1章
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レギュラスは、ここ最近のアランの様子を見ていて、少しずつ、しかし確実にシリウスとの距離が近づいているのを感じていた。
アランに自分の想いを告白し、彼女もその気持ちをきちんと受け止めてくれた――それは確かに、二人の間に新しい絆を生んだはずだった。
けれど、アランの瞳がふと遠くを見つめるとき、彼女がどこかでシリウスのことを思い出しているのではないかと、レギュラスはどうしても不安になった。
シリウスとアランが、どこで、どんな顔で会っているのか。
アランがどんなふうに微笑み、シリウスがどんな言葉をかけているのか――
想像するだけで、胸の奥にふつふつと怒りが湧いてくる。
自分の気持ちを伝え、アランも「向き合っていきたい」と言ってくれた。
それなのに、どうしてこんなにも不安が消えないのだろう。
アランの心の中に、まだ兄の影が色濃く残っていることを、レギュラスは痛いほど感じていた。
彼女の隣にいるときは穏やかで幸せなのに、ふとした瞬間に胸を締め付けるような焦燥感が襲ってくる。
それは、アランが自分の知らないところで、シリウスとだけ分かち合う何かを持っているのではないかという、どうしようもない嫉妬だった。
レギュラスは、アランの横顔を見つめながら、心の中でそっと願う。
どうか、いつか自分だけを見てほしい――
そんな切実な想いが、静かに、しかし確かに彼の中で膨らんでいった。
試合前の午後、スリザリンのクィディッチ練習場には、秋の澄んだ空気が広がっていた。
レギュラス・ブラックは、つい先日、スリザリンのシーカーに抜擢されたばかり。
そのニュースは瞬く間に寮内に広がり、特に女生徒たちの間では話題の的となった。
練習が終わるたびに、レギュラスのもとにはさまざまな贈り物が届くようになった。
高級なグローブ、箒の手入れ用品、魔法で風を通す専用のローブ袋――どれも、彼の新たな役割を応援する気持ちのこもった品々だった。
そんなある日、アランが静かに彼のもとを訪れた。
手には、丁寧に包まれた小さな箱。
「これ、あなたに」と、少し照れたように差し出す。
レギュラスが包みを開けると、中には上質なドラゴンハイド製のクィディッチ用グローブが入っていた。
深い緑に銀の刺繍が施され、スリザリンの誇りを象徴するような気品ある品だった。
「……同じものを贈っちゃったわね」
アランは、すでに他の女生徒から似たようなグローブを受け取っていたことを知っていたのだろう。
少しだけ困ったように、けれどどこか可愛らしく微笑んだ。
レギュラスは、グローブをそっと手に取り、アランの瞳をまっすぐに見つめる。
その瞳には、迷いも、誤魔化しもなかった。
「いえ、あなたから貰うのが一番嬉しいんです。」
その一言は、まるで静かな魔法のように、アランの胸に染み込んだ。
彼の声は穏やかで、けれど確かな想いが込められていた。
アランは、何も言わずに微笑み返した。
その笑顔は、どこか柔らかく、そして少し切なげだった。
けれど、レギュラスの言葉が、彼女の心の奥にそっと灯をともしたのは確かだった。
練習場に吹く風が、ふたりの間を優しく撫でていく。
その瞬間、レギュラスの手にあるグローブは、ただの道具ではなく、アランとの静かな絆の証となった。クィディッチの練習や試合がある日、レギュラスはいつの間にか、観客席の方へと視線を向ける癖がついていた。
歓声が飛び交い、女生徒たちが笑顔で彼の名前を呼ぶ中でも――
彼の目は、ただひとり、アラン・セシールの姿を探していた。
彼女がそこにいるかどうか、確信がなくても。
ほんの一瞬でも目が合えば、それだけで胸の奥が温かくなる。
