失敗したかに見えて、空気の中で静止した。
息を詰めて見守るレギュラスの目に、
その一瞬が確かに映る。
「浮遊呪文ですか。呪文学の基礎ですね。」
声をかけると、アルタイルはぱっと振り返り、
嬉しそうに笑った。
「はい。僕と同じ歳の頃には、
父さんはこの本の呪文を全部覚えていたそうですね。」
少年の手にあるのは、古びた教本――
レギュラスがホグワーツで使っていた、
手書きの補筆まで残る分厚い一冊だった。
「父を越そうとしてくれているんですか?」
レギュラスが問うと、
アルタイルは一瞬だけ考え込むように眉を寄せ、
それから穏やかに笑った。
「越せるとは思ってません。
でも、並べるようになりたいです。」
その無垢な言葉に、レギュラスの胸が熱くなった。
燃えるような誇りと、どうしようもない愛しさが
同時に胸を満たしていく。
――この子を守りたい。
それが、己のすべてを賭けて守るべき唯一の理由。
夕暮れの光がアルタイルの横顔を照らす。
その姿は、若き日のシリウスに似ていた。
だが、同時にアランの優しさと、
レギュラスの沈黙の強さも宿していた。
血がどうあろうと関係ない。
この少年こそ、ブラック家の未来なのだ。
そしてその未来を守ることこそが――
彼がまだ生き続ける意味そのものだった。
アランは、机に向かうアルタイルの背中を静かに見つめていた。
ランプの淡い灯りが少年の横顔を照らし、光を受けた髪が銀の糸のように揺れる。
杖を握る細い指が、慎重に魔法陣の線をなぞり、時折低く呪文を唱える。
古代ルーン語、魔法史、呪文学――
どの分野も、アルタイルは驚くほどの熱意と集中で取り組んでいた。
家庭教師が口をそろえて褒めるほどに、彼は才気あふれる少年に育っていた。
アランは、そんな息子を誇らしく思いながらも、
その胸の奥には拭えぬ不安が渦を巻いていた。
――この子は、あまりにもレギュラスに似てきている。
背筋の伸びた姿勢、控えめで品のある物腰、
理知的で感情を表に出さないところ。
どれもが、父を模して作られたようだった。
けれど、完璧に整いすぎたその姿の奥で、
少しずつ何かが削られていっているような気がした。
それは――自由。
かつてシリウス・ブラックが持っていた太陽のような光。
誰よりも明るく、誰よりも真っ直ぐで、
どんな暗闇の中でも自分の道を笑って進む強さ。
アルタイルは、その光の名残を確かに受け継いでいる。
銀灰色の瞳がそうだった。
シリウスとまったく同じ色――
曇りのない金属の輝きのようで、
どこか遠くを映すような、自由の象徴だった。
けれど、その瞳が今では少しずつ翳りを帯びているように思えてならなかった。
まるで屋敷という檻の中で、
レギュラスの理想という名の影に包まれていくようで。
アランは唇を噛んだ。
アルタイルの実の父は、シリウス・ブラック。
永遠に愛した男。
命を賭して産んだ、愛の証そのものの子。
その事実は、誰にも告げることはできない。
けれど――だからこそ。
せめて彼には、父の光を宿したまま生きてほしいと願っている。
束縛されず、誇り高く、何にも従わずに。
自由と強さを、恐れずに追い求めてほしかった。
その夜、暖炉の火が穏やかに揺れる書斎で、
家族三人が集まっていた。
アルタイルは魔法史の一節をすらすらと読み上げ、
レギュラスは書類から視線を上げ、微かに目を細める。
「アルタイルは本当に優秀です。」
誇りと満足がにじむ声。
「腕のいい家庭教師をつけていただいていますから。」
アランは微笑みで応える。
「僕たちの育て方がよかったんでしょう。」
軽く笑うレギュラスの横顔には、
父としての自負が滲んでいた。
アランは静かに微笑んだまま、
何も言わなかった。
胸の奥に、言葉にできない違和感が広がる。
――導くことと、縛ることは違うのに。
レギュラスが信じる「正しさ」は、従順と秩序の中にある。