アランが自分のために時間を割いてくれている――
それが、どんな贈り物よりも、どんな称賛よりも、レギュラスにとっては何よりも嬉しかった。
試合中、風を切って箒を走らせながらも、ふとした瞬間に視線を上げてしまう。
観客席の中に、翡翠の瞳がこちらを見ていないかと、無意識に探している自分がいる。
そして、もしその姿を見つけられたとき――
アランが静かに、けれど確かに自分を見つめてくれていたとき――
レギュラスの胸の奥には、言葉にならないほどの喜びが広がった。
彼女は、大きな声で応援を叫ぶような人ではない。
けれど、その静かな眼差しが、誰よりも深く自分を見てくれていると、レギュラスは信じていた。
練習が終わり、ローブの裾を風に揺らしながら地面に降り立つとき、
レギュラスの心には、いつもアランの存在がそっと寄り添っていた。
他の誰に囲まれていても、彼の目と心が向かうのは、ただひとり――
アランだけだった。
夕暮れの練習場には、まだ熱の残る風が吹いていた。クィディッチの練習を終えたレギュラスは、箒を手に、汗を拭いながら観客席の方へと目を向けた。そこには、静かに佇むアランの姿があった。
周囲には、練習を終えた彼に声をかけようとする女生徒たちが集まり始めていた。
「お疲れさま、レギュラス!」
「今日もすごかったわ!」
黄色い声援が飛び交い、笑顔が彼を囲む。
けれど、レギュラスはその一つひとつに丁寧に微笑み返しながらも、足を止めることなく、まっすぐにアランのもとへと歩いていった。
彼女は、いつものように控えめに微笑んでいた。
その笑顔が、どんな称賛よりも、どんな贈り物よりも、レギュラスの胸に深く響く。
「人気者ね、レギュラス」と、アランが少しだけ冗談めかして言った。
レギュラスは、息を整えながら、彼女の横に立ち、静かに答える。
「……でも、他の誰よりも、あなたに応援してもらえるのが一番嬉しいんです。特別なんです。」
その言葉に、アランは少し驚いたように目を見開き、すぐにふわりと微笑んだ。
その微笑みだけで、レギュラスの疲れはすべて溶けていくようだった。
朝食の時間も、変わらずアランの隣に座るのが日課になっていた。
けれど、クィディッチのシーカーとして注目を集めるようになってからは、
他の女生徒たちも遠慮なく彼の周囲に集まるようになった。
以前は静かだった席も、今では時折、賑やかな笑い声や、さりげない視線が飛び交う。
アランの隣に座っていても、彼女との会話が中断されることも増えた。
それはレギュラスにとって、正直なところ、誤算だった。
アランは気にしていないように見える。
けれど、レギュラスの心には、少しずつ、言葉にならない焦りが積もっていく。
彼女の隣にいることが、当たり前ではなくなっていくような、そんな不安が。
それでも、彼はアランの隣に座る。
彼女が黙って紅茶を注いでくれる、その静かな仕草に救われながら。
どんなに周囲が騒がしくても、彼の目に映るのは、ただ一人。
翡翠の瞳を持つ、アランだけだった。
最近、レギュラスの周囲はいつにも増して賑やかだった。
クィディッチのシーカーに抜擢されてからというもの、練習のたびに声援が飛び交い、朝食の席には笑顔の女生徒たちが集まってくる。
その一つひとつに丁寧に応えながらも、レギュラスの心はどこか晴れなかった。
アランと過ごす時間が、少しずつ、けれど確実に減っている気がしていた。
以前は、朝の紅茶を注ぐ手元を見ながら、静かに交わす言葉に心を預けていた。
けれど今は、彼女の隣に座っていても、どこか遠くにいるような感覚があった。
ふと気づくと、アランの視線がグリフィンドールのテーブルの方へ向いていることが増えていた。
その視線の先に誰がいるのか、レギュラスは知っている。
そして、それを見てしまうたびに、胸の奥がじわりと痛んだ。
また、自分の知らないところで何かが生まれているのではないか――
そんな不安が、心の奥で静かに広がっていく。
アランが誰かと笑い合っている姿を想像するだけで、息が詰まるような思いがした。
自分の周りが賑やかになるほどに、アランとの距離ができていく。
皮肉だった。
望んでいたはずの称賛や注目が、今はただ、彼女との静かな時間を遠ざけているように思えた。
レギュラスは、アランの横顔をそっと見つめた。
彼女の翡翠の瞳は、今、どこを見ているのだろう。
その視線の先に、自分が映っていてほしい――
そんな願いが、言葉にならないまま、胸に静かに積もっていった。
夏季休暇のある晴れた日、アランはシリウスと共にマグルの街へと足を運んだ。
久しぶりの再訪だった。幼い頃、彼に連れられて初めて見たマグルの世界――
あの時の胸の高鳴りが、今も変わらず胸の奥で静かに息づいている。
舗装された道に響く車の音、ショーウィンドウに映る色とりどりの服や雑貨。
魔法界では見かけない看板や広告が、まるで生きているかのように街を彩っていた。
映画館では、暗闇の中で光と音が織りなす物語に心を奪われ、
カフェでは、シリウスと向かい合いながらマグルの甘いスイーツを分け合った。
観覧車に乗れば、街全体がゆっくりと遠ざかり、風が頬を撫でる。
そのすべてが新鮮で、どこか夢のようだった。
そして何より、シリウスの隣にいるだけで、世界が輝いて見えた。
魔法界では、ブラック家もセシール家も名門とされ、
どこへ行ってもその言動は注目され、常に背筋を伸ばしていなければならなかった。
けれど、マグルの街では誰も彼らを知らない。
名家の娘でも、名門の息子でもない、ただの「アラン」と「シリウス」でいられる。
その自由が、何よりも心地よかった。
「楽しい?」とシリウスが笑いながら尋ねる。
アランは、観覧車の中で彼の横顔を見つめ、静かにうなずいた。
「ええ、とても。」
その言葉に、シリウスも満足そうに微笑む。
その笑顔が、アランにとっては何よりの贈り物だった。
夕暮れ時、観覧車のてっぺんから見下ろす街は、オレンジ色の光に包まれていた。
その光の中で、アランはふと、心の奥で思う。
「ああ、こういう時間を、ずっと大切にしていきたい。」
名家の娘としてではなく、誰かの婚約者としてでもなく、
ただ一人の少女として、シリウスの隣にいられるこの瞬間を――
アランは深く、静かに胸に刻んでいた。
夜のマグルの街は、昼間とはまるで違う表情を見せていた。
アランとシリウスは、ネオンの光が溢れる通りをゆっくりと歩いていた。
看板の明かりがカラフルに瞬き、ガラス越しのカフェやショップからは温かな光がこぼれてくる。
人々の笑い声や車の音、遠くから響く音楽――
すべてが混じり合って、夜の街に独特の活気と優しさを生み出していた。
アランは、ふと立ち止まり、ビルの間から広がる夜景を見上げた。
高層ビルの窓に反射する光、遠くへと続く街道の灯り。
「こんなに綺麗な景色があったなんて……」
その言葉は、自然とこぼれ落ちるため息のようだった。
隣に立つシリウスも、静かにその景色を見つめている。
アランはふと思う。
――もしレギュラスがこの夜景を見たら、マグルへの価値観もきっと変わるのではないだろうか。
魔法を持たない人々が、こんなにも美しい世界を作り上げている。
もしかしたら、マグルは私たち魔法族よりもずっと優れた部分を持っているのかもしれない。
マグルの世界を知れば知るほど、そう感じずにはいられなかった。
街の喧騒の中で、アランは自然とシリウスの手を取った。