それはアルタイルにとって鎖になりかねない。
その思いが、喉元までこみ上げてきたが、
言葉にすればきっと彼の誇りを傷つけてしまう。
沈黙のまま、アランは紅茶を口に含んだ。
小さな音を立ててカップを置くと、
暖炉の火がぱちりと弾け、静寂が広間を包んだ。
窓の外、冬空に瞬く星。
そのひとつ――アルタイルの名を持つ星が、
澄んだ銀の光を放っている。
どうか、その光を失わないで。
あなたの中に流れる“彼”の血が、
どうかいつまでも、自由の色を忘れさせませんように。
アランはそっと目を閉じ、
祈るように息を吐いた。
彼の銀灰の瞳が、
再び夜空の星のように輝く日を願いながら。
薄く白い光が冬の窓硝子をなぞる午後だった。
魔法書の染みついた頁の匂い、松脂のような暖炉の残り香、廊下を渡る使用人の靴音——
ブラック家の重々しい静けさの中で、カサンドラはゆっくりと息を吐いた。
彼女の瞳は、机の向こうに座る少年を追っている。
アルタイルはまだ幼い肩を震わせながら、指先に呪文の流れを確かめていた。
その動作は丁寧で、訓練の跡がひとつひとつ刻まれている。
まるで儀式のように緩やかに、しかし確実に。
カサンドラは近づくと、床に柔らかく膝を落とした。
「なかなかの腕ね」——声は低く、磨かれた銀貨のように光る。
その称賛の裏には、計算と策が潜んでいた。表裏を巧みに折り重ねた微笑みが、彼女の口元を薄く引き上げる。
アルタイルはすぐに礼をして、きちんとした所作で頭を下げた。
その瞬間、カサンドラの胸には小さな満足が宿る。
練習の一端を肯定された少年の反応は、周到に用意された台本の一ページのようにぴたりと嵌まった。
「アルタイル、あなたは本当に賢い」——言葉は甘く、だが刃を隠している。
カサンドラの手が、無意識のうちに少年の肩に触れる。触れ方は母性に似ているけれど、決してその温度で満たされるものではない。
彼女は続ける。
「だからね、少しだけ考えてほしいの。あなたの母を、なるべく苦しめない選択を」
その「お願い」は、いやらしくも慎ましい砲火のようにアルタイルの胸に落ちる。
言葉は柔らかく整えられている。しかしその含意は痛いほど鋭い。
この屋敷で日々浴びる視線、囁き、仄めかし——
それらを知る者にとっては、カサンドラの言葉は灯のような慰めでもあり、刃のような突きである。
アルタイルの瞳が一瞬曇る。
銀灰の光を湛えたその瞳は、シリウスの面影を宿している。だが今は、その光が迷いを含み、揺れていた。
母のために何を選ぶべきか──その問いは純粋さを奪い、幼い胸に重く沈んでいく。
カサンドラは、まるで慈しむように少年を見下ろした。
「この屋敷に留まれば、母は息をするだけで攻撃を浴びる。あなたがここにいることで、どれほどの矢が彼女に向くか、想像してごらんなさい」
言葉に含まれたのは同情ではない。策略だ。母を守るためではなく、母を弱らせ去勢するための道具として、アルタイルを仕立て上げようという意図。
周囲の空気は急に冷たくなる。
暖炉の火が踊り、紙の糸が微かに震える。壁にかけられた肖像画の眼差しがどこか遠くを向いたように見えた。
アルタイルの指先が呪文書の頁を強く押さえる。小さな手に宿る力は、まだ制御されてはいるが、確かに存在する。
カサンドラは立ち上がり、少年の耳元でそっと囁くように告げる。
「あなたが少しでも賢くあれば、母は苦しまない。あなたが選べるのよ」
その声に、優しさと冷たさが同居している。天秤の片側に慈悲、もう片側に野心。彼女は確実に後者に重心を置いていた。
アルタイルは答えなかった。
だがその静けさが、彼女の勝ちを告げる鐘のように鳴り響いた。
少年の胸の奥で、何かが折れ、何かが固まる音がした。
カサンドラはゆっくりとその場を離れる。背中を押すように一度だけ振り返る。
そこに残されたのは、呪文書と静謐な息遣いと、少年の瞳に差す薄い影。