この街では、誰も自分たちを特別な目で見ることはない。
名家の娘でも、婚約者でもなく、ただのひとりの少女として――
シリウスと並んで歩く、どこにでもいる普通の恋人でいられる。
手のひらに伝わるシリウスの温もり。
人目を気にせず、肩を寄せ合いながら歩く幸福。
ネオンの光に照らされた彼の横顔が、どこまでも優しく見えた。
「幸せだな……」
アランは心の中でそっと呟く。
この夜、この街、この人と過ごす時間が、何よりも大切で愛おしかった。
夜のマグルの街は、ふたりだけの秘密の楽園のように、静かに輝いていた。
マグルの街の喧騒から少し離れた、小さな公園のベンチに、アランとシリウスは並んで腰を下ろしていた。
夜風はやわらかく、街の灯りが遠くにまたたいている。
木々の間からこぼれる光が、ふたりの影をそっと地面に落としていた。
魔法界ではない場所――
誰も自分たちを知らず、名家の名も、血筋も、義務も、ここでは意味を持たない。
その自由さが、アランの心を少しずつほどいていた。
シリウスの隣にいると、不思議と大胆になれる。
彼の手がそっと自分の手に重なり、何も言わずに寄り添ってくれるその距離が、心地よくてたまらなかった。
ふと、シリウスがアランの方へ顔を向ける。
その瞳に映るのは、ただアランだけ。
ゆっくりと、ためらいのない動きで、彼の顔が近づいてくる。
もう驚くことはなかった。
アランは静かに瞳を閉じ、唇が重なるのを受け入れる。
それは、昼間のにぎやかさとはまるで違う、夜の静けさに包まれた、優しくて深いキスだった。
ふたりの世界だけが、そっと切り取られたような感覚。
時間が止まったかのように、風も音も、遠くの光さえも、ふたりを祝福するために存在しているように思えた。
「この幸せが、ずっと続いてほしい……」
アランは、心の奥で静かにそう願った。
シリウスのぬくもりが、夜の空気に溶けていく。
魔法も呪文もいらない。
ただこの瞬間が、魔法のように美しかった。
アランに自分の想いを告白し、彼女もその気持ちをきちんと受け止めてくれた――それは確かに、二人の間に新しい絆を生んだはずだった。
けれど、アランの瞳がふと遠くを見つめるとき、彼女がどこかでシリウスのことを思い出しているのではないかと、レギュラスはどうしても不安になった。
シリウスとアランが、どこで、どんな顔で会っているのか。
アランがどんなふうに微笑み、シリウスがどんな言葉をかけているのか――
想像するだけで、胸の奥にふつふつと怒りが湧いてくる。
自分の気持ちを伝え、アランも「向き合っていきたい」と言ってくれた。
それなのに、どうしてこんなにも不安が消えないのだろう。
アランの心の中に、まだ兄の影が色濃く残っていることを、レギュラスは痛いほど感じていた。
彼女の隣にいるときは穏やかで幸せなのに、ふとした瞬間に胸を締め付けるような焦燥感が襲ってくる。
それは、アランが自分の知らないところで、シリウスとだけ分かち合う何かを持っているのではないかという、どうしようもない嫉妬だった。
レギュラスは、アランの横顔を見つめながら、心の中でそっと願う。
どうか、いつか自分だけを見てほしい――
そんな切実な想いが、静かに、しかし確かに彼の中で膨らんでいった。
試合前の午後、スリザリンのクィディッチ練習場には、秋の澄んだ空気が広がっていた。
レギュラス・ブラックは、つい先日、スリザリンのシーカーに抜擢されたばかり。
そのニュースは瞬く間に寮内に広がり、特に女生徒たちの間では話題の的となった。
練習が終わるたびに、レギュラスのもとにはさまざまな贈り物が届くようになった。
高級なグローブ、箒の手入れ用品、魔法で風を通す専用のローブ袋――どれも、彼の新たな役割を応援する気持ちのこもった品々だった。