廊下に戻った彼女の足取りは軽い。
内なる計算が一つ進められた安堵と、未来を描く高慢な満足感が胸を満たしている。
夜になれば、客人たちの祝辞が流れるだろう。宴の中で、誰が次の当主にふさわしいか——その物語をそっと紡いでいくのは、カサンドラの思惑の種である。
窓の外、冬の風が庭木を震わせる。
星は冷たく、遠く、無情に瞬いていた。
屋敷の中で、ひとつの子の宿っていた自由の灯が、まだ静かに揺れている。
だがカサンドラの耳にはもう、その灯を消すための細やかな手順が、計算された速さで響いていた。
銀の燭台が、静かな食卓に柔らかい灯を落としていた。
長いテーブルの中央では、温かなスープの湯気がゆらめいている。
けれどその温もりとは裏腹に、空気はどこか張りつめていた。
アルタイルは、手元の皿に視線を落としたまま、ほとんど食べていなかった。
フォークを持つ指先が小刻みに震え、スープの表面に映る自分の顔が、ひどく遠く感じられた。
かすかな物音も立てず、静寂の中に沈んでいく。
アランがその様子に気づく。
「アルタイル、どうしました? 食欲がありませんか?」
その声は、まるで冬の冷たい空気にひとすじの陽が射すように優しかった。
母の声音には、どこか心を撫でる力がある。
その響きだけで、胸が詰まる。
レギュラスもゆるやかに顔を上げた。
「どこか悪いのですか、アルタイル。」
低く落ち着いた声。
誇り高く、厳格でありながらも、確かにそこには息子を案じる色があった。
アルタイルは俯いたまま、小さく息を吐いた。
――こんなにも優しくて、こんなにも立派な二人のもとに生まれて。
自分は幸福な子どもなのだと、心のどこかでわかっていた。
それでも。
父の背負うものを、母の苦しみを。
この家の重さを、まだ少年である自分が受け継ぐことなどできるのだろうか。
自分が継げば、母は――
この屋敷で最も力を持てぬ者として、これから先も無数の蔑みを浴び続ける。
カサンドラの言葉が、あの日の午後の声が、脳裏をよぎる。
「あなたの母を苦しめない選択を」
アルタイルは息を吸った。
胸の奥に溜めた言葉を、ようやく押し出すように。
「……父さん。僕……」
「どうしました?」
レギュラスの声が、静かに響く。
その声の穏やかさが、逆に息苦しかった。
アルタイルは唇を噛んで、俯いたまま絞り出す。
「当主の座は……リディアにするべきだと思うんです。」
一瞬で、空気が変わった。
室内の温度が、目に見えて下がったようだった。
ナイフが皿に触れる微かな音が、不自然なほどに響く。
「……なぜです、お兄様?」
リディアが驚きの声を上げる。
年若い彼女の瞳には純粋な動揺が滲んでいた。
その問いのあと、テーブルの上に広がった沈黙は重たかった。
レギュラスは静かに匙を置いた。
金属の軽い音が、やけに冷たく響く。
「アルタイル。」
父の声が低く、凍えるほど静かだった。
その静けさの中に、怒りでも失望でもなく――
ただ「恐れ」のようなものが潜んでいた。
「誰に何を言われたのかは知りませんが……」
視線がゆっくりとアルタイルを貫く。
「軽率な発言を人前でしてはいけません。言葉は、時に命を奪います。失言は、命取りになります。」
その言葉のひとつひとつが、深く沈む刃のように胸に刺さった。
アルタイルは何も返せなかった。
ただ、膝の上で握りしめた拳が震えていた。
レギュラスは立ち上がる。
椅子の脚が床を擦る音が、やけに鋭く響いた。
食卓に残されたのは、冷めていく料理と、互いに顔を見合わせられない家族の沈黙。
アランはそっと息を呑み、微笑もうとしたが、唇が震えてうまく形を作れなかった。
母の心には、ただひとつの思いが浮かんでいた。
――この子は、私のために傷ついた。
テーブルの上で、スープの湯気がゆっくりと消えていく。
それはまるで、この家族を包んでいたぬくもりまでも、