そんなある日、アランが静かに彼のもとを訪れた。
手には、丁寧に包まれた小さな箱。
「これ、あなたに」と、少し照れたように差し出す。
レギュラスが包みを開けると、中には上質なドラゴンハイド製のクィディッチ用グローブが入っていた。
深い緑に銀の刺繍が施され、スリザリンの誇りを象徴するような気品ある品だった。
「……同じものを贈っちゃったわね」
アランは、すでに他の女生徒から似たようなグローブを受け取っていたことを知っていたのだろう。
少しだけ困ったように、けれどどこか可愛らしく微笑んだ。
レギュラスは、グローブをそっと手に取り、アランの瞳をまっすぐに見つめる。
その瞳には、迷いも、誤魔化しもなかった。
「いえ、あなたから貰うのが一番嬉しいんです。」
その一言は、まるで静かな魔法のように、アランの胸に染み込んだ。
彼の声は穏やかで、けれど確かな想いが込められていた。
アランは、何も言わずに微笑み返した。
その笑顔は、どこか柔らかく、そして少し切なげだった。
けれど、レギュラスの言葉が、彼女の心の奥にそっと灯をともしたのは確かだった。
練習場に吹く風が、ふたりの間を優しく撫でていく。
その瞬間、レギュラスの手にあるグローブは、ただの道具ではなく、アランとの静かな絆の証となった。クィディッチの練習や試合がある日、レギュラスはいつの間にか、観客席の方へと視線を向ける癖がついていた。
歓声が飛び交い、女生徒たちが笑顔で彼の名前を呼ぶ中でも――
彼の目は、ただひとり、アラン・セシールの姿を探していた。
彼女がそこにいるかどうか、確信がなくても。
ほんの一瞬でも目が合えば、それだけで胸の奥が温かくなる。
アランが自分のために時間を割いてくれている――
それが、どんな贈り物よりも、どんな称賛よりも、レギュラスにとっては何よりも嬉しかった。
試合中、風を切って箒を走らせながらも、ふとした瞬間に視線を上げてしまう。
観客席の中に、翡翠の瞳がこちらを見ていないかと、無意識に探している自分がいる。
そして、もしその姿を見つけられたとき――
アランが静かに、けれど確かに自分を見つめてくれていたとき――
レギュラスの胸の奥には、言葉にならないほどの喜びが広がった。
彼女は、大きな声で応援を叫ぶような人ではない。
けれど、その静かな眼差しが、誰よりも深く自分を見てくれていると、レギュラスは信じていた。
練習が終わり、ローブの裾を風に揺らしながら地面に降り立つとき、
レギュラスの心には、いつもアランの存在がそっと寄り添っていた。
他の誰に囲まれていても、彼の目と心が向かうのは、ただひとり――
アランだけだった。
夕暮れの練習場には、まだ熱の残る風が吹いていた。クィディッチの練習を終えたレギュラスは、箒を手に、汗を拭いながら観客席の方へと目を向けた。そこには、静かに佇むアランの姿があった。
周囲には、練習を終えた彼に声をかけようとする女生徒たちが集まり始めていた。
「お疲れさま、レギュラス!」
「今日もすごかったわ!」
黄色い声援が飛び交い、笑顔が彼を囲む。
けれど、レギュラスはその一つひとつに丁寧に微笑み返しながらも、足を止めることなく、まっすぐにアランのもとへと歩いていった。
彼女は、いつものように控えめに微笑んでいた。
その笑顔が、どんな称賛よりも、どんな贈り物よりも、レギュラスの胸に深く響く。
「人気者ね、レギュラス」と、アランが少しだけ冗談めかして言った。
レギュラスは、息を整えながら、彼女の横に立ち、静かに答える。
「……でも、他の誰よりも、あなたに応援してもらえるのが一番嬉しいんです。特別なんです。」