静かに溶かしていくかのようだった。
寝室の扉が静かに閉じられた。
厚い絨毯が足音を吸い込み、空気は重く、沈黙が漂っている。
ランプの炎が壁に淡い影を落とし、そこに立つ二人の姿を細くゆらめかせた。
レギュラスは椅子の背に片手をかけ、深く息を吐いた。
その瞳は静かに、しかしどこか刺すようにアランを見据えている。
「……アルタイルと、何を話したんです?」
穏やかに抑えた声の奥には、冷えた非難の色があった。
それを聞いたアランは一瞬だけ眉を寄せたが、何も言わなかった。
ランプの明かりが、彼女の頬を淡く照らしている。
無表情に見えるその横顔の奥で、何を思っているのか。
レギュラスには、それが恐ろしくもあり、知りたくてたまらなかった。
「何も」――アランの声は小さく、けれどはっきりとしていた。
レギュラスの眉がわずかに動く。
「では、なぜリディアを当主に……などと急に言い出すのです?」
声の端に苛立ちが滲む。
アルタイルの優しさを、レギュラスは誰よりも知っていた。
幼い頃から、母のそばにいられないことをひどく寂しがり、
それでも母を思って我慢する姿を幾度も見てきた。
あの子は、母を泣かせるくらいなら自分が傷つく道を選ぶ。
――そのくらいに、アランを愛している。
だからこそ、アルタイルが「当主を辞退する」などという愚かな考えに至る理由は一つしかない。
アランが何かを吹き込んだ。
その想像が、胸を焼くように熱く広がっていく。
「レギュラス、ブラック家の当主には……」
アランはゆっくりと言葉を紡いだ。
「あなたの血を正当に継ぐ、正妻の子であるリディアがふさわしいと思います。」
その言葉が、空気を切り裂いた。
「……正当に、ですか。」
レギュラスの声が低く、重く響く。
その一言が意味することを、彼は痛いほど理解していた。
正妻の子。
つまり――アルタイルは、シリウスの子。
その真実を、十年。
彼はただ一人で抱えてきた。
アランの名誉を守るために、アルタイルの未来を守るために。
その秘密を、この屋敷の誰一人にも漏らしたことはない。
それを、彼女が今、この口であっさりと壊した。
レギュラスはゆっくりと近づき、アランの前に立った。
ランプの灯が、彼の顔に深い陰影を落とす。
「この十年、僕がどんな思いでその事実を伏せてきたか、あなたにわかりますか、アラン。」
静かな声だった。
怒鳴ることも、詰ることもない。
けれどその静けさの奥には、深い悲しみと怒りと、愛しさの残滓が入り混じっていた。
アランは言葉を返さなかった。
ただ、伏せた睫毛が小さく震えた。
レギュラスは目を閉じた。
胸の奥で、過去の記憶がじわりと蘇る。
――アルタイルという存在そのものが、アランをこの屋敷に繋ぎとめるための鎖だった。
それを分かっていても、手放せなかった。
あの頃、シリウスがアランを抱きしめていた夜を思い出すたびに、
彼女の笑顔が、自分の知らぬ誰かのために咲いていた現実を突きつけられるたびに、
何度、嫉妬で息を詰まらせたことだろう。
アランを奪うには、愛だけでは足りなかった。
運命を、血を、家の力を、あらゆるものを使って、彼女をこの手に閉じ込めるしかなかった。
その象徴がアルタイル。
彼女が屋敷に留まる理由であり、レギュラスが生きる意味になった子。
――それでも、彼女の瞳の奥にシリウスが棲みついたままなのを、
十年経っても、見抜けてしまう自分が一番哀しかった。
レギュラスは目を開ける。
ランプの光が、アランの白い頬を照らしていた。
その顔を、触れたくてたまらないのに、触れられなかった。
「……アルタイルを手放すということは、あなたまで失うということです。」
それだけを告げ、レギュラスは背を向けた。
部屋には、微かに火のはぜる音だけが残った。
ふたりの間を隔てる沈黙は、まるで氷の壁のように、
冷たく、透明で、壊れそうなほど薄く張りつめていた。