その言葉に、アランは少し驚いたように目を見開き、すぐにふわりと微笑んだ。
その微笑みだけで、レギュラスの疲れはすべて溶けていくようだった。
朝食の時間も、変わらずアランの隣に座るのが日課になっていた。
けれど、クィディッチのシーカーとして注目を集めるようになってからは、
他の女生徒たちも遠慮なく彼の周囲に集まるようになった。
以前は静かだった席も、今では時折、賑やかな笑い声や、さりげない視線が飛び交う。
アランの隣に座っていても、彼女との会話が中断されることも増えた。
それはレギュラスにとって、正直なところ、誤算だった。
アランは気にしていないように見える。
けれど、レギュラスの心には、少しずつ、言葉にならない焦りが積もっていく。
彼女の隣にいることが、当たり前ではなくなっていくような、そんな不安が。
それでも、彼はアランの隣に座る。
彼女が黙って紅茶を注いでくれる、その静かな仕草に救われながら。
どんなに周囲が騒がしくても、彼の目に映るのは、ただ一人。
翡翠の瞳を持つ、アランだけだった。
最近、レギュラスの周囲はいつにも増して賑やかだった。
クィディッチのシーカーに抜擢されてからというもの、練習のたびに声援が飛び交い、朝食の席には笑顔の女生徒たちが集まってくる。
その一つひとつに丁寧に応えながらも、レギュラスの心はどこか晴れなかった。
アランと過ごす時間が、少しずつ、けれど確実に減っている気がしていた。
以前は、朝の紅茶を注ぐ手元を見ながら、静かに交わす言葉に心を預けていた。
けれど今は、彼女の隣に座っていても、どこか遠くにいるような感覚があった。
ふと気づくと、アランの視線がグリフィンドールのテーブルの方へ向いていることが増えていた。
その視線の先に誰がいるのか、レギュラスは知っている。
そして、それを見てしまうたびに、胸の奥がじわりと痛んだ。
また、自分の知らないところで何かが生まれているのではないか――
そんな不安が、心の奥で静かに広がっていく。
アランが誰かと笑い合っている姿を想像するだけで、息が詰まるような思いがした。
自分の周りが賑やかになるほどに、アランとの距離ができていく。
皮肉だった。
望んでいたはずの称賛や注目が、今はただ、彼女との静かな時間を遠ざけているように思えた。
レギュラスは、アランの横顔をそっと見つめた。
彼女の翡翠の瞳は、今、どこを見ているのだろう。
その視線の先に、自分が映っていてほしい――
そんな願いが、言葉にならないまま、胸に静かに積もっていった。
夏季休暇のある晴れた日、アランはシリウスと共にマグルの街へと足を運んだ。
久しぶりの再訪だった。幼い頃、彼に連れられて初めて見たマグルの世界――
あの時の胸の高鳴りが、今も変わらず胸の奥で静かに息づいている。
舗装された道に響く車の音、ショーウィンドウに映る色とりどりの服や雑貨。
魔法界では見かけない看板や広告が、まるで生きているかのように街を彩っていた。
映画館では、暗闇の中で光と音が織りなす物語に心を奪われ、
カフェでは、シリウスと向かい合いながらマグルの甘いスイーツを分け合った。
観覧車に乗れば、街全体がゆっくりと遠ざかり、風が頬を撫でる。
そのすべてが新鮮で、どこか夢のようだった。
そして何より、シリウスの隣にいるだけで、世界が輝いて見えた。
魔法界では、ブラック家もセシール家も名門とされ、
どこへ行ってもその言動は注目され、常に背筋を伸ばしていなければならなかった。
けれど、マグルの街では誰も彼らを知らない。
名家の娘でも、名門の息子でもない、ただの「アラン」と「シリウス」でいられる。
その自由が、何よりも心地よかった。
「楽しい?」とシリウスが笑いながら尋ねる。
アランは、観覧車の中で彼の横顔を見つめ、静かにうなずいた。
「ええ、とても。」
その言葉に、シリウスも満足そうに微笑む。
その笑顔が、アランにとっては何よりの贈り物だった。
夕暮れ時、観覧車のてっぺんから見下ろす街は、オレンジ色の光に包まれていた。
その光の中で、アランはふと、心の奥で思う。
「ああ、こういう時間を、ずっと大切にしていきたい。」
名家の娘としてではなく、誰かの婚約者としてでもなく、
ただ一人の少女として、シリウスの隣にいられるこの瞬間を――
アランは深く、静かに胸に刻んでいた。
夜のマグルの街は、昼間とはまるで違う表情を見せていた。
アランとシリウスは、ネオンの光が溢れる通りをゆっくりと歩いていた。
看板の明かりがカラフルに瞬き、ガラス越しのカフェやショップからは温かな光がこぼれてくる。
人々の笑い声や車の音、遠くから響く音楽――
すべてが混じり合って、夜の街に独特の活気と優しさを生み出していた。
アランは、ふと立ち止まり、ビルの間から広がる夜景を見上げた。
高層ビルの窓に反射する光、遠くへと続く街道の灯り。
「こんなに綺麗な景色があったなんて……」
その言葉は、自然とこぼれ落ちるため息のようだった。
隣に立つシリウスも、静かにその景色を見つめている。
アランはふと思う。
――もしレギュラスがこの夜景を見たら、マグルへの価値観もきっと変わるのではないだろうか。
魔法を持たない人々が、こんなにも美しい世界を作り上げている。
もしかしたら、マグルは私たち魔法族よりもずっと優れた部分を持っているのかもしれない。
マグルの世界を知れば知るほど、そう感じずにはいられなかった。
街の喧騒の中で、アランは自然とシリウスの手を取った。
この街では、誰も自分たちを特別な目で見ることはない。
名家の娘でも、婚約者でもなく、ただのひとりの少女として――
シリウスと並んで歩く、どこにでもいる普通の恋人でいられる。
手のひらに伝わるシリウスの温もり。
人目を気にせず、肩を寄せ合いながら歩く幸福。
ネオンの光に照らされた彼の横顔が、どこまでも優しく見えた。
「幸せだな……」
アランは心の中でそっと呟く。
この夜、この街、この人と過ごす時間が、何よりも大切で愛おしかった。
夜のマグルの街は、ふたりだけの秘密の楽園のように、静かに輝いていた。
マグルの街の喧騒から少し離れた、小さな公園のベンチに、アランとシリウスは並んで腰を下ろしていた。
夜風はやわらかく、街の灯りが遠くにまたたいている。
木々の間からこぼれる光が、ふたりの影をそっと地面に落としていた。
魔法界ではない場所――
誰も自分たちを知らず、名家の名も、血筋も、義務も、ここでは意味を持たない。
その自由さが、アランの心を少しずつほどいていた。
シリウスの隣にいると、不思議と大胆になれる。
彼の手がそっと自分の手に重なり、何も言わずに寄り添ってくれるその距離が、心地よくてたまらなかった。
ふと、シリウスがアランの方へ顔を向ける。
その瞳に映るのは、ただアランだけ。
ゆっくりと、ためらいのない動きで、彼の顔が近づいてくる。
もう驚くことはなかった。
アランは静かに瞳を閉じ、唇が重なるのを受け入れる。
それは、昼間のにぎやかさとはまるで違う、夜の静けさに包まれた、優しくて深いキスだった。
ふたりの世界だけが、そっと切り取られたような感覚。
時間が止まったかのように、風も音も、遠くの光さえも、ふたりを祝福するために存在しているように思えた。
「この幸せが、ずっと続いてほしい……」
アランは、心の奥で静かにそう願った。
シリウスのぬくもりが、夜の空気に溶けていく。
魔法も呪文もいらない。
ただこの瞬間が、魔法のように美しかった。
